85億ドルを投じて得られるものは? MicrosoftのSkype買収


 世界で人気のVoIPサービスSkypeを運営するSkype TechnologiesがMicrosoftに買収されることになった。買収額は85億ドルで、2005年にeBayが買収したときの約3倍。キャッシュ払いで、年内に手続きが完了する見込みだ。

 Skype買収には複数の企業の名が取りざたされていたが、結局、Microsoftが同社としても過去最高の買収をすることで落ち着いた。Microsoftの狙いは何だろう? Skypeにとっては2度目の買収となるが、今度はうまくいくのか?

通信サービスをMS製品に統合

 Microsoftは5月10日にSkype買収を正式発表した。普通なら、この日のメインイベントとなったであろうイベント「Google I/O」も、かき消されたかっこうだ。発表の中でMicrosoftは、自社製品との統合やサポートなどを通じて、Skypeの動画と音声通話の利用を容易にすると説明している。製品としては、「Xbox」とゲームデバイスの「Kinect」、「Windows Phone」のほか、さまざまなWindowsサービスに通信サービスを統合。「Lync」「Outlook」「Xbox Live」などのコミュニケーション製品のコミュニティとSkypeユーザーを結びつけるとしている。

 Skypeは、組織的にはMicrosoftの新事業部となり、CEOのTony Bates氏がプレジデントとして統括する。MicrosoftはSkypeへの投資を継続し、Windows以外のプラットフォームへのサポートについても変更はないとしている。

 この買収は、1)Microsoftが買った、2)85億ドルという巨額な買収額――の2つの点で衝撃的だったが、前者については、納得できるという声が多く見られる。Microsoftの製品ラインアップ、市場のトレンドと競合を考えると、Skypeを買収することは、理にかなっていると考えられるのだ。

 

これだけあるメリット

 Disruptive Analysisのアナリストは、デスクトップPCとSkypeとの相性から「ほぼ完璧なフィット」とThe Guardianにコメントしている。また、seattlepi.comのMicrosoft Blogでは「戦略的メリットがある」とするMcAdams Wright Ragenのアナリストの意見を紹介。アナリストは「コンシューマーと企業の両者にとって、プラットフォームと端末を越えるシームレスなコミュニケーションとコラボレーションが重要になっている」と述べている。

 企業向けと、消費者向けのMicrosoft製品にSkypeがうまく統合されれば、かなりのアドバンテージとなりそうだ。

 また、コンサルティング会社のAsymcoのHorace Debiu氏はThe Guardianに、「音声通話は、IPベースのコミュニケーションとユーザーインターフェイスの2つの点で次の開拓分野だ」と語っている。さらに、音声以外のサービスを利用するSkypeユーザーは多いため、新しいビジネスモデル開発のチャンスがあるとしている。

 ユニファイドコミュニケーション(UC)の観点から買収を分析したComputerworldは、コンシューマー向けのSkype(無料)とMicrosoftの企業向けUCであるLync(有料)を結びつけることができるだろうとのForrester Researchのアナリスト、Ted Schadler氏の予想を紹介している。もし、LyncとSkype間の通信ができれば、企業、パートナー、顧客が、いずれかを使って音声、動画、チャットできるようになり、UCは大きく前進するというのである。

 GigaOMのOm Malik氏は、Skypeが、コントローラーを使わずにゲームを操作できる「Kinect」とXbox 360に加われば、動画通話の将来は大きく変わるだろうと予想する。Skypeはすでに「iPhone」や「Android」に対応している。これにKinectの直感的な操作、Xboxに接続された大画面があれば、新しい動画通話が生まれるというのだ。

 たしかに、MicrosoftのVoIP製品であるLyncやWindows Messengerなどと、Skypeとがオーバーラップするのではないかと懸念する声もある。だが、製品面ではSkypeは補完的とみてよさそうだ。IDCのAl Hilwa氏は、(以前にSkypeを保有してきた)eBayよりも、Microsoftの方がシナジー効果が高い、とThe Microsoft Blogにコメントしている。

 

ライバルとの関係

 他社との競合では、コンシューマー側で「Apple Facetime」「Google Voice」などと対抗することになり、企業側ではCisco SystemsやAvayaのUC製品に影響が出そうだ。

 Microsoftは買収で通信サービスを獲得するだけでなく、広告も狙える。MicrosoftウォッチャーのMary Jo Foley氏は、Microsoftは長らく広告事業の強化を図ってきていると指摘。記者会見でも、CEOのSteve Ballmer氏とSkypeのBates氏が、動画はリッチコミュニケーションだけではなく、広告としても市場性があるとの見解を示したことに注目している。

 また、Skypeのブランドも大きな魅力だ。Skypeは、Google(ググる)、Facebookなどと同様に、サービスが動詞化している数少ないインターネットサービスだ。テクノロジーの進化が消費者セグメントで起こるという昨今のトレンド“コンシューマリゼーション”という点でも、Skypeはこのカテゴリーに入る、とForresterのSchadler氏は見る。

 こうして、メディアはさまざまな点からMicrosoftのSkype買収を分析しているが、それでも85億ドルという金額を妥当とした報道は、ほとんど見あたらない。

 

やはり高すぎる?

 eBayは2005年、Skypeを26億ドルで買収し、2009年にスピンオフした。当時のSkypeの評価額は27億5000万ドルで、Microsoftの買収額の3分の1だ。Skypeは1億7000万人のユーザーを擁するが、うち有料サービスの利用者は5~7%程度だ。売上は伸びているが、いまだ黒字化は果たしておらず、2010年は700万ドルの損失を出したとされている。

 また、売上高が増えているとはいっても、成長率は2008年の45%から2009年は30%、2010年には20%へと鈍化している。Microsoftは、85億ドルという額が正しかったことを、いずれ投資家に示さねばならない。これは大きな課題だ。

 実際、MarketWatchは、1)iPhoneの人気アプリであるSkypeがMicrosoftのものとなる、2)MicrosoftがNokiaと提携し、NokiaがWindows Phone搭載スマートフォンを作る――などの背景を説明。Nokia/Windows PhoneのSkype統合の出来を見ながら、iPhone版Skypeを有料化すると予想する。

 つまり、Skype買収はスマートフォン競争の“武器”を獲得するためで、「攻撃というより、防御的な動き」と分析。Microsoftが、2~3年後にSkypeの評価減を実施すると予言する。

 もう1つの課題が、Microsoftの買収企業の生かし方だ。同社の過去の買収は必ずしも成功とはいえなかった。60億ドルを払ったオンライン広告のaQuantiveもしかり、またモバイルのDangerなど、せっかくのリソースを結局、活用できずに埋もれさせてしまった例は少なくない。SkypeがMicrosoftの下で力を発揮できるのか、そう楽観できない。

 Ballmer氏は発表会見の席で「SkypeとMicrosoftで、リアルタイムコミュニケーションの将来をつくる」と強調した。電子メール、IM、音声通話などが固定とモバイルの両方を使って行き交うマルチデバイスの巨大なコミュニケーションの流れが生まれつつある。そんな中で、SkypeとMicrosoftがどんな流れを作り出せるのかが、これからの見どころだ。

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