特別企画
「共感」が生まれる新しい働き方、クラウドソーシングの現在と未来
クラウドワークス・吉田浩一郎社長に聞く
(2014/3/28 06:00)
箱ごと電子レンジに入れられる「ボンカレー」新製品のキャッチコピーが、2014年初頭にインターネットで公募され、“箱ごとレンジ「スパイスひきたち製法」”という案が採用された。
このコンペは、ボンカレーを発売する大塚食品と、クラウドソーシングサービス「クラウドワークス」を運営する株式会社クラウドワークスの共同で開催された。このコンペでは、7日で4902案が寄せられたという。クラウドワークスでは、こうしたコンペ形式の仕事も頻繁に発生している。
新しい働き方を提供するクラウドワークス。実際にどのような仕事やワーカーが登録されているのか。そして、クラウドソーシングの潮流がなぜ生まれ、今後どうなっていくのかなどについて、代表取締役社長兼CEOの吉田浩一郎氏に話を聞いた。
プロジェクト形式、コンペ形式、タスク形式の3種類の形態
クラウドソーシングとは「crowd(群衆)」と「sourcing(調達)」を組み合わせた言葉で、不特定多数の人に業務を委託する形態だ。
株式会社クラウドワークスは2011年に設立された。クラウドソーシングで発注企業側と受注側をマッチングさせるサービス「クラウドワークス」を2012年3月から提供。登録者数が約12万人、クライアント企業が約2万4000社、案件総額が約70億(数字は2014年2月時点)と、国内におけるクラウドソーシングサービスをけん引している。
クラウドワークスのサイトにアクセスすると、「開発」や「デザイン」などの仕事の種類や、必要なスキルなどで分類されて仕事が並んでいる。また、ワーカー側も、カテゴリや最近採用された作品(実績)などから探せるようになっている。クラウド型プラットフォームを介すことで、仕事が始まるまでの時間を短縮。15分で開始した最短実績もあるそうだ。
クラウドワークスでの発注形態には、「プロジェクト形式」「コンペ形式」「タスク形式」の3種類がある。プロジェクトに参加するメンバーを募集するのが「プロジェクト形式」、1つのテーマに応募した中から採用作品を選ぶのが「コンペ形式」、比較的単純な作業を多数の人に分散して依頼するのが「タスク形式」。
冒頭で紹介したボンカレーの例はコンペ形式にあたる。「コンペ形式について実は最初、採用されなかった人がタダ働きになってしまうとの懸念があって最初は取り入れていなかった」という。が、ワーカー側から「採り入れてほしい」という声を受けて、サービス開始からおよそ半年後に追加した。
「コンペ形式を望んだワーカーからは『プロジェクト形式だと、自分に自信のある人しか参加できない』『しばらく現場を離れていて自分の実力がわからないので、迷惑をかけてしまいそうで下手に参加できない』といった声をいただきました。コンペ形式はハードルが低い参加方法で、採用されればそこから実績を積んでいけますし、不採用になってもほかの作品から学べます。それで、コンペ形式を始めました」と吉田氏は説明する。
コンペ形式は、デザインなどの仕事で活発に利用されている。地ビールメーカーからYahoo!JAPAN、ヤマハ、はては経済産業省まで、クラウドワークスのコンペによってロゴやパッケージなどのデザインを募った事例が紹介されている。大企業のほかにも、ロゴやチラシ、看板、ポスター、名刺などのデザインの案件が集まる。また、キャッチコピーやネーミングの募集などもある。
一方、ソフトウェア開発などの案件では、プロジェクト形式が利用される。「ざっくりいうと、大規模なプロジェクトはプロジェクト形式、それより短期間のものはコンペ形式、というすみ分けです」と吉田氏。ジャンルごとの傾向としては、「件数ベースでいうと、開発、デザイン、事務が1/3ずつです」(吉田氏)。
発注にあたっては、報酬を先にクライアントからクラウドワークスが預かり、完了したところで手数料を引いた額が受注側に支払う。「非対面での発注なので、受ける側としては仕事をしてもお金をもらえないということを避けるため、クライアント側としてはお金を払ったが仕事が上がってこないということを避けるため、クラウドワークスが中に入っています」(吉田氏)。クラウドワークスの手数料は、成果報酬方式で、契約額に応じて0~20%だという。
物やサービスを作る課程に関わることの「共感」
なぜこうした新しい働き方が求められるのだろう。また、そこで生まれる新しい「価値」とは何か。
