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Linuxカーネルの開発状況とトレンド、OpenStackの動向などを解説~LinuxCon Japan 3日目基調講演
(2013/6/3 06:00)
Linuxの開発者が集まる技術カンファレンス「LinuxCon Japan 2013」が、5月29日から31日まで東京の椿山荘で開催された。Linuxの生みの親であるLinus Torvalds氏をはじめ世界からLinux開発者が集まり、講演や技術セッション、ロビーでの交流など、Linux技術者による熱心なやりとりが行われた。また今回は、クラウド技術に関する「CloudOpen Japan」や、車載Linux技術の「Automotive Linux Summit Spring 2013」も併催となった。
Linuxカーネルの開発状況とトレンド
3日目の基調講演では、Linux開発に関するニュースサイト「Linux Weekly News(LWN)」編集長で、The Linux FoundationのWebサイトでも開発状況レポート「Linux Weather Forecast」(Linux天気予報)を担当し、Linuxカーネル開発者でもあるJon (Jonathan) Corbet氏が登壇。最近のLinuxカーネル開発の状況について解説した。
Corbet氏はまず、ここ数バージョンのカーネルの開発について、チェンジセット数や開発者数や開発者数の推移を紹介。そして、最近は安定して70日前後ぐらいのサイクルでリリースできていると説明した。また、主な変更点を10点挙げたスライドを映しつつ、「時間がないので」と説明は省略。主なトピックとして、無所属のカーネル開発者が減ってそれらの開発者を雇用する企業が増えていること、TIやSamsung、Linaroなどモバイルや組み込み分野の企業からのコントリビュートが増えていることを分析してみせた。
続いて、6月にリリース予定のバージョン3.10について解説。これも詳細には話さないとして、tick(タイマー割り込み)を止める機能や、SSDをハードディスクのキャッシュに使うbcache、トレーシング機能での変更、メモリの圧迫の通知機能、ネットワークのタイムアウト処理を効率化するTLP、1つのカーネルイメージでの複数のARMアーキテクチャのサポート、XFSの新しいチェックサムなどを一言ずつ紹介し、「そのほか全部で1万3000の変更がある」と説明した。
分野別のLinuxカーネル開発の動向としては、まずスケジューラが再びホットなテーマになっていると説明した。その要因の1つ目は、NUMAでのプロセスの割り当てだ。長く取り組まれている分野で、現在2つのパッチセットが競っているが、まだ時間がかかるだろうという。2つ目は電力効率で、必要のないCPUコアをdeep sleepモードにする機能は以前から使われていたが、そのためにプロセスをコアに割りふる方法の改善で、現在2つのパッチセットが競っているという。
さらに、3つ目が、最近のARMにあるようなbig.LITTLE構成のCPUだ。これを扱うには、OSより下のレベルで処理するハイパーバイザー方式と、OSでbigとLITTLEをペアにして切りかえる方式(big.LITTLE switcher)、OSのスケジューラが直接big.LITTLEを意識する方式(big LITTLE MP)の3種類がある。前二者はbigとLITTLEのどちらかだけを使うため、最終的にはスケジューラの方式がベストだが、完成までにはまだ時間がかかると説明した。
ここでCorbet氏は、big.LITTLE switcherやbig LITTLE MPのメインラインへのマージが進んでいないと語った。そして、マージが進まない理由として、スケジューラでは1つの変更がほかに及ぼす影響が大きいこと、それによって開発者が慎重になっていることを説明。さらに、「スケジューラのようなコア機能はエンタープライズ系開発者が中心で、big.LITTLEはモバイルや組み込みの分野」として、「新しい開発者をコミュニティが取り組む必要があるのではないか」と指摘した。
続く分野としてはネットワークを解説。その中でもマルチパスTCPを紹介した。例えばスマートフォンは携帯回線とWi-Fiの2つの回線を持つため、両者に同時に接続することで、切りかえや帯域幅、冗長性などを向上させようというものだ。データセンターでも冗長性のあるネットワーク構成に使えるという。現在、実装はいくつかあるが、中間にあるルーターなどの問題などが難しく、また新しいプロトコルを使うのも現実的でなく、メインラインへのマージはまだ時間がかかるだろうと語った。
そのほかの分野としては、タスクに特定のCPUを専有させるCPUアイソレーションや、セキュリティの問題に言及した。セキュリティについては、「われわれカーネル開発者よりLinuxカーネルのコードをよくレビューしている」とのジョークをはさみつつ、テストの改善や、セキュリティの強化などの課題を挙げ、「しかしまだ十分でない」と語った。
最後にCorbet氏は、Linuxの今後の進歩について語った。「LinuxはUNIXや既存のソフトのまねをしているだけ」という意見がしばしばあることに対して、「それは何年も前に終わっている。いまや新しいものはLinuxで最初に作られる」と主張。そして、「Linuxが今後どうなっていくかは、自分たちが見つけていくこと。カーネル開発者は、これからもずっと自分で道を探していってほしい」という言葉で講演を締めくくった。
なぜOpenStackか?
