クラウド&データセンター完全ガイド:ポイントオブビュー
デジタル変革期に求められる国内クラウド/データセンター事業者の役割
2018年7月18日 06:00
弊社刊「クラウド&データセンター完全ガイド 2018年夏号」から記事を抜粋してお届けします。「クラウド&データセンター完全ガイド」は、国内唯一のクラウド/データセンター専門誌です。クラウドサービスやデータセンターの選定・利用に携わる読者に向けて、有用な情報をタイムリーに発信しています。
発売:2018年6月30日
定価:本体2000円+税
デジタルトランスフォーメーションの潮流で、その基盤を提供するクラウド/データセンター業界が活況だ。数年続いた大都市型データセンターの新設ラッシュが少し落ち着いてきた感があるが、増設・増床のペースは緩んでいない。また、地方都市/郊外型データセンターは市場規模の伸びで都市型を上回る。市場予測では2021年にクラウドがコロケーションを追い抜く見通しだ。 text:河原 潤(IT Leaders/クラウド&データセンター完全ガイド 編集長)
デジタルトランスフォーメーション(DX)が国内企業の間でも不可避の潮流となった。取り組みの中心は多種多様なデータの高度活用であり、データの格納・管理基盤を担うITインフラは、DXイニシアチブの起点・源泉と位置づけられる。国内のデータセンター/クラウドサービス事業者は、多数のユーザーに選ばれるITインフラを提供すべく、事業モデル自体のクラウドシフトやデジタル時代の付加価値を急速に推し進める必要がある。
施設は緩やかに増加し、ビジネスはハイペース成長が続く
「データセンター」と一口に言っても、その規模や形態はさまざまだ。数で言えば9万のデータセンターがあるという。これはIDC Japanが行った2015年末時点での拠点数カウントで、うち国内の事業者が商用で運営するデータセンターが593カ所、企業がIT基盤として自社運用するデータセンターが8万544カ所(サーバールームのような小規模な施設も含む)となっている。本稿で言うところのデータセンターは前者、商用を指し、以下で動向を詳しく確認してみたい。
IDCは、データセンター施設の物理的な増減を示す延床面積も年次で調査している。同社によると、2016年末時点の国内データセンターの総延床面積は203万3540㎡で、向こう5年間は年平均1.6%増のペースで緩やかに伸び、2021年には220万319㎡に達すると予測している(図1)。
物理的な延床面積の伸びが緩やかなのは、ITインフラ機器(サーバー/ストレージ/ネットワーク)およびデータセンター内のラック集約化の進行も影響している。一方、データセンター関連ビジネスの伸びはハイペースが予測されている。IDCは、2017年の国内データセンターサービス市場規模を前年(2016年)比で7.2%増の1兆1780億円と算出。向こう5年間、年平均8.1%増のペースで成長して、2021年には1兆6230億円規模に達すると見積もっている。
アクセスや低遅延で有利な大都市型データセンター
ここから新設・新棟を中心に国内データセンターの開設状況を見ていく(表1)。データセンターはその立地環境で特性がかなり異なる。立地環境は大きく、大都市(首都圏・大阪圏)型、地方都市型、地方郊外型の3種類に分類される。
大都市型データセンターは、首都圏や大阪圏に拠点を置く企業にとって交通アクセスやネットワークレイテンシー(遅延)の面で有利であり、高まるITインフラ需要に応えるかたちで、この数年新設が続いている。
2017年には、「第一大阪データセンター KIX10」(デジタル・リアルティ・トラスト/MCデジタル・リアルティ、大阪府大阪市)、「SAP HCP大阪データセンター」「同東京データセンター」(SAPジャパン、大阪市/東京都)、「Salesforce.com 神戸データセンター」(セールスフォース・ドットコム、兵庫県神戸市)などがオープン。2018年には、「AWSアジアパシフィック(大阪)ローカルリージョン」(アマゾン ウェブ サービス ジャパン、大阪府)が2月に、「三鷹データセンターEAST」(NTTデータ、東京都三鷹市、写真1)が4月にサービス提供を開始し、「新大手町サイト」(ブロードバンドタワー、東京都千代田区)が8月の開設予定となっている。
人気の高い大都市型データセンターであるが、建設可能なスペースは飽和状態に近づいている。また、2020年夏の東京オリンピック/パラリンピック開催を控えて首都圏の建設コストが上昇したこともあり、昨年や一昨年に比べると新設数はペースダウンしている。とはいえ、上述の市場予測にあるような、データセンターサービスへのニーズの高まりに対応すべく、増設・増床のペースはさほど緩んでいない。
