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オンプレからパブリックまで~Bluemixがつなぐ新ハイブリッドクラウドのインパクト

「IBM InterConnect 2015」レポート

 ここ数年、大手ITベンダが開催する海外カンファレンスでよく聞く言葉のひとつに“disruptive(破壊的な)”がある。クラウドやビッグデータアナリティクスといった最新のテクノロジを導入し、文字通り、破壊的なまでに既存のIT環境やそれにひもづいた慣習を打ち砕く、そうすることでこれまでの常識では考えられないようなビジネスチャンスを得ることができる――。彼らがdisruptiveという単語を口にするとき、たいていはこのように肯定的な意味合いで語られることが多い。

 IBMはこうしたテクノロジ主導のイノベーションを「デジタルトランスフォーメーション(Digital Transformation)」と呼んでいる。破壊的なテクノロジこそがビジネスに破壊的な価値をもたらすというわけだ。

 disruptiveが注目される背景には、テクノロジを生かしてイノベーションを起こし、急激な成長を果たした企業が増えていることが挙げられる。TeslaやGE、Uberなどはその代表例だと言えるだろう。彼らはリスクとともに新しいテクノロジを積極的に受け入れ、そのイノベーションは世界に大きなインパクトを与え続けている。

デジタルトランスフォーメーションがビジネスにもたらすものは「現場での決定」「インサイトドリブンなプロセス」「デジタルイノベーション」

 だが、一般的な企業の場合、長年にわたって積み上げてきた環境や常識を“破壊”することは、たとえそれがイノベーションの可能性に満ちていたとしても、そう簡単には実行できない。ましてや保守的な企業を顧客に多く抱えるIBMの場合、顧客のレガシーを否定するような最先端すぎるソリューションは提供しにくい。

 一方で、ビジネスをめぐる世の中の変化は激しく、モバイルやソーシャルなど、より速くユーザーのニーズに対応した製品/サービスを提供できなければ市場から忘れられてしまうことは企業も十分に理解している。既存の環境と折り合いをつけながら、時代が求める新たな価値を迅速に創造する、いわば“ゆるやかなdisruptive IT”の実現ために、ITはどんな支援ができるのか。

 IBMは2月23日(米国時間)、米ラスベガスで開催中のグローバルイベント「IBM InterConnect 2015」において「ハイブリッドクラウド」を解として提示した。本稿ではそのゼネラルセッションで発表された内容をもとに、IBMが推進しようとするハイブリッドクラウドの概要を見ていきたい。

Bluemixを主軸としたエンハンスと新製品

 今回、IBMはハイブリッドクラウドに関連して以下の発表を行っている。

・エンタープライズアプリケーションのポータビリティを加速する「Enterprise Containers by IBM」
 2014年12月にIBMがエンタープライズ向けにリリースしたLinux/Dockerベースのコンテナ技術をBluemixでも稼働するようにエンハンス。コンテナの移動範囲が広がり、アプリケーションやワークロードの可搬性が向上。

・オンプレミスとクラウド間のリソース移動をコントロール/ビジビリティ/セキュリティを担保しながら促進する「IBM DataWorks」「Collaborative Operations」「Orchestration」「Security」
 2014年10月にIBMがリリースしたクラウドベース(Bluemix)のデータリファイナリー「IBM DataWorks」を、Bluemix以外のオンプレミス環境やパブリック/プライベートクラウド上でも稼働できるようにエンハンスし、データの整形やクレンジングをどの環境でも可能に。「Collaborative Operations」「Orchestration」「Security」はIBMのハイブリッドクラウド環境を一貫して機能強化。

・アプリケーション開発の生産性を向上する「Secure Passport Gateway」「API Harmony」「Bluemix Local」
 これらはいずれもBluemixベースの新製品。「Secure Passport Gateway」はBluemix上のPassportサービスを利用してデータとサービスをセキュアに統合する。「API Harmony」は世界中に存在するさまざまなAPIの中から、開発中のアプリケーションに最適のAPIを見つけ出す(現在はBluemix上でベータ版が提供)。「Bluemix Local」はオンプレミス/クラウドを問わずあらゆるユーザーの環境をBluemixをブリッジにしてボーダーレスに接続する。

