クラウド&データセンター完全ガイド:イベントレポート

デジタル変革期の中で見えてきた、日本のデータセンター/クラウドの課題と勝機

クラウド&データセンターコンファレンス 2017 Summer クロージング基調講演レポート

デジタル変革期の中で見えてきた、日本のデータセンター/クラウドの課題と勝機 	https://book.impress.co.jp/books/1117102046

弊社刊「クラウド&データセンター完全ガイド 2017年秋号」から記事を抜粋してお届けします。「クラウド&データセンター完全ガイド」は、国内唯一のクラウド/データセンター専門誌です。クラウドサービスやデータセンターの選定・利用に携わる読者に向けて、有用な情報をタイムリーに発信しています。
発売:2017年9月29日
定価:本体2000円+税

「自然外気冷却」「DC併設型太陽光発電」「IoT」「マシンラーニング/高火力コンピューティング」……2011年にフラッグシップとなる石狩データセンターの開設でクラウドシフトに舵を切ってから、業界に先駆けたチャレンジを加速させているさくらインターネット。クラウド&データセンターコンファレンス2016-17(主催:インプレス)のクロージング基調講演には、同社創業社長でこの業界きっての論客としても知られる田中邦裕氏が登壇。海外メガクラウド勢に対する差別化ポイントも含め、日本の事業者にとっての「課題」と「勝機」を詳らかにした。 text&photo:狐塚 淳(クリエイターズギルド)

ホスティング/データセンタービジネスの変遷

写真1:さくらインターネット 代表取締役社長/日本データセンター協会 副理事長 田中邦裕氏

 ITインフラの提供側と利用側双方にとっての課題を挙げ、今後を展望した「クラウド&データセンターコンファレンス2017 Summer」。クロージング基調講演に登壇したのは、さくらインターネット代表取締役社長で日本データセンター協会の副理事長も務める田中邦裕氏(写真1)だ。

 冒頭、田中氏は、自社のホスティング/データセンター事業の変遷を、これまでビジネス環境の変化と向き合いながら培った経験を交えて紹介した(図1)。クラウドやGPUサーバーの提供など、大手先進データセンター事業者として新しいテクノロジーを積極的に採用したビジネスを展開しているさくらインターネットだが、2008年には新規事業の損失から債務超過に陥った経験もある。

 「売上げの成長率が鈍化した時期があります。このとき経営危機でコスト削減を徹底し、売上げより利益追求に向かったためです。この間、退職者の分の人員補充を行わなかったため社員数も減少していました」と田中氏は当時を振り返った。この時期には既存のデータセンターのビジネスモデルで業務改善を目指したのだが、投資を抑制した結果として、クラウド、スマートフォンといったブームに乗り遅れたという。

デジタル変革期の中で見えてきた、日本のデータセンター/クラウドの課題と勝機 図1:さくらインターネットの沿革(出典:さくらインターネット)
図1:さくらインターネットの沿革(出典:さくらインターネット)

 2008年前後は、国内で多数のデータセンターが新設され低廉化が進んでいた時期だが、上述のようにさくらインターネットは投資を抑制していたために販売可能なデータセンターラックが減少していた。そして、2010年代に入ると米AWS(Amazon Web Services)の本格進出もあって専用サーバー(ホスティングサービス)の販売がかげり始め、その後下降線をたどっていくこととなる。

 「そのときに売り上げを支えたのがレンタルサーバーです」と田中氏。現在のさくらインターネットの売上比率の最大をクラウドサービス事業が占めるが、2011年3月期の時点で同事業にはほとんど売上げがなく、その前の年にはクラウドビジネス自体存在しなかった。田中氏によると、当時、立ち上げたばかりのクラウド事業を、独立した小さなチームで開発し、専用サーバーが縮小する中、2014年頃からVPS/クラウドが伸びていったという。一方のレンタルサーバーはこの時期、同社がM&Aや事業譲渡などで事業を拡張しトップシェアとなり、数社での寡占化が進んでいった。

 当時の田中氏は、クラウドはどこも儲かり出していたので、この市場で私たちが成長する伸びしろがあるはずと考えたという。「アマゾンが日本で1000億円くらい売り上げていると聞いて、たぶん、さくらインターネットのような100億円くらいの規模の会社を本気で倒しには来ないだろうと。私たちも1000億売り上げる企業のことを気にしてもしかたがない。自分たちでできることをどんどんやっていくことにしたら、VPS/クラウドが市場で一定のシェアを獲得できるようになりました。現在も売上げのトップラインが伸び続けています」(田中氏)

DCビジネスの5年後は予測不可能、柔軟な計画変更が重要

 こうした状況の中、さくらインターネットは2011年、石狩データセンター(北海道石狩市)を開所。専用サーバーを提供するために、土地が安く電気代も低廉な地域を探した結果石狩が選ばれたのだが、開設したその年が専用サーバー販売のピークで、その後の販売は伸び悩むことになる。

