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京セラの再参入でさらに競争が加速する5Gコア/vRANなどのソフトウェア化~「MWC 25」レポート

 3月3日~3月6日(現地時間)、「MWC 25」がスペイン王国バルセロナ市にある「フィラ・バルセロナ・グラン・ビア・カンファレンス・センター」(Fira Gran Via)において開催された。MWCの主催者GSMA(GSM Association)は、世界各国の携帯電話通信キャリアを中心に構成されている業界団体で、MWC自体はそうした携帯電話通信を活用したソリューションを展示する展示会として発展してきた歴史がある。

MWCの会場となったフィラ・バルセロナ・グラン・ビア・カンファレンス・センター

 以前は端末(スマートフォンなど)がその花形になっていたが、近年はインフラ、特に汎用プロセッサとソフトウェアを活用したSDN(Software Defined Network)、中でもvRANやOpen RAN(以下、vRANに統合する)などと呼ばれるソフトウェア定義のRAN(Radio Access Network)や、通信キャリアのサービスなどを制御する5GコアのSDN化が大きな話題になっている。

 本レポートでは、そうしたMWCでのvRANや5GコアなどのSDN化の動向などを紹介していきたい。

固定機能のネットワーク機器からソフトウェア定義のネットワーク機器へと変ぼうする、通信キャリアのインフラ

 通信キャリアのネットワークは、特に4G世代まではNokia(フィンランド)、Ericson(スウェーデン)、HUAWEI(中国)、ZTE(中国)、NEC(日本)、富士通(日本)といったネットワーク機器を提供するベンダーの固定機能を持つ機器が利用されるのが一般的だった。

 しかし、5Gの時代になるとそれが大きく変わりつつある。というのも、5Gでは超低遅延で超高速な回線を実現する必要があり、さらに通信の負荷の増減にも対応する必要があるなど、より柔軟なネットワーク構成が必要になってくる。そうした新しい形のネットワークに対応するには、コストの面でも性能面でも、従来のような固定機能を持ったネットワーク機器では十分ではないとなってきており、CPUやGPUなどの汎用プロセッサにソフトウェアを組み合わせるSDN(Software Defined Network、ソフトウェア定義のネットワーク機器)が必要となりつつあるのだ。

 ここ数年、世界各国の通信キャリアがそうしたSDNへの移行を徐々に果たしており、それに伴ってCPUやGPUを開発するプロセッサベンダー、機器を開発する機器ベンダー、さらにはそうした機器をクラウドベースで提供するクラウドサービスプロバイダー(CSP)、システムをインテグレートするシステムインテグレータ、そしてソフトウェアを開発するソフトウェアベンダー、さらにそれらを開発して自社のネットワークに導入したり、他社に販売を検討している通信キャリアと、複数のレイヤーで競争が発生している現状だ。

 今回のMWC 25でも基本的にその構造に大きな変化はなく、多くのベンダーが新製品を発表し、PoC(Proof of Concept)を発表するなど多くの発表で沸き立っていた。

サーバー機器ベンダーのHPEブース。一般的なデータセンターに使われるサーバー機器が、5Gコア、vRANを構築する用途に使われる

既に多くの通信キャリアで採用されているIntelは、vRAN Boost搭載Xeon 6 SoCを発表

 プロセッサベンダーに関しては、Intel、Arm、そして(出展はしていないが)NVIDIAの存在感が際立っていた。IntelはこのMWCを前に、L1アクセラレーター(vRAN Boost)を搭載したXeon 6 SoCを発表した。

楽天モバイルやKDDIのロゴが掲げられたIntelブース。既に多くの商用採用があることをIntelはアピールしていた

 vRAN Boostに対応したXeon 6 SoCは、これまでGranite Rapids-Dの開発コード名で開発されて来た製品で、昨年の9月にXeon 6 6900Pとして発表されたGranite RapidsのL1アクセラレーター搭載版にあたる。

 Intelが2年前のMWC 23で発表した、「Sapphire Rapids-EE」の開発コード名で知られる「vRAN Boost搭載第4世代Xeon Scalable Processor」に次いで、2世代目のL1アクセラレーター付きのXeonとなる。

 vRANを構築する際に、レイヤ1のネットワークでパケット処理などを専門に行うL1アクセラレーターは必須で、多くのvRANでは、Xeonプロセッサに高価なL1アクセラレーターの拡張カードを組み合わせて実現されていることを考えると、性能面と同時にコスト削減効果が見込めるXeon 6 SoCは有望な存在だ。

