【MS WPCレポート】日本から参加したパートナー企業の声を聞く

各社各様のクラウドへの取り組み


 米Microsoftは7月11~15日(米国時間)の5日間に渡り、米国Washington D.C.でパートナーイベント「Microsoft Worldwide Partner Conference(WPC) 2010」を開催中だ。ここでは、会期中に話を聞くことができた日本のパートナー企業の声を紹介したい。

 

MSの技術を生かした独自のASPサービスを提供

TKC 代表取締役副社長 執行役員 地方公共団体事業部長の角一幸氏

 TKCは、全国の会計事務所や地方自治体(市町村)を対象に会計/税務システムや事務システムを提供するなど、独自開発のソフトウェアによるASP型のサービスを展開する。同社の代表取締役副社長 執行役員 地方公共団体事業部長の角一幸氏は、同社のサービスを端的に「プロのためのシステム」だという。

 もともとはメインフレーム上に実装された「情報サービス」として始まった同社の事業だが、アプリケーションの開発言語には、COBOLを始めさまざまな言語をアプリケーションに合わせて使い分けていた。これは不効率だし、ノウハウの蓄積も進まないことから、言語の統一を考え、.NET Framework上でC#を使うことに統一したのが2002年ごろだという。独立系のソフトウェア開発企業では日本初の.NET Framework採用例ではないか、といわれているそうだ。

 現在ではASPで提供されるすべてのアプリケーションがWindows環境を対象に.NET Frameworkを使って記述されていることから、「Microsoftのテクノロジーには大きく依存している」という。

 現在のMicrosoftの戦略である「クラウドへの移行」に関しては、もともと同社はASPサービスを手がけていることからむしろ先輩格に当たり、「今までと何も変わらない」という。どちらかというと、ほかのパートナーに対する先行事例と見た方がよいようだ。

 なお、会計や税務のためのソフトウェア・パッケージは多数存在しているが、その中で同社のASPサービスが支持される理由について角氏は、「当社の会計システムでは、入力したデータを後から変更することはできない」と明かした。

 これは一見不便な仕様にも思えるが、実は後から改ざんできない、という意味でもあり、データの公正性の担保となる。そうしたシステムを利用しているということが、直接の顧客である会計事務所や、その顧客である企業の信頼性を高めることにつながる、という構図だ。

 ASPとして提供される同社の会計システムでは、データは同社のサーバーに格納されており、過去10年分のデータに関しては常時参照可能なように展開された状態になっているそうで、仮にローカルで過去にさかのぼったデータの改ざんができたとしても、サーバー側のデータが変更できない以上、意味がないわけだ。

 データの改ざんうんぬんの話は会計システムに特有の事情ではあるが、一般化するなら、ほかの事業者が提供できないような独自の付加価値を備えたサービスを提供できればビジネスとして成り立つ、ということはいえるだろう。

 

クラウド・サービスの横並び比較

富士ソフト 常務執行役員の河野文豊氏

 富士ソフトは、「ユビキタス&クラウドインテグレーター」を標榜する、日本でも有数の老舗SI事業者だ。クラウドに力を入れる中で同社は約2年前に「グーグルエンタープライズサービス」としてGoogle APPSをメニューに加え、Googleの主要パートナーとして知られていたが、今年3月にMSとの協業を強化し、BPOS(Business Productivity Online Standard Suite)やWindows AzureといったMSのクラウド・サービスへの取り組みも開始した。

 14日の基調講演では、Kevin Turner氏が「Googleに奪われた顧客を取り返そう」とパートナーにげきを飛ばしていたのだが、富士ソフトはMSから見れば「Googleに奪われたパートナーを取り返した」輝かしい事例ということになるのだろう。

 13日の基調講演には、全世界から選ばれた7社のパートナーの実績が紹介されたのだが、富士ソフトはその1社であり、同社の常務執行役員の河野文豊氏が基調講演のステージに登壇して、スピーチを行っている。