 「クラウドをやるなら何千ラックも必要なく、別に東京でもよかったわけです。仕方がないので電気代の安さをセールスポイントにして、この先マシンラーニングやAIの基盤になることを見込んでGPUサーバーを売ろうと考えました。5年ほど続けていたら、ご存じAIブームが到来しそこから急に売れるようになりました」(田中氏)

 石狩データセンターの建物は上から見るとT字型になっている。当初の計画では8棟を並列で建てる予定だったが、クラウドはスーパーコンピュータのようにサーバー間の接続が重要視されるため、ラックを光ファイバーの近くに置けて、保守要員がすぐにアクセスできるようにT字構造に変更したという。

 「ここで言いたいのは、データセンタービジネスの5年後なんて何もわからないということです。しかし一方で、この分野に投資する際には常に新しいトレンドを取り込んでいく必要があります。トレンドに沿って最もふさわしい設計に変えていくことがカギになります」と田中氏。状況に応じた計画変更のために、投資単位を極力小さくしながら、その中で最適を目指していくことが重要だとした。柔軟な設計変更が奏功し、同データセンターは1年5カ月で黒字転換に成功している(図2)。

デジタル変革期の中で見えてきた、日本のデータセンター/クラウドの課題と勝機 図2:石狩データセンターの売上・利益推移。開所から1年5カ月で黒字化し、以降、売上げ・利益とも順調に伸びている(出典:さくらインターネット)
図2:石狩データセンターの売上・利益推移。開所から1年5カ月で黒字化し、以降、売上げ・利益とも順調に伸びている(出典:さくらインターネット)

日本のクラウド事業者にもチャンスがある

 外資系クラウドベンダー/事業者が台頭し、ますます勢力を強めている現在の状況を、田中氏はどうとらえているのか。「外資のクラウドが伸びているということは、日本の事業者にもチャンスがあるということです」と、田中氏は逆説的な意見を述べ、主要クラウドのシェアをスライドに示した(図3)。

デジタル変革期の中で見えてきた、日本のデータセンター/クラウドの課題と勝機 図3:国内ホスティングサービス/IaaS・PaaS市場シェアとポジショニング(出典:GLOCOMクラウドビジネス研究会「2016年度クラウドビジネス研究会定量調査結果 速報版」/さくらインターネット)
図3:国内ホスティングサービス/IaaS・PaaS市場シェアとポジショニング(出典:GLOCOMクラウドビジネス研究会「2016年度クラウドビジネス研究会定量調査結果 速報版」/さくらインターネット)

 国内のクラウド市場はAWSのシェアが26.3%で、Microsoft Azureが20.5%で続き、トップ2社合計で実に46%に達する。国内勢では富士通が12.4%で、さくらインターネットは10.3%となっている。田中氏は聴講するデータセンター事業者に向かって、次のように呼びかけた。

 「2強のシェアを切り崩すのは国内プレーヤーには非常に困難なことです。そこで見方を変えて、今のシェア10%を維持し続けることに注力する。レンタルサーバーと異なり、クラウドは市場全体が今後も伸びていくので、残ることができさえすれば利益をもっと高めていけるはずです」

第4次産業革命でプラットフォーマーの地位を確立するデータセンター

 競争が激化する中で今後、データセンター事業者はどんな戦略を取っていけばよいのか。田中氏は「産業構造の変化に着目すべきです」と説く。

 1989年、世界の時価総額トップ20社中、15社が日本企業で金融系が中心だった。しかし、2017年にランクインしているのは、アップル、グーグル、マイクロソフト、アマゾン、フェイスブックといった米国のIT企業ばかりだ。日本企業はトップ20に入れず、代わって中国企業が目立っている。第3次産業革命=IT革命の結果、日本企業がランキングから追い出されたとも言える状況だ。

 第2次はエネルギー革命で石油メジャーが、第3次ではIT企業が伸びました。第4次ではどう変わるのか。「AIやIoTが伸びると言われていますが、注目すべきはそれに伴うデータ量の飛躍的な増加です。データが増えれば増えるだけ蓄積・処理・転送の仕組みが問われます。これらを行うにはデータセンターが不可欠です」(田中氏、図4)

デジタル変革期の中で見えてきた、日本のデータセンター/クラウドの課題と勝機 図4:第4次産業革命でデータ量・処理量が飛躍的に増大(出典:さくらインターネット)
図4:第4次産業革命でデータ量・処理量が飛躍的に増大(出典:さくらインターネット)

 第3のプラットフォームと呼ばれるモバイル、クラウド、ソーシャル、ビッグデータの4つの技術要素はビジネスのあり方を変え、自社だけでの開発が難しくなる。そこで、スタートアップへの投資やオープンイノベーションへの注目が高まった。

