クラウドの「作り手」ではなく、「使い手」を目指す
KCCSのクラウド戦略を松木憲一常務取締役に聞く
京セラコミュニケーションシステム(KCCS)は、クラウドソリューションの新ブランド「GreenOffice Platform」を、2010年8月から展開している。クラウド・コンピューティングの導入に関する計画、設計、運用、効果測定までを含めたすべてのプロセスをサポートするソリューションとして今後、さらに製品ラインアップを拡大する計画だ。
一方で、同ソリューションと両輪の形で提供するITライフサイクルマネジメントサービス「GreenOffice LCM」により、IT資産のライフサイクルをトータルで管理する仕組みを提供する。「クラウドビジネスにおけるKCCSの最大の特徴は、しっかりと『運用』を提供できること。クラウドの『作り手』ではなく、『使い手』を目指す」と、KCCSの松木憲一常務取締役は語る。KCCSのクラウド・コンピューティング戦略を聞いた。
■クラウドにも、環境に配慮した「GreenOffice」のコンセプトを継承
――先ごろ、クラウドソリューションを、「GreenOffice Platform」としてリブランドした理由はなんですか。
京セラコミュニケーションシステム株式会社 常務取締役 ICT事業統括本部 副統括本部長松木憲一氏 |
松木氏:もともとKCCSでは、「GreenOffice」ブランドのもとで、オンプレミス型の各種製品、サービスを提供してきた経緯がありました。GreenOfficeで目指したのは、「地球環境に配慮したオフィスの生産性向上のための、新しいワーキングスタイルの提案」。このコンセプトのもと、クラウドコンピューティングを利用した効率的なビジネススタイルの提案として新ブランド「GreenOffice Platform」を立ち上げたわけです。
GreenOfficeを提唱しはじめた時には、まだエコに対する関心が低く、ちょっと早すぎたという言い方もできますが(笑)、ようやく時代がこのブランドに追いついてきた。GreenOfficeを、KCCSのICT事業の事業ブランドと位置づけ、そのなかで、GreenOffice Platformをクラウドソリューションのファミリーブランドとし、GreenOffice Platformの下で、クライアント、プラットフォーム、ネットワーク、セキュリティ、インテグレーションといったサービスを置き、それぞれを個別ブランドで提供していくことになります。
年内に出荷を予定している仮想デスクトップでは、単体の機能だけでなく、ネットワーク、セキュリティ認証、検疫サービスを含め、導入後の運用、クライアントのライフサイクルマネジメントまでを含めた提案を行っていく。クラウドを扱っているプロバイダーは多いが、データセンターのレイヤーからセキュリティ、ネットワーク、運用までそろえている事業者は少ない。ここに当社が差別化できるポイントがある。運用という観点では、GreenOffice Platformと両輪を成す形で、「GreenOffice LCM」を製品化していきます。
ブランドのコンセプト | サービスのラインアップ |
――GreenOffice LCMとはどんな運用サービスになるのですか。
その名の通り、ITライフサイクルマネジメントサービスであり、お客さまのIT環境改善に向けた戦略の策定、設計から移行、運用、継続的改善までをサポートし、IT資産のライフサイクルをトータルで管理します。いわばオペレーションにおけるブランドネームといえます。クラウド・コンピューティングは、ITサービスを提供するだけではうまく回らない。リモートアクセスの環境を構築する場合を例にあげても、カードの配布や在庫管理はどうするのか、アカウント管理や経費管理はどうするか、ヘルプデスクはどうするのか。運用、ライフサイクルという観点で見た場合の課題は山積です。
KCCSは、単にインフラを提供するというだけではなく、ITサービスと運用、管理をともに提供し、企業の経営全般をITの観点からサポートしていく体制を、クラウドの世界でも提供していきます。
――GreenOffice PlatformおよびGreenOffice LCMの事業規模はどのぐらいを想定していますか。
GreenOffice LCMでは初年度に10億円、IaaSでは1億円といった規模を想定していますが、ひとつのゴールとして設定しているのは、クラウド・コンピューティング事業で、今後3年間で50億円の売り上げ規模です。
■KCCSのクラウドにおける強みとは?
