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ハイブリッドクラウドからクロスクラウドへ――、VMwareが辿り着いたソフトウェアカンパニーとしての選択

VMworld 2016 初日キーノート

 「トラディショナルビジネスとデジタルビジネスを比較してどちらが重要か、というのはもはや意味がない。なぜならすべてのビジネスはデジタルビジネスだからだ」――。

 8月29日(米国時間)、米国ラスベガスで開催されたVMwareの年次プライベートカンファレンス「VMworld 2016」の初日基調講演、2万3000人の参加者を集めた会場でVMwareのパット・ゲルシンガー(Pat Gelsinger)CEOはこう強調した。

 もし、ゲルシンガーCEOの言葉通り、すべてのビジネスがデジタルビジネスであるなら、ソフトウェアベンダとして多くのエポックメイキングな製品を提供してきたVMwareは、2016年の現在において顧客のデジタルビジネスをどう支えていこうとしているのか。

 基調講演の内容をもとに、VMwareがソフトウェアベンダーとして選んだ新たな戦略を見ていきたい。

VMwareのパット・ゲルシンガーCEO

オンプレミスでもクラウドでも利用できるVMware環境があることは魅力

 既報通り、VMwareは今回のカンファレンスにあわせ「VMware Cross-Cloud Architecture」を発表したが、ゲルシンガーCEOのキーノートもこの新しいアーキテクチャの紹介が中心となった。

 Cross-Cloud Architectureは、VMware製品によるプライベートクラウドの基盤「VMware Cross-Cloud Foundation」、そしてCross-Cloud Foundationで構築されたプライベートクラウドと、Amazon Web Services(AWS)やMicrosoft Azureといった他社のパブリッククラウドとの連携を実現するサービス「VMware Cross-Cloud Services」から構成される。

 vSphereをコアとする環境と非vSphere環境、異なるハイパーバイザで作られるクラウド空間を文字通りクロスするようにつなぐことが、このアーキテクチャのゴールだ。

 実はCross-Cloud Architectureはまったく新しい概念というわけではない。文字通り“基盤”となるCross-Cloud Foundationは、2014年から「EVO SDDC」という名称で提供してきたハイパーコンバージドインフラストラクチャをリブランドした製品となる。

 EVO SDDCはvSphere(サーバー仮想化)、VSAN(ストレージ仮想化)、NSX(ネットワーク仮想化)、そしてこれらを管理するSDDC Managerで構成されたソフトウェアプラットフォームであり、これを搭載したハードウェアアプライアンスがVCEやHP、Dellなどから提供されてきた。Cross-Cloud FoundationはEVO-SDDCをさらに拡張し、アプライアンスだけではなくクラウド上からも利用可能にする。たとえて言うなら“SDDC-as-a-Service2と表現するのが適しているのかもしれない。なお、VMwareはCross-Cloud Foundationの提供開始に伴い、EVO SDDCの販売を8月31日付けで終了している。

 2016年9月時点でCross-Cloud Foundationを利用できるクラウドプロバイダはIBMのみで、2016年第4四半期にはvCloud AirおよびvCloud Air Networkに加入するパートナー企業のクラウドサービスからも提供される予定だ。

VMware Cross-Cloud Architectureはパブリッククラウドとプライベートクラウドをいかに連携させていくかがカギになる

 基調講演ではIBMクラウドを利用したCross-Cloud FoundationのアーリーアダプタとなったMarriottの事例が紹介されている。現在、Marriottには約30名のクラウド専門のエンジニアが在籍している。導入前までは仮想マシンを作成するのに2、3時間を要していたが、IBMクラウドからVMware環境(SDDC)を利用するようにしたことで、仮想マシン作成にかかる時間を1時間以内にまで短縮できるようになった。この効果により、エンジニアは本来フォーカスすべき業務――、顧客のためのモバイルエクスペリエンス向上や、そのためのアプリケーション作成などに注力できるようになったという。