吉田氏は、クラウドワークスの本質を「個人のスキルと空き時間を見える化して売買するものだ」と説明する。現代は、オンラインショッピングから、証券会社や生命保険まで、利用者にインターネット経由でダイレクトに価値が届けられる時代だ。氏は、個人の部屋の“空き枠”を直接売買する「AirBnB」や、タクシーの“空き枠”を運転手と個人で売買する「Uber」の例に引きながら、「クラウドワークスでは個人のスキルの“空き枠”を直接売買するものといえる」と説明した。
「一方で企業側にとっては、いままでの人材集めでは2~3カ月かかり、外注でも2~3週間かかるため、人材にダイレクトにアクセスできて、簡単な仕事からでも依頼できるのが魅力です」(吉田氏)。
吉田氏は「クラウドソーシングの潮流は、コストダウンではなく、価値の源泉が製造原価ではなくなっていることが背景です」と語る。音楽や映画などで定額のサービスが世界規模で普及し、本も電子化されるなど、価格が製造原価にひも付かないという世の傾向がある。「その答えの一つがクラウドソーシングだと考えています」と氏は語り、スターバックスが商品や店舗に関するアイデアを一般から募集する「My Starbucks Idea」や、ウォルマートが新商品のアイデアを公募した「Get on the Shelf」の例を挙げ、「これからの価格の源泉は“人々の共感”」だと論じてみせた。
人々の共感――これが、1つのキーワードとなるようだ。ボンカレーの事例も、「広告代理店の人ではなく、みんなの共感から生まれたキャッチコピー」と説明。そのほか、クラウドワークスでの事例のうち、震災支援バッグや障害者支援クッキーなどを例に、「物やサービスを作る課程に関わることで共感を持つ。そうして新しいものが生まれる。それがクラウドソーシングの1つの価値」というのが吉田氏の考えだ。「これはオープンソースの思想。それが企業経営に入ってきたという感覚があります」。ちなみに、同社のサービスプラットフォーム開発ではプログラミング言語のRubyを採用し、Rubyなどのオープンソースコミュニティにも積極的に参加している。
発注でも共通認識と共感が大切
とはいえ、非対面の個人に発注するというのは、日本の企業にとって馴染みが薄い。「そのため、最初は一件一件、企業をサポートしていました」と吉田氏。
通常の取引では、相互に共通認識を持った上で発注がなされる。「たとえば、クライアントが『LINEみたいなアプリを作って』とだけ言ったのを、受注側のほうで意図を汲み取って仕様を提案する、といったことが行なわれてきました」(吉田氏)。こうした方法は、共通認識にもとづいた対面での発注だから成り立つ。
一方、非対面での発注では共通認識が薄く、まだどこまで共通認識があるかもわかりづらい。そのため、たとえばiPhoneアプリの開発で、発注側では作業範囲をApp Storeへの登録までと考えていたが、受注側ではアプリ自体の開発までと考えていたという行き違いも起こるという。「そうした曖昧な部分について、クライアント側に具体的な内容を明記してもらうというサポートもしていました」。
それにも増して、「共感できるような依頼のしかた」が重要だと吉田氏は強調する。「『サービスへの思い入れを書いてください』とアドバイスしています。『こういうiPhoneアプリを作りたいがスキルがないので手伝ってほしい』のように共感できるような書き方をすることで、集まりが大きく違ってきます。また、下請けではなく、対等な意識で発注書を書くのも重要です」。
特に非対面の取引では、上のように要件定義がしっかりしていないとトラブルになるが、「そのスキルも、ないならそのように伝えるのが重要。受注側でプロジェクト管理のスキルがある人もいるので。両側ともそのスキルがない組み合わせになるとトラブルになる」という。
現在ではクラウドソーシングの利用が進んできたこともあって、同社が直接フォローすることは少なくなり、多くはサイトからどんどん使っている。「利用回数が増えて慣れてくると、サイトを見て『テープ起こしも頼めるのか』と気付いて、二次関数的に利用が増えますね。たとえば、テキストをPowerPointにするとか画像のリサイズとかいったちょっとした作業も、事例が見える化されることで、頼もうということになります」。
フリーランスは実績を積むのが重要
ワーカー側は、フリーランスで活動するプログラミングやデザインのプロから、主婦やシニアまで、幅広く集まる。クラウドワークスのサイトのトップ画面には、開設当初から、フリーランスの人々の賛同を得て本人の写真を並べて掲載している。