もう1つの基調講演は「A World Without OpenStack and the OpenStack Community」(OpenStackやOpenStackコミュニティがなかったら)。IaaSプラットフォームを作るOpenStackについて、Ubuntuを開発するCanonical社のクラウド担当バイスプレジデントであり、OpenStack Foundationの役員でもあるKyle MacDonald氏が講演した。
MacDonald氏は、まずLinuxについて、「多くのシステムを置きかえてきた。GoogleやFacebookなどもLinuxがなければできなかった」と語ったうえで、OpenStackをLinuxになぞらえた。
そして、「Amazonなど大手クラウドプロバイダーの成長はすごいが、“止められない力”となっている。もしOpenStackがなかったから、彼らが席巻する世界となり、ロックインされてしまうのではないか」と懸念を示した。
ではなぜOpenStackか。MacDonald氏は、オープンソースでありベンダーロックインされていない点や、複数の構成要素からなるプラガブルなアーキテクチャからなり要素を置きかえることもできる点などを強調。さらに、RackspaceやHPなどのクラウドサービスから、通信業界まで、新しいエコシステムが作られていっていると主張した。
OpenStackは“クラウドのOS”だ。中心となるのは、Amazon EC2のように仮想サーバーを管理する「Compute」、オブジェクトストレージとブロックストレージの「Storage」、VLANなどを管理する「Network」だ。そのほか、ダッシュボードやアカウント管理など、要素ごとにプロジェクトが設けられている。
MacDonald氏は、「開発者数が、ほかのオープンソースプロジェクトに例を見ないほどに増え続けている」と語り、そのほかコードベースや開発者会議の参加者、インターネットにおける話題の数などの増加をグラフで示した。また、「OpenStackをよく知るには参加すること」として、OpenStackの利用や開発などへの参加の情報源を紹介した。
こうした活動を支えるために、2012年にOpenStack Foundationが設立された。会員企業としては、IBMやRed Hat、Canonical、HP、Dell、Cisco、VMwareなど、そうそうたる企業が参加しているとMacDonald氏は紹介した。
4カ国のパネリストが語るカーネル開発者の生活
LinuxCon Japan 2013の最後のセッションとしては、Linuxカーネル開発者のパネルディスカッションが開かれた。Ric Wheeler氏(Red Hat)をモデレーターに、Chris Mason氏(Fusion-IO)、Tejun Heo氏(Red Hat)、Hiroyuki Kamezawa(亀澤寛之)氏(富士通)、Liu Bo氏(Oracle)が登壇。Mason氏が米国、Heo氏が韓国、Kamezawa氏が日本、Bo氏が中国と、4カ国の開発者事情などをまじえながら、会場に向けてLinuxカーネル開発者の実際を語った。
各自の自己紹介のあと、Wheeler氏はアジアの3人に「Linuxカーネルコミュニティは母国語でない英語でやりとりがされているが、どうか」を質問した。3人は異口同音に「話すのでなく読み書きであればなんとかなる。あとはC言語で会話する」と回答。英語が母国語のMason氏も「英語を気にしすぎる必要はない」とアドバイスした。
また、「カーネルコミュニティで大変なことは」という質問について、Bo氏は「レビュアーの反応がないときは困るし、簡単だと思って手を出したことが難しいとわかったときは大変」と回答。Kamezawa氏は「自分たちの必要性が、ほかの開発者にわかってもらえないときは、説明が大変。あと、『このコードはまるきり壊れている』とか批判されると、さすがに酒を飲んで寝てしまいたくなる」とユーモラスに答え、「でも全体としては楽しい」と付け加えた。
Heo氏も「いつも、なんでみんな意地悪なことを言うんだろうとか思うんだけど、もう慣れた。むしろ、この自由な雰囲気に慣れてしまったので、ノーマルな会社の仕事はできないんじゃないかと思う」と笑って答えた。
カーネルコミュニティの多様性についての話題では、Heo氏が中国のカーネル開発者が増えていることに言及した。そして、その理由として、Intelなどの企業が中国でカーネル技術者を集めて養成し、才能のある技術者のプールを作っていると指摘。「フルタイムのカーネル開発の仕事があることで、この先5年や10年たつと、中国がどんどん伸びていく。同じようなことが韓国や日本やほかの国でもできるといいと思う」と主張した。
それを受けてBo氏は、「中国を褒めてくれてありがとう」と答え、「中国は人口が多いので人材も豊富な部分がある。ただ、大学にLinuxの教科があったが、学生はあまり興味を持っていなかった。もっと若い人に関心を持ってもらい、参加してもらいたい」と語った。
Kamezawa氏も「日本でも、技術の好きな若い人はたくさんいるが、カーネル開発者はあまり増えない。われわれがもっとハッピーなところを見せていかなくては」と言って、笑顔を見せた。また、Mason氏は若い人を取り組むためにLinux FoundationとIntelがインターンシップを開催していることを紹介し、「インターンを助けるよう工夫しているのがすばらしい」と語った。
関連して、会場からは「自分の子供がカーネル開発者になってほしいか」という質問も出された。それに対し、Mason氏が「もちろん。うちの娘はきっとすばらしい開発者になる」と、Kamezawa氏が「うちの娘は10カ月だが、天才なのできっといい開発者になる」と、いずれも子煩悩な様子を見せて会場の拍手を浴びた。カーネル開発者のキャリアについては「カーネル開発者の技術は、会社や国が変わっても生かせる。いろいろな国に友人ができてカンファレンスで会えるし、どの国でも仕事できるのは、楽しい仕事だ」という意見も出た。
そのほか、会場から「カーネルをアップデートしたら画面が映らなくなって彼女に怒られた」という声が飛び出したり、ファイルシステムの得意不得意が質問されたりと、さまざまなテーマが話されるパネルディスカッションとなった。