 「現在のMarriottクラウドとオンプレミスの利用状況は50:50といったところ。だが、あと5年で80%がクラウドになるだろう。それでもクラウドにすべてを移行してしまうことはないだろう。必ずどこかにオンプレミスの部分は残る。そう考えたとき、オンプレミスでもクラウドでも利用できるVMware環境があることは非常に魅力的な選択肢だ」(Marriott デリバリ&ITセキュリティ部門担当SVP アラン・ロサ(Alan Rosa)氏)。

Marriott デリバリ&ITセキュリティ部門担当SVP アラン・ロサ氏

 一方、今回のVMworld 2016ではまだテクノロジープレビューの段階であるCross-Cloud Servicesは、AWS、Azure、GCP(Google Cloud Platform)などのパブリッククラウドと、Cross-Cloud Foundationで構築されたプライベートクラウド(vCloud AirおよびIBMクラウド含む)を連携させる。

 異なるハイパーバイザー間でデータやアプリケーションをシームレスかつセキュアに移動することは技術的にかなりハードルが高いが、現在、アーリーアダプタのユーザ企業の協力を得て、多くの機能がテスト中だという。

 例えばColumbia SportswearのAWS上のインスタンスにNSXを通じて接続する“NSX on AWS”や、citiがもつ複数のクラウド上のデータをセキュアにアグリゲートするテストなどが基調講演で紹介されている。また、Cross-Cloud Foundationと連携する個々のクラウドのメンテナンスはエージェントベースで行われるという。

 Cross-Cloud Servicesの正式リリースについてはまだ未定だが、基調講演で紹介されたデモは相当作りこまれており、それほど遠くない時期でのGAが期待される。

“クロスクラウド"戦略”へシフトするVMware

 昨年までのVMworldと今回で大きく変わったのは、VMwareが提供するクラウドサービス「vCloud Air」の位置付けである。周知の通り、vCloud Airは現在、北米以外でのビジネスを縮小させる傾向にあり、日本においてもVMware自身によるサービス提供は終了が決定、今後は国内パートナー企業によるvCloud Air Networkでの提供に切り替わる。

 このことが意味するのは、VMwareはvCloud Airをパブリッククラウドサービスとしてではなく、提供開始時のコンセプトと同様に「vSphereユーザーのためにVMwareが用意する、もうひとつのデータセンター」という扱いに戻したということだ。

 ここ数カ月、vCloud Airをめぐっては担当エグゼクティブが退職するなど、その行く先を不安視する声も聞こえてきたが、今回のCross-Cloud Architectureの発表を見るかぎり、VMwareはIaaSベンダーとしてのシェア争いからは撤退することを選んだといえる。

 もちろんvCloud Airの提供は継続していくが、クラウドベンダーとしてではなく、あくまでソフトウェアカンパニーが提供する1メニューという存在に変わっている。昨年までは明らかに、プライベートクラウドもパブリッククラウドもVMware製品で囲い込む戦略だったが、その後の試行錯誤を経て、複数の異なるクラウドをソフトウェアとネットワークでつないでいく“クロスクラウド"戦略”へシフトしたと見ていいだろう。

 今年6月に買収したSDDCオペレーションのArkin買収などは、今回の発表の布石だったと考えておかしくない。

 「2016年の現在、世界中のワークロードのうち、パブリッククラウドが占める割合は15%、プライベートクラウドは12%、そして73%はいまだにトラディショナルなIT、つまりオンプレミスで稼働している。だが2030年にはパブリッククラウドのワークロードは50%になっているだろう。我々にはあと14年ある」――。

2030年には、6億近いITワークロードのうち、約50%がパブリッククラウド上になるといわれている

 ゲルシンガーCEOは基調講演でこう語っている。世界中のワークロードがパブリッククラウドへと向かいつつあるトレンドにおいて、VMwareがクラウドベンダではなく、クロスクラウドというアーキテクチャを掲げたソフトウェアカンパニーとして市場にアプローチしていく戦略を選んだことは非常に興味深い。

 vSphere以外の仮想環境を受け入れることを決断したVMwareは、今後、クラウドの世界でどんなユニークな地位を確立していくのか、引き続きその動向に注目していきたい。