インタビュー

オラクルのSaaSは「顧客への直接的なエンゲージメント」を果たしていく、日本オラクル 下垣専務

 「オラクルと聞いてどういうイメージをもたれますか?」――。

 インタビューを開始してまもなく、日本オラクル 専務執行役員 クラウド・アプリケーション事業統括の下垣典弘氏は、逆に筆者にこう質問をしてきた。データベースをメインとするインフラの企業、と答えると、下垣氏は「残念なことに日本ではその通りです。しかし、米国をはじめ海外ではそのイメージの限りではありません。すでに米国などでは『オラクルはアプリケーションベンダー』という認識を持つ顧客が増えています」と強調する。

 国内と海外の顧客の間に存在するイメージのギャップを埋める、特にHCMやSCMなどのSaaSでもって、オラクルに対する顧客のイメージを変えていく――。それこそが、昨年、現職に就いた下垣氏のミッションだという。

 国内顧客が持つオラクルに対するイメージを変えるということは、日本オラクル自身が変わっていくという意思の表明でもある。果たしてオラクルはSaaSビジネスでもってどんな変化を市場に、そして同社自身にもたらそうとしているのか。下垣氏にお話を聞いた。

日本オラクル 専務執行役員 クラウド・アプリケーション事業統括の下垣典弘氏

オラクルのSaaSは「いちばん新しいクラウドの世界を体感できる」

――下垣さんは現在、日本オラクルのクラウドアプリケーション事業を統括する立場だと聞いています。現在のビジネスの状況を教えていただけますか。

 昨年から、日本オラクルは製品別に組織を強化する施策に取り組んでいます。2016年5月末時点で、社員の数は2015年の同じ時期に比べて100名近く増えていますが、その中でも私が統括するクラウドアプリケーション部門では、営業職を中心にかなりの強化を行い、現状では180名ほどの体制です。

 これは「SaaSビジネスをさらに成長させる」という会社の指針でもあります。良くいえば伸びしろがあるということですが、努力の余地が大きい事業分野であると受け止めています。

――実行部隊の人数を増やすことで、どういう効果を狙っているのでしょうか。

 お客さまとの直接のエンゲージメントの機会を増やす、これに尽きます。ここ数年、アプリケーション部門は2ケタ成長を続けていましたが、お客さまの興味をよりクラウドアプリケーションに向けてもらうために、社員が直接、お客さまにエンゲージしていくことが重要だと考えています。

 実はこれまで、アプリケーションに関しては「オラクルの顔が見えにくい」という声を多くいただいていました。その反省を踏まえた上での組織強化だと思っていただければ。

 私の現在の最大のミッションは、ようやく組織の体が整ってきたクラウドアプリケーション事業に「実効性をもたせていく」ことです。昨年、SaaSの新規顧客として150社のお客さまに導入いただきましたが、その半数が「オラクルのアプリケーションを使うのは(オンプレミス/クラウド含めて)初めて」という会社です。SaaSを通して、オラクルのアプリケーションの良さを国内のお客さまにも知ってもらう機会を、さらに増やしていきたいと考えています。

――具体的にはどういった顧客層をターゲットにしていくのでしょうか。

 現在、日本オラクルは売上1000億円以上の企業をアップマーケット、1000億円以下の企業をミッドマーケットと位置づけています。もちろん両方のマーケットにリーチしていきますが、SaaSに関してはミッドマーケットでの手応えが非常に良く、数字も好調です。

 現在の経済状況を考えればそれも当然で、大手企業には導入の検討に時間をかける余裕があるかもしれませんが、ミッドマーケットの企業にとっては“速く、柔軟な行動”はビジネスの死活問題です。SaaSはそういったミッドマーケットのニーズにまさに適しているといえます。

オラクルは売上1000億円以上のアップマーケット(エンタープライズ)と、1000億円以下のミッドマーケットに分けてクラウドビジネスを展開しているが、経済状況の変化がビジネスに影響しやすいミッドマーケットのほうが、SaaSへの関心が強く、導入にも積極的だという

――SaaSによる予算管理アプリケーション「Oracle EPBCS」の発表会の席上で、桐生氏(日本オラクル 常務執行役員 クラウド・アプリケーション事業統括 ERP/EPMクラウド事業本部長の桐生卓氏)が話していましたが、SaaSはこれまでオラクルのアプリケーションを試したくても試せなかった層にとって、ちょうど良いソリューションのように思えます。ERPやEPMなど、以前なら数千万円の投資が必要だった製品が、手ごろな月額課金でまさに“試す”環境が整った意味は大きいように思えます。