 総括すると、いずれのエンハンス/新製品もIBMのPaaS環境であるBluemixを基盤にして、オンプレミスのデータセンターから、プライベートクラウド、パブリッククラウドを接続して“ハイブリッド”な環境を構築し、アプリケーションやワークロードの柔軟な開発や稼働を推進することが狙いだといえる。

 無理やりにオンプレミスからクラウドへリソースを移行させたりすることなく、ヘテロジニアスな環境はそのままで、かわりにBluemixを使って異なる環境をつないでいく。ハイブリッドクラウドというよりは、ハイブリッドITというイメージに近い。

今回発表された3つの新製品はいずれもアプリケーションの開発生産性を向上させるもの

IBMのハイブリッドクラウド戦略を象徴する「Bluemix Local」

 新発表の中で最も注目されたのは、ユーザーのIT環境をひとつのローカルなプライベートクラウドのように扱うことを可能にする「Bluemix Local」だ。IBMが強く主張するハイブリッドクラウドの思想を、最も具体的に表しているサービスだと言っていい。ただしIBMは今回、Bluemix Localの正式な提供開始時期は発表していない。またデモンストレーションなども行っていない。あるIBM関係者は「年内にはおそらく提供開始」と非公式にコメントしているが、現時点ではあくまでもコンセプトの提示のみにとどまっている。また、パブリッククラウドの中にAmazon Web ServicesやMicrosoft Azureといった競合他社の環境が含まれているか否かについても、現時点ではIBMは明言を避けている。「OpenStackとVMware環境はサポートする」という情報もあるが、こちらも未確認だ。

 こうした不明な点もあわせてBluemix Localを評価すると、Bluemixをブリッジにして既存のヘテロな環境をつないでいくというよりも、ユーザーのさまざまな既存の環境の上にBluemixを鉄道のレールのようにかぶせて“Bluemix Local網”を構築し、データやアプリケーションがそのレールの上を移動していくという感じだろうか。Bluemixという共通のプラットフォームで稼働できるなら、その下がオンプレミスだろうとパブリックだろうと気にする必要がない。どうしてもクラウドに移行することができなかったアプリケーションですら、クラウド上から利用することも可能になる。オンプレミスからクラウド利用できるだけでなく、クラウドからオンプレミスのリソースが利用できるというオプションは、既存の環境を変えることができないユーザーにはメリットが大きい。

IBM Cloudのシニアバイスプレジデント ロバート・ルブラン氏

 ではなぜIBMはBluemixをハイブリッドクラウド戦略の鍵に選んだのか。ゼネラルセッションでホストを務めたIBM Cloudのシニアバイスプレジデント ロバート・ルブラン(Robert LeBlanc)氏は「新しいハイブリッドクラウドが備えているべき要素」として

・オープンなデザインであること
・(ユーザーに)環境を選択する自由が与えられていること
・可視化されており、管理しやすく、セキュリティが担保されていること

の3つを挙げている。BluemixはオープンソースのクラウドプロダクトであるCloudFoundryをベースにしているが、Docker、Node.js、OpenStackなどのメジャーなオープンソースとの連携がしやすいことで知られている。多様な環境を扱うからこそ、汎用性の高いオープンな技術で構築されていることが大前提であり、なおかつエンタープライズに耐えうるユーザビリティやセキュリティを備えたアプリケーション構築環境が必要になる。そうしたことを考えあわせれば、Bluemixが選ばれたのは必然的だといえる。

IBMが提唱するハイブリッドクラウド実現に必要な条件

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 ルブラン氏はゼネラルセッションの最中、「Innovate quick, fail quick」という発言をしている。これはイノベーションを起こしたいのなら、迷わずにトライし、失敗も早々に受け入れ、開発と改善のスピードを上げていくことを指している。そしてイノベーションの鍵を握るのはいまやアプリケーションだ。

 アプリケーションを速く開発する――ビルドもデプロイも可能な限り高速に回していくことが現在の市場では強く求められており、「いいものを時間をかけてゆっくりと」というアプローチはもはや過去のものになりつつある。

 そうした時代のニーズに応えるために、既存のアプリケーション開発環境や稼働環境を徹底して破壊するのではなく、ハイブリッドを許容することで、テクノロジがリードするデジタルトランスフォーメーションを進めていく――。

 BluemixというPaaSをベースにしたハイブリッドクラウド戦略がレガシーを多く抱える企業にイノベーティブな影響をもたらすことができるのか、今後の展開に注目していきたい。

五味 明子