 「第3のプラットフォームを構成する技術要素はすべてデータセンターを必要とします。この市場は拡大し、この先2ケタ成長が見込まれています。今の産業でこれだけ伸びる業界は稀有で、私たち事業者に大きなチャンスがあるのです」(田中氏)

 一方で、IT業界全体の成長は前年度0.3%の減少が予測されている。「では、成長を続けるアマゾンや楽天は一体何の会社でしょう。そう考えるとすべての会社がIT企業になっていき、今後はIT業界という呼び方がほとんど意味をなさなくなるかもしれません。そんな中でも、データセンターは最後まで必要とされるIT業界のプラットフォーマーだと思います」(田中氏)

 第4次産業革命では、モノがモノとして売れる時代ではなく、モノをサービスとして売る時代になると田中氏。「例えば、iPodが爆発的に売れ出したのはiTunesミュージックストアができてからでした。それまでは安いMP3プレーヤーのほうが売れていましたが、正規の楽曲を100円、200円で買えるというユーザー体験によって売れ出したのです」

 アップルのように、従来モノを売っていたメーカーがサービスをセットにしてビジネスを展開するためには、それを提供する基盤としてデータセンターを確保しなくてはならない。第4次産業革命期は、そうした企業に支持されることがデータセンター事業者の大きなビジネスチャンスであると田中氏は強調した。

 「最近、デジタルトランスフォーメーションがよく言われています。また、FintechやAgritechなど、「○○○×tech」、Xtechで新しいビジネスや市場が生まれています。テクノロジーとの結びつきがあらゆる業界に浸透していき、デジタルで変革を起こす。そのときに必然的にデータセンターが利用されるようになるわけです」(田中氏、図5)

デジタル変革期の中で見えてきた、日本のデータセンター/クラウドの課題と勝機 図5:すべての分野・産業でデータを核としたビジネスモデルの大変革が起こる(出典:さくらインターネット)
図5:すべての分野・産業でデータを核としたビジネスモデルの大変革が起こる(出典:さくらインターネット)

IT企業の衰退の中でも、データセンターは成長する

 「さくらインターネットの戦略は、成長していく環境を発見し、そこに集中投資をすることです。今後も伸びるデータセンター市場にどう投資をしていくか。AI、IoTを重点的に取り組めば、これらに関心のあるユーザーが利用しにきてくれます」と田中氏。

 加えて、スタートアップやコミュニティとの密接な関係を築くことも重要であるとした。「多様化する社会でいかにさまざまな人の意見を取り込んでいくか。当社はスタートアップの盛んな福岡に新拠点を作りました。また、大阪本社を梅田に移転した際にスタートアップが常駐できるスペースを設けました」(田中氏)。こうした取り組みはどの企業にとっても実行可能だとした。

 そして、戦略的投資を行うにあたって、事業を3段階に分けて考えているという(図6)。「強みのある部分と、業界が伸びている部分、将来のためにやっておかなくてはならない部分の3つをしっかり把握する必要があります」(田中氏)

デジタル変革期の中で見えてきた、日本のデータセンター/クラウドの課題と勝機 図6:さくらインターネットの事業分類と成長モデル(出典:さくらインターネット)
図6:さくらインターネットの事業分類と成長モデル(出典:さくらインターネット)

 さくらインターネットの場合、強みのある部分はレンタルサーバーだ。田中氏は、多くの企業は強みを守ることに比重をかけがちだが、成長分野をいかに作るかが重要と強調した。

 「成長分野については収支計画を常に問い、しっかりキャッシュフローを回す必要があります。そして、安定分野で稼いだキャッシュフローを新規分野に投入して、こちらも伸ばしていくことが大切。事業を区分しておかないと、安定分野の利益の最大化に、企業の大半の体力を使ってしまうからです」(田中氏)

 新規分野は収支計画を作らず、捻出された余力の中で取り組む。田中氏によれば、やがて新規分野が成長分野に取って代わりつつあるとき、新しいことをやりたい人材と、ビジネスを軌道に乗せる人材では特性が異なるため、採算を伸ばすマネジメント向きの担当者に変更する必要があるという。

 さくらインターネットは現在、クラウドやGPUサーバーを成長分野、IoT向けモジュール開発を新規分野と位置づける。こうした事業の位置づけは、経営のトップが自覚的に取り組んでいかなくてはならない、というのが田中氏の見解だ。氏は次のように語ってセッションを締めくくった。

 「データセンター業界で最も重要なのは経営者の意識改革なのだと思っています。現場の担当者が苦労しているだけでなく、データセンターを自社保有していることでいかに自社の強みを強化していけるか。それを経営者自身が真剣に考えることが、データセンター業界の今後の課題であり、成長の源泉になるのではないでしょうか」(田中氏)

クラウド&データセンター完全ガイド2017年秋号