 その河野氏はこの経緯について、「MS製品を資産として多数保有しているユーザー企業がクラウドを考える際の使いやすい選択肢としてMSのクラウドサービスにも対応する必要があるのでは」と考えたことが契機になったといい、「別にGoogleと決別したとかいう話ではない」と語る。

 ただ、結果として同社の取り組みがユニークなものとなったのは、同社がGoogleのクラウドサービスを顧客に紹介するための拠点として開設したクラウドコンピューティングセンターと、MSとの協業強化に伴って開設された「マイクロソフトソリューション&クラウドセンター」が、いずれも同社の秋葉原オフィス内にそろったことだ。このため、クラウドに関心を持って同社を訪れた顧客は、Google/マイクロソフト双方のクラウドサービスを並列に見比べることができるようになり、比較した結果MSのクラウドサービスを選ぶ顧客も多数いるという。

 河野氏は、「クラウドの課題は、クラウドが“クラウド”だということ」と語る。その意味は、クラウドという言葉自体が雲のように曖昧模糊(あいまいもこ)としており、各社各様の定義で語るせいで顧客が混乱しているということだ。そこで同氏は「クラウドをリアルな形にし、“こういうサービスです”“こういう風にお使いいただけます”というのを提示するのがわれわれの役割」だという。

 その上で、「日本のマーケットを元気にしたい。そのためには、得意分野に集中していただくために煩わしい要素を取り除くことをサービスとして提供する」という考えに基づいてクラウドを推進しているという。

 

顧客視点で必要なサービスを提供

協立情報通信 情報ソリューション推進事業部 推進企画 副部長の濱村修氏

 協立情報通信は「日本で一番BPOSを販売したパートナー」といわれる。もともとは15年ほど前にSBS(Small Business Server)の販売を手がけ始めたころからのパートナーとして、主に中小企業向けのIT関連ビジネスを展開しているのだが、そもそもは社名からも伺えるとおり通信関連の事業を中核とする企業だ。

 同社の情報ソリューション推進事業部 推進企画 副部長の濱村修氏によると、「2009年7月にBPOSを紹介され、“われわれがやりたいことに合致している”ということで積極的に取り組んだ結果、1年間で113社の契約を獲得した」のだという。この成果に対して、「Online Partner of the Year」のFinalistに選定されている。

 同社が“やりたいこと”というのは何なのか。濱村氏は、「中小/中堅企業に対して“どうやって情報を使っていただくか”という点を常々考えてきた」という。同社はまず電話、次にFAX、PC、会計ソフト、モバイルと順次事業を拡大してきたそうだが、これは「中小企業の価値観を追求し、中小企業が使うと役に立つものを勧める」という考え方なのだという。そして、「今の時代役に立つのはクラウドだ、という発想でBPOSを勧めている」ことが“BPOS販売で日本一”という成果につながったのだろう。

 同社の顧客となっている中小企業の多くではIT部門がしっかりしているところは多くなく、むしろ兼任/兼務でやっているところが大半だという。そういう企業では「クラウド」という言葉に対する認知すらないところもあるが、「こういうものがあります」という紹介をすると「じゃあ使ってみようか」という反応が得られるそうだ。

 ExchangeやSharePointという製品の存在すら知らない顧客もあるそうだが、そうした顧客に対して「Outlookの使い勝手がこう変わります」といった説明をすると、「今まで困っていたことが解決できる」「今までできなかったこんなことができるようになる」という理解が得られるともいう。

 中小企業にとっては、実はBPOSの採用はコストダウンではなく、逆にコストアップにつながる提案であることも多いという。つまり、オンプレミスのサーバーをリプレースするわけではなく、そもそも全く使っていなかったものを新たに導入する形になるためだが、「コストを掛けても今までできなかったことを実現する」という意欲によって導入が決まるそうだ。

 これには、初期投資不要で月額料金で利用できるクラウド・サービスの特徴も大きく寄与している。

 

