大河原克行のキーマンウォッチ

社名変更から5年を迎えた「日本マイクロソフトのいま」を語る・樋口泰行会長

 日本マイクロソフトが、2011年2月に、現在の社名に変更してから5周年を迎えた。日本に根ざした企業になることを目指して実施した、「日本」を冠した社名への変更は、当時、社長を務めていた樋口泰行会長の強い思いを反映したものであった。「以前は、手を組みにくい会社、あるいは話が通じない会社というイメージがあった。それは改善してきたが、日本に根ざした企業というにはまだ時間がかかる」と樋口会長は語る。今年5月には日本法人創立30周年という節目も迎える。樋口会長に話を聞いた。

日本マイクロソフトの樋口泰行会長

日本マイクロソフトはどう変化したのか?

――2011年2月に、マイクロソフトから日本マイクロソフトへと社名を変更し、5年を経過しました。この間、日本マイクロソフトはどう変化しましたか?

 最近、お客さまやパートナーとお話をしますと、「マイクロソフトは随分変わったね」ということを言われます。その背景には、2014年2月に、米MicrosoftのCEOにサティア・ナデラが就任して以降、新たなメッセージを積極的に打ち出しているという点も大きいでしょう。こうしたメッセージが、マイクロソフトそのものが大きく変化しているというイメージにもつながっています。

米Microsoftのサティア・ナデラCEO

 例えば、そのひとつである「モバイルファースト、クラウドファースト」というメッセージでは、モバイルやクラウドを軸にして事業を展開するという方針に転換したことで、パートナーやお客さまとの付き合い方も大きく変わってきています。これまでは競合だと思っていた企業と、パートナーシップを組むといった動きも相次いでいますし、昨年は私自身、VMwareのプライベートイベントの基調講演に飛び入り参加して、お話をさせていただくということもありました。こうした、これまでには考えられなかったような変化が随所で起こっています。

VMwareプライベートイベントで、三木泰雄会長(左)の基調講演にも飛び入り参加した樋口会長(右)

 振り返ってみますと、かつては、「Windows、Windows、Windows」という姿勢が強く、「総取りカルチャー」ともいえるものがありました。さまざまな施策が自分中心という考え方があったのではないでしょうか。そして、現場でも、目の前の売り上げを上げなくてはならず、脇目も振らずにまい進するという姿勢があった。その結果、「手を組みにくい会社」、あるいは「話が通じない会社」ということを言われていました。さらには「顔が見えない会社」とも言われていました。この5年間で、それまでのカルチャーを壊し、イメージを作り替えることに取り組んできました。

 その象徴的な取り組みが、日本マイクロソフトへの社名変更でした。マイクロソフトに、「日本」という文字を足しただけの社名変更でしたが、ここには、日本に根ざした企業になるという思いを込めました。イメージしていたのは、かつての日本IBM。日本に根付き、日本のお客さまから信頼される会社であることを目指しました。日本マイクロソフトはコンシューマから始まった会社ですが、いまやエンタープライズビジネスが重要な柱となっています。B2Bの会社である限り、お客さまやパートナーからの信頼を得るというのは重要な要素です。

日本マイクロソフト本社のビル

――この5年間で、日本マイクロソフトという社名変更によって目指した企業づくりは達成できましたか。

 私が社長に就任した当時の状態では、サティアが打ち出した大きな変革に、日本法人がうまくついて行くことができなかったかもしれません。この数年の日本法人の体質変化によって、サティアが打ち出す方針に、柔軟に反応し、対応できたともいえます。

 ただ、その一方で、日本に根ざした会社になれたかというと、まだまだ途上です。これは、終わりがない取り組みかもしれませんね。会長になってから、社内を俯瞰(ふかん)してみて、随分と中の仕事が多すぎるなと感じているんです。社員みんなが、もっと外に出ていけるようにしたいですね。

 また、お客さまとの接点がまだまだ低い水準にあることも感じています。B2Bをやる限りは、もう少し親和性の高い領域で接点を設ける必要があります。具体的には、お客さまの課題にもっと食い込むこと、あるいは、インダストリーごとの悩みまでわかる、というところにまで踏み込んでいきたいと思っています。それが、日本マイクロソフトに求められていることであり、大きな差別化になると考えているからです。

