インタビュー
「AIは攻撃者にも防御側にも強力な武器になる」――トレンドマイクロ幹部に聞く、AI時代のセキュリティ対策と未来像
2026年9月15日 06:30
AIの進化に伴い、2026年4月に企業向けブランド「TrendAI」を新たに打ち出したトレンドマイクロ。同ブランド名を掲げて主催するサイバーセキュリティカンファレンス「TrendAI Spark 2026」が、7月から9月にかけて日本各地で開催された。
本イベントに合わせて、米Trend Micro 最高プラットフォーム責任者 兼 最高TrendAI事業責任者のレイチェル・ジン(Rachel Jin)氏がインタビューに応じ、AI時代において企業が優先すべきセキュリティ対策や、人とAIが担うべき役割の将来像などについて見解を示した。
最優先すべきセキュリティ対策とは
AI技術が急速に進化を遂げる中、サイバー攻撃の手法は巧妙化し、攻撃者の参入ハードルも急激に下がっている。こうした環境下で企業が今すぐ着手すべき優先度の高い対策についてジン氏は、企業リーダーが取り組むべき3つの優先事項を提示した。
1点目としてジン氏が挙げるのは、攻撃にさらされている脆弱性や侵入経路を特定し、速やかにふさぐことだ。「企業のリーダーは、機密データや重要システムへつながる道が攻撃者に開かれていないか常に確認する必要がある。フィッシング対策や多要素認証(MFA)、アイデンティティ管理を徹底し、優先順位を付けながらパッチ適用を進めることが求められる。取り扱うビジネスや業界によって最初に修復すべき対象は変化するため、自社に応じた優先順位付けが欠かせない」とジン氏は語る。
2点目は、脅威を検出してから実際にアクションを起こすまでの時間を短縮することだ。「メール、エンドポイント、クラウド、アイデンティティなど、あらゆる領域からのシグナルをとらえ、セキュリティチームが全体の状況を把握できる環境を整えるべき。しっかりとしたガードレールを備え、AIを活用した優先順位付けと対応の自動化を進めることが不可欠だ」としている。
3点目は、従業員がすでに利用しているAIのセキュリティを確保することだ。「企業はAIアプリケーションやAIエージェントの利用状況を可視化し、それらがどのようなデータやアクションにアクセスできるかを把握しなければならない。従業員に対して明確な利用権限を定義し、機密性の高いアクションには必ず人間が介在する仕組みを構築することが重要だ」とジン氏は述べた。
企業の現場で深刻な懸念となっているシャドーAIへの対応については、「最も効果的なアプローチは、AI利用を安易に禁止するのではなく、必要なツールを承認して提供することだ」と語る。
「利用を禁止すると隠れた利用を誘発するため、まずはどのような立場の人がどんな目的でAIを使っているのかを理解し、業務課題の解決に必要なツールを正式に認可することが先決となる。その上で、AIゲートウェイなどを導入してトラフィックやポリシーを制御し、重要情報の送信を防ぐ仕組みを構築することで、従業員の判断に依存しない安全な環境が整う」とジン氏は説明した。
AIによって「攻撃の手法と守るべき対象が変化した」
従来のサイバーリスクとAI時代のサイバーリスクとの違いについて、ジン氏は「攻撃の手法と守るべき対象が変化した」と分析する。フィッシングやパスワード侵害といったリスク自体は変わらないものの、「AIの活用によって攻撃のスピードと精度が飛躍的に向上したため、防御側にも迅速な対応が求められている。また、自律的に動作するAIエージェントがメール送信やコード変更、ビジネスシステムへのアクセスを行うようになると、AIがだまされて誤った行動をとった際の影響は極めて深刻になる」とジン氏。そのため、AIにどのようなアクセス権を与えるか、いつ人間の判断を仰ぐべきかを適切に管理すべきだと述べている。
AIは防御側よりも攻撃者に有利に働いているのではないかとの見方に対し、ジン氏は「防御側にとってもAIは非常に大きなアドバンテージになる」と主張する。TrendAIとしては、「高度なリスク分析を行うフロンティアAIの活用や、統合セキュリティプラットフォームであるTrendAI Vision Oneを通じた複合的なシグナルの相関分析、そして調査から対応までの迅速化に注力している」という。従来のAIがパターン認識を得意としていたのに対し、「フロンティアAIは一連の行動やステップを解析し、脆弱性が具体的にどう悪用され得るかを予測できるため、検知から保護までの時間を劇的に短縮できる」とジン氏は語る。
主要AI企業とのパートナーシップと人間の役割
こうした先端技術の活用において、同社はAnthropicやOpenAIといった主要AI企業とのパートナーシップを推進している。AI企業の先進モデルとTrendAIのセキュリティ知見を組み合わせることで、リサーチ業務の高度化や自社内での安全なAI活用を進めているほか、脆弱性の把握から保護までのプロセスを高速化する取り組みを展開しているという。ジン氏は、「顧客の求める速度や精度、コストに応じて最適なモデルを選択して提供していく方針だ」と述べており、AI企業とのパートナーシップによる今後の成果に自信を見せる。
技術的な進化の一方で、「人間による専門知識の重要性は今後も変わらない」とジン氏は言う。同社が20年以上にわたって運営している世界的な脆弱性発見プログラム「Pwn2Own」などを通じ、世界トップレベルのエシカルハッカーや大手IT企業のハッカーが集うコミュニティの知見も同社の強みとなっている。ジン氏は、「AIは脆弱性の発見こそ自動化できるものの、その脆弱性が事業に与える影響の深刻さを理解し、ベンダーと連携してパッチを開発し配布するエコシステム全体を運営することは人間にしかできない。企業の文脈やビジネスの背景を読み解く能力は、AIモデル単体では代替できない領域だ」と強調した。
AIが日常化する未来のセキュリティ運用
最後に、5年後や10年後の企業セキュリティの未来像について聞くと、ジン氏は「AIが急速に発展しているため、長期的な予測は困難だ」としつつも、「日常的なセキュリティ運用にAIが不可欠な存在になることは間違いない」とした。「自律的かつ継続的なエクスポージャーの発見や不審な動きへの対処が自動化され、人間のセキュリティチームは、ポリシー策定やAIの監視、高度なビジネス上の意思決定に集中するようになるだろう。AIはセキュリティの信頼性を高める存在であるため、企業が安心してAIを導入できるよう支援を続けていきたい」とジン氏は述べた。
