BYODコンセプトを進めるCitrix、スマートデバイス活用のための新プロジェクトも
米国Citrix System(以下、Citrix)は、10月26日から3日間、スペインのバルセロナでSynergy2011 カンファレンス(以下Synergyバルセロナ)を開催した。ちなみに、Synergyは、毎年米国と欧州で開催されている。
テンプルトン氏はこのイベントで、3つのクラウド(3PC)に関連するさまざまな製品の発表を行った。大きく分けて、Personal Cloud、Private Cloud、Public Cloudの3つのCloudと、それぞれのクラウドを接続する部分などに関して発表が行われた。
今回は、ここで明らかにされた同社のクラウド戦略を説明しよう。
■PCはビジネスで利用するデバイスの1つへ
Synergyバルセロナで、BYODや3PCに関して語る米Citrixのマーク・テンプルトンCEO |
春に米国サンフランシスコで開催されたSynergyでは、米Citrix CEO兼社長のマーク・テンプルトン氏が、自分のPCやスマートフォンを仕事で利用できるようにする「BYOD(Bring Your Own Device)」コンセプトや、「3PC」(Personal Cloud、Private Cloud、Public Cloudの3つのCloud)コンセプトを打ち出している。
今回、バルセロナで開催されたSynergyでは、春に打ち出されたコンセプトを現実化するプロダクトやサービスが明らかにされた。
テンプルトン氏は、スマートフォンやタブレット(以下、スマートデバイス)の登場により、PCの時代が終わり、クラウドの時代に変革し始めると語っている。ただ、今すぐにPCがなくなり、すべてスマートデバイスに置き換えるというわけではなく、スマートデバイスと同じように、ビジネスで利用するデバイスの1つになると説明している。
Citrixでは、3つのクラウドの機能を図のように考えている | 2010年以降は、PC中心の時代から、クラウド中心の時代へと移行していく |
このようなデバイス環境が実現すると重要になってくるのが、シームレスな利用環境だ。どのデバイスからでも、同じアプリケーションが利用できるようにする必要がある。また、アプリケーションで作成したデータに、どのデバイスからでもアクセスできるようにすることが重要だ。
ただ、CPUやOSなどが異なるデバイスに対して、同じ機能を持つアプリケーションをいちいち開発していくには、手間とコストがかかりすぎる。そこでCitrixは、アプリケーション仮想化のXenApp、VDIのXenDesktopを利用して、Windowsベースのアプリケーション環境を、スマートデバイスなどさまざまなデバイスで利用できるようにしている。
一方、データに関しては、ローカルデバイスにデータを保存せず、クラウドストレージに保存することで、さまざまなデバイスからアクセスしても同一性が保持されるようにする。
データやアプリケーションなどのコンテンツがクラウド側に移動することで、ユーザーはPCだけでなく、さまざまなデバイスを使って、いつでも、どこからでもアクセスができる。
■Personal Cloudコンセプトを実現するCitrix Receiver
前述したようにCitrixは、現在のIT環境における課題を解決する回答として、仮想デスクトップやアプリケーションの仮想化というソリューションを提案している。
クラウド側にVDIや仮想化したアプリケーションを動作できる環境を整え、デバイス側ではCitrix Receiverというアクセスソフトを用意することで、ネットワークがあれば、どこからでも利用できるようにするわけだ。
Citrix Receiverでは、Windowsのリモートデスクトップ接続と同じように、クラウド側で動作しているデスクトップやアプリケーションの画面を転送して、デバイス側で表示することができる。
また業務アプリケーションとしては、Windowsベースのアプリケーションだけでなく、最近ではSalesforce CRMのようにWebベースのアプリケーションも普及している。Citrix Receiverでは、プライベートクラウドのシステム(NetScaler CloudGateway)と連携して、ユーザーが利用できるアプリケーションをカタログ化して表示するので、アプリケーションへの容易なアクセスが実現する。
このように、Citrix Receiverを使ってクラウド側のデスクトップやアプリケーションを利用する場合、そこで作成したデータはローカルのデバイスに保存されるのではなく、クラウド上のストレージに保存されることになる。つまり、利用者がデバイスを紛失しても、デバイス上に重要なデータがないため、セキュリティ的にも安心できるわけだ。
またCitrix Receiverがインストールされていれば、デバイスを紛失したり、盗まれたりした時にも、クラウドの管理ツール側から紛失したデバイスのアクセスを停止するだけで、業務システムへのアクセスを禁止することができる。
さらに、BYOD化により個人所有のデバイスを使用する場合も、Citrix Receiverさえインストールしておけば、業務システムに関してはすべて完結する。Citrix Receiverで仮想アプリケーションや仮想デスクトップを使用するため、スマートデバイス自体に個々のアプリケーションをインストールしない。このためセキュリティを考えて、スマートフォンを業務用と個人用の2つ持つような必要もなくなる。