運営メリットと企業ニーズの合致で進展する地方型データセンター
一方の地方都市および地方郊外データセンターも存在感を示している。広大で安価な敷地、省エネルギー運営、地方自治体の誘致活動による支援といった事業者側のメリットと、2011年の東日本大震災以降に顕著な、企業のBCP(事業継続計画)/DR(災害復旧)ニーズの高まりが合致したかたちで、市場規模の伸び率に関しては実のところ大都市型を上回る。
2017年には、「北九州データセンター6号棟」(IDCフロンティア、福岡県北九州市、写真2)、「S-Port九州センター」(鈴与シンワート、福岡県)、「博多駅前データセンター(NTTデータ九州、福岡県福岡市)、「S.T.E.P.札幌データセンター」(北海道総合通信網、北海道札幌市)などが最新のファシリティをまとって開設している。
寒冷地域のデータセンターを中心に、外気を取り込んでサーバールームを冷却する自然空調システムの採用が進んでいる。例えば、2016年9月開設の「寒冷地型エクストリームデータセンター」(青い森クラウドベース、青森県六ヶ所村)や2018年1月に開設された「新潟・長岡データセンター」(データドック、新潟県長岡市)では、豪雪地域ならではの雪氷冷却を取り入れたハイブリッド自然空調を採用し、エネルギーコストの大幅な削減を実現している(図2)。また、自然空調システム自体の進化により、寒冷地域以外のデータセンターでも採用が広がっている。
国内DC事業者のクラウドシフト加速の要因
市場全体の成長ドライバーとなっているのは、やはりクラウドサービスの利用拡大である。IDCは上述の調査と併せて、2016~2021年のITインフラサービス形態別の売上額予測も公表している(図3)。
2016年に全体の55%を占めるコロケーション(ユーザーがラックごとを持ち込む“場所貸し”)の売上額は今後も伸びていくが、緩やかなペースとなっている。一方で、2016年には3形態でもっとも売上額が小さかったクラウドデリバリーホスティングの売上額が翌2017年には従来型ホスティングを抜き、2021年にはコロケーションも抜いて全体の45%を占めると予測されている。
このグラフは、国内データセンター事業者のクラウドシフトの進捗を如実に示すものだ。シフトを促す要因の中でも特に影響が大きいと思われる、①海外メガクラウド事業者/ITベンダーの日本市場への注力、②国内企業が取り組む自社ビジネスのデジタルトランスフォーメーション(DX)の2つを取り上げて考察してみる。
①は、AWS、グーグル、マイクロソフト、IBM、セールスフォース・ドットコム、SAP、オラクル辺りをトップ集団とするグローバル大手クラウドベンダーの攻勢である。日本データセンターの開設やサイト/ドキュメントの日本語化などサポートの強化、国内SIer/NIer/CIer(Cloud Integrator)とのパートナーシップ拡充などがここ数年で進み、海外事業者と日本のユーザーとの距離が縮まった。この動きを見て、ハウジング/コロケーションを事業の主軸に置いてきた国内事業者勢も、静観の構えではいられなくなりアクションを起こし始めている。インプレス総合研究所/クラウド&データセンター完全ガイドの年次調査では、調査対象の国内事業者の6割超が何らかのかたちでIaaSに着手しているという結果が出ている(図4)。
②のDXは世界中の企業の間で進展する潮流だ。「デジタル」とは抽象的な言葉だが、大多数の消費者がスマートフォンで常時インターネットにアクセスする今に見合った、デジタルネイティブなビジネスを提供できないと淘汰される――そんな危機感から業種や規模を問わず機運が高まっている。
そうした企業のDXの取り組みを支えるべく、ITインフラを提供する側の事業者にも“デジタル対応”が求められている。DXでは、ビッグデータ分析やIoT、AI、機械学習といった新しいワークロードを扱うケースが出てくる。その際、企業は、主に従来型のワークロードを実行するオンプレミス(自社運用)のITインフラに加えて、適宜、新しいワークロードの実行に最適なITインフラを調達してハイブリッドITインフラを構築する必要がある。
そこで、各事業者のパブリッククラウドやホステッドプライベートクラウドが選定候補になるわけだが、例えば、IoT用のエッジコンピューティング環境や、機械学習や深層学習用のGPU(Graphics Processing Unit)サーバーといったサービスを提供できれば、その事業者にとっての市場競争力が向上することになる。
事業者の持たざる経営モデル「DC in DC」