 その通りです。我々はSaaSでもって、国内のお客さまが抱いているオラクルのイメージ――データベースやインフラの会社というイメージ、を変えていかなくてはいけない。もちろんデータベースはオラクルにとって重要な製品ですが、その上で動くアプリケーションをお客さまとともに作り上げ、世界を変えていきたいという気持ちを強くもっています。

 アプリケーションはお客さまにとってビジネスを推進する重要な手段であり、アプリケーションか変われば、お客さまのビジネスも変わります。そしてビジネスが変われば、世界を変えることにもつながります。そのゴールが満たせたとき、はじめてITは単なる手段を超えたイネーブラになると信じています。

 もっとも現時点ではまだ、お客さまが「オラクルのSaaSに期待を抱いている」という段階であるのはたしかです。ここから認知を高めてもらうためには、百貨店のように「オラクルに行けばとりあえずほしいもの(クラウドアプリ)がある」というわかりやすい状態を作り出す必要があります。お客さまがオラクルのSaaSに期待する“わかりやすさ”、これを意識してメッセージングしていくつもりです。

7月末に日本でも提供が開始されたOracle EPBCSは、旧HyperionのEPM環境をSaaSとして月額課金で利用できるソリューション。ひと昔前なら数千万円規模の投資が必要な環境だったが、SaaSであれば手軽に試すことができるのも時代の変化といえる

――ほかのSaaSベンダと比較して、オラクルのSaasを選ぶメリットはどこにあるといえますか。

 「いちばん新しいクラウドの世界を体感できる」ということでしょうか。我々はアプリケーション領域において、もっとも新しいコンポーネントを提供できる自信があります。また、Saasにおいても多くの企業を買収してきましたが、豊富な資金力と体力があるからこそ、これらの企業のすぐれた技術を取り込むことができています。これは競合他社に真似できるものではありません。

 課題を挙げるとするなら、SaaSとPaaSのコンビネーションモデルをどう構築していくかという点でしょうか。我々は「10年後にクラウドのサイロに導かない」ということを掲げてクラウドビジネスを展開しています。

 お客さまが自由にアプリケーションを稼働する環境を選べるように、単にSaaSのラインアップを増やすだけでなく、PaaSによる内製アプリケーションとのバランスも考慮していく必要があると考えています。

オラクル自身もデジタルマーケティング指向の会社に変わっていく

――冒頭で、顧客から「オラクルの顔が見えにくい」という指摘を受けたとお話されていましたが、「直接のエンゲージメントを増やす」ということは「営業が顧客のところへ行く機会を増やす」ということとイコールでよいでしょうか。

 違います。イコールではありません。まず、お客さまの声――我々の顔が見えにくいというご指摘は「オラクルのアプリケーションを誰が作っているのかわかからない」という前提にもとづいていると、我々はとらえてえています。

 もっといえば「SaaSというソリューションを、我々(顧客)の業務で使えるようにしてくれるのは誰なのか」というお客さまからの問いかけに、オラクルがきちんと応えていかなくてはならないと考えています。

――それはつまり、SIerではなく「オラクルがそのアプリケーションを作っている」というメッセージングを強化していくということでしょうか。

 SIerビジネスの話はちょっと置いておいて(笑)、「オラクルが作っているアプリケーション」というメッセージをお客さまに向けて強く発信していく、というのはその通りです。

 そしてそのやり方は、単にお客さまのもとへの訪問回数を増やすだけではありません。Face-to-Faceのほかにデジタルマーケティングを強化することで、対面しなくてもオラクルのアプリケーションを知っていただく機会を増やす方針でいます。先ほど申し上げた"アプリケーションとしてのわかりやすさ"を伝えるためにも、デジタルマーケティングのほうが効率的なことが多いはずです。

――デジタルマーケティングやカスタマエクスペリエンス(CX)は、オラクルのSaaSビジネスにとって重要な分野だと思いますが、オラクル自身もデジタルマーケティング指向の会社に変わっていくということででしょうか。

 そのとおりです。我々がデジタルマーケティングに本気で取り組んでいる姿勢のあらわれとして、8月1日付けで日本オラクル 常務執行役員 CMO(チーフマーケティングオフィサー) 本部長に、チャールズ・ニキエル(Charles Nikiel)が就任したことを発表しました。