登録者の最高年齢はなんと85才。「実際の案件でも、70代の人がけっこう活動されていますし、50才以上が1万人います」(吉田氏)。これは、テレビ東京と提携して番組を通じてシニア向けの働き方を啓蒙した成果だ。シニアでも、文書を書くような作業や、文字を清書する筆耕、写真の撮影など、自分のちょっとしたスキルを活かせるという。
クラウドワークスでも、案件を「プロ向け」「経験不問」と分けるなど、プロとアマチュアが両立し、ミスマッチがないようにしている。
ここで、フリーランスとしてクラウドソーシングで生活する心得を吉田氏に聞いてみた。吉田氏が言う一つ目は、「個人事業主だという意識が必要」。クラウドソーシングに限らず、フリーランスでは営業や業務、事務手続まで、ぜんぶ自分でやる必要がある。これがまず入り口だ。
その次に来るのが「実績を積む」こと。吉田氏によると「10件ぐらいまでは実績を積むことを最優先にする。すると実績が見える化してくるので、自分のガイドラインを決めて仕事を受けるようにする」のがよいという。クラウドワークスでも、クライアントが案件を投稿したときに、実績のある受注者をオススメする「『見てみて!』機能」を設けて、実績から仕事が増えるようにしている。
3番目に吉田氏が挙げるのが「契約内容をきちんと確認すること」。「発注側が検収を簡単に済ませて、納品が済んだ後から『頼んだものと違う』となるトラブルがしばしばあります」。そのために、修正の回数や期間をきっちり区切ったほうがいいという。
それらを含めて、「まずは小さな仕事からレベルアップしていく」ことを吉田氏は勧める。「クライアントとうまくやっていけそうであれば、徐々に大きな仕事に移っていく。ドラクエのレベル1で、まずスライムを倒そう、というように(笑)」。同じことはクライアント側にも言え、最初から大きく高額な案件を発注しないこと、短く区切って発注することを吉田氏は勧める。
こうしたステップアップのために、クラウドワークスが重視しているのは、やはり「見える化」だ。サイトでは「ありがとうボタン」を設け、「いいねボタン」のように、受注側や発注側が相互に感謝の意を伝えられるようにしている。2014年2月時点で、合計50万ありがとうを突破しているという。
クラウドワークスのこれからのテーマは?
2013年頃から大規模な利用が増えてきたという。そこで、2014年のテーマの一つとして、吉田氏は「大企業が継続的に使っている事例を作っていきたい。それにより、企業にとっても必ずプラスになる」という。
また、2月には、国内外の大学や研究機関と連携し、クラウドソーシングによる働き方の研究に取り組む「クラウドワークス リサーチ」を立ち上げ。東工大の研究への調査協力なども積極的に行っている。こうした取り組みを通じ、非対面のチームでどれぐらいクオリティを担保できるかを実験し、新しい働き方を作っていくと吉田氏は語る。
常日頃のテーマとしては、「笑顔で働く」がある。フリーランスは不安になりがちだが、そうした不安を互いに相談する場所も設け、ユーザーをサポートする。3月にはクラウドワークス2周年記念の交流会も開かれた。
中長期的な課題としては、「仕事」「教育」「福利厚生」の3つを吉田氏は挙げる。「いいなと思っているのが、弁護士や税理士のような顧問制度のモデルですね。通常料金と、それ以上の相談には従量課金という形で、スキルをパッケージできれば、生活が安定するのではないかと考えています」。
「個人で働く人の教育も、これからの大きな課題だと考えています」と吉田氏は語る。たとえば、同じExcel作業でも人によって稼いでいる額が違うのをデータマイニングし、そのスキルの差を教育するようなことができればいい、と氏は考える。その一歩として、マイクロソフトや東洋美術学校と提携して認定や教育のプログラムを進めている。
フリーランスの社会保障は、長期的なテーマだ。クラウドワークスも少しずつ取り組んでおり、福利厚生代行サービスと契約し、一定の実績や条件を満たしたフリーランスの人に対し、社員と同じ福利厚生サービスを提供しているという。
さらに今後は、海外への展開も考えている。「世界ではクラウドソースが発達していて、オーストラリアのFreelancer.comがIPOしたのは喜ばしい話です」と吉田氏。「特にアジア新興国を考えています。フィリピンやベトナムでの基礎調査を進めているところで、年内に一つ、入り口でも形にできればと思っています」。