 これは、日本の企業では当たり前のことですが、グローバルプレイヤーでありながら、そうしたメンタリティも持っていることが大切なんです。そうした観点から見てみると、日本マイクロソフトが、日本に根ざした会社になったと言い切れるほどのレベルには達していません。

 一面では信頼いただいている部分があるかもしれませんが、こうした取り組みはちょっと油断をするだけで、イメージが変わってしまいます。日本に根づいた企業というにはまだ時間がかかるというのが正直な思いですから、これからも地道に、日本の企業に信頼される日本マイクロソフトを目指したいと考えています。

――会長の役割として、人材育成の強化に取り組むことを掲げていましたが。

 実は、チーフ・ピープル・オフィサーという役割も担っています。人材の選考や採用、人材開発のほか、辞めたいと思う人を食い止めるためのリテンションといったことも役割のひとつです。これまでの人脈や経験を生かして、新たな人を採用することにも取り組んでいます。

 また時間をとって、若手社員とのQ&Aの場を設け、お互いに意見交換をしたり、アドバイスをしたりといったこともやっています。社名が、日本マイクロソフトに変わってからの5年間で、新たに644人の社員が入社しています。これは、全社員数の32%となり、約3分の1を占めます。これまでとは違うカルチャーの人が、これだけ多く入ってきているのですが、先にいた人たちはどうしても、自分たちのやってきた手法が正しいと思いがちです。しかし、本当は、他社から入ってきた人の方が正しいという場合もある。自分たちの方が変わらなくてはいけない、ということに気がつかなくてはならない場合もあるわけです。お互いに刺激を受けることで、会社をトランスフォーメーションさせることにつなげたいと考えています。

樋口会長の役割と重点活動分野

クラウドビジネスは譲れない!

――2016年におけるクラウドビジネスの基本戦略はどうなりますか。

 日本マイクロソフトは、クラウドの会社であるという印象をさらに定着させたいですね。日本マイクロソフトは変わったとはいえ、クラウドビジネスでは譲れないところがある(笑)。ですから、クラウド事業は最重点課題ですし、積極的な人材採用も行っていきます。

 日本マイクロソフトには、クラウド3兄弟として、Microsoft Azure、Office 365、そしてCRM Onlineがあります。Azureについては、いま猛烈な勢いで成長しています。閉域網接続の広がりや、ハイパースケールのパブリッククラウドで実証済みのイノベーションを、お客さまのデータセンターに展開するAzure Stackなど、さまざまなファンクションが増え、さらに信頼性もあがっています。市場導入に向けた各種シナリオ提案や、地道にPOCへの取り組みを増やしていくといったことにも力を注いでいます。

 また、Office 365は、SaaSのスタンダードとして幅広く活用されています。ここでも、いい手応えを感じています。一方で、苦戦しているのが(Dynamics)CRM Onlineです。この分野での実績という意味では、オンプレミスを加えると高いものがあるのですが、クラウドだけだと、まだまだ弱いというのが実態です。このままでは、クラウド三兄弟のなかで、ひとつだけ取り残される可能性もあります。2016年は、ここに力を入れていく必要があると考えています。

 日本にデータセンターを設置してから、ちょうど2年を経過しました。また、マシンラーニングを含めて、よりインテリジェントなクラウドの提案が、これから増えていくことになるでしょう。日本マイクロソフトのクラウドは、技術的な観点からも、より進化させていくフェーズにあります。事例なども積極的に公開していきたいですね。

日本マイクロソフトの“クラウド3兄弟”に位置付けられる、Microsoft Azure、Office 365、CRM Online
現在では、日本国内のデータセンターから提供されている

Windows 10の自動更新機能にユーザーの変化

――Windows 10に対する手応えはどうですか。

 企業のお客さまからも高い評価を得ています。Windows 8を利用していたユーザーからは、Windows 10は使いやすいという声をいただいていますが、一部のWindows 7のユーザーからは、そこまでの機能はいらないといったような声があることも聞いています。

