大河原克行のクローズアップ!エンタープライズ

Windows Azureが支える、映画前売り券の購入・予約サイト「ムビチケ」

クラウドならではの価値を生かしてバーストするトラフィックに対応

 映画観賞券の前売り券購入と座席予約ができるオンラインサービス「ムビチケ」がスタートして約1年半を経過した。

 同サービスでは、システム基盤にWindows Azure Platformを採用。「サービス開始以来、一度もシステムダウンを起こしたことがない。トラフィックが増加した時も、クラウドならではの柔軟性を生かしてリソースを拡大。トラブルを発生させることなく、運用することができた」と、ムビチケの代表取締役社長である高木文郎氏は語る。クラウドサービスの強みを生かしたムビチケの取り組みを追ってみた。

ムビチケ 代表取締役社長の高木文郎氏

横断的に映画の前売り券購入と座席予約を行えるムビチケ

ムビチケのWebサイト

 ムビチケは、複数の映画配給会社および興行会社が参加し、横断的に映画観賞券の前売り券購入と座席予約ができるオンラインサービスだ。

 25社の映画配給会社と、5つの興行会社が参加し、全国のシネコンの約6割をカバー。事前に座席予約ができる仕組みを構築したのは世界初の試みであり、発表当初から、その取り組みについて、業界内外から関心が集まっていた。

 予告編のストリーミングや、鑑賞した人が書き込んだレビューなどを参考に、複数の映画配給会社が提供するロードショーの前売り券を購入できること、これまでの前売り券では不可能だった座席指定も可能とした点に高い評価が集まっている。

 「映画の前売り券の購入場所は、プレイガイドや映画館に限られており、前売り券の購入時期を逃してしまうという人も多かった。また、公開初日には多くのお客さまが来館し、映画館内に入りきれずに長時間待たされたりといったこともあった。夏休みなどに親子で映画を見たいという場合も、事前に座席を予約できることから、安心して映画館に足が運べるというメリットがある」(高木社長)というのがムビチケの特徴だ。

ムビチケの仕組み(2011年7月の日本マイクロソフトとの業務提携発表会より)

あらゆる面でクラウドが向いていた

 ユーザーにとってのメリットは明確だったが、鑑賞者全体の約5%と言われる前売り券販売において、オンライン販売および座席指定が可能な世界初のシステム規模を予測するのは容易ではない。

 配給会社をまたいで前売り券をオンライン販売し、さまざまな興行チェーンの座席予約にまで直結するという前例がない大規模サービスにおいて、同社が基盤システムに選んだのがクラウドサービスであった。

 新たなサービスだけに、ピーク時のトラフィック量予測が難しく、システム規模が予測できないという課題だけでなく、システムの開発コストを可能な限り抑制し、半年強という短期間での構築を実現しなくてはならない、という条件も加わった。

 その点でも、同社がクラウドを選択したのは、当然のことだったともいえる。

 実際、同社では、2010年末からシステム構築を開始し、2011年9月からは、興行会社2社が参加して同サービスをスタートさせている。

 1年をかけずに、これだけの規模のサービスを支えるシステム基盤を構築するのは容易なことではない。厳密な要件定義をもとに、サーバーの選定などから始まるオンプレミス型システムでは、とてもできない短期間での開発だ。これは、クラウドを選択した大きな理由のひとつである。

 また、クラウドサービスの基盤に、日本マイクロソフトのWindows Azureを選択したことで、これまでのWindowsプラットフォームや.NET Frameworkの開発経験をそのまま生かすことができたという点も、短期間でのシステム立ち上げにつながっている。

トラブルのない稼働を実現

 ムビチケでは、2012年3月には、当初計画にあった、TOHOシネマズ、角川シネプレックス、109シネマズ、ユナイテッド・シネマ、シネマサンシャインの5社の興行会社が参加する体制へとサービスを拡張。5社がそろうまでには、外部会社のシステムとの連携などに時間がかかったものの、サービスを開始して以降は、トラブルが発生することなく稼働しているという。

 「サービスインに向けても、クラウドならではのメリットがあったが、運用を開始して以降、まったくトラブルがないというのも、クラウドを導入した成果のひとつ」と高木社長は語る。

 また、「この1年の間にも、トラフィック量の変化にあわせて、サーバーの容量を可変させてきた。まさにバルブを開けたり、閉めたりといったように、簡単に容量を変更でき、柔軟に対応できた」とクラウドの効果を説明した。

ムビチケカードの販売にもクラウドを生かす

ムビチケカードの例

 さらに、映画配給会社のマーケティングのひとつとして、期間限定や時間限定で割引販売を行うといったことも行われるが、こうした要求に柔軟に対応できるのもクラウドを活用している点が見逃せない。

 ムビチケの最大の目的は、「映画館鑑賞人口の拡大」にあるとする。

 その取り組みのひとつとして、同社は、2011年12月から、ムビチケカードの取り扱いを開始した。

 ムビチケカードは、ムビチケサービスで提携している5社の映画配給会社および興行会社の各劇場やプレイガイドで販売してする新たな映画鑑賞前売り券。前売り券をオンライン販売している一部チケット会社でも取り扱っている。

 購入したムビチケカードには、映画作品ごとに独自のデザインが施されており、最近ではこれを収集するコレクター需要も発生している。

 ムビチケカードの裏面には、ムビチケ購入番号と、スクラッチで隠されたムビチケ暗証番号が記載されており、これを利用してPCやスマートフォンなどからの座席指定ができるようになっている。

