シリコンバレーは健在か? 投資家に転身するAndreessen氏


 学生時代に「Mosaic」を世に送り出し、「Netscape Navigator」を開発したMarc Andreessen氏が、Netscape Communications以来のパートナーであるBen Horowitz氏とベンチャーキャピタルを設立。ベンチャー投資活動に本腰を入れることになった。自己否定論すら漂うシリコンバレーのベンチャーキャピタル業界が活気付く契機となるか? Andreessen氏の投資家としてのセンスはどうなのか――。

 Andreessen氏は、1990年代に開発したNetscape Navigatorによって、20代にして技術界の重要人物となった。もちろん、Netscapeのドットコムブーム前夜のIPOやAOLへの売却を通じ、巨額の富も築いている。その後、設立したLoudCloudはOpswareに社名を変更。2007年に約16億ドルでHewlett-Packardに売却している。

 Andreessen氏は7月5日のブログで、Horowitz氏とベンチャーキャピタル「Andreessen Horowitz」を設立したと発表した。3億ドルを調達し、シリコンバレーにオフィスを構えて有望な技術ベンチャーに出資を行っていくという。

 Andreessen Horowitzはフォーカスを絞り込み、シリコンバレーのハイテク企業を投資対象とする。これは、Kleiner Perkins Caufield&Byers(KPCB)など代表的なシリコンバレーのベンチャーキャピタルが、中国、バイオテック、クリーンテックなど地理的、分野的に拡大しているのとは対照的だ。

 Andreessen氏は理由として、「ベンチャーキャピタルとは、触れ合いや、やりとりが重要な事業であり、地理的に近いことが大切となる」とブログに記している。技術分野としては、コンシューマ向けインターネットサービス、ソーシャルメディア、モバイル、企業向けクラウドコンピューティング、業務アプリケーション、モバイルソフトウェアなどを対象とする。「投資家が製品を理解することが重要」というのがその理由だ。

 投資スタンスでは、シード段階のベンチャー企業に5万~5000万ドルの投資を行う意向だ。中でも、技術を発案した創業者がCEOになるような技術主導の企業を支えていきたいという。不景気でリスクを伴う初回の投資を手控えるベンチャーキャピタルが増える中、「今日の起業家のニーズに応える」という。

 Andreessen氏のように、起業家が、起業家の支援側に回るのは珍しいことではない。Skypeの創業者、Niklas Zennstrom氏もパートナーとAtomicoを設立し、TechnoratiやLast.fmに投資している。

 Andreessen氏は、ベンチャーキャピタルの立ち上げこそ初めてだが、パートナーのHorowitz氏とともに投資家としての経験を積んできた。Twitter、LinkedIn、Aliph、ExtraHopなど、個人投資家として投資した企業数はすでに45社。最近でも、Talking Points Memo、Alley Insiderへの投資を発表している。Andreessen氏は現在、eBayとFacebookの取締役、Ningの会長も務めており、引き続き、これらの職を務める。

 ベンチャーキャピタルの立ち上げを意識してだろうか、Andreessen氏は6日には、Facebookについての投資家としての見解をReutersに披露している。そこで同氏は、Facebookの2009年の売上高は5億ドルに達成する、5年後には10億ドル単位に拡大する、などの見通しを示すとともに、TwitterとFacebookはともに、売上よりもユーザーの維持と拡大にフォーカスすべきとの意見も表明している。

 Andreessen Horowitz設立のニュースは、Andreessen氏の知名度もあって大きく取り上げられた。これに対する懐疑的な反応では、不景気真っただ中というタイミング、それに投資家としてのAndreessen氏の技量を疑問視する声がある。

 PC Worldは、Andreessen氏がFacebookとTwitterの両方に参画していることから、そのセンスを疑っている。Facebookはユーザーベースとプラットフォームを構築し、これをテコに収益化するのに対し、Twitterは広告モデルがうまくフィットするとは思えず、ユーザー数も低レベルで頭打ちするだろうという分析である。

 また、経済環境が厳しいこの時期にどうして、といぶかる向きがある。The New York Timesは、ドットコムバブル最盛期、5年間で48%に達したベンチャーキャピタルのリターン率は2008年、6%にまで落ち込んでいるとデータを挙げながら、「Andreessen Horowitzは、創業間もない企業に小額の投資を行って大きなリターンを得る、というシリコンバレーで賛同されなくなった投資理論を用いている」とやや懐疑的だ。

 CNet Newsは、Andreessen氏本人にタイミングについて聞いた。これに対しAndreessen氏は、約700のファンドのうち、10~20しかよいリターンを出していないことを挙げながら、「一流のベンチャーキャピタルは優秀な企業を見いだし、投資することができる」と自信を見せている。

 一方、Mercury Newsは業界に明るい材料をもたらすと見る。ベンチャーキャピタル活動は2003年来の最低レベルに落ち込んでおり、53%が「ベンチャーキャピタル業界モデルは崩壊している」と悲観論に包まれているという。だが、業界は否定的ムードを脱しつつあるとし、Andreessen Horowitzが活気をもたらすと分析する。ベンチャー専門情報ブログのnPostも「新鮮な空気」と称賛する。

 開設したばかりのAndreessen Horowitzのもとには、LinkedInやFacebook経由で、次々にアイデアがと寄せられているという。厳しい時期だからこそ、ITベンチャーの聖地シリコンバレーに、伝説の起業家が起こした動きに期待せずにいられない。



関連情報
(岡田陽子=Infostand)
2009/7/13 08:52