 ただWindows 10の自動更新機能については、官公庁からも評価を得はじめていますし、堅いと言われていたユーザー企業でも、この仕組みを評価しています。常に最新の状況にアップデートできる反面、アプリ環境における阻害要因をどう解決するのかといったことが課題になるわけですが、それでも、最新の状況にすることを前提として情報システムを考えていく、という流れがわずかながらできつつあります。

 実は海外においては、常に最新のものにしておくことが正しい、という理解が一般的ですが、日本はそうではありません。米本社で会議をすると、「なぜ、日本はそんなことが課題になっているんだ」と不思議がられます。ほかの国では起こっていない問題なのです。

 日本は、5・6年にわたって同じ環境で使いつづけるといったケースが多いことが背景にあります。ただ、アップグレードしてもハードウェアの要求仕様は変わりませんから、そのまま最新の状況にできる環境は整っています。またセキュリティ対策の面においても、最新の状況にしておくことは最適です。今後は、日本でも常に最新の状況で使い続けるという動きが出てくるのではないでしょうか。こうした観点における日本での先行事例を紹介していきたいですね。

――Internet Explorerの旧バージョンのサポート終了のほか、新たなサポートポリシーにおいては、最新CPUでWindows 7のサポートを打ち切ることを発表するなど、企業ユーザーにとっては不安材料もでていますが。

 この点については、エンタープライズのお客さまに対しては、しっかりとコミュニケーションを行い、ご迷惑をおかけしないようにしています。ただ、中小企業のお客さまに対しては、まだ発信が不十分なところもあります。誤解がないように、またしっかりと対応していただけるように、パートナーとともに情報を発信していくつもりです。

――一方で、なかなか日本に投入されないデバイスもあります。これらの製品の日本での投入はどうなりますか。

 Surface Bookも、日本での発売が今年2月からとなり、米国での発売から数カ月遅れました。ハードウェアのビジネスはまだまだ経験値が少なく、作るキャパシティが需要に追いつかず、日本に展開するには供給量が足りない状況が生まれたのが原因です。それは、非常に悔しいと思っています。

 ただ、日本でのSurface Bookの売れ行きには非常にいい手応えを感じています。一番高い製品から売れていますし、こうした製品を待っていたという方々に購入していただいています。Surfaceビジネスも4年目に入りますから、ますます積極化していきたいですね。

 一方でMicrosoft Bandは、北米では昨年秋に新たな製品が登場していますし、Surface HubやHoloLensといったユニークな製品もあります。こうしたユニークな製品群を、今後、日本でどう展開するか。実は、私自身も楽しみなところがあります。日本に早く持ってきたいと考えています。

――樋口会長は、Surface Bookを使うことになるのですか。

 いまは、Surface Pro 3とPro 4を使っているのですが、この間、買い換えたばかりなのでどうしようかと思っていて(笑)。でも、ぜひ使ってみたいですね。

Surface Book

会長と社長の役割分担は?

――樋口会長と平野拓也社長との役割分担に変化はありますか。

 私は、会長の役割として、「お客さまとの会社対会社の関係強化」「新たな戦略的パートナーシップ」「ナショナルアジェンダへの貢献」「人材育成の強化」という4点を掲げています。社長一人では、仕事が多すぎてどうにもならなくなるということを経験していますから、これらの4つの観点から、平野を全面的にサポートしています。テーマによっては、私と平野のどちらでも対応できることがありますから、そこは厳密に線引きをせずに柔軟に対応していくつもりです。

後任となった平野拓也社長(右)と並ぶ樋口会長(左)

 例えば、2016年2月5日~11日まで、札幌市の大通公園で開催された「さっぽろ雪まつり」、2016年1月30日・31日に大倉山ジャンプ競技場で開催された「FISジャンプワールドカップ 2016 札幌大会」の来場者に対して、オープンデータを活用したモバイルアプリサービスの実証実験を、札幌市とYRPユビキタス・ネットワーキング研究所とともに行いました。