Citrixでは、なるべく多くの環境で利用できるように、各デバイスに向けてCitrix Receiverの開発を行っている。現在、Windows、Mac、Linux以外に、Android、Blackberry、Blackberry Playbook(タブレット)、iPhone/iPad、Chrome OS用のCitrix Receiverがリリースされている。これ以外に、Windows Phone用が開発中だ。
Citrix Receiverは、PC以外に、iOS、Android、Webブラウザ版などがリリースされている。近々、Windows Phone版もリリースされる予定だ。全世界で、15億のデバイスに向けてリリースされている |
さらに、Internet Explorer(IE)やFirefox、ChromeなどのWebブラウザ上で動作するCitrix Receiverも用意されている。ただしCitrixでは、できるだけネイティブ環境で動作するCitrix Receiverを提供していく予定だ。開発に時間と手間がかかるが、各デバイスのネイティブ環境で動作するCitrix Receiverは、機能や性能においてアドバンテージがあるからだ。
それでも、今後、さまざまなデバイスが販売されることを考えると、マイナーなデバイスではネイティブで動作するCitrix Receiverが提供できない場合も考えられる。その時には、Webブラウザ上で動作するCitrix Receiverにより、ある程度の機能が提供されることになる。
■HDXテクノロジーをチップ化
Citrix Receiverの優位点は、Citrixが持つ最適化技術をフルに活用している点だろう。HDX(High Definition eXperience)テクノロジーにより、遅延のないビデオ/オーディオ再生が可能なほか、クラウド側で動作しているGPUを、デバイス側から利用することもできる。さらに、デバイス側のUSB端子に接続したプリンタやWebカメラ、ローカルディスクなどの周辺機器を、VDI環境でも使えるようにする機能が用意されている。
また「HDX Nitroテクノロジー」という新しい機能によって、クラウドのデスクトップ画面を高速配信できるようにしているほか、HDX Broadcast機能により、Citrix Receiverにアプリケーションをプリローディングしておき、起動を瞬時に行うことも可能にしている。
さらにCitrixでは、HDXテクノロジーをチップ化して(HDX System On Chip)、Citrix Receiverだけが動作するシンクライアントを、低価格で開発できるようにする取り組みを発表した。
HDX System On Chipは、現在Texas Instruments(TI)、NComputingなどと共同で開発を進めている。このチップを使ったシンクライアントがリリースされれば、VDIのコストが劇的に低下する。
Citrix シニアバイスプレジデントのウェス・ワッソン氏によれば、「HDX System On Chipは、単にHDXをハードウェア化することではない。シンクライアントなどに必要なインターフェイス(キーボード、マウス、ネットワーク、ディスプレイ)やCPUなどの機能を、1つのチップに納めている。これにより、シンクライアントデバイスが100ドル以下で販売できるようになるだろう。また、HDXをすべてハードウェア化しているわけではない。必要な部分は、ソフトとしてインプリメントされているため、今後HDXの機能が向上しても、Citrixから最新機能が提供される。このため、System On Chip化されたとしても、最新機能に追従していける」と語っている。
HDX System On Chipは現在開発中で、2012年にはリリースできるとしている。将来的には、HP、Fujitsu、Dell、WYSE、LG、HUAWEIなどのデバイスメーカーが、HDX System On Chipを採用したデバイスをリリースするだろう。最初は、シンクライアントが中心だが、将来的にはテレビや電話機などさまざまなデバイスに内蔵されることを、Citrixでは期待しているようだ。
■Follow-Me Dataを実現するPersonal Cloud
次は、Personal Cloudに関する戦略を説明しよう。
この中で重要なパートを占めるのが、クラウドストレージだ。クラウドストレージが普及すれば、ローカルのデバイスにデータを保存するのではなく、データは人に属するモノになる。つまり、データは人を追いかけてくる(Follow-Me Data)のだという。
Citrixでは、Follow-Me Dataの中核となるクラウドストレージとして、10月に買収した米ShareFileを利用していく。ShareFileのクラウドストレージサービスを機能向上させ、Follow-Me Data Fabricを構築する。
パーソナルクラウドにおいてFollow-Me Dataを実現するために、CitrixはShareFileを買収した | ShareFileは、企業ごとのロゴやグラフィックを使用できるため、パブリックなサービスを使っている雰囲気ではなく、企業独自のサービスを使っている雰囲気になる |
Follow-Me Data Fabric構想では、Follow-Me Data API(FMD API)を規定して、Windows、iPhone、Android、Webブラウザ(JavaScript利用)などから、簡単にアクセスできるようにする。また、クラウドにファイルを保存/読み出しできるようにするだけでなく、認証(Authenticate)、共有(Share)、検索(Search)、同期(Sync)、プレビュー(Preview)、セキュア(Secure)などの機能を、FMD APIを経由してサードパーティに提供するとのこと。
