インタビュー

OpenStackはAWSのライバルではない――、Mirantis幹部に訊く「結果中心主義」のクラウド

 2016年5月、米テキサス州オーステンで開催された「OpenStack Summit Austin 2016」には、世界中から過去最高となる7500名が参加し、OpenStackがクラウドインフラの主要なテクノロジとして普及したことをあらためて印象づけた。

 特に、基調講演で紹介されたAT&Tの事例――現時点ですでに74ものOpenStackクラスタを稼働させ、1日あたり100PBを超えるトラフィックをさばいているという圧倒的なスケール感は、大規模エンタープライズのクラウド基盤においてOpenStackが十分に機能するという事実を世界に証明したといえる。

 このAT&TのOpenStack導入で中心的な役割を果たしたのが、OpenStack専業ベンダであるMirantisだ。同社は7月15日から日本法人であるミランティス・ジャパン株式会社の活動を開始させ、国内OpenStack市場の活性化とシェア拡大を狙うことを発表している

 クラウドベンダーとしての存在感を高めるために、どんな施策を日本市場で打っていこうとしているのか。来日したMirantisの共同創業者兼CMO(チーフマーケティングオフィサー)で、OpenStack Foundationのボードディレクターも務めるボリス・レンスキー(Boris Renski)氏に話を聞いた。

米Mirantisの共同創業者兼CMO、ボリス・レンスキー氏

“顧客のビジネスに結果を出すこと”がゴール

――まずはMirantisのビジネスの現状を教えてください。

 現在、Mirantisは非常に速いスピードで成長しており、ここ数年は2ケタ成長を続けています。その最大の理由はわれわれがソフトウェアではなく、顧客のビジネスの"結果"にフォーカスするビジネスモデルを取っていることにあります。OpenStackを導入して終わり、ではなく、OpenStackを導入したことにより顧客のビジネスに明らかなメリットをもたらすことをゴールにしています。

――もう少しそのビジネスモデルについて説明していただけるでしょうか。

 Mirantisは2011年にOpenStack専業ベンダとしてスタートしました。現CEOのアレックス・フリードランド(Alex Freedland)とともに私も創業メンバーのひとりです。創業してからしばらくは、OpenStackというソフトウェアをサービス込みで提供することがビジネスの中心でした。独自ディストリビューションの「Mirantis OpenStack」の提供もその一環です。顧客にOpenStackを導入してもらえば、それがゴールだったのです。

 しかし今では「そのモデルは間違っていた」とはっきり言えます。顧客のゴールはOpenStackを導入することではなく、OpenStackによってベネフィットを得ることです。ならばわれわれはOpenStackを通して顧客のビジネスに結果をもたらさなければならない――。そのことに気づいてから、Mirantisはビジネスを大きく転換しました。

 具体的には、顧客向けのトレーニングサービスの強化やマネージドサービスのローンチ、コンサルティングなど、顧客がOpenStackを導入する前だけでなく、導入したあとでも継続的に効果を得られるようサポートすることに努めるようにしたのです。その結果、顧客の満足度も高まり、われわれのビジネスも大きく成長することにつながりました。

――Mirantisの事例を見ると、AT&TやVolkswagen、Wells Fargoなど世界的なエンタープライズ企業による大規模なユースケースが目立ちます。これもビジネスモデルの転換の影響でしょうか。

 Mirantisは初期のころからエンタープライズビジネスにフォーカスしています。そういう意味ではビジネスモデルを変換したわけではありません。しかし大きな企業になればなるほど、クラウドをインフラとして機能させるまでに時間がかかります。われわれはその点に注目し、顧客がOpenStackによってより速く結果を出せるよう、構築にかかる時間をできるだけ短くするようにしています。

 そうした実績からより多くのエンタープライズ企業がMirantisに注目するようになったという変化はたしかにありますね。PayPalやWorkday、Reutersなどもわれわれのそうした実績を高く評価してくれました。

 短期間の構築にこだわるだけでなく、導入後の運用負荷軽減もわれわれにとっての重要な訴求ポイントです。クラウドはつねにアップ&ランニング、つまり止まることなく正常に機能している状態にあることが望ましい。

 しかし、OpenStackを常にその状態に保つには相当の負荷を要します。われわれは顧客がビジネスに集中できるよう、その負荷を軽減するOpenStackマネージドサービスを幅広く展開しています。アップタイム(稼働時間)をSLAで保証し、顧客がOpenStackの運用に費やす時間と手間を最小限に抑えています。

 このように徹底した"Outcome Foucused Approach(結果中心主義のアプローチ)"がMirantisのポリシーであり、OpenStackをさらに普及させるやり方だと確信しています。

