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東芝、再エネアグリゲーターの意思決定を支援する「時間前市場取引AI」を開発

電力の当日取引で最適な入札タイミングと入札量を算出

 東芝は、電力市場の当日取引において、最適な入札のタイミングと、入札量を算出できる「時間前市場取引AI」を開発した。

 再エネ(再生可能エネルギー)アグリゲーション向けに提供するもので、電力のインバランスリスクやマーケットリスクを抑制し、再エネの安定供給に貢献できるという。

 東芝 研究開発センター 知能化システム研究所システムAIラボラトリー フェローの吉田琢史氏は、「再エネ発電事業者や、複数の再エネ発電事業者を束ねて業務を行う再エネアグリゲーターは、計画値同時同量を実現するために、正確な発電量を予測することと、計画値と発電量のずれを指す『インバランス』を最小化することが求められている。また電力取引を自ら行い、変動する市場価格を予測し、それをもとにした最適取引により、利益を最大化する必要がある。東芝では、単独企業では開発が難しいAIを活用した技術を開発。これにより、従来は困難だった取引当日の発電量予測と、価格予測に基づいた時間前市場取引の意思決定支援を行えるようにした」という。

東芝 研究開発センター 知能化システム研究所システムAIラボラトリー フェローの吉田琢史氏

 入札のタイミングが適切でないため、電力の需要量と供給量の差分が発生するインバランスリスクと、一度に大量の入札が発生することで価格下落を引き起こし、収益の悪化につながるマーケットリスクを考慮。取引収益が最大となるように最適化するという。

 なお、このAIは、経済産業省の再エネアグリゲーション実証事業での実証実験で採用され、実際の発電設備を用いた活用を開始しているという。

 今回、開発したAIは、当日の天候や稼働プラントの状況にあわせて、電力の需給バランスを調整する「時間前市場取引」において、入札実行時点の最新の発電量予測と価格予測を行えるほか、過去の市場取引結果に基づき、最適な入札のタイミングと入札量を算出することができる。

 国内では、固定価格による買取制度であるFIT制度が順次終了し、価格に対して一定のプレミアム(補助額)を上乗せするFIP制度が2022年4月からスタート。この新たに取引において、発生するリスクを最小化することが求められている。

 卸電力取引は日本卸電力取引所(JEPX)によって運営され、実需給の前日に取引を行う「前日市場(スポット市場)」と、天候などに左右されることで発生する当日の発電不調や、発電および需要調整の場として、実需給の1時間前までに取引を行う「当日市場(時間前市場)」がある。

 再エネアグリゲーターは実需給の前日午前10時までに、一度、スポット市場で入札を行い、時間前市場が開場する前日午後5時から、当日の実需給が始まる1時間前のゲートクローズまでに、複数回に分けて時間前市場の入札を行うことができる。

再エネアグリゲーターによる再エネ事業者の支援

 東芝では、2021年12月に、電力市場取引における事業者の戦略的取引の最適化を支援する電力市場取引戦略AI「REBSet」を開発。工学モデルなどに基づく東芝独自の高精度な予測技術と、再エネや市場取引の不確実性やリスクを考慮した最適化技術を組み合わせたソリューションとして提供を開始している。

 再エネ発電事業者から取得したデータをもとに分析できる独自の発電量予測AI、価格予測AIにより、再エネの発電量と価格をそれぞれ予測し、その予測に基づいて、スポット市場取引AIにより、スポット市場への売り入札量を算出することができる。

 再エネアグリゲーターは、スポット市場において、前日時点での予測に基づき、大部分の取引を行い、時間前市場で残りの取引を行う。スポット市場と時間前市場の売電割合の決定には戦略的な判断が必要であり、REBSetは、こうしたニーズに対応し、前日時点の意思決定を支援してきた。

電力市場取引戦略AIを開発、2021年12月より提供している

 今回のAIは、時間前市場取引においても、最適な入札のタイミングと入札量の意思決定を支援するものとして新たに開発したことになる。

 時間前市場は調整市場としての役割上、ゲートクローズ間近まで入札するタイミングをうかがっていると、取引が完了しないままゲートクローズになる場合があり、取引未達が発生し、必要なタイミングで電力供給ができず、インバランスの発生の原因につながる。インバランス発生のリスクの回避には早めの入札が必要になり、それをAIが支援することになる。

 また、時間前市場はスポット市場と比べて取引量が少なく流動性が低いため、収益が悪化する「マーケットリスク」が高まる。取引によって市場価格が変化する可能性があり、1回の売り入札量が多いと価格が大きく下落してしまうので、マーケットリスクの回避には、ある程度小分けにした複数回の入札が求められるのだ。その点についても、今回、開発したAIを用いることにより、リスクを考慮した入札を支援。取引収益を最大化することができる。

 開発した「時間前市場取引AI」は、過去の時間前市場の取引実績データをAIが学習することで、リスクの重み付けの判断を支援するリスク感度パラメータを算出。さらに、計算時点で最新となる再エネ発電量、市場価格、インバランス単価といった各種予測値を取得し、その時点までにスポット市場や時間前市場で入札した量と、最終的な入札量との差分を計算。インバランスを、ゲートクローズまでにゼロにするように、複数回の入札量を算出する。このとき、各時刻での価格の予測値や、リスク感度パラメータに基づいて累積の取引収益を見積もり、膨大な数の組み合わせが存在する入札手順のなかから、最大収益の入札手順を発見する。

 このように、時間前市場取引における入札タイミングと入札量を最適化することで、電力のインバランスリスクやマーケットリスクを抑制し、再エネの安定供給に貢献できるというわけだ。

当日の取引向けに「時間前市場取引AI」を開発
時間前市場取引AIの概要

 東芝では、「スポット市場取引AI」と、今回開発した「時間前市場取引AI」を用いた一貫した戦略的取引の有効性を検証。「過去のデータを活用したシミュレーションによる評価に加えて、2022年12月からスタートした経済産業省の再エネアグリゲーション実証事業での実証実験では、実際の発電設備を用いた検証を実施しており、実用化した際に、収益確保ができること、インバランスを発生させない仕組みであることを見極めたい」(東芝 研究開発センター 知能化システム研究所 システムAIラボラトリーの山田尚史シニアマネージャー)とする。

 また、4年後の供給量を取引する「容量市場」や、卸電力取引終了後に予期せぬ需給ギャップが発生した際に調整力を供給する「需給調整市場」にも対応できるように進化させていくという。

 「電力市場取引戦略AIの拡張によって、再エネ電源による電力安定供給と、カーボンニュートラルの実現に貢献していく」と述べた。

東芝 研究開発センター 知能化システム研究所 システムAIラボラトリーの山田尚史シニアマネージャー
実証時における画面イメージ