ShareFileを利用したFollow-Me Data環境は、Citrixのクラウドサービスとして提供されるが、企業によっては自社のプライベートクラウド上にオンラインストレージ環境を構築したいというリクエストもあるだろう。このためCitrixでは、プライベートクラウド上にクラウドストレージを構築できるシステムも提供する予定にしている。
将来的には、FMD APIがShareFileのパブリックストレージとプライベートストレージをシームレスに接続できるようにするだろう。
なおCitrixでは、Follow-Me Dataの機能を組み込んだCitrix Receiverのテクニカルプレビューをまもなく開始する予定にしている。
■Follow-Me Dataに対応したGoToMeetingも提供へ
GoToMettingにワークスペースの機能を取り込んだ製品をリリースする |
Citrixでは、GoToMeetingというオンラインミーティングアプリケーションを提供している(日本法人によるサポートは提供されていない)。
GoToMeetingは、PCのデスクトップ画面の共有機能を使って、さまざまなアプリケーションを15人までのユーザーと共有できる。さらに、HDのWebカメラによる映像や音声を使ってのコミュニケーションも可能だし、Windows PCやMac以外に、iPad/iPhone、Androidなども端末として利用できるという。
Synergyバルセロナでは、GoToMeetingにもFollow-Me Data機能を追加する発表された。これを利用すれば、ユーザーはオンライン/オフラインにかかわらず、各種ファイルや会議メモなどにアクセスすることが可能になる。
もちろん、共有したり共同で編集したりできるため、会議に関係するドキュメントにも簡単にアクセスできる。スマートデバイスからもアクセスすることができるため、ユーザーはPC環境だけに縛られることなく、さまざまな環境からドキュメントを見たり、オンライン会議を開いたりすることができる。
GoToMeetingのワークスペース機能を使えば、ShareFileに保存されているドキュメントを表示しながら、画面を共有できる。ファイルはShareFileで共有されているため、各ユーザーが自由に編集できる | GoToMeetingを使えば、MacからもWindowsアプリケーションの画面を共有することが可能。Webカメラの映像も表示されるため、これだけで会議が行える |
■重要性を増すCitrix Receiver
今回のSynergyで分かったのは、Citrix Receiverの重要性が今まで以上に増していることだろう。Citrixでは、新しく追加したFollow-Me Dataなどの新しい機能をReceiverに取り込むことで、さまざまなデバイスでデータやアプリケーションへの接続性を実現しようとしている。今後も、さまざまな機能がReceiverに取り込まれることで、さまざまなデバイスの使い勝手が向上してしていくことになるだろう。
Citrixの戦略を見ていると、クライアントに関しては、PCだけでなく、スマートデバイスなど、さまざまなデバイスから、デスクトップやアプリケーション、データを利用できるようにしたい、という意図を明確に感じる。
Follow-Me Desktop、Follow-Me App、Follow-Me Dataなどで構築されるPersonal Cloudで重要になってくるのは、各デバイス特有の機能やディスプレイサイズをどのようにサポートしていくかだろう。
例えば、スマートデバイスで採用されているマルチタッチ機能やスクリーンキーボードなどを、Follow-Me Desktop、Follow-Me App、Follow-Me Dataでどのようにサポートしていくのかが重要になってくる。さらにいえば、画面の小さなスマートフォンで、フルサイズのデスクトップを表示して、ワープロを使ったり、表計算ソフトでデータを作成したりすることは難しい。
Citrixの研究開発部門であるCitrix Labsでは、Project San Franciscoという名称で、スマートデバイスからWindowsアプリケーション/デスクトップが利用しやすくなるようなサンプルなどを、提供している。
例えば、Project Golden Gateは、Exchange Serverが提供しているメール、カレンダー、コンタクトリストなどを、スマートフォンなど画面の小さなデバイスで簡単に利用できるようするソフトだ。ここでは、XenAppの機能を利用して、スマートフォンに最適化された画面や操作環境がサポートされている。
また、Project Alcatrazでは、XenDesktopやXenAppを利用する場合のパスワード入力に関して、スクリーンキーボードを利用するのではなく、スマートデバイスで標準的な数字入力(4 Digit PIN)に変更することで、素早いアクセスを可能にする。
今回のSynergyでは、これらのProjectを受けて、XenApp 6.5用のMobile PackとMobile Application SDKがリリースされている。このSDKを利用すれば、スマートデバイスのGPSやカメラ、SNS機能をXenAppのアプリケーションに取り込むことができる。さらに、このSDKを利用することで、PCベースのWebアプリケーションを簡単にスマートデバイス用のアプリケーションに変更することも可能だ。
ただしこれらのProjectで提供されているソフトは、現時点では正式な製品ではなく、サンプルアプリケーションという位置づけだ。ある程度Projectが成熟してくれば、これらの機能が製品にフィードバックされることになるだろう。