発表を急ぎすぎた? Amazonのクラウド音楽サービス


 クラウド分野に力を入れているAmazonが、今度は音楽サービスに乗り出した。ユーザーの音楽ファイルをクラウドに保存し、スマートフォンやPCからアクセスして、どこからでも楽しめるというものだ。AppleやGoogleが提供するとみられているのと同様のサービスで、両社の先手をとった格好だ。だが、Amazonが無事に離陸できるか、いぶかる声も出ている。発表後に肝心の音楽業界が難色を示しているのだ。

 

Apple、Googleに先手

 Amazonが3月29日に発表したクラウド音楽サービスは、ストレージサービス「Amazon Cloud Drive」と、端末側の音楽再生プレーヤー「Amazon Cloud Player」からなる。Cloud Driveは音楽をはじめ、さまざまなファイルを保存できるオンラインストレージで、音楽ではMP3と、Appleの「iTunes」が利用しているAACの両ファイル形式に対応する。Cloud Playerは、PC向けの「for Web」とAndroidスマートフォン向けの「for Android」の2種類がある。米国では即日サービスを開始している。

 Cloud Driveは5GBまで無料。それを超えると20GBで年間20ドルなどの料金が課金される。だが、Amazonのデジタル音楽サービス「Amazon MP3 Music Store」で購入した楽曲についてはカウント対象から外れる。つまり、セットで利用すれば、Amazonで音楽を購入してAmazonのクラウドに無料で保存するという包括的なサービスになるのだ。

 インターネット上に自分専用の“仮想ロッカー”を持ち、その中の音楽にアクセスする。こうした「ロッカーサービス」は、iTunesでデジタル音楽の中心にあるAppleと、これを追うGoogleの両社も準備を進めている。

 Appleは2009年末にクラウド音楽サービスのLala Musicを買収して、準備中といわれており、オンラインストレージサービス「MobileMe」のリニューアルに合わせてロッカーサービスを導入すると見られている。Music Voidは、関係者の話から4月にもローンチするのではないかと予想している。

 Googleについては、タブレット向けAndroidである「Android 3.0」(Honeycomb)に「Google Music」が入っているのが発見されたこと、社内テスト中であると音楽業界の情報筋が述べていることなどをCNETが伝えている。

 Amazonは、ライバルの両社に先駆けて開始することで、ユーザーを取り込むことを狙ったのだろう。一度使い始めると、クラウドサービス間の移行は面倒だ。先行開始はアドバンテージとなる。しかし、それを考慮しても、Amazonのローンチは性急な感じがする。というのも、肝心のコンテンツ提供側の合意を得ていないのだ。

 

不満あらわにする音楽業界

 Wall Street Journalは3月31日付の記事で、Amazonがレコード会社との交渉を積極的に進めていると報じた。しかし、Cloud Drive/Cloud Playerの発表に際しては、Amazonはサービスの十分な情報をレコード会社側に伝えておらず、大手レーベルなどの怒りを買ったという。同紙によると、Sony Music Entertainmentの関係者は「失望した」「法的措置の可能性も考えている」とまで述べている。Reutersも同様に、Amazonが十分な交渉を行っておらず、違法かもしれないとする音楽関係者の意見を紹介している。

 複数のメディアによると、Amazonは新サービスに音楽レーベルとのライセンス合意は不要と考えていたふしがある。Cloud Driveの発表直前の29日に、Amazonの動きを報じたWall Street Journalは、Amazonは主要音楽レーベルとまだライセンスを結んでいないと書いている。同じ日にCloud Drive/Cloud Player発表を伝えたThe Guardianからは、Amazonの(当初の)見解がわかる。

 Amazonの音楽事業担当ディレクターのCraig Pape氏は「音楽を保存するのにライセンスは不要だ。(Cloud Driveの)機能は外付けのHDDと同じ」と述べている。確かに、最新のサービスは楽曲の保存など基本的な機能しかなく、共有や同期はできない。Financial Timesも「Amazonは、ユーザーの音楽をユーザーに代わってクラウドに保存することにはライセンスは不要と考えているようだ」としている。

 だが、同じようなロッカーサービスの提供にあたって、AppleとGoogleが音楽レーベルと交渉を進めていることは、これまでも伝えられてきたことだ。Music VoidとCNETによると、両社とも技術的にはサービスをほぼ完成させているが、交渉に手間取っているためにローンチできないのだという。

 そもそもライセンスが必要なのか。これについてははっきりしていない。EMIは2008年、今回のAmazonと同じような音楽ロッカーサービスを提供するベンチャーMP3tunesを提訴した。この訴訟は現在も係争中で、法的解釈は定まっていない。ライセンスは不要とするAmazonやMP3tunesの考えにも一理ありそうだが、サービスを始めるにあたって音楽業界との不協和音が生じるのは好ましくないはずだ。

 メディアで報じられる音楽業界のコメントを見る限り、Amazonに対して訴訟が起きてもおかしくなさそうだ。Amazonが今後、音楽レーベルとの関係を再構築できなかった場合、新サービスの存在自体が危機に直面することになる。

 

クラウドの拡大図るAmazon

 新サービスへの評価はどうだろう。The Registerは「あと知恵」と酷評。欧州で人気の音楽ストリーミングサービスSpotifyと比較して、パフォーマンス、プレイリスト共有などの機能がなく、さまざまな点で劣ると指摘。「単なるバックアップサービスだ」と言い切る。また、「iPhone」「iPod」などAppleのモバイル端末で利用できない点を欠点に指摘しているメディアもいくつかある。

 一方、クラウド音楽時代の本格化を予想する見方もある。Washington Postのコラムニストは、法的問題について、利用にログオンが必要であることなどから「回避できるだろう」と楽観。それ以上に大きな問題はネットワーク側の帯域だと見る。

 オンライン書店として出発したAmazonだが、Cloud DriveやMP3 Storeではデジタルエンターテイメント分野への拡大を図っている。Amazonはまた、子会社Amazon Web Servicesを通じて、「Amazon EC2」「Amazon S3」など開発者や企業向けクラウドサービス事業を提供しており、最新のサービスはクラウド事業をコンシューマーに拡大するものともいえる。

 となると、Amazonの新サービスには、単なる音楽ロッカーサービス以上の意味があるとみることができる。Cloud Driveは音楽以外のファイルも利用できるし、今後、音楽以外にもCloud Driveを活用する可能性は十分にある。その点からも注目に値するだろう。

 

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(岡田陽子=Infostand)
2011/4/4 09:51