 この時期には、平野がどうしても米本社に行かなくてはならない案件が入っていましたから、北海道は平野の出身地でもありましたが(笑)私が対応しました。

 ここでは、オープンデータの流通基盤として、Microsoft Azureを利用。自動翻訳サービスとして、Microsoft Translatorを活用し、日本を訪れた外国人観光客に、最先端のICTを活用した「おもてなし」の提案を行いました。東京オリンピック/パラリンピックの開催に向けて、増加する外国人観光客の受け入れ環境への対応が急務となっています。特に、通訳の人たちの絶対量が足りないという問題もあり、ICTを活用したおもてなしが必要になります。

 今回の取り組みでは、観光情報やスポーツイベント情報といったオープンデータの収集、加工とともに、利用環境を整備するだけでなく、それを活用するための事業を促進するイベントを開催することにもポイントがありました。アイデアソン、ハッカソンを通じたアプリ開発、さらに開発されたアプリに対する評価というフィードバックも行っています。開催期間中は予想以上に利用されており、非常にいい手応えを感じています。

1月20日に開催された、札幌市、YRPユビキタス・ネットワーキング研究所(YRP UNL)との共同記者会見に出席した樋口会長(左)。真ん中が札幌市の秋元克広市長、右がYRP UNLの坂村健所長
情報を提供するためのビーコン

 会長の立場になって、米本社とのやりとりは、以前の7掛け程度になっていますし、その空いた分を、日本国内のあちこちに足を運ぶ時間に割いています。地方都市に行きますと、「日本マイクロソフトの名刺を見たことがなかった」「日本マイクロソフトの人とは会ったことがなかった」という声も聞きます。そして、経済的な盛り上がりが厳しく、人材流出の問題などにも直面するなか、なんかヒントがほしいという気持ちが伝わってきます。日本マイクロソフトと一緒にやれば勢いがつきそうだという期待も感じます。

 テレワークの成果など、具体的な事例を示しながら、それを紹介するだけでなく、実際に使ってもらう環境を提案することにこだわっていきたいですね。地方でのビジネスは、地元のパートナーとの連携が重要になりますから、パートナーが開催するイベントなどにも積極的に参加したり、自治体や関連団体にも積極的にアプローチしていきたいと考えています。

――これまでにも地方自治体を支援するプログラムを展開してきましたが、それは今後どうなりますか。

 これも継続的に展開していく姿勢に変わりはありません。ただ、これまでは、シニア、女性、障害者、若者が対象であり、社会的弱者に対して、ITでエンパワーしていくという提案が多かったのですが、昨年行った愛媛県のしまなみ海道への支援のように、前向きな部分に力を注いでいきたいですね。生産労働人口を増やしていく上では、女性やシニア、障害者の活用などが求められますが、これを現実のものにするために、テレワークやICTの利活用を通じて、ワークスタイルの変革という点での取り組みを進めるなど、ITによる先端国家を目指すというところにシフトしていきたいと考えています。

――半年以上を経過した平野社長のかじ取りはどう評価していますか(笑)

 1月には、米本社において全世界のトップが集まる会議があり、私と平野も出席してきたのですが、あれだけ英語がしゃべれたら楽だなと感じました(笑)。

 とにかく、押し切り方がすごい。本社とのやりとりはスキルとセンスが必要で、日本法人社長としてはそれが要求される。そこは私以上のものがありますよ。また、日本法人のなかでの切り盛りにも不安がない。日本マイクロソフトでの経験が長いこと、海外で経営を経験してきたことが強みですね。

 課題をあげるとすれば、外部企業とのリレーションでしょうか。まだ若いので、これから勉強していく分野ともいえます。それと、もう少しゴルフを練習しないといけませんね(笑)。

――ところで今年5月には、日本法人設立30周年を迎えますね。

 サティアが前を向いてビジネスをしていくタイプですから、過去を振り返るようなことがやりにくい環境にはあるのですが、日本は、こうした節目を大事にする国ですし、日本マイクロソフトにとっても、これをビジネスツールのひとつとして活用することもできます。なにかアイデアがあればぜひ教えてください(笑)。

大河原 克行