Xeon 6 SOCを活用したvRANのデモ

 またIntelは、144コアで電力効率を大きく改善しているXeon 6 6700Eに関してもアピールした。現状、5GコアやvRANのほとんどにはIntelのXeonが採用されているが、通信キャリア側には、消費電力がやや大きくランニングコストに不満を感じているところも少なくない。

 そこで、1つのソケットあたりのコア数が144に増やされているXeon 6 6700Eを採用することで、1つのラックに収納できるコア数を増やせるできるため、電力効率を改善可能になる。

 現状、vRANや5Gコアでは、仮想マシンやKubernetesのようなコンテナを利用してアプリケーションを構築しているため、通信キャリアにとって重要なことは1つのラックあたりにできるだけ多くのCPUを収納し、それを効率よく利用することにある。そのため、Xeon 6 6700Eは注目を集めており、Intelが2月24日に発表した資料によれば、NTTドコモがXeon 6 6700Eの電力効率を評価するコメントを発表している。

 また、Intelのブースには、日本の通信キャリアであるKDDI、楽年モバイルのロゴが提示されており、両社が5GコアやvRANなどにXeonを採用していることがアピールされていた。

Armは、NVIDIAとAI-RANの可能性を訴求、ソフトバンクがAI-RANのデモを行う

 Armは昨年、CSP向けの市場で多くの新しい顧客を獲得した。MicrosoftのCobalt、GoogleのAxionなどがそれで、いずれも両社のクラウドサービスを実現するプロセッサとして導入が進んでいる。

 今回のMWCでArmは新製品こそリリースしていないが、2つの製品で注目を浴びていた。1つは、日本の通信キャリアであるソフトバンクが発表したAI-RANに関する取り組みだ。ソフトバンクのAI-RANは、Grace Hopperの開発コード名で知られる、GH200というCPU/GPUが1モジュールになった製品をベースにソフトウェアが開発されている。GraceはArmのサーバー向けIPライセンス「Neoverse V2」が採用されているCPUで、GPUのHopper(H200)とNVLink C2Cという、専用のインターコネクトで接続された製品となる。

SupermicroのGH200搭載サーバー「ARS-221GL-NR」

 また、もう1つMWCで注目を浴びたのは、富士通が開発を続けている「MONAKA」(モナカ)だ。MONAKAは富士通がArmのアーキテクチャライセンスをベースに開発しているArmv9ベースのArmプロセッサで、CPUダイはTSMCの2nmで製造が行われる予定とあって、注目を集めている。

 このMONAKAは3Dのチップレット技術を利用する計画で、SRAMの上にダイが載るというユニークな形状になっている。今回はそのメカニカルサンプル(いわゆるモックアップ)が展示されて注目を集めていた。

富士通ブースでのMONAKAのモックアップ

 富士通のArmプロセッサと言えば、理化学研究所(理研)のスーパーコンピューター「富岳」用として開発された「A64FX」が有名だが、このMONAKAはそうした特定用途ではなく、汎用のプロセッサとして販売される。つまり競合は、AWSのGravitonやGoogleのAxionであり、MicrosoftのCobaltなどで、強いて言えばx86プロセッサも競合となる。富士通の関係者によれば、間もなくサンプル生産も開始されるそうで、26年の出荷開始に向けて着々と開発が進んでいるとのこと。今後の発表に期待したいところだ。

AWSは昨年発表したNTTドコモ、NEC、Qualcommと開発したvRAN環境がほぼ商用間近に

 近年はCSPもvRANや5GコアのSDN化に力を入れており、AWS、Google Cloud、Microsoft Azure、Oracle CloudなどがMWC 25にブースを構えて展示を行っている。

 AWSは、昨年のMWC 25で発表したNTTドコモ、NEC、Qualcomm、AWSなどが共同して開発したvRANのPoC(Proof of Concept)が、今年は商用展開が可能になったレベルにまで達したという説明を、NTTドコモが同社ブースで行った。

AWSブースでのNTTドコモの説明スライド、制御ソフトウェアがAWSリージョンの上で動作している

 NTTドコモの説明員によれば、今回NTTドコモがAWSやNECなどと共同で開発したvRANは、O-RAN ALLIANCEという業界標準団体が定める仕様に準拠している。NTTドコモが基地局近くに設置したエッジデータセンターの中に、vRANのハードウェア(CPU+QualcommのL1アクセラレーター:X100)を設置し、その上でNECが開発したvCU/vDUのソフトウェアが動作する形になっている。そのバックエンドとして、NTTドコモのデータセンター上の仮想化環境と、AWSのリージョン上で動作している制御ソフトウェアにより、負荷などに応じて仮想マシンを増やし、どこかに障害が発生した時には別のハードウェア上で該当部分の仮想マシンを走らせる、そうした制御が可能になるという。昨年の段階ではこの構成ではPoCという段階だったが、既にいつでも商用環境に投入可能な状態になっていると説明された。

AWS上で動いている制御ツールからRANの仮想マシンを増やしたり減らしたりできる

 なお、NECからはそうしたvRANの開発・商用化を実現したことがプレスリリースとして発表されており、国内外の通信事業者向けに提供され、2026年度までに5万局以上の展開を目指すことなどが明らかにされている。

Google Cloudは通信キャリア向けにクラウドベースのAIを訴求

 Google CloudもMWCに出展し通信キャリア向けのソリューションを展示した。Google Cloud グローバルテレコム産業担当責任者 アンジェロ・リベルトゥッチ氏は、通信キャリアにとってGoogle CloudのようなAIソリューションを自社のネットワークに活用していくことが次のトレンドになると説明した。

Google Cloud グローバルテレコム産業担当責任者 アンジェロ・リベルトゥッチ氏

 リベルトゥッチ氏は「通信キャリアにとっては、AIを自社のネットワークの中でどのように活用していくかが今後重要になっていく。それは現在通信キャリアが持っているデータの有効的な利活用、ネットワークのモダン化に伴ってネットワークの中でAIを活用して効率を上げていく、そうした利活用も考えられる。そうした時に、GoogleはGeminiのような強力な生成AIのファウンデーションモデルも、それを活用するソフトウェア環境も用意しており、通信キャリアにとって必要なパートナーになれる」と述べ、Google Cloudとしては、豊富な生成AI向けのソリューションを武器に通信キャリアのGoogle Cloud採用を促していくと強調した。

Google CloudブースでのOpen GatewayのAPIを利用したユースケースのデモ

 また、MWCの主催者でもあるGSMAが推進しているキャリアのITインフラ上で標準APIを策定する取り組みのOpen Gateway構想にも積極的に取り組んでおり、SMSに変わってワンタイム認証を行う仕組みのようなアプリケーションを構築して提供していくという。ほかにも、ジオフェンシングなどさまざまなユースケースを想定しているとのことで、現在通信キャリアとも協力してOpen GatewayのAPIを利用したアプリケーションの構築をさまざま取り組んでいると説明した。

 今回Google Cloudは、同社ブースにおいてそうした通信キャリア向けのさまざまな生成AIを活用したサービスなどの展示を行っており、通信キャリアなどに対して同社のクラウドインフラの利活用を、AIをキーワードにアピールしていた。

京セラはNVIDIA GH200ベースのAI-RANで通信インフラ事業に再参入

 SDNの時代には、エリクソン、ノキア、NEC、富士通といった従来のネットワーク機器ベンダーは、ソフトウェアやSI(システムインテグレーター)として5GコアやvRANなどの構築を担っている。そうした5G向けのネットワーク機器を提供する機器ベンダーとして、新たに参入する計画を明らかにしたのが、日本の京セラだ。

 京セラは2月18日に報道発表を行う形で、携帯電話回線向けのネットワーク機器ビジネスに再参入する計画を明らかにした。京セラは、PHS時代などにはこうしたネットワーク機器の事業を行っていたが、徐々に一部を除き撤退状態になっていた。しかし、中国勢が米国との通商戦争の煽(あお)りを受けて日米欧の市場から閉め出されたことなど市場環境の変化を受けて本格的な再参入を決定した。今回のMWCでは、AIを活用したvRANのソリューションなどを発表し、今後数年以内に実際に商用として売り上げがあがることを目指すと京セラの関係者は説明した。

京セラブースで行われたO-RU Alliance結成のセレモニー

 今回京セラがデモしたのは、NVIDIAのGH200(Grace Hopper)を利用したAIとRANを同時に実現する環境で、負荷に応じてGPUをAIに活用したり、RANに活用したりということが可能になる。また、L1のパケット処理はGPUにより行われるので、L1アクセラレーターのコストがかからないことももう1つの特徴だ。

 また、京セラは、vRANへの参入にあたり、RUを提供する韓台印6社とO-RU Allianceという業界団体を立ちあげたことを明らかにし、MWCの同社ブースで結成式典を行った。このO-RU Allianceは京セラが提供するvRANと、加盟する6社と京セラが提供するRU(Radio Unit、基地局の無線部分)との相互接続性などを確認し、通信キャリアにRUの幅広い選択肢を提供する目的で結成されたと京セラの関係者は説明した。

 京セラのような新規参入(実際には再参入だが)により、競争が激しくなりつつあるvRAN市場は、さらに競争が激しくなっていきそうで、今後との動向にも要注目だ。

AI-RANのデモ