イベント
AWSのイノベーションは“はじめに顧客ありき”~「AWS re:Invent 2013」2日目基調講演
(2013/11/20 10:09)
Amazon Web Services(AWS)のクラウド市場におけるほかを寄せ付けない圧倒的な強さは、徹底した顧客志向にあると言われる。それに加え、筆者は以下の3つの要因がその強さを支えていると見ている。
1つは親会社のAmazon.comのDNAを受け継いだ規模の経済の徹底、2つ目はNetflixやNASAなど自ら率先して先進的な導入事例を示した超優良大規模ユーザーの存在、そして3つ目が“Cloud Father”、クラウドをこの世に送り出したヴァーナー・ボーガス(Werner Vogles)CTOを中心とする技術部門のパワーだ。
AWSがローンチするサービスは、常にユーザーのニーズを半歩先取りするかのように新鮮で的確だ。そして、たとえプレビューの段階であっても、十分にヘビーユーザーの使用に耐えうる状態でローンチし、その後のイテレートも頻繁に繰り返される。
11月14日(米国時間)、米ラスベガスにて開催されたAWSの年次カンファレンス「AWS re:Invent 2013」の2日目基調講演にはそのボーガスCTOが登壇し、新たなサービスのローンチを発表している。本稿ではそれらのサービスの概要を紹介しながら、AWSの強さにあらためて迫ってみたい。
PostgreSQL、新インスタンス、ストリーミング分析~開発者寄りの新サービスの数々
前日の基調講演でアンディ・ジャシーCTOが紹介したサービスは、ビジネスユーザーに訴求するものが中心だったが、ボーガスCTOが紹介した新サービスは開発者のリクエストに応えたものか多いといえる。以下、発表された順に見ていこう。
・Amazon RDS for PostgreSQL
ボーガスCTOが最初に発表したニュースは「Amazon RDS for PostgreSQL」の正式提供(GA)開始だ。以前からAWSがリレーショナルデータベースサービスとしてPostgreSQLをサポートするのではという期待とうわさは流れていたが、ついにそれが現実のものとなった瞬間、会場からは大きな歓声と拍手が自然と起こった。
「PostgreSQLのサポートは多くの顧客からリクエストをもらっていた。PostgreSQLは本当にすばらしいデータベースで今日この発表をできることが本当にうれしい。長いこと待たせてしまったが、ユーザーの強いリクエストがあったからこそ、われわれは完璧な状態で用意したかった」と言うボーガスCTOの言葉通り、最新バージョンのPostgreSQL 9.3をフル機能(マルチAZデプロイメント、VPC、自動バックアップなど)で利用することができる。PostgreSQLの拡張機能として人気の高いPostGIS(地理情報空間を扱うためのライブラリ)もサポート済みだ。
・I2インスタンス
AWSはクラウドのパフォーマンスについて、I/Oの速度そのものだけでなく一貫性を非常に重視している。あるとき突然速くなったり遅くなったりするのではなく、レイテンシの状態がフラットであることが重要なのだ。「アベレージのパフォーマンスで納得してはいけない。Measure Everything, Optimize the Full Stack - パフォーマンスはすべてのポイントで計測し、最適化しなければ意味がない」と強調するボーガスCTOの言葉にその理念があらわれている。
そして、より速くなったI/Oを一貫したスピードで届けるための次世代EC2インスタンスとして新たに発表されたのが「I2」だ。もっとも今回は正式なローンチではなく、近日提供開始という発表にとどまっている。
ボーガスCTOの説明によれば、I2には5つのインスタンスタイプが用意されており、いずれもSSDによる高速なI/Oが実現するという。最上位のインスタンスタイプであるi2.x8largeの場合、vCPUの数は32、メモリは244GB、ストレージは720GBのSSDが8基という構成だが、読み込みは35万IOPS、書き込みは32万IOPSという驚異的なパフォーマンスが達成できるとのこと。NoSQLやランダムなトランザクションが頻繁に発生するシステムに最適なインスタンスといえる。
・Amazon DynamoDBにおけるグローバルセカンダリインデックス
ソーシャルゲームプロバイダやアドテク、モバイルアプリケーション開発といった業界で人気のNoSQLサービス「Amazon DynamoDB」には、クエリ検索を柔軟かつ高速に行うための機能としてローカルセカンダリインデックス(Local Secondary Indexes)という機能がある。これをさらに使いやすくする機能として、新たにグローバルセカンダリインデックス(Global Secondary Indexes)が数週間後にローンチされると発表された。年内には詳細が明らかになると思われる。
