好調とは言えない? Googleのモバイル決済「Wallet」


 鳴り物入りのモバイル決済だが、反応はぱっとしないようだ。Googleはモバイル決済サービス「Google Wallet」を発表した。日本の「おサイフケータイ」と似ているが、海外のユーザーには目新しいサービスだ。クレジットカードや小売り大手と組んで、今夏に米国でスタートする。決済という重要サービスを取り込んで、モバイルでのリードを確立したいGoogleだが、いきなり訴訟や懸念の声に直面している。

 

Google版おサイフケータイ

 Google WalletはスマートフォンのNFC(Near Field Communication)機能を利用し、端末を専用リーダーにかざすだけで支払いができる非接触型の決済サービスだ。「FeliCa」を使った日本のおサイフケータイとは方式が異なる。

 GoogleはMasterCardと提携し、MasterCardの非接触決済サービス「PayPass」を利用する。Citi発行のMasterCard「Citi MasterCard」のユーザーは、カードを登録すればそのまま利用額が引き落としになる。それ以外のユーザーは、「Google Prepaid Card」でクレジットを事前購入して利用する。

 また、開始にあたってGoogleは、Macy's、Walgreens、Toys"R"Us、Subwayなどの小売店とも提携した。同時にGroupon対抗の「Google Offers」というクーポンサービスも発表している。

 まずニューヨークなど2都市で実証実験を実施。今夏から正式サービスに移行し、他都市にも拡大してゆく。対応機種は当面、Sprint向けのGoogleのAndroidスマートフォン「Nexus S 4G」のみだが、2010年末に発表したAndroid 2.3(Gingerbread)はNFCに対応しており、今後、ほかの機種でも利用可能になる見通しだ。

 

引き抜き・秘密漏えい訴訟

 だが、Google Wallet発表のその日、eBayの子会社でオンライン決済大手のPayPalが、Googleと、Google Walletの発表で壇上に立った2人の幹部を相手取り、契約違反と企業秘密の盗用で提訴した。この2人、Stephanie Tilenius氏とOsama Bedier氏は元PayPalの役員で、Googleに転職した際に、企業秘密を持ち出したとPayPalは主張している。

 PayPal側によると、GoogleとPayPalは「Android Market」でのPayPal決済に向けて交渉した。その際、Bedier氏はプラットフォーム・モバイル・新規事業担当副社長としてPayPal側の代表を務め、Google側の担当はAndroidの責任者Andy Rubin氏だった。この交渉の合意に向けた最終局面に、Bedier氏はGoogleの面接を受けており、提携はGoogle側からの申し出で破談になったという。Bedier氏は今年1月24日までPayPalに籍を置き、その後Googleに入社した。

 もう一人のTilenius氏は2009年10月までPayPalに勤務し、グローバル製品担当上級副社長を務めた。その後、契約ベースでPayPalとかかわった後、2010年2月に電子商取引担当としてGoogleに入社した。PayPalによると、Tilenius氏は2011年3月までeBay社員を勧誘しないことで合意しているにもかかわらず、Bedier氏の引き抜きに関与したという。PayPal側は2010年7月15日付のFacebookメッセージなどを証拠として挙げている。

 また訴状では、Bedier氏がオンラインストレージサービス「DropBox」などを利用してPayPalの企業秘密情報を保存し、Googleとの交渉期間中には、モバイル決済についての広範囲な指南も行ったと主張している。

 これに対しGoogleは、5月31日からの「D: All Things Digital(D9)」カンファレンスでGoogle Walletをデモし、自社のサービスは、PayPalが開発中といわれるモバイル決済とは異なるものだとアピールした。

 渦中のTilenius氏はカンファレンスで、Google Walletは(PayPalが開発中という)POS端末を配布するのではなく、「POSでの統合」と説明した。VentureBeatによると、Googleに、訴訟の行方を心配している様子はなく、「GoogleはWalletプラットフォームから直接収益を上げるつもりはなく、店頭向けのPOS端末を作成しているわけでもない」という。

 

Google Walletへのさまざまな懸念

 全体として、メディアは訴訟をあまり重要視していないようだが、Google Walletに問題がないとみているわけではない。特に目立つのがセキュリティ面での懸念だ。

 Google Walletのセキュリティ対策には、クレジットカード番号などの決済情報を暗号化し、本体のメモリーとは別に保存する「Secure Element(SE)」や、利用の際のPIN入力などがある。

 しかし、PC Worldは「Androidアプリに(Google Walletのセキュリティの)アキレスけんがある」と指摘する。あるアプリがクレジットカードのデータにアクセスして決済できるとなると、悪意ある開発者が機密情報にアクセスするアプリを開発するおそれが出てくる。これを入口として、悪意あるハッカーが情報を収集することも可能になるという。

 実際、Androidは「iPhone」と比べるとオープンな環境だ。電子フロンティア財団のChris Palmer氏も、携帯電話を乗っ取れば、アプリの制御も可能となり、Secure ElementにもアクセスできることになるとCNet Newsにコメントしている。

 またi-programmerは、開発者の視点から、API、ツールキット、SDK、サンプル、ドキュメントなど開発者向けの情報が何もないことに不満を表明。「オープンな決済用APIなしでは、ニッチに終わる」と述べている。

 GoogleウォッチャーのClint Boulton氏は、ビジネス面から「Google Walletは成功しない」と予想する。(1)端末が1機種しかない、(2)対応クレジットカードがCiti MasterCardだけ、(3)提携小売業が15社しかない、(4)端末の電源が切れたり、紛失したりすると使えなくなる――ことが問題点だと述べている。

 Boulton氏は「Googleはいつものように、小さくスタートするというアプローチをとっている」とした上で、これは「潜在的に重要なサービスについては、間違ったアプローチだ」と指摘する。これでは多くの人に使ってもらうには準備不足だというのだ。

 Boulton氏は最大の問題を「需要のなさ」としている。が、日本の経験から学ぶなら、他社がモバイル決済に進出してインフラが整備されてゆけば、状況は変わる可能性がある。日本のおサイフケータイは2004年にスタートしたが、軌道に乗るまでに少々時間がかかった。

 スマートフォンのような高機能な端末がまだなかった2004年の日本との環境と違いもあり、Googleが主導するおサイフ機能がどれだけ受け入れられるか、即断はできない。Appleなどライバルの動きとも絡み合いながら、次第に明らかになってゆくだろう。

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(岡田陽子=Infostand)
2011/6/6 11:10