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“クラウド界のLinux”へ加速か IBMのOpenStack全面移行

 IBMが、自社クラウド製品のベースをオープンソースのソフトウェア基盤「OpenStack」にすると発表した。さまざまなサービスをOpenStack上に組み合わせて提供できるようにする。これまで、クラウドはAmazonがけん引してきたが、今回のBIGBLUEの動きにはクラウドの勢力地図を塗り替える可能性もある。

「特定ベンダーへのロックインを回避する」

 IBMはクラウド分野では「SmartCloud」ブランドで、プライベートクラウド、IaaS、PaaS、SaaSを取りそろえてきた。3月4日の発表では、これらをすべてOpenStackベースのアーキテクチャにして、プライベートとパブリックの両クラウドを構築するという。

 第一弾として、OpenStackベースのプライベートクラウド製品、クラウド管理ソフトウェアなどを発表した。そのひとつが「IBM SmartCloud Orchestrator」(ベータ)で、Opscodeのオープンソースのシステム統合技術「Chef」をベースにさまざまなクラウドサービスをインフラの上に実装するのを支援する。既存製品「IBM SmartCloud Entry」と同じ位置づけとなり、OpenStackベースのクラウドサービスの自動化やポリシーベースの管理が可能となる。

 一方、サーバー側ではIBM AIX、IBM i、さらにRed HatやSUSEなどのLinuxが動く「Power Systems」、WindowsとLinuxが動くx86サーバーラインの「System x」やシステム統合基盤の「PureSystems」などに管理対象を広げていくようだ。このほか、リアルタイムに性能をモニタリングできる「IBM SmartCloud Monitoring Application Insight」などの複数のソフトウェアについても、OpenStackベースにアップデートした。

 IBMは発表で「顧客はひとつのベンダーにロックインされることなく、自社のニーズにマッチする機能を備えるプラットフォームを自由に選択できる」と顧客へのメリットを強調している。

 同社はさらに、クラウドユーザーを中心とした業界団体「Cloud Standards Customer Council」を創設。W3CやOASISなどの標準化団体でのクラウド標準の開発に参加することも明らかにした。もちろんOpenStack Foundationでは、コードや設計での貢献を継続する。社内では、500人規模の開発者をさまざまなオープンクラウドプロジェクトにあてるとしている。

Linuxへのコミットと重なるIBMのOpenStack戦略

 IBMはOpenStack Foundationの設立メンバーで、プラチナ会員でもある。以前からOpenStackにかかわってきたため、今回の発表自体は驚きではない。それでも同社が大々的にOpenStackの支援を打ち出したことは大きな意味を持つ。考えられるインパクトをみてみよう。

 まずは、OpenStackプロジェクトへの加勢だ。クラウドの覇権争いと言う点で、IBMの全面支援は大きな後押しとなる。単に、IBMの規模が大きく、顧客数を多く抱えるだけではない。IBMは2000年のLinux支援でザーバーでのLinuxの地位確立に貢献した実績を持つからだ。

 当時、IBMは10億ドルを投じてLinux事業を開拓した。これによって同社の顧客である大企業のLinux適用は一気に増え、LinuxはWindowsと競合する地位にまで格上げされた。ReadWriteは「Linux界に与えたのと同じインパクトを、OpenStackに与えることができる」とするForrester Analystのアナリストのコメントや、「IBMはオープンソースコミュニティからの信頼を受けている」と成功を楽観視するIDCのアナリストの見解を紹介している。

 IBMがこれまで支援してきたオープンソースプロジェクトはLinuxだけではない。Apache、それに自らがオープンソースにした開発ツール関連のEclipse Foundationも成功を収めている。IBMは発表でも、これらオープンソースと標準に対して自社が行ってきた支援の延長線上に、OpenStackを位置づけた。OpenStackは誕生当時から“クラウド界のLinux”を目指しており、Linuxのときと同じく、IBMという大きな支援者を得たことになる。

 なお、オープンソースのクラウド基盤プロジェクトとしては、Citrix SystemsがApache Software Foundation(ASF)に寄贈した「CloudStack」もある。ASFプロジェクトとなったのが2012年と出遅れたこともあり、加入しているメンバーやその数などからもともとOpenStackの勢いが強かったが、今回のIBMのコミットでOpenStackの優勢は決定的となった形だ。

AWSのリードにも影響

 もちろん、パブリッククラウドでクラウド業界を大きくリードするAmazon Web Services(AWS)も無関係ではない。Sys-Con Mediaは「AWSへの宣戦布告」と言い切っている。

 AWSはこのところ値下げ攻勢をかけており、「パブリッククラウド分野でAWSがリードを保っている」(Enderle Groupの創業者で技術アナリストのRob Enderle氏)。同氏によると、さまざまなクラウドサービスをクラウドインフラの上に実装して組み合わせることができるSmartCloud Orchestratorは、IBMの最初の攻撃になるという。

 Seeking Alphaも「(IBMは)“標準”でAWSと戦う意思を示した」とし、AWSが独占しているパブリッククラウド、それにハイブリッドクラウド市場を狙うと予想している。OpenStackベースのパブリッククラウドはRackspace、HP、Dellなどが少しずつ提供を広げている段階だが、IBMがOpenStackパブリッククラウドを展開すれば、AWSには大きな脅威だろう。

 AWSは現在の主要顧客であるSMBやベンチャーからエンタープライズに拡大を図っているところだが、エンタープライズこそIBMの得意とする層なのだ。なお、IBMはプライベートクラウドでは5000以上の顧客を持つという。2012年は前年の2倍に顧客数を増やしたと報告している。

 このほかGigaOMは「サーバー仮想化での独占をクラウド分野にも拡大しようとしている」としてVMwareも影響を受けるとみる。なお、クラウドを手がける大手ベンダーでOpenStackに加入していないのはOracle、Googleなど。VMwareは親会社のEMCとともにOpenStackに加入している。

クラウドの離陸:標準化よりも大切なこと

 AllThingsDigitalは、HP、Dell、RackspaceなどOpenStackベースのサービスと機器を混在して利用できることを高く評価する。おりしも先月、クラウドコンピューティングは標準化なしには大きな成長を遂げられないとのレポートをBooz&Companyが出したところだ。顧客にとって標準化のメリットは大きな魅力となるだろう。

 また、ReadWriteは標準に加えて、IBMの別の潜在能力にも期待を寄せ、「標準は確かに重要だが、クラウドコンピューティングを受け入れるのに必要な文化的な変化を起こすのに、IBMは十分な力がある」と言う。クラウドによってIT部門の役割が変わること、ソフトウェアの扱いかたが変わることなどへの抵抗が企業に存在することを指摘した上で、実績と定評があるIBMのサービスが企業の文化を変えうると予想する。

 Gartnerの予測では、パブリッククラウドの市場規模は今年、前年比18.5%増の1310億ドルに達する見込み。そんな中でのIBM、OpenStackの動きはカギになるだろう。

(岡田陽子=Infostand)