Windows Azureでのシステム開発

左から、日立システム アプリケーションシステム本部 ERPソリューション第2部 技師の杉浦圭介氏、取締役 常務執行役員の石井清氏、プラットフォームソリューション本部 アプリケーションプラットフォームソリューション部 技師の阿部勝教氏、第三事業グループ 副事業グループ長兼サービスビジネス本部長の西條洋氏

 日立システムアンドサービスは、今回のWPC 2010では日本企業として唯一のAward受賞社だ。対象として評価されたのは、日本初のWindows Azure適用事例といわれる宝印刷のシステム構築である。

 宝印刷は、有価証券報告書を印刷する会社としては最大手の企業。同社の顧客となる株式上場企業が決算報告を公開するのは株主総会時期に集中するため、自社のサーバーではなくクラウド化して自社リソースを増やさずに対応したいという要望を受け、ピーク部分はAzureにオフロードする形のシステムを提案した、という経緯だという。

 同社のアプリケーションシステム本部 ERPソリューション第2部 技師の杉浦圭介氏は、システムの詳細について「基本的には決算期にしかデータを作らない形なので、ピーク時とそれ以外との差が激しい。システムを実際に利用するのは大手上場企業ということで、システムの信頼性も重視される。さらに、情報開示前のデータはインサイダー情報という扱いになるので、セキュリティ面からも国内のデータセンターに置く方がユーザーも安心できる」という。この結果、データは国内データセンターにおき、アプリケーション・プロセスはWindows Azure上に展開するという実装となった。

 元のデータはRDBのデータで、それを報告書作成時にXBRL形式に変換するのだが、そのための変換エンジンは日立システムが以前から開発していたソフトウェアがあり、それをAzure上に移植する形となった。

 この際の「コード改修率は5%くらい」(杉浦氏)といい、もともと.NET上で開発されたコードとはいえ、オンプレミスからAzureに移行する負担はごく小さいことが伺える。なお、具体的な改修内容としては「データを格納する部分のインターフェイスは新規に作る必要があったが、それ以外はそのままで大丈夫」だという。

 なお、同社のクラウドへの取り組みについて同社の取締役 常務執行役員の石井 清氏は、「クラウドに関しては“どう使うか”が重要。SIとしてクラウドをどう使っていくかという点にまじめに取り組んでいる」と語る。

 また、同社の第三事業グループ 副事業グループ長兼サービスビジネス本部長の西條 洋氏は「クラウドに関しては“ハイブリッド・インテグレーション”というコンセプトでアプローチしている。オンプレミス、プライベートクラウド、パブリッククラウドの組み合わせを考えている」といい、今回の事例のようにパブリッククラウド(Azure)と自社データセンター(オンプレミス)の組み合わせは、まさにコンセプト通りだといえる。

 

オンラインサービスに独自機能を追加

ビービーシステム 取締役執行役員 東日本システム本部 本部長の奥村郁生氏

 ビービーシステムは、Exchange Onlineユーザー向けにモバイルアクセス機能を実現するオンライン・サービスとなる「ExLook Online」を提供するなど、MSのオンライン・サービスをベースに独自機能を追加するなどの取り組みを行っている。

 同社はもともとは受託開発から始まった独立系ソフトハウスだという。同社の取締役 執行役員 東日本システム本部 本部長の奥村郁生氏は、「BPOSへのデータ移行ツールなど、MSのオンライン・サービスに欠けている機能や、日本のユーザーであればほしいと考えるであろう機能などを独自に開発して追加する」取り組みに力を入れているという。同社は、技術的には「MSのことばかりやっている」そうで、「100%フルコミット」という状況だそうだ。

 一方でMicrosoftのエンタープライズ向け製品のほぼすべてを扱うSI事業者という顔も持つが、このビジネスに関しては「厳しくなる」ともいう。奥村氏は、「ビービーシステムではこれまでWindows上のExchange/SharePointをインプリメントし、ユーザーのニーズに合った形で提供する、という技術をこれまで追求してきたので、そこをMSがすべてサービスするという形になると、今度はさらにその上の何かを考えなくてはいけなくなる。その1つが、BPOSへの移行ツールやBPOSの管理ツールということになる」ということだ。