 このムビチケカードの販売管理および座席指定などの仕組みについては、オンラインのムビチケサービスと同じクラウドサービスを採用している。

 ムビチケカードの発売以来の動きは好調だ。

 ムビチケカードは、この1年間で約450万枚を制作しており、「いまは紙の前売り券の方が、若干構成比が高い。だが、来年度には約700万枚、2015年度には1000万枚のムビチケカードを制作する予定であり、紙の前売り券との構成比が逆転することになる」と予測している。

 昨年末に公開された「ワンピースフィルムZ」では、12万枚を超えるムビチケカードを販売。1月18日に公開した「テッド」では、紙の前売り券を用意せず、ムビチケ限定でカードおよびオンラインで販売するといった例も出ている。

配給側にもメリットがあるムビチケカード

 ムビチケカードは、オンラインで座席指定が可能になるなどの利用者側のメリットだけでなく、配給会社や興行会社にとってもメリットがある。

 従来の紙の前売り券では、もぎった半券を手作業で集計するという煩雑な作業が発生していたが、ムビチケカードではすべてデジタルデータで集計が可能になるため、こうした作業は不要になり、大幅な省力化が図れる。

 さらに、販売や鑑賞実績などに関するレポートが短期間に提供され、すぐにマーケティング施策に反映させることができる。

 加えて、来場者が集中する公開初日や土日にも、事前の座席予約の状況で、どの程度の来場者数になるのかを予測できるため、それにあわせた人員配置やサービスの提供も可能になる。

 また、ムビチケカードの番号を利用して、購入者に抽選で特典をプレゼントするといった活用もできる。前売り券購入者の楽しみのひとつに、特典をもらえるという点がある。付与した番号をもとにして、宝くじのような当選番号を設定することで、購入者に特別なプレゼントも提供できるわけだ。

 「当選者には、ワールドプレミアへの招待や、イベントの際に最前列の席を用意したり、映画作品に関連したソーシャルゲームで利用できるアイテムを提供したりといったことが、ムビチケカードの番号を利用して提供することができるようになる」(高木社長)。

 ムビチケカードならではの一歩踏み込んだ特典提供方法として、注目される仕組みのひとつだといえよう。

 こうした仕組みは、当然、オンラインのムビチケでの対応可能だ。

 現在、ムビチケが取り扱う前売り券の約9割がムビチケカードによるものとなっている。

 「ムビチケのオンライン購入を補完する仕組みとして導入したのがムビチケカード。将来的には、ムビチケカードとオンラインによるムビチケの構成比を5対5にしていきたい」と語る。

さらなるマーケティング情報の活用の可能性も

これまでの取り組みを「70点」と自己採点する高木社長

 高木社長は、これまでの取り組みを振り返り、「70点の成果」と自己評価する。

 「映画鑑賞人口の増加に貢献するという目標に関しては、ムビチケカードの利用が当初の予想以上の成果になるなど、微力ながらも貢献できたのではないかといった気持ちはある。ムビチケに関するつぶやきも、この1年間で10倍以上に増え、ムビチケの認知度も徐々に高まりつつある。しかし、すべての劇場をカバーしていないこと、すべての映画作品に対応していないことなど、改善点も多い。特に今後は、地方の独立系映画館でも、ムビチケを利用して、座席指定ができるといったように、さらに使いやすいシステムへと発展させていかなくてはならない」とする。

 そして、「地方の独立系映画館では、システム開発に資金的余力がないという課題もあるが、その点でもクラウドを基盤としたムビチケの仕組みは、導入の敷居を下げることもできると期待している。映画業界で幅広く利用してもらえるシステムとして、提案していくことも今後の課題だ」と語る。

 同社では、今後の取り組みとして、ムビチケの会員データベースを活用したマーケティング情報の収集や分析にも取り組みたいという。

 過去の映画の鑑賞履歴をもとにして、購買動向を分析したり、購買実績をもとにテレビCMの効果を測定したりといったことも可能になる。

 「現在、ムビチケの会員数は5万人。映画館に足しげく通うアクティブなユーザーを中心に登録していただいており、リピーター利用も多い。ただ、データを分析するという点では、まだ母数が少なく、コアなユーザーに集中している傾向が強い。さらに会員数を増やすことで、配給会社や興行会社が利活用できる分析データを提供するといったことにもつなげていきたい」と語る。

モバイルにも注力、Windows 8対応アプリを用意

 また、スマートフォンやタブレットなどでも、ムビチケのサービスを利用できるような仕掛けにも力を注ぐ考えだ。

 ムビチケでは、2012年10月26日のWindows 8の発売にあわせて、Windows 8対応アプリの提供を開始。Windows 8を搭載したPCやタブレットでも利用できる環境を用意した。

 さらに、今後は、AndroidやiOS向けのアプリケーションも用意する予定だという。

 直感的に操作できるタッチ機能に対応することで、より簡単に前売り券を購入できる環境を提供する考えだ。

 ムビチケは、短期間にシステムを稼働させることができ、予測がつかないトラフィックにも柔軟に対応するという点で、クラウドの効果を十分に発揮することができた事例だといえる。

 そして、これまでの稼働状況を見ても、クラウドのメリットは大きく生かされているといえよう。

 「年間で最大のピークを迎える夏休みには、どれぐらいのトラフィックに達するのか、公開初日に上昇する座席予約のアクセスに、どう対応していくのかといったことが、これまでの経験で蓄積できた。今後は、より適切なコスト構造へと見直すなど、蓄積したノウハウをもとに最適化を図るとともに、配給会社や興行会社の要求にあわせた新たなサービスへの拡張、映画館のカバレッジ範囲の拡大などに取り組みたい」と高木社長は語る。

 ムビチケの今後の発展にも、クラウドのメリットは生かされそうである。

(大河原 克行)