――KCCSのクラウド・コンピューティングの強みはどこにありますか。
繰り返しになりますが、KCCSの最大の強みは「運用」だといえます。当社は1995年の設立以来、ICT業界におけるさまざまなパラダイムシフトを経験してきました。そのパラダイムシフトがいま、「クラウド」という言葉で表現される世界へと入ってきている。この長年の経験のなかでKCCSが変わらなかったのは、単にアプリケーションを開発して、システムを提供するだけではないということ、RFP(リクエスト・フォー・プロポーザル=提案依頼書)に沿って開発すればいいとは思っていないという点。
つまり、満足していただくためには、インテグレーションには必ずアウトソーシング(運用)をつけ、われわれの責任において確実に成果を出すという提案をしてきたという点です。
システム、ソリューションだけでなく、オペレーションまでを提供するのがKCCSの最大の強みであり、それはクラウドの時代になっても変わりません。クラウドは、システムの観点から見れば大きく変化したように見ますが、われわれが得意とする運用という観点から見ればそれほど変化はない。だからこそ、クラウド時代になっても引き続き、当社の強みが発揮できるのです。
GreenOffice Platform、GreenOffice LCMでも、運用の部分がわれわれの付加価値であることを明確にし、投資に対する効果までをカバーしていきたい。ここに、ほかのクラウド事業者にはない、KCCSならではの価値がある。
――「運用」という点では、ほかのクラウド事業者も同様のメッセージを掲げています。KCCSがそこまで強く「運用」の強みを宣言できる理由はどこにありますか。
KCCSのデータセンターのイメージ |
ひとつはKCCSは、データセンターを運営してきた実績があるという点です。データセンターは、1999年に京都に開設したのを皮切りに、2000年には東京第1データセンターを開設。現在では東京に3カ所のデータセンターを持っています。最新の東京第3データセンターは200ラックを用意していますが、まだ半分程度しか埋まっていません。これから本格的に活用する段階にあります。
もともと当社がデータセンタービジネスを始めたのは、出資会社の1社でもあるKDDIが展開するEzWebの課金/認証システム、あるいは、CP(コンテンツプロバイダー)のコンテンツ登録、コンテンツ検証といった業務を担っていたという背景があります。
その後、携帯電話向けコンテンツ市場の拡大にあわせて、CPのホスティング需要が高まり、データセンターの活用が増大してきた。ここで提供するシステムは、まさにミッションクリティカルなものです。よく企業のバックエンドシステムをミッションクリティカルシステムと表現しますが、少し乱暴なことをいえば、それはミッションクリティカルとはいえない。止まってもそんなに問題はないんです(笑)。
しかし、CPに提供するシステムの場合は、CPの事業規模の大小を問わず、直接稼いでいるシステムであり、収益をあげるシステム。それを預かっている以上、止めることは許されない。ミッションクリティカル度が違うんです。さらに、コンテンツは刻一刻と変化し、それを新たなサービスを提供するシステムを構築するスピードも求められる。いまこそ、クラウドによって短期間にシステムを構築できますが、当時はそういう仕組みがないところで、1か月間で立ち上げるという状況にあった。そうした経験を持っていることが大きいのです。
ですから、IaaSを提供するにも、運用というところまでを視野に入れて、CPやキャリアが求めるSLAをクリアできるようなものを視野に入れている。そして、もうひとつの理由が、経営という観点でのノウハウを蓄積し、これを運用に生かしているという点です。
■社員のスキルとして「経営感覚」持つ、アメーバ経営のノウハウをICT事業に生かす
――「経営」のノウハウの蓄積とはどういう点ですか。
それには2つの観点があります。KCCSは、京セラの情報システム部門が独立した会社です。つまり、京セラのアメーバ経営のなかで取り組んでいる時間当たり採算制度を支えるシステムを構築してきた。売り上げ、経費、コストといった点から、いまの状況を細かい単位(アメーバという単位)で、経営者に対してみせる。
このITシステムは、リアルタイムに経営を知るためのものであり、言い換えれば、それ以外のものは優先順位が低かった。そうなると重要なのは運用なんです。メインフレームを使おうが、オープン系のサーバーを使おうがそれは構わない。求められているのは、経営に役立つ情報。それを構築し、運用するノウハウとDNAがKCCSにはあります。
