広がるハイテク業界への影響 東日本大震災とサプライチェーン
東日本大震災では発生から2週間たっても、なお犠牲者の正確な数さえ把握できないという混乱が続いている。一方で、建物や施設などの被害の様子は次第に明らかになり、経済面での影響にも目が向けられている。海外からは、東日本を広範囲に襲った地震・津波で半導体分野にどのような影響が出るのかが懸念する報道が伝わっていたが、より具体的な分析も行われるようになっている。
■被災地の工場が操業停止
震災の半導体分野への影響では、シリコンウェハー大手の信越化学の福島工場が操業停止していることが早くから伝えられていた。その後、MEMC Electronic Materialsの宇都宮工場が停止していることも分かった。
調査会社のIHS iSuppliの3月21日の報告書によると、両社の世界のシリコンウェハー生産に占める両社の比率はそれぞれ20%と5%で、合わせると世界の4分の1の生産が停止したことになるという。報告書は、このことがフラッシュメモリーやDRAMなどのメモリーの供給に大きな影響を与えると予想している。
また、iSuppliは同じ報告書で、三菱ガス化学(MGC)と日立化成ポリマーの2社の操業停止も報告した。両社はさまざまな電子機器で使われるプリント基板(PCB)の材料である銅張積層板(CCL)のシェア70%を占めている。とくにMGCは、CCLの一種でパッケージ材料であるBTレジンの半分を供給する最大手。携帯電話などへの影響が懸念されるが、報告書では2週間以内に操業を再開できると伝え、在庫状況からみて影響は大きくならないと見ている。
世界の97%が日本で製造されている電子コンパスについては、iSuppliが23日に別の報告書を出し、旭化成エレクトロニクス、ヤマハ、愛知製鋼、アルプスの上位4社の稼動には影響が出ていないと報告している。
これらはいずれも材料や部品で、その異変は川下のサプライチェーンに響いてゆく。
■川下の生産への影響
ウェハー製造停止で影響を受けるNAND型フラッシュメモリーについてReutersは、東芝が三重県の四日市工場の操業を一時停止していることを報じている。Micron Technologyは、シンガポールのNAND工場の稼動を強化するなどして兵庫県西脇市のDRAMチップ製造拠点への影響を抑える計画という。NANDはメモリーカード、携帯電話、音楽プレーヤーなどさまざまな製品で使われており、日本は世界のNAND製造の3分の1を占めている。
また、電子コンパスはスマートフォンやタブレットに組み込まれており、直近では世界ローンチを迎えたAppleの「iPad 2」への影響が懸念されていた。
BTレジンはスマートフォンで使われる重要な部品だ。シェア50%のMGCが操業停止することで、台湾のASEなどの半導体後工程の企業に影響を与えるとFinancial Timesは予想している。なお、MGC、日立、住友の日本企業3社で、世界のBTレジンの90%を製造している。チップメーカーのQualcommは動向を注視しながら、在庫や短期レベルでの材料調整で当座をしのぐ考えという。
さらに材料・部品の製造停止は、製品レベルでは、サーバー、PC、スマートフォン、タブレットなど広範囲に影響する。
携帯電話のNokia、Sony Ericssonはそれぞれ声明を発表。Nokiaは21日付で、電子部品や材料不足によって端末事業に一部影響が出るという暫定見通しを明らかにした。Sony Ericssonは17日付で、事業に影響があることを認め、部品製造の再配置などの対策を進めていると説明している。
このほか各メーカーの反応を伝えた報道では、「過剰反応しすぎ」(HTCのCEO、Peter Chou氏=Financial Times)、「サプライチェーンの障害は大きな影響を与えていない」(Dell=Reuters)、「影響を評価しているところ」(Hewlett-Packard=Reuters)などがある。
■サプライチェーンの見直し
専門家はどうみているのか? Financial Timesによると、MGCの影響を予測したBarclays Capitalのアナリストは「回路基板ベンダーが現在持っている1~1カ月半のBTレジン在庫を使い果たして、さらにMGCが2、3カ月後も出荷停止状態であれば、スマートフォンやタブレットなどで使われている通信ICの40~50%に影響が出る」と見ている。
BarronsはMoody'sのレポートを紹介し、「特に消費者家電と半導体企業に影響が出る」としながらも、「多くの企業は、状況がさらに悪化しない限り、乗り越えるだろう」と楽観視している。Financial Timesが紹介しているSociete Generalもサプライチェーン全体を総じて見て、「短期的には支障があるが、長期的、破壊的なものではない」と述べている。悲観的なのはチューリッヒ工科大の物流専門家、Stephan Wagner氏で「長期的に及ぼす影響は評価が難しいが、深刻になる可能性がある」と述べている。
震災は世界のサプライチェーンに影響を与えているが、日本市場への影響も懸念されている。ソフトウェアのAdobe Systemsは22日、3月4日に終了した第1四半期の業績報告とともに、第2四半期の日本市場の売上見通しを、当初予測から、3分の1、5000万ドル引き下げた。今後、さらに日本市場での営業活動や売り上げを見直す企業が出てきそうだ。
サプライチェーンについては、今回の経験から管理の考え方を見直す動きもあるようだ。
現在メーカー各社はグローバルレベルでサプライチェーンを構築している。先のBTレジンの場合、日本で製造されたBTレジンは台湾や韓国に渡り、現地のメーカーがこれを利用したIC回路基板を作り、米国など別の場所で設計されたチップを作ってIC回路基盤上でチップと他の回路要素を結びつける。
これらの回路は他の部品とともに中国の工場(Foxconnなど)でアセンブリされ、スマートフォンなどの製品ができあがる。その最初の材料であるBTレジンの90%の供給が日本となっていることについて、Financial Timesは「グローバルサプライチェーンの脆弱さが露呈した」として、サプライヤーの地理的分散と在庫増という2つのリスク管理策を紹介している。
Bloombergは同じような分析をしながら、それでも在庫を薄くして経済効果を高める“ジャストインタイム”生産システムの傾向は弱まることがないだろうとしている。ジャストインタイムはトヨタの「カンバン方式」を基にした考え方だが、「日本は米国企業にジャストインタイム・サプライチェーンを教えてくれた。同時に今回の危機は、その負の面を露呈した」と結論づけている。
震災は、日本の製造業が世界的に重要な役割を担っていることを改めて実感させるとともに、今後のサプライチェーン管理への教訓となりそうだ。
そんな中、日本の自動車生産に学んだ「リーン生産方式」を提唱し、Lean Enterprise Institute(LEI)を創業したJames Womack氏は、Bloombergに対し、「日本企業は復旧に入れば、非常に迅速に、驚くべき生産量を達成するだろう」とのコメントを寄せている。ものづくりの国、日本の回復は世界から期待されているのだ。