1つのテーブルごとに5つまでのセカンダリインデックスを作成でき、クエリ時にはローカルセカンダリインデックスでは必要なハッシュキーの指定を求められないのが特徴だ。
・ID連携におけるSAML 2.0のサポート
「セキュリティはAWSクラウドにとって最もプライオリティが高いポイントの1つ」とボーガスCTOはあらためて強調する。AWSは各サービスのセキュリティに関するアップデートを頻繁に行っているが、今回発表されたその1つがID連携におけるSAML(Security Assertion Markup Language) 2.0のサポートだ。
ID認証のオープンスタンダードとして多くの組織で使われているSAML 2.0をサポートしたことで、例えば社内ポータルからActive Directoryを経由し、シングルサインオンでAWSのサービスを透過的に利用することが可能になる。
AWSは「AWS Identity and Access Management(AWS IAM)」をベースにした外部とのID連携に力を入れていたが、今回はユーザーの強いリクエストに応えるかたちでSAML 2.0のサポートに踏み切っている点に注目したい。
・Amazon Redshiftにおけるクロスリージョン間のスナップショットコピー
昨年のre:Inventで発表され、大きな反響を呼んだクラウド上のデータウェアハウス「Redshift」。リリースからわずか1年にもかかわらず、数あるAWSサービスの中でも驚異的な成長を遂げている。この1年、AWSはRedshiftに対して細かなアップデートを何度も実施してきたが、今回発表したのはRedshiftをより安全に使うために、リージョンをまたいでスナップショットを自動でコピーするサービスだ。
クロスリージョンコピーが可能なAWSサービスはほかにもAMI、EBS、RDSスナップショット、DynamoDBの4つがある。ボーガスCTOはユーザーに対し、常に「マルチリージョン/マルチAZ」でAWSサービスを利用することを勧めているという。自然災害や突然の停電などに備えるディザスタリカバリには、複数のリージョンやAZにまたがってデータやアプリケーションのコピーをもつことが望ましいとするのがAWSの基本的な考え方だ。
「世界で最も地震が多い日本のユーザーは、3.11以降、東京リージョンだけでなく、比較的距離が近くて自然災害の少ないシンガポールリージョンにコピーやスナップショットを置くケースが多い」とボーガスCTOは説明する。世界中に数多くのデータセンターを分散しているAWSだからできるディザスタリカバリのあり方ともいえる。
・Amazon RDSにおけるクロスリージョン間のリードレプリカ
データベース(RDS)のディザスタリカバリオペレーションを改善するためのサービスとして、読み込み専用のリードレプリカを別のリージョンに置くことが可能になった。ディザスタリカバリの観点からはもちろんのこと、クロスリージョンでアプリケーションを運用しているユーザーにはパフォーマンスの面でもメリットが大きい。
・C3インスタンス
いまやクラウド上でスーパーコンピュータを構築することは夢物語でも何でもなく、現実の事例として登場する。ボーガスCTOは、AWS上に構築したHPC環境をユーザーに提供するCycle Computingがre:Inventの直前に8つのリージョンにまたがった1万6000を超えるインスタンスでもって1.21PFLOPS(ペタフロップス)という記録を出したニュースを紹介している。
従来は計算に264年かかるとされた処理を18時間で実現したという話は、物理的なスーパーコンピュータの性能にクラウドが確実に迫っていることを実感させる。従量課金で、しかも安く、簡単にスーパーコンピュータを利用できる時代が本当にやってきたのだ。
こうしたHPCなど数値計算に最適化させたEC2インスタンスのニーズ増大を見込んで発表されたのが「C3」ファミリだ。ボーガスCTOが紹介したスペックによれば、CPUに2.8GHzのIntel E5-2680 v2 “Ivy Bridge”を採用したSSDベースのプラットフォームだという。
ほかのインスタンスに比較してコアあたりの性能が高いことも特徴だ。またネットワークが強化されているのも特徴で、高い計算能力を低いレイテンシで利用できる。米国の各リージョンのほか、東京リージョンでも利用可能だ。
・Amazon Kinesis