さらに、経営を知るという観点でいえば、社員のスキルとして、「経営感覚」を持っているという点が見逃せません。京セラグループでは、入社して5~6年になるとアメーバ(小さな組織)のリーダーになる。そうなると中小企業の社長と同じ規模で経営を見ることになる。いかに売り上げをあげ、いかに経費を落とし、そのための手段としてどんな組織を作り、どんな技術を使いイノベーションを起こすか。そして、だれをターゲットに展開するかといったマーケティングも実践する。エンジニアもそうした経験を経て育っていきますので、お客さまの経営を理解する素地(そじ)があるのです。
ICTベンダーというだけではお客さまの真のビジネスパートナーにはなりえない。卓越したICT技術と、お客の事業を知ることを両輪にしなくてはならない。クラウド・コンピューティングの時代も、求められる要素は同じです。
KCCSのICT事業のキャッチフレーズは、「情報を守る、つなぐ、活かす。そして経営を伸ばす。」です。ビジネスプロセスインテグレータとして、経営を理解しながら運用サービスまでを提供し、結果を出すというDNAは、KCCSならではの強みです。
――「守る、つなぐ、活かす」という言葉に込めた意味はなんですか。
クラウドということに置き換えるならば、「守る」はデータセンター、「つなぐ」はネットワーク。そして、「活かす」は、アプリケーションあるいは「運用」といってもいいでしょう。
それらの強みを提供することによって、顧客の「経営を伸ばす」というわけです。データセンターの強みについては先に触れた通りですが、今後は、中国やシンガポールにも展開していきたいと考えています。
日本のデータセンターの運用は、コロケーション、ハウジング、ホスティング、基盤構築、仮想化、クラウドと進化してきたが、中国においては、ハウジングから一気にクラウドに飛ぶことになるでしょう。当社は、中国ではすでにビジネスの経験があり、事情がわかっている。クラウド市場が中国でどう熟すのかといったタイミングを見極めながら、中国企業を対象にデータセンター事業を展開したいと考えています。
一方、ネットワークという点では、早い段階からMVNOとして展開することで、キャリアとは一線を画すサービスやコストを提供してきた。PHSや3G、そしてWiMAXのMVNO、MVNEにも積極的に取り組んでいる。かつては堅牢性の高いキャリアのネットワークを使用し、そこに柔軟な価格設定を行えることが差別化となっていたが、いまではそれは特徴とはいえない。つまり、ここでも運用が強みになる。細かい運用をどれだけカバーできるかが、われわれMVNOとしての差別化になるといえます。
ネットワークは、今後3年ぐらいのスパンでとらえると、家庭で固定電話を持つ人が少なくなってきたように、オフィスでもそういう環境が生まれてくる。私はすでに社内ではWiMAXしか使っていません。このように社内網がすべてリモートアクセスになると、ネットワークの「所有」から「利用」への転換が加速する。WiMAXやLTEでは、既存ネットワークや構内のルーターなどを使わずに、パブリック網のなかにプライベート網を作るといった、いわゆるバーチャルな構内網を構築する形態のサービスが始まるのではないでしょうか。
そうなると、それぞれのオフィスビルにリピーターを導入したり、基地局を設置するというエンジニアリングサービスが必要になる。ここはKCCSが持つエンジニアリング部門の力を発揮でき、さらに親会社である京セラがリピーターを作っているという強みもある。屋内ソリューションと組み合わせることで、ネットワークの所有から利用を加速し、そこで新たなネットワークサービスが生まれるものと予想しています。
一方、「アプリケーション」に関しては、クラウドの領域ではこれから強化していく部分となります。10月15日から、ワークフローシステム「GreenOffice Workflow」の提供を開始したところですが、そのなかでも実現したように、スマートフォンなどを対象にした新たなアプリケーションサービスの提供にも幅広く取り組んでいきたいと考えています。
■クラウドでも、運用を大切にする点は変わらない
――あらためてお伺いしますが、KCCSにとって、市場の流れがクラウドに進化したことはどういう意味がありますか。
クラウド・コンピューティングは、顧客にとってコスト削減というメリットはあるでしょうが、極論すれば、新たな価値が提供されるわけではない。一方で、誤解を恐れずにいえば、これまでの情報システムは、不必要な時に、不必要なものを、不必要な分だけ提供することが業界にとってビジネスになっていた。ピークにあわせてシステムを構築しなくてはならないというオンプレミスの例は最たるものです。
