Appleの世紀の決断には、選択の余地がなかった?



 Apple ComputerがMacintoshのメインプロセッサを全面的にIntel製に乗り換える―。この衝撃的な発表から2週間がたった。当初は謎の多かったニュースだが、その後のさまざまなメディアの取材・報道で、次第に経緯が明らかになっている。


 最初に報じたのは5月23日付のWall Street Journal(WSJ)である。AppleがIntelのプロセッサを採用するという話は、業界では、過去に何度もうわさにのぼったものだ。今回はWSJが報じたことから、確度の高いものと考えられ、各社が一斉に後追い取材した。

 最初の時点ではApple、Intel両社はそろって否定したが、結局、WSJの記事通り、両社は6月6日に始まった開発者会議「Worldwide Developer Conference」(WWDC)で正式発表することになった。

 WWDCの基調講演では、Apple CEOのSteve Jobs氏とIntel CEOのPaul Otellini氏がそろって登壇し、最初の製品を2006年に出し、2007年内に完全に移行する計画であることを明らかにした。Jobs氏は、今回の決定の理由について、IntelプロセッサのパフォーマンスがPