クラウド基盤にCloudStackを採用したIDCフロンティアの狙いは?

パブリッククラウド「NOAHセルフタイプ」への採用理由を聞く


 IDCフロンティアは、Yahoo!JAPANグループとして、Yahoo! JAPANの膨大なトラフィックをさばくサーバーなどの運用を行う一方で、価格情報サイトの価格.com、イラストコミュニケーションサービスのpixiv、リユースデパートとして有名なコメ兵のオンラインショッピングプラットフォームなど、さまざまなサービスのデータセンターとしても利用されている。また最近では、ソーシャルゲームの急速な普及により、グリーやモバゲーなどのインフラとしても利用されるようになった。

 その一方で、クラウド事業にも参入し、「NOAH」の名称で2009年からサービスの提供を開始。2011年9月末には、シトリックスのクラウド構築・運用ソフトウェア「CloudStack」を利用して、セルフポータル型パブリッククラウドサービス「NOAHセルフタイプ」の提供を開始した。

 今回は、IDCフロンティア ビジネス推進本部 カスタマーコミュニケーション部の粟田和宏部長、ビジネス推進本部 サービス開発部の大屋誠部長に、CloudStack採用の理由とその背景などを聞いた。

 

変化の大きいビジネスに迅速に対応できるクラウドサービスが必要

ビジネス推進本部 カスタマーコミュニケーション部の粟田和宏部長
NOAHのサービスコンセプト

 データセンター事業やハウジング事業を行っているIDCフロンティアがクラウド提供するようになったのは、「やはり、業界の大きな流れといえるでしょう。ただ、パブリッククラウドへのニーズが高まったのは、2010年以降です。これは、2010年に入り、ソーシャルゲームが大ヒットし、当社のデータセンターをモバゲーやグリーなどで提供されているソーシャルゲームのインフラ(サーバー)として利用されてきたことが大きな要因です」と、粟田氏は話す。

 IDCフロンティアでは前述のように、2009年から順次、マイクロソフトのHyper-V、VMwareのESXを使った仮想環境を提供してきている。

 この「マネージドタイプNOAH」サービスでは、仮想マシンを提供する形で、データセンターとして培われた信頼性を前提としているため、新規申し込み、仮想マシンのスペックの変更、ネットワークの変更など、さまざまな事柄が書面での手続きがベースになっていたという。

 「信頼性の高いデータセンターがサービスを提供しているということで、当初は書面での手続きでも何とかなっていたのですが、2010年に入りモバゲーやグリーといったソーシャルゲームがオープン化されたことで、一気にセルフタイプのクラウドに対する要求が高まったのです」(粟田氏)。

 実際にIDCフロンティアでは、モバゲーやグリーのソーシャルゲームをサービスするためのバックエンドサーバーを、クラウドとして提供している。

 ソーシャルゲームは、ヒットするとユーザー数が短期間で膨大なサーバー群が必要になったり、ゲーム上で何かイベントを仕掛けると急速にトラフィックが増えたりする。また、クリスマスや年末といったタイミングでトラフィックが一気に上がることがあるし、テレビスポットでCMを打ったり、テレビ番組で紹介されたりするだけで、急にアクセスするユーザーが増える。

 こういったアクセスの変動に関しても、クラウドは追従していく必要がある。これが、破たんするとユーザーがアクセスできなくなり、ソーシャルゲームを提供している会社にとっても大きなビジネスチャンスを逃してしまうことになる。逆に、あまりイベントがないゲーム、ヒットしなかったゲームに余剰なサーバーリソースを割り当てておくのは、コスト増になってしまう。

 変化の激しいソーシャルゲームの特徴を考えると、書面によりリソースを変更しているのでは、ビジネスのスピードとインフラのスピードが追いついていかない。だからそこ、すべてをオンラインで手続きでき、ユーザーがリアルタイムに近い環境で、自由に構成を変更できる、セルフタイプのパブリッククラウドサービスに対するニーズが強くなってきたのだ。


IDCフロンティアでは、全国に9カ所のデータセンターを用意しているIDCフロンティアのデータセンターを利用している顧客例。トラフィックが多いソーシャルゲームだけでなく、さまざまな業種が利用している

 

オープンな仕様と実績を評価

NOAHでCloudStackを採用したのは、オープンな仕様と実績が理由という
ビジネス推進本部 サービス開発部の大屋誠部長

 IDCフロンティアが、セルフタイプのパブリッククラウドの構築において、なぜCloudStackを採用したのか。「このサービスを提供すると決めた時、開発にかかる時間やオープン性ということを考えると、自社ですべてのシステムを構築するわけにはいきませんでした。このため、クラウド構築ソフトウェアを導入しようと考えたのです。しかしCloudStack以外の製品は、ビジョンがあっても、実際には機能が提供されていなかったり、プライベートクラウドには合うが、パブリッククラウドには向かないなど、当社に必要な条件をフィルタにかけると、CloudStackしか残りませんでした」と、大屋氏は説明する。

 導入を検討していた当時も、CloudStack以外にさまざまなクラウド構築ソフトウェアが提供されていたが、実際に調査してみると、クラウドを提供する事業者にマッチする製品がなかった、というのだ。

 CloudStackはその当時から、米国の大手ソーシャルゲームのZynga、韓国のKorea Telecom、インドのTata Comunicationsなどが、クラウド構築に実際に採用しているというのも大きなアドバンテージだった。ビジョンや将来のロードマップといったモノではなく、実際にCloudStackを使ってクラウドが構築され、運用されている事例があるというのが決め手だったようだ。

 では具体的に、CloudStackがほかのクラウド構築ソフトウェアと比べて優れていた部分は、どんなところに合ったのだろうか?

 「テクニカル面から見れば、CloudStackは、パブリッククラウドをメインターゲットにしているため、複数のお客さまが利用するということを前提とした、スケーラブル環境が用意されていることでしょう。さらに、当社のようなデータセンター事業を行っている企業にとっては、複数拠点でのサービスというのは必須の機能です。CloudStackは、こういった部分もキチンとサポートされていました」(大屋氏)。

 実際に、CloudStackのデザインドキュメントを見てみると、非常にロジカルで実績がある。また、CloudStackの最初のバージョンがリリースされてから数年たつため、実際にクラウド事業者で採用されて、いろいろなトラブルを乗り越えていることも大きな理由だったようだ。

 「CloudStackもいろいろなトラブルにあって、痛い目を見てきたようですが、当社もマネージドタイプのNOAHを2年ほど前から提供しいたので、パブリッククラウドを提供するときのトラブルのポイントや運用上のポイントはおおよそわかっていました。そうしたことが、CloudStackと同じだったんです」(大屋氏)。

 さらにCloudStackでは、単にクラウド構築という面だけでなく、ユーザーにサービスを利用する上でサポート支援、課金ロジックなど、パブリッククラウドを提供する上で周辺のサービスがそろっている。こういったユーザー向けのビジネスロジックやインターフェイスが充実しているというのも、CloudStackのメリットだ。


CloudStackは、実績がありクラウドOSとして高い完成度を持っている特定のベンダーにロックインしないオープンな仕様が特徴だ
オープン性が特徴のCloudStackでは、XenServerやVMware ESX、Hyper-V、KVMなど多くのハイパーバイザーに対応している

 なお現在、セルフタイプNOAHでは、VMwareのESXをハイパーバイザーとして使用している。そのESX上に、CloudStack 2.0を使ってパブリッククラウドを構築している。

 現状では、ESXを使っているが、IDCフロンティアがESXだけにこだわっているわけではない。必要があれば、Hyper-V、XenServer、KVMなどのハイパーバイザーを採用することにしているし、CloudStack自体は、複数のハイパーバイザーをサポートしているため、すぐにでも対応できる状況にある。ただ現状では、ESX以外のハイパーバイザーに対するユーザーニーズがほとんどないため、ESXだけの採用にとどまっているのだという。

 

RightScaleやCloudPortal、自社ツールを組み合わせて最適な管理を

 またセルフタイプNOAHのもう一つ大きなプラットフォームとしては、クラウド統合運用管理ツールであるRightScale Cloud Management Platformが採用されている。

 このマルチクラウド管理機能を使えば、NOAHと海外の主要なクラウドサービスを組み合わせた一括運用・管理が実現する。これにより、NOAHを日本国内のみならず、北米およびグローバル市場から容易に利用することが可能になる。

 IDCフロンティアは、RightScale社と、共同開発および共同マーケティング/販売にかかる広範囲な業務提携契約を締結している。これにより、Yahoo! JAPANとIDCフロンティアがアジア各国でのサービス展開の重要な拠点となっている。

CloudPortalは、クラウド事業者が自由にデザインできる管理機能や課金機能を提供している
NOAH WATCHは、運用者にとって監視、運用業務が使いやすくできている。さらに、NOAHのユーザーは、無償で利用が可能

 管理ポータルとしては、クラウドリソース管理ソフトウェアCloudPortalによるWeb上でリッチなインターフェイスの画面操作を実現している。

「ただ、CloudPortalだけでは、日本のユーザーにとっては機能が足りない部分がありました。例えば、リソース性能・状態を監視し、ホストの一括管理と運用などは、CloudPortalでは機能不足だったり、細かな部分での使い勝手がよくなかったりしたため、自社でNOAH WATCHというシステムを独自開発して、NOAH上でサービスを提供しています」(大屋氏)。

 さらに、仮想マシンだけでなく専用物理マシンも加えたラインアップと従量課金の上限予算設定が可能なコスト管理機能、日次・週次・月次と3種類の定期スナップショットや履歴が残るテクニカルオンラインサポートのチケット管理なども、IDCフロンティアが機能を追加している。


NOAH WATCHの画面。クラウドを利用しているユーザーにとっては、一目で複数の仮想マシンの状況を確認することができるNOAHのポータル画面。起動している仮想マシン数、ネットワーク転送量などが一目で確認できる

 

価値があるからこそ、織り込み済みだったCloudStackの買収

 IDCフロンティアがセルフタイプNOAHサービスを提供する同じ時期にCloudStackを提供していたCloud.comは、米Citrixに買収された。この買収は、NOAHセルフタイプの構築に大きな影響はなかったのだろうか?

 「これだけ、クラウドという分野に注目が集まっていることを考えれば、Cloud.com自体の買収もあり得ると考えていました。このため、買収されるという話が聞こえてきた時点で、Cloud.comと綿密にミーティングを行って、今後の方向性やビジョンを確認しています。その結果、Citrixが買収しても、CloudStackの方向性やビジョンは変更されず、より進化したモノになるという感触が得られました」(大屋氏)。

 IDCフロンティアの経営層も、Cloud.comという企業の注目度やクラウド業界における重要性を考えれば、買収ということも十分あり得ると考えていたようだ。このため、買収というニュースを聞いても、プロジェクトがストップするということもなかった。

 「もっともNOAHセルフタイプのシステム構築は、7月の時点でおおむね済んでいて、サービスを開始できる状態に仕上がっていました。このことも、当社にとっては買収をあまり心配しなかった理由といえるでしょう」(大屋氏)。

 

“おもてなし”のあるクラウドへ

 今後、IDCフロンティアは、セルフタイプNOAHをどのように進化させていこうと考えているのだろうか?

 大屋氏は、「クラウドの登場は、ITにとって大きな変革だと思うんです。当社は、データセンターを運営して、サーバーやネットワークというインフラをお客さまに提供しています。クラウドの時代になっても、当社はインフラを提供する事業者なんです。その当社にとって重要なのは、世界や日本でトップのクラウド事業者になるといったことよりも、お客さまが使いやすいクラウドサービスをどれだけ提供できるかということだと思います。データセンターという事業を行ってきたことから、当社のビジネスはお客さまのインフラを下支えするという黒子なんです」

 「だから、当社のクラウドで重要なのは、連携性だったり、オープン性、おもてなし(UIを含めた使いやすさ)の部分だったりします。こういった部分が充実していないと、お客さま自身が自分たちのビジネスを展開していくことが大変になります。ただ、信頼性や可用性といったことは、基本として高い性能が確保されていることが必須です」と、大屋氏は方向性を示す。

 また栗田氏も、「クラウドという面では、グローバルの競争になっていくと思いますが、当社がぶっちぎりのトップシェアを確保するというスタンスはとっていません。今後、多くの企業が海外、特にアジア地域に進出していくと思います。そういったお客さまに対して、海外でも、日本のIDCフロンティアと同じクオリティのサービスを提供していくことが大切だと思っています。お客さまが安心して使ってもらえるプラットフォームを提供していくことが重要だと思います。これを実現するためには、クラウドにおいてもオープン性や海外のクラウド事業者との連携といった部分が重要になってくるのだと考えています」と話した。


CloudStackの基本機能にプラスアルファして、IDCフロンティアでは「お客さまにとって使いやすい『おもてなし機能』を提供する」という

 IDCフロンティアでは、クラウドストレージ(オブジェクト ストレージ)を2012年に提供する予定にしている。このクラウドストレージは、今までのストレージに比べると、低価格、高速、容量無制限のオブジェクトストレージになる予定だ。さらに、ロードバランサーなども採用する予定にしている。


NOAHのロードマップ。2012年には、オブジェクトストレージ、ロードバランサー、ハイブリッドクラウド対応を果たすNOAHでは、低価格、高速、容量無制限のオブジェクトストレージを提供予定
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