大河原克行のクローズアップ!エンタープライズ
「価値」訴求へと舵を切るIBMのクラウド戦略~InterConnect 2016レポート
(2016/2/26 06:00)
米IBMが米国時間2月21日~25日、米国ネバダ州ラスベガスで開催したクラウド/モバイルカンファレンス「InterConnect 2016」は、同社のクラウド戦略が、大きく舵を切り始めたことを示すものになったといえよう。
というのも、これまでは先行するAWS(Amazon Web Service)を強く意識し、グローバルスケールやパフォーマンスといった観点の対抗軸から訴求する傾向が強かったIBMが、今回のInterConnect 2016では、IBMクラウドの特徴を「価値」という言葉で表現し始め、AWSのクラウド戦略と一線を画すメッセージ発信へと一変させてきたからだ。
「スケール」から「価値」へのメッセージ転換
全世界から2万4000人以上が参加した今回のInterConnect 2016において、事実上の開催初日となった2月22日のゼネラルセッションで、IBM IBMクラウド担当シニアバイスプレジデントのRobert LeBlanc氏は、「クラウドは、単なる価格勝負の演算サービスではない。そして、クラウドを活用することが終着点ではない」と前置き。
「いかにビジネスモデルを変えるのか、ビジネスのスピードをあげることができるのか。そして、自分たちが破壊される前に、自分たちでどう破壊するのか。クラウドはそのためのツールであり、そこに向けて活用することが大切。IBMは結果を重視する。クラウドは、スケールの競争ではなく、価値の競争である。いかに価値を提供できるかが重要である」とし、これまでのAWSとの直接対抗を意識した発言から、IBMクラウドの強みを「価値」としてみせたのだ。
確かに、これまでのIBMの発言には無理があったともいえる。
190カ国で100万ユーザーが活用しているAWSに対して、IBMクラウドは全世界に46のデータセンターを持つが、2015年時点でのユーザー数は全世界で3万ユーザーにとどまる。これだけの規模の差がありながら、IBMは、あえてスケールをとらえて、AWSに「舌戦」を挑んでいたのだ。
だが今回のInterConnectでは、その姿勢を大きく転換。「スケール」から「価値」へと、メッセージの内容を変えてみせた。
言い換えれば、IBMは戦いを挑む場として、「価値」というステージを見つけることができたといえるのかもしれない。
ハイブリッドがIBMクラウドの価値
では、IBMが語るIBMクラウドの「価値」とはなにか。
IBM Cloud Platform Services and Developer Advocacy for IBM CloudのAdam Guntherプログラムディレクターは、「今回のInterConnect 2016で発表したもののすべてが、IBMクラウドの価値になる」とする。
そのなかでも、まず挙げられるのが、ハイブリッドクラウドの強みだ。
SoftLayerにより、オンプレミスアプリケーションとクラウドアプリケーションとの連携を可能にするとともに、OpenStackによるクラウド構築にも対応。ハイブリッドクラウド環境の構築では、先行していることを訴えてみせる。
IBM IBM Systems担当シニアバイスプレジデントのTom Rosamilia氏は、「80%を超えるエンタープライズ企業が、2017年にはハイブリッドクラウドアーキテクチャを採用すると予測されており、すべての企業はハイブリッドクラウドに向かうことになる。IBMは、ハイブリッドクラウドに最もコミットしている企業である」と強調する。
そして、今回のInterConnect 2016では、VMwareとの協業を発表。ハイブリッドクラウドの歩みをさらに一歩進めてみせた。
協業内容は、オンプレミス環境をクラウドに拡張することができるアーキテクチャを共同で開発。VMwareに基づく共通のセキュリティモデルとネットワークモデルにより、IBMクラウドによるハイブリッドクラウド環境に対して、ワークロードの修正なしで、事前構成済みのVMware SDDC環境を自動的にプロビジョニングできるようになる。
VMwareのCarl Eschenbachプレジデント兼COOは、「オンプレミスと同じポリシーをIBMクラウド上でも展開できるようになり、これまで投資したものを保護することもできる。いつでもどこでも、一貫したバーチャルアプリのデプロイを簡単に行えるようになる」とした。