クラウドシフトが進む一方で、データセンター事業から撤退する事業者も少なからずある。IaaS、場合によってはPaaSといったクラウド基盤に比して、ハウジング/コロケーションといった従来形態サービスへのニーズ低下や、2000年前後のデータセンター建設ラッシュ時期に完成した施設の老朽化、設備、電力料金、IT機器など維持運用コストの高騰による採算性の低下などの理由から、このビジネスに見切りをつけるところが現れている。
この動きには、データセンター事業モデルの多様化傾向が見て取れる。ハウジング/コロケーションを置き換えて提供するIaaS自体がその1つであるし、近年は、データセンターを自社保有せずに、別の事業者や施設保有企業のデータセンターの一角を借りて事業を営む「DC in DC」モデルが国内でも一般的になってきた(写真4)。いわば事業者の「持たざる経営」の実践であり、ビジネス環境変化の早い今の時代にマッチした事業アプローチととらえられる。
では、日本のデータセンターは今後どの方向を目指せば、多数の企業に、デジタルビジネス時代の要件を満たしたITインフラを提供できるのか。以下、「市場競争力向上」と「「地域分散効果」「人材育成」の3つの側面から考察してみる。
市場競争力向上:国内事業者ならではの高品質なサポートと付加価値サービス
グローバルレベルでの市場競争力の向上は、国内事業者にとって生き残りをかけた喫緊の課題だ。AWSやグーグル、マイクロソフトなどは今後も進出先の市場シェア拡大に力を注ぐはずである。海外勢のサービスにかつてあった、ネットワーク遅延、各企業の情報管理面でのコンプライアンス、「国外に自社のデータを置くのは不安」といった心理面の障壁などは、上述したように急速に解消されつつある。国内事業者にとってのいわば「地の利」はほぼ消失したと言ってよい。
しかしながら、ハウジングからクラウドへの転換を急ごうにも、待っているのはスケールメリットにものを言わせた熾烈な価格競争という茨の道でもある。打開策として、やはり持ち前の高品質な運用サポート/サービスを打ち出していくことは必須だろう。海外勢とは一線を画したきめ細やかなサポートや、SIer/NIerとも連携しながら、日本企業の商慣習やビジネスニーズを知り尽くした国内事業者だからこそ提供できる付加価値サービス(マネージドサービス、BPO連携オプションなど)の提供に努める。こうしたかたちでニーズに応えていくことで、海外勢も含めた市場全体で、一定の役割を確保できる可能性が出てくる。
地域分散効果:運用効率化によるユーザーメリットの追求と地域活性化
日本のデータセンターは、東京・大手町を中心とする首都圏集中型から発展してきた。その経緯に加えて、ICT企業のような大量のITリソースを扱う企業の大半が首都圏に拠点を構えることから、古くからのテーマであるデータセンターの地域分散化がなかなか進まずにきた。
前半で述べたように、地方型データセンターに対する期待は高い。大都市圏に比べ安価かつ広大な敷地を確保できるうえ、外気空調などの省エネルギー運用によって運営コストの削減を図り、地方都市の産業振興・企業誘致政策に伴う税優遇/補助金制度をうまく活用することで、スケールや機能の面ではともかく、料金面で海外勢との競争の土俵に上がれる可能性もある。
とはいえ、顧客となる企業数のケタが違う大都市圏のデータセンターに注力し続ける事業者は当然多く、事業者の市場競争力向上の観点からも現状では理にかなっている。企業側でも低遅延や現地のシステム保守に赴く際のアクセスを重視する向きは依然として強い。加えて、首都圏では2020年の東京オリンピック開催に向けた社会インフラ再整備という盛り上がりもある。
諸々の状況を考えると、大都市型データセンターも重要だが、地方都市/郊外型地方型データセンターがもっと新設され、ユーザーにとってのコストメリットや地域活性化、地産地消などの効果が広範に周知されていくようなサイクルに極力早く入っていくことが望ましいと言える。
明日のクラウド/データセンターを支える人材の確保・育成を
そして、上述の2側面のいずれにも関わる、この分野・業界の人材確保/育成にまつわる問題もある。IT人材の全般的な傾向として、近年はモバイルアプリケーションやソーシャル系サービスの開発といった、比較的フロントエンド/コンシューマー寄りの領域に集まりがちで、データセンターやネットワークの設計・構築に携わるエンジニア人材不足が叫ばれている。
この課題に対しては、事業者同士でアライアンスを組んで共同の人材交流プログラムを発足させたり、業界団体がこの分野の人材育成に特化したワーキンググループを設けて研究・啓蒙活動を行ったりと、いくつかの取り組みがすでに始まっている。最新のクラウドにしても、従来型のハウジング/コロケーションにしても、設計や運用の主体は「人」であることに変わりなく、こうしたアクションが業界全体に広がることを強く期待したい。