OpenStackはAWSを補完する存在、ライバルではない

――MirantisのOpenStackを選ぶメリットはほかにどのような点がありますか。

 われわれは非常に多くのハードウェアベンダとパートナーシップを結んでいます。顧客がどんなハードウェアを選択しようとも、最適なOpenStackインフラ、たとえて言うなら「自社データセンターをAWS(Amazon Web Services)クラウドのように」構築した環境を提供することができます。ラックレベルでの設定も、ラックをいくつもつなげてオーケストレーションすることも非常に得意とするところです。

――お話をうかがっていると、Mirantisのターゲットはあくまで大企業であり、スタートアップや中小企業は対象外というイメージをもちますが、それは正しいですか。

 その通りです。われわれが訴求するターゲットはエンタープライズであり、大規模なデプロイであればあるほど、高いビジネスメリットを提供できる自信があります。なぜならOpenStackという技術そのものがエンタープライズに向いているからです。もっと突っ込んで言うなら、SMBがクラウドを導入するならAWSがもっとも適していると思っています。小さな会社には小さなディビジョンがふさわしく、そうしたソリューションを提供できるAWSが最適ではないでしょうか。

――ですがAWSはエンタープライズにも多くの顧客をもっています。また、最近では大企業のパブリッククラウドへの移行スピードが急速に進んでいます。AWSやその他のパブリッククラウドベンダと競っていくためにも、大企業のサポートだけで独自色を出すのは難しいのではないでしょうか。

 その質問は前提が間違っています。AWSはわれわれのライバルではありません。むしろOpenStackはAWSを補完する存在です。MirantisはAWSに勝とうと思っていませんし、勝つ必要もありません。

 Appleがスマートフォンで世界のモバイル市場を一転させたように、AWSはクラウドでもってデータセンタービジネスのあり方を根底から変えました。まさにディスラプティブ(破壊的)と呼ぶにふさわしいモデルであり、その貢献の大きさははかりしれません。

 しかしAppleが現在、スマートフォンを独占しているかというと決してそうではないですよね。市場は"Not Only"へと傾いていくものです。クラウドも同じです。AWSはたしかにすばらしいソリューションですが、データセンター、人材、ハードウェア、サービス、あらゆるITリソースがAWSだけに染まってしまいがちです。それを良しとする企業もあるでしょうが、多くの企業の場合、とりわけ大企業はオルタナティブとなるモデルが必要になります。

 OpenStackを導入しながら、AWSやほかのパブリッククラウドサービスを利用しているところはたくさんあります。顧客は自分なりの棲み分けの最適解をつねにアップデートしており、われわれはクラウドベンダとしてその選択肢に入るよう努力しつづけるのみです。AWSに勝とうとすることは意味をもちません。

Mirantisはソフトウェアカンパニーではない

――では同じOpenStackベンダーとして名前が挙がることが多いRed Hatについてはどうとらえていますか。MirantisとRed Hatの違いはどういった点にあるのでしょうか。

 大きく2つあります。ひとつめはRed Hatはソフトウェアカンパニーであるという点です。彼らの収益のほとんどはソフトウェアのサブスクリプションからきており、それはまさしくソフトウェアカンパニーのメンタリティです。そして繰り返しになりますが、Mirantisはすでにソフトウェアカンパニーであることをやめています。過去の失敗からソフトウェアに注力することは得策ではないと判断しているからです。この点がまずRed Hatとは大きく違います。

 誤解しないでほしいのは、われわれはソフトウェアの価値を否定するわけではないという点です。ソフトウェアはビジネスにとっての重要なイネーブラーであり、OpenStackというすばらしいソフトウェアを世界に拡げていくことはMirantisにとっての使命です。

 しかしインフラのソフトウェア提供だけに注力していては市場で生き残れません。AWSやGoogleがなぜリーディングカンパニーとして強い影響力をもっているのか、それは彼らがソフトウェアではなく、われわれと同様に顧客に対する"結果"を重要視しているからです。インフラソフトウェアカンパニーは死んだ、そう断言してもいいと思っています。

 Red Hatとの違いの2つめは、彼らのビジネスは基本的にRHEL(Red Hat Enterprise Linux)に集約するという点です。OpenStackも同様です。Red HatのOpenStackはRHELで動く、そういうモデルが確立されています。

 一方、MirantisはOpenStackが中心の会社です。OSがなんであろうと関係ありません。われわれが重視しているのはインタラクションであり、OSやハードウェアに依存しないコモデティであるという点です。ベースにしているアーキテクチャがそもそもRed Hatとは大きく異なるのです。

ソフトウェアに特化したビジネスにこだわってはいけない

――ここ1、2年、OpenStackのプレイヤーはかなり淘汰されたように感じます。個人的には4月にNebula(OpenStackのスタートアップで、OpenStackのオリジナルとなったNASAのプロダクトを継承していた米国企業)が倒産したニュースを聞いて、「OpenStack市場は縮小に向かうのでは?」と感じました。しかしオースティンのサミットを見る限り、OpenStackの導入は世界的に拡がっているようです。OpenStackのトッププレイヤーとして、現在のOpenStack市場をどのようにご覧になっていますか。