 チャールズはセールスフォース・ドットコムのCMOとして、同社のMarketing Cloudを統括してきたデジタルマーケティングのエキスパートです、これからはオラクルにおいて、デジタルコンテンツ作成やソーシャルなどを駆使したデジタルマーケティング推進の指揮を取ってもらいます。オラクルはこれまでもデジタルコンテンツ作成にはかなり力を入れてきましたが、そのアプローチをより強化していくつもりです。

――オラクルはイベントマーケティングに強いというイメージがあるのですが、デジタルマーケティングへよりシフトするとなれば、対面でのコミュニケーションを重視する日本の顧客から抵抗が出ることもありそうですが。

 10年前ならそうかもしれませんが、現在はさまざまな状況がまったく違います。ビジネスもITも、そしてお客さま自身も大きく変わっています。特にSaaSというソリューションは、デジタルマーケティングとの親和性が高い。ネットで情報を検索し、ネットでアプリを試し、ネットでセルフラーニングする、そしてプロダクションもネット上で稼働します。こういう文化がより拡がることで、お客さまのITに対する価値観やモチベーションに変化がおとずれ、さらに組織や事業のスタイルが変わっていくのではないでしょうか。

 10年前と現在でもっとも異なる点は、お客さまの情報検索力の向上だと私は思います。それまではSIerなどがもってくる情報に頼るしかなかった、限られたレイヤからの限られたメッセージしか受け取れませんでした。

 しかしインターネットの普及により、お客さまがSIerに頼らなくてもどこにどんな情報があるかがわかるようになりました。「使ってみなければわからない」と言われていた世界のことを、より近いイメージで知ることができるようになったのです。

 情報検索力を身につけたお客さまに対し、これまでと同じアプローチを続けても響くわけがない。実際、デジタルマーケティングを強化している現在、我々の作成したコンテンツに興味をもち、電話やメールで問い合わせをしてくるお客さまが増えてきています。それも必ずしもFace-to-Faceを求めてくるわけではない。デジタルのほうが生産性が高いことにお客さまも気づきはじめているのです。

 デジタルマーケティングの拡大は、オラクルにとって、とくにSaaSビジネスにとって「ひとつのエンゲージメントであらゆるニーズを高める」というトリガーの役割を果たすはずです。対面一辺倒だったこれまでのコミュニケーションから、デジタルコミュニケーションも取り入れていく過程で、我々もお客さまも変わっていくと信じています。

お客さまのほうが“変化を待ちきれない状態”に

――デジタルマーケティングが顧客に変化をもたらすという考えはグローバル企業の成功例を見てもとても理解できます。また、“オラクルが作っている”という側面を強調していきたいという姿勢もわかります。しかし、SIerによる対面ビジネスが一般的な国内市場でデジタルマーケティングを推進するのは、かなり難易度が高いように思えるのですが…。

 その問題はオラクルだけに限らず、日本のIT業界全体が抱える、日本にしか存在しないイノベーションジレンマだととらえています。現在、国内IT市場の規模は15兆円とも言われていますが、そのうち70%がSIerへの保守/運用費だといわれています。

 しかし繰り返しますが、変化の兆しは確実に見えています。とくにお客さまのほうが変化を待ちきれない状態になりつつあります。なぜならグローバルのデジタルトランスフォーメーションの事例が次から次へと紹介されるようになり、自分自身もそういう体験をしたいという気持ちを強くもつようになっているからです。

 そしてお客さまの多くは「いままでのやり方では競争力が落ちてしまう」ということにすでに気づいています。しかし、これまでのしがらみがあって、なかなかコミュニケーションスタイルを国内では変えることができない。

 ではどうするかというと、たとえば海外拠点でSaaSを試すことから始めたり、優秀な人材を海外からハイアリングする、という企業が増えています。特に日本人以外のエグゼクティブを迎え入れるというのは大きな効果があるように思えます。人材が変われば、コミュニケーションスタイルが必ず変わりますから。

――デジタルトランスフォーメーションの前に、日本のユーザーには“デリバリトランスフォーメーション”、IT調達のスタイルやSIerとのつきあい方を変える必要があるというわけですね。その認識を強めてもらうためにもデジタルマーケテイングを推進していくと。

 ほとんどのお客さまはそうした変化に気づいていると私は見ています。

 そう考えると、SaaSの導入は国内企業が変わる大きなきっかけになると思います。。ライトタッチで始められ、しかも多くの変化を感じ取ることができる。そのきっかけとして、オラクルのSaaSを選んでもらえるようにしていくことが、これからの私の仕事ですね。