 「Azureのようなプラットフォームが出てくることで、サービス提供会社は増えるだろうし、コストも下がるだろう」と予測しつつ、一方では「SI事業者は今何を準備してどうするか、という点に明確な回答はない」との率直な意見も聞かれた。

 

建前と本音

 以上の5社は、マイクロソフトの紹介で取材が実現したものだ。

 それぞれが異なる形でクラウドに前向きに取り組んでいるパートナーであり、マイクロソフトのメッセージである「クラウド関連のビジネスで利益を上げる」という方針の“優等生”だと言える。会場でも、マイクロソフトの「クラウドへの移行」という方針に対してネガティブな反応はほとんど聞かれることはなく、一見するとパートナーが一丸となってクラウドに向かって突き進むという構図にも見えてくる。

 とはいえ、WPC 2010に日本から参加したパートナー各社に非公式に個人的に話を聞く機会もわずかながら持てたのだが、そこではいわゆる「公式見解」とは異なる意見も聞かれたのは事実だ。ここでは、そうした意見も紹介しておこう。

 まずは単純な事実として、現在Microsoftがオンラインサービスとして推進しているBPOSは、Exchange Online、SharePoint Online、Office Live Meeting、Office Communications Onlineで構成され、価格は1ユーザー当たり月額1044円から、となっている。最小5ユーザーからなので、最低でも月額5,220円ということになる。

 ユーザーにとってはありがたい負担額だが、販売するパートナーにとっては、仮に100ユーザー分の契約を獲得したとしても、毎月の売上額は10万円程度ということになる。ITのコストダウンはユーザーにとってはメリットだが、販売する側にとっては売り上げ減に直結するわけだ。

 BPOSのメリットは、サーバーやOSといったインフラの運用管理コストを排除できること。適切なプラットフォームを用意し、用途に応じて適切に設定し、管理するという作業は従来ユーザー企業の負担となっているといるとされてきたため、その負担が消え去ることはメリットだといえるのだが、その負担を肩代わりすることがビジネスになってきたという面もある。

 あるパートナーは、「小規模なところはハードウェアにかかわる作業がなくなることを歓迎するだろうが、ハードウェアにかかわる作業をこなせるエンジニアを擁してビジネスとしてきた会社にとっては、その部分が単純になくなってしまうのは歓迎はできない」と語った。長期的に見れば、クラウド化に向かうトレンドは明らかであり、ほかの収益源を見つける必要があることには異論はないとしても、今すぐ急に、というわけには行かないという話だ。

 Microsoftが語るクラウドへの移行は、パートナー各社に対して「クラウド時代の到来に向けて新たなビジネスモデルを確立し、それぞれ収益源を見つけてくれ」と要請していると見ることもできる。

 これに対して、「かつて味方だったISVを選別したのと同様の手法が、ついにSIに対しても使われ始めた」という声も聞いたのは、合理的な反面ドライとも言える手法に対する反発だろうか。現在のMicrosoftには、かつての強引なイメージは感じられなくなっているのだが、昔の手法を知っているパートナーにはぬぐえない警戒感もあるのかもしれない。

 クラウドへの移行はMicrosoftが推進しているというわけではなく、むしろユーザー側からの「高効率化」「コスト削減」という要望に応えるための手法として浮上してきたものだといえるため、パートナーのクラウドへの移行についてMicrosoftが全責任を負うべきだという話にはならないわけだが、WPCに参加するパートナーが足並みをそろえてクラウドに向けて一斉にかじを切った、と判断するのは早計。

 実際には、パートナー各社がそれぞれ主体的な判断で「クラウドにどのようなペースでどのような形で取り組むか」を真剣に考えているという状況だと見るべきなようだ。

関連情報
(渡邉 利和)
2010/7/16 06:00