 たしかにNebulaの倒産やPiston(Piston Cloud Computing、Nebulaと同様にNASAのエンジニアが中心となっていた)の買収は、OpenStack市場がひとつの曲がり角に達したことを示したといえます。

 彼らがなぜわれわれのように独立した会社組織として続けることができなかったのか、その答えはもうおわかりでしょう。彼らがソフトウェアに特化したビジネスにこだわっていたからです。ソフトウェアは顧客にとってビジネスのゴールの到達するための手段に過ぎないということを理解できなかったから、彼らは撤退せざるを得なかったのです。

Nebulaの失敗には明確な理由がある、と語るレンスキー氏

 NebulaやPistonのような小さな会社だけではありません。ここ数年、OpenStackビジネスに進出していたIBMやHPといった大企業も、ほとんど手を引きかけています。ご存知のようにOpenStackは半年に一度のペースで新バージョンがリリースされます。このスピードに彼らのような大企業はキャッチアップしていくことは難しいのです。

 OpenStackのプレイヤーに必要な条件は「サイズ」「スピード」「パワー」、この3つを適切にバランスさせることです。そしてこれができているプレイヤーはそれほど多くありません。

 OpenStackの市場についてはさらに拡大すると確信しています。10年前にはたしかにOpenStackのほかにいくつかのオープンなクラウド基盤技術がありました。CloudStackやEucalyptusなどがそうですね。しかし現在、これらの技術は完全にOpenStackの影に隠れてしまいました。先ほども言いましたが、クラウド市場はつねにオルタナティブを求めています。その中にあって、OpenStackの存在感は大きくなることはあっても、縮小するとは現時点では考えにくいですね。

――OpenStackは登場したころからソフトウェアとしての未熟性を指摘されることが多かったと記憶しています。アップデートを重ねるうちにかなり改善されてきましたが、それでもまだ多くの課題が残っていると思います。レンスキーさんはOpenStackの最大の課題はどこにあると思っていますか。

 OpenStackは世界中のエンジニアの叡智をあつめて開発されているソフトウェアであり、貢献するエンジニアの数は日々増え続けています。たしかに過去、そういう指摘を受けることもありましたが、現在では多くの問題が解決されています。

 しかし、もちろんチャレンジすべき個所もあります。OpenStackが現在向き合っている最大の課題はスケーリングです。AT&Tの事例では、74のOpenStackクラスタ(年内には100クラスタを目指している)を稼働させていますが、こまかくクラスタをつなげていくことはできても、一挙に大きな環境を構築することはあまり得意ではありません。スケーリングに関しては顧客とともに試行錯誤を繰り返しているところです。

日本では特に信頼関係を重視したい

――最後に日本市場の展望について聞かせてください。あらためて日本市場に進出するにあたって、どんなプランを描いていらっしゃるでしょうか。

 テレコムや製造業などの大企業が多く存在する日本はエンタープライズビジネスをする者にとって非常に重要な市場です。かつて、日本企業は先進的なイノベーションを数多く生み出してきましたが、現在はその勢いを失速しています。Mirantisは日本企業がふたたびイノベーションをリードする、そのためのサポートをOpenStackを通じて提供していきたいと願っています。

 日本企業にはAWSをはじめとするパブリッククラウドに関しては相当な知見が蓄積されています。その一方でAWS以外のオルタナティブ、補完関係となるクラウドのプレイヤーが必要とされるはずです。そうした企業のニーズに積極的に応えていきたい。とくにわれわれの提供するOpenStackマネージドサービスは、レガシーの多い日本企業の課題の解決に大きく貢献できるはずです。

 日本でエンタープライズビジネスを展開する上でもっとも重要なのは信頼関係だと思っています。国内のエンタープライズビジネスに長年携わってきた磯逸夫氏を日本法人の社長に招聘したのもそれが大きな理由です。まず信頼されること。そのためには人材の育成も重要です。優秀なOpenStackエンジニアを増やすためにも、日本法人をドライブしていくパートナーとして、エーピーコミュニケーションズと提携しました。

日本法人ローンチの会見にて磯氏(右)およびエーピーコミュニケーションズ 内山社長(左)とともに

 先ほど「OpenStackはSMBには向かない」と言いましたが、そのことがOpenStackに興味をもつエンジニアの好奇心を削いでしまってはならない。日本でのOpenStackへの窓口をひろく開けておき、優秀な人材を育成/獲得していくためにも、われわれの人材トレーニングにおけるノウハウを積極的に提供していく予定です。

 日本のみなさまには「Mirantisは決して、明日廃業する会社ではない」ということを強くお伝えしておきたいと思います。継続的に日本でのOpenStackビジネスを提供し、顧客のビジネスの"結果"に貢献する、その覚悟をもってのあらたなローンチなので、ぜひ期待していてください。

――日本でもAT&TやVolkswagenのような、すばらしいOpenStack事例が発表されることを願っています。ありがとうございました。