インド発「35ドルタブレット」 世界最安コンピューターの衝撃
iPadの成功を追ってタブレット端末が次々に登場する中、「35ドル」という破格の低価格タブレットが名乗りを上げた。インド人的資源開発省は7月22日、タッチ画面を持った安価なコンピューター端末を発表した。高価なパソコンを買うことができない学生や子供たちの利用を想定したもので、2011年から教育機関などで導入を開始する計画だ。このニュースは“世界最安のコンピューター”として世界中に伝えられたが、あまりの安さに実現をいぶかる声も出ている。
■「未来のソリューションはインドから生まれる」
「未来のソリューションはインドから生まれる」。タブレット端末を発表したKapil Sibal人的資源開発相は、記者会見で自信たっぷりに語った。インド工科大学(IIT)とインド理科大学院(IIS)が中心となって開発したもので、当初は35ドル(1500ルピー、約3000円)程度だが、徐々に20ドルにまで引き下げ、さらに最終的には10ドルにできると説明している。まず大学で導入を開始し、その後、中学や高校へと広げていく計画だ。
プレスリリースでは仕様を紹介していないが、各メディアによると次のようなものだ。タッチ操作画面を持ち、大きさは18×23cm、重さ約1.5kg。2GBのRAMを搭載し、Wi-Fi機能を内蔵。USBポートも備える。外付けのキーボードで操作することも可能で、電源には太陽電池も利用できる。ソフトウェア面では、OSにLinuxを採用。Webブラウザ、PDFリーダー、マルチメディアプレーヤー、コンテンツビューア、TV会議、OpenOffice.orgなどが利用できるという。
■MIT「One Laptop per Child」プロジェクトを拒否したインドの回答
学生向けの安価なコンピューターといえば、マサチューセッツ工科大学(MIT)の“100ドルノートPC”こと「One Laptop per Child(OLPC)」プロジェクトを思い出す。が、インド政府はMITのOLPC導入を拒否し、自国で開発することにした。それがこのタブレットで、OLPCに対する「われわれの回答」(Sibal氏)という。
クラウドモデルが発達してきたことで、コンテンツの閲覧や検索はもちろんのこと、電子メールやソーシャルアプリ、オフィスアプリケーション、業務アプリケーションまでもインターネットサービスとして提供されるようになった。高価で高性能なPCでなくても、インターネットにアクセスできる安価な端末があれば、さまざまなことができるようになった。
このコンピューティングモデルは、特に、経済的に貧しい地域には朗報だ。データセンター関連ニュースを扱うData Center Journalは、安価な端末が普及してコンピューターリソースへのアクセスが増え、これがクラウドの発達を後押しするとみている。
■35ドルという価格はどうやって実現されるのか
それにしても、35ドルという価格はどうやって実現されるのだろう。先輩のOLPCは、いまだ「100ドル」を実現できず(現在、価格は2倍の約200ドル)、その端末は、当初期待されていたほど普及していない。なお、OLPCは今年、5月に75ドルの新しいタブレット計画を発表している。
Sibal氏は「マザーボード、チップ、接続技術などすべての累計が35ドルで、この価格にメモリー、ディスプレイなど全部が含まれる」と説明する。だが、Wiredの分析では、プロトタイプの部品コストは約47ドルになるはずだという。人的資源開発省は、これをどうやって35ドルになるのかを明らかにしていないが、Data Center Journalは、何らかの助成金の組み合わせによるものではないかとみている。
インド最大の日刊英字紙、The Times of Indiaによると、35ドルという価格に太陽電池パネルは含まれておらず、政府は太陽電池パネルの価格を下げる交渉を行っているという。Sibal氏は同紙の取材に対し、製造は当初、台湾など国外になるが、最終的にはインドで製造されると述べている。また、「35ドルに対して教育機関への政府の助成金50%が出た結果、価格は750ルピー(約1500円)になる」と語っている。
■35ドルの実現可能性を否定する見方も
だが、メーカーは決定しておらず、流通も不透明だ。端末のスペック詳細も公開されていない。人的資源開発省が発表した価格情報だけが一人歩きしている――という感は否めない。IT関連ニュース・コミュニティのDaniwebは、Linuxや取り外し可能な2GBストレージ、安い労働コストなど、低コスト化につながる要因を認めながらも、「信じ難い」と結論している。
また過去の例を挙げて、疑問を呈する者もある。インドから安価なコンピューター構想が出てきたのはこれが初めてではない。1990年代後半、10,000ルピー(約2万円)の「Simputer」が発表され話題となったが、2004年にやっと登場したときには、価格面での話題性はなくなっていた。ほかにも、インド政府が2009年に発表した10ドルから20ドルのノートPC「Shaksat」は、結局はハンドヘルド端末で、製品化もされなかったのだ。
地元メディアCyberMediaの編集長、Prasanto K Roy氏はムンバイの経済紙The Economic Times紙に寄稿した記事で、インド政府を厳しく批判している。「製品になってないのにローンチすべきではない。それでは“ベーパーウェア(Vapourware、構想段階で開発されるかどうかわからないハード/ソフトウェア)”だ」とRoy氏は言う。実際に動くプロトタイプを見せず、明確な設計や仕様も示さず、製造コストも明確でないなら、この発表自体に問題があると指摘する。
カナダのIt Businessも、結局は販売台数4000台にとどまっているSimputerやShaksatの例を挙げ、「インドの政治家は、自国の技術力を活用して全国民にコンピューターをもたらす技術的な“ブレークスルー”を発表すれば、メディアの関心を得て票(国民の支持)を集められると思っている」と述べ、人気取りの面もあるとみている。
■インド発のプライスショックが与えるインパクト
とはいえ、電子デバイスの価格は下がり続けており、安価で高性能の製品が出てくるのは自然な流れでもある。35ドルコンピューターが、根拠のない話だと決めつけるわけにはいかない。インドは車の分野では、既に世界一安い10万ルピー(約20万円)の乗用車「ナノ」を実現しているのだ。
35ドルタブレットに対する期待は全体としては大きい。たとえ約束通り2011年に、インドから35ドルタブレットが登場しなくとも、この発表は衝撃的だった。
Data Center Journalは「安価なタブレットという構想は米国など成長国でイノベーションを推進し、ローエンド市場の発達につながるのでは」と記している。PC Weekも同様で、Googleの「Chrome OS」や「Android」に言及しながら、Linuxベースの安価なタブレットは「価格が3倍になったとしても、米国で大きな成功を得られるのではないか」と予想する。
インド発のプライスショックは、世界に大きなインパクトを与えているのだ。