既存のワークロードを、自社オンプレミスのソフトウェア定義データセンターからクラウドへと拡張。IBMの世界46カ所のクラウドデータセンターを利用できることから、コストの見直しや開発リスク、セキュリティに関する懸念事項を回避しながら、グローバルに規模を拡張できるという。
Appleの協業でモバイルの価値を高める
2つめの「価値」が、モバイルへの対応だ。
ここでは、米Appleとの協業強化によるSwiftへのコミットがあげられる。
今回のInterConnect 2016では、Swiftランタイムのプレビュー、および開発者の企業向けアプリ開発支援のためのSwift Package Catalogを発表。Swiftを、企業利用におけるサーバーサイドの開発言語として成熟させる活動を推進。2015年12月に発表したIBM Swift Sandboxでは、発表から2カ月間で、世界中で10万人を超える開発者が利用し、これまでに50万以上のコードがSandboxで実行されたことも明らかにした。
IBMのフェローである、モバイルファースト担当CTOのJohn Ponzoバイスプレジデントは、「Swiftは、次世代エンタープライズモバイルアプリを構築するために最適なプログラミング言語であり、クラウド上でSwiftを利用することで、企業はエンドトゥエンドアプリケーションの開発を大幅に簡素化でき、新たな生産性のレベルに到達できる」と語る。
またApple プロダクトマーケティング担当のBrian Crollバイスプレジデントは、「Swiftを利用している最も大きな企業がIBM。すでに、100以上のモバイルファーストアプリを開発した実績を持つ。また、IBMが、Swiftをサーバー上で活用できるようにしており、Swiftの可能性を最大化することができる」と、IBMとAppleの協業がSwiftの広がりに大きく貢献していることを示す。
さらに、米IBM Developer Ecosystem and Startups & Social Business evangelistのSandy Carterゼネラルマネージャーは、「InterConnect 2016に参加したデベロッパーが最もエキサイティングしていたのが、Swiftに関する発表であった。簡単で使いやすい言語を活用することで、エンタープライズモバイルアプリを効率よく、短期間に開発することができる」と言及。
「昨年のInterConnectでは、エンタープライズ系のデベロッパーばかりが参加していたが、今年はスタートアップ企業の参加が急増している。これは、IBM自らが変化したことにも起因している。この1年、才能を持った数多くの人たちが外部から入り、それらの人々の才能が解き放たれ、企業文化が変化した。IBMはJavaにも積極的に対応していくが、Swiftも強力にサポートすることで、世界中のモバイルデベロッパーに対して、最高のパートナーになることができる」とする。
数々の「Connect」を発表
そして、3つめの「価値」が、IBMクラウド向けの「Connect」シリーズの発表だ。
その発表のなかでも注目されたのが、WebSphereポートフォリオをクラウドに拡張する「IBM WebSphere connect」だ。全世界2億ライセンスを超えるJava EE向けの代表的なプラットフォームであるWebSphereを、SwiftやNode.jsの新しい開発者コミュニティ向けに継続的に拡張。約1300万人のJava開発者は、アプリケーションをクラウドと容易に接続。WebSphereのすべてのユーザーが、IBMクラウドから新機能に直接アクセスできるようになる。
このほかにも、以下のものを発表している。
・自社のITをAPIとして公開し、クラウドからの検索・呼び出し・接続を簡素化できる「API connect」
・クラウドおよびオンプレミスのアプリケーション向けの何百ものビルド済みコネクションを提供し、ビジネス部門の担当者が統合作業を加速できるように設計された「App connect」
・IBMのMQポートフォリオをBluemix Message Hubに接続する新しいBluemixのサービスである「Message connect」
・WebSphereユーザー向けに、ブロックチェーンクラウドからエンタープライズへの暗号化された安全なルートを提供する「IBM WebSphere Blockchain connect」
・IBM z Systemで実行されているすべてのアプリケーションのAPIやRESTfulインターフェイスを作成して、メインフレーム上にあるデータやアプリケーションをクラウドと接続する「IBM z/OS connect」
・オンプレミスやオフプレミスから、分析や可視化をすばやく行え、アナリティクスクラウドエコシステムへのデータ移行の準備および実行を可能にする「DataWorks」