キーノートの最後にボーガスCTOが発表したのは、ストリーミングデータのリアルタイム分析をマネージドサービスとして提供する「Amazon Kinesis」だ。これは前日にジャシーSVPが発表したVDIサービスのAmazon Workspacesとはまた違った驚きをもたらした。Hadoopのようなバッチ処理ではなく、リアルタイムストリーミング分析のような負荷の大きいワークロードをどのようにクラウドで提供するのか、ほとんどの参加者には想像しにくかったのではないだろうか。
TwitterやFacebookなどのソーシャルには24時間365日、絶え間なくデータが流れ込む。また、センサーデバイスの普及でいわゆるInternet of Thingsと呼ばれる機械どうしがデータ交換を行うケースも増える傾向にある。Kinesisはこうしたデータソースを複数扱うことができる。テラバイトクラスのビッグデータはもちろん、メガバイトクラスのスモールデータでもかまわない。常にデータが流れ込んでいる状態にあることがポイントだ。ちなみに”kinesis”とは、生物の刺激に対する反応の動き(動性)を意味している。
Kinesisに投げ込まれたリアルタイムデータはすべてストリームが受けとめ、データは自動的に複数のAZにコピーされるが、分析のためのKinesisアプリケーションにはすべてのデータを渡す必要はなく、アプリケーションが指定したタイプのデータのみを受け取れる。このことからKinesisを「イベントプロセッシング(CEP)に近いシステム」と指摘するパートナー企業の声もある。RedshiftやDynamoDB、S3などのAWSサービスと連携させたアプリケーションの構築ももちろん可能だ。
現時点ではリミテッドプレビューの扱いだが、価格などが発表されるのはそれほど先の話ではないはずだ。
イノベーションのベースは顧客からのフィードバック
このように多くのサービスが発表された今回のre:Inventだが、なぜAWSはここまで的確にユーザーのニーズをつかんだサービスを迅速にリリースすることができるのだろうか。ボーガスCTOは「すばやいデリバリを行うこと、それはAmazonのDNAに組み込まれている」と語るが、やはりAmazon創業者のジェフ・ベゾスの理念がAWSにもしっかりと反映されていることが大きな理由だろう。
ボーガス氏はベゾス氏の言葉として有名な「Small, Two Pizza Teams(チームの最適人数は2枚のピザで足りる人数)」がAWSにも深く浸透していると強調する。AWSの各チームの人数は非常に少ない。だが、少ないからこそ行動が速く、各サービスのローンチ&イテレートもスムーズだ。無駄のないサービスは無駄のない組織から生まれるというフレーズを体現しているかのようでもある。
ボーガスCTOはまた、AWSとほかのテクノロジベンダの違いとして「われわれは顧客主導のデリバリを行うが、他社はエンジニアリング主導で技術のための技術開発を行っている。だから無駄に複雑な機能ばかり追加される。われわれが追加する機能は顧客が望んでいるものだけだ」と指摘している。
「われわれのイノベーションは顧客からのフィードバックがベース」と言い切るボーガスCTOの言葉に、“地球最強の顧客志向企業”を標榜するAmazonグループのDNAが息づいていることが見て取れる。そしてその顧客志向がただの飾りではないことは、登壇した数々のユーザーの成功事例が物語っている。
例えば現在急成長中のスタートアップであるAirBnBは、ホストとして家を貸したユーザーに収入が入ることで、ニューヨークに5億ドル以上の経済効果をもたらすほどの影響力をもつに至っている。「AirBnBは最初からすべてAWSを使って立ち上げ、現在は数多くのAWSサービスを駆使している。AWSのスケーラビリティがあったからこそビジネスを大きく成長させることができた。われわれのオペレーションチームはたった5人。これもAWSだから可能なこと」(AirBnB エンジニアリング担当VP マイク・カーティス氏)
今回のre:Inventでは、昨年のRedshiftのように業界の常識を根底から変えるほどのインパクトをもったサービスの発表はなかったように思える。だが、発表されたサービスはいずれも、ユーザーのニーズを的確にくみ取った、AWSでなければ思いもつかないようなものばかりだ。サービスレンジを拡大したというよりは、むしろ既存ユーザーのケアをより厚くした深みのあるラインアップをそろえてきた感がある。クラウドベンダとしての地力が一段と強化されたとも言えるだろうか。
エンタープライズの世界をこれほど大胆に、エキサイティングに塗り替えるテクノロジベンダの存在を筆者はほかに知らない。来年のre:Inventでは何を見せてくれるのか、いまから大きな期待を寄せたい。