クラウドでは、必要な時に、必要なものを、必要なだけ提供するということですから、当然業界としては厳しくなる。規模を追わなければ事業として成り立たないし、業界の整理統合の引き金になるともいえます。ここで差別化となるのは、やはり「運用」になる。運用次第で、システムは正反対の結果が出てくる。
KCCSが、これまでも、これからも変わらないのは、ビジネスプロセスインテグレータであり、運用を大切にするという点です。これまでのお客さまとのお付き合いのなかで、運用までお預かりしたのは、ITだけでは経営は改善しないということ、お客さまの課題をしっかりと理解するには、運用まで踏み込まなくてはならないことを知っているからなんです。
お客さまのところには常駐ではなくても、必ずSEを派遣する。経営を知ったSEが、本当の課題はなにかを見てくる。よく見てみると、ITへの投資が解決方法ではなく、社内教育や体制の変更で解決する場合もある。もちろん、それでは、KCCSのビジネスにならないという話がありますが(笑)、これだけ世の中が厳しくなると、お客さまから真のビジネスパートナーと見てもらえることこそが重要になる。それが事業を継続できるかの分水点になる。そこを抑えていかなくてはなりません。
KCCSが目指しているのは、「真のビジネスパートナー」。卓越したICTをもって、顧客のビジネスパートナーになるということです。RFPが出てくる以前に、お客さまと経営課題を解決しなくてはならない。
顧客のなかには、クラウドの良さをわかっていても、クラウドに踏み出せないでいたり、期待した効果を得られるのかといったことにも疑問を持っている。一方で、クラウドはITの利用形態そのものが変化するものであり、顧客の業務プロセスや、組織体制まで見直さないと使いこなせない場合もありますね。
いきなり飛びつくと効果が得られないということもあり、これまでにはなかった新たなトラブルが発生することがある。さらに、データが手元にないという考え方も定着させる必要があること、リプレースコストが見にくいという問題もある。こうした点にも踏み込んで提案をしていきたい。
――GreenOffice Platformを展開する一方で、Googleとの連携で、Google Appsを提供しています。このあたりのすみ分けはどうとらえたらいいですか。
GreenOffice Platformは、当社の特徴が発揮できるクラウドソリューションとして提供する一方で、顧客の選択肢を広げるという観点からGoogle Appsを用意しています。異なる要求に対しての選択肢ということになりますから、GreenOffice PlatformのメニューのなかにGoogle Appsを入れるということはありません。
現在、われわれが提案しているシステムは、ミッションクリティカル度の高いものです。信頼性、セキュリティという観点からGreenOffice Platformが注目されている。
だが、その一方で、「クラウド=低コスト」と考えている経営者も少なくない。低コストでクラウドを構築したいという要求に対して、Google Appsを提供し、そこにわれわれのソリューションを組み合わせていきます。
――どのぐらいのミッシュンクリテカィル度を要求するか、コストはどうするかといった点での選択肢というわけですね。
パブリッククラウドが提供するミッションクリティカルと、プライベートクラウドで実現するミッションクリティカルとを比べると、そこには大きな差があります。また、コストあたりのミッションクリティカル度といったもの設定し、試算してみると、クラウド自体、まだまだ低いという結果になります。
ただし、こうした状況がずっと続くとは考えていない。これまでのICT業界の変化を見ても、いつかはわからないが、どこかで変わることになる。つまり、パブリッククラウドは常ににらんでおかなくてはならない領域であり、顧客に対してベストなソリューションを提供するという意味では、われわれのようなシステムインテグレータ、あるいはクラウドインテグレータの立場で、なにを提供できるのかということを常にとらえておかなくてはならない。メジャーなパブリッククラウドサービスをどこまで、どう利用できるのかといったことを研究していく必要はあります。
KCCSは、「クラウドの作り手」になろうとは思っていません。「クラウドの使い手」になりたい。パブリッククラウド、プライベートクラウドのそれぞれの需要の変化、データセンターを持つことの強みの変化といった時代の変化にあわせて、ベストのクラウドサービスを選択し、それを使いこなして、顧客に確実な効果を提供できるという運用面での強みこそが、「クラウドの使い手」に込めた意味です。