米IBMのCloud Integration担当であるMarie Wieckゼネラルマネージャーは、「Connectシリーズによって、既存のIT投資や機能を、クラウドに拡張する方法を根底から変えることができる」としている。
IBMクラウドの価値を最大に高めるWatson
InterConnect 2016では、このほかにも、IBMクラウドの「価値」を高める発表が相次いだ。Bluemixのコア機能として組み込まれた、OpenWhiskベースのイベントドリブン型アプリケーションの実現、Bluemixによるオブジェクトストレージの提供、IBMクラウド上で、拡張性と信頼性を持ったアプリケーションの設計、構築、デプロイを行うためのアーキテクチャパターンを提示するIBM Cloud Architecture Center、GitHubへ対して初となるEnterprise as a serviceを提供、などが挙げられる。
そして、なんといっても、IBMクラウドの「価値」を最大化するのが、コグニティブコンピューティングである「Watson」の存在だ。
InterConnect 2016の開催を前に、日本IBMは、ソフトバンクとともにWatsonの日本語版の提供を発表。すでに国内150社以上からの引き合いがあることを示した。
日本では、第一三共が医薬品開発にWatsonを活用。三菱東京UFJ銀行がLINEによる応答サービスに、ソフトバンクが営業支援システムに、それぞれWatsonを活用。クラウドとの組み合わせによって、これまでのITシステムには実現できなかった活用提案が可能になっている。
InterConnect 2016でも、効率的なビル管理への応用、投資判断への活用、エレベーターの効率的な運用事例などにWatsonが活用されていることが示され、IBMクラウドの「価値」が、一層強調された格好になった。
また、これまでにも30以上のWatson APIが提供され、日本でも6つのWatson APIが提供されることが発表されているが、今回のInterConnect 2016では、言葉の裏にある意図を理解する「TONE ANALYZER」、表現豊かで、感情を持ったスピーチが可能になる「EXPRESSIVE TEXT TO SPEECH」、言葉から相手の怒りや嫌悪感、喜びなどを理解する「EMOTION ANALYSIS」、画像の内容を理解することができる「VISUAL RECOGNITION」の4つのWatson APIを発表した。
Watsonの存在は、他社のクラウドサービスにはない、差別化の切り札になっているのは間違いない。
IBMがIBMクラウドの「価値」を訴える背景には、Watsonの存在が見逃せないのは明らかだ。
「Outthink Limits」が示すものとは?
だが、IBMクラウドのメッセージが、「スケール」から「価値」への移行について、米IBMのGUNTHERプログラムディレクターは、「これは方針やメッセージが変わったわけではない」とも語る。
「IBMクラウドの最も強い部分はどこか。それを訴求すると『価値』ということになる。しかし、グローバルスケールの強みや、パフォーマンスの高さも変わらない訴求点だ」とする。
続けて、「IBMにとって、大切なのは、企業のビジネスを変革できるかどうか。それは小さな企業でも、大きな企業でも同じである。目線は、デジタル変革を支援することであり、その結果にコミットしていくことになる」とする。
だがその一方で、あるIBM関係者は次のように語る。
「これまでのIBMのクラウド戦略は、AWSを追うことからはじまっていた。しかし、ここにきて、ようやく自らの成長戦略に強い自信を持てるようになった。単に、SoftLayerだけで競争するのではない。それは、Watsonの存在であったり、Bluemixによる差別化、そして、Javaだけにとどまらず、Swiftを軸としたモバイル展開によって、AWSとの差を明確に打ち出せるようなってきた証しでもある」
実は、今回のInterConnectでは、同社幹部の間から「SoftLayer」という言葉はまったくといっていいほど聞かれなかった。
ここでも、SoftLayerとAWSという対抗軸で語るのではなく、Watsonなどを加えた「価値」に、競争の軸を大きくシフトしようとしているIBMの姿勢が垣間見られるといってもいいだろう。
今回のInter Connect 2016のテーマは、「Outthink Limits」。和訳すれば、「限界を突き抜けろ」といったところか。IBMは、AWSという壁を、「価値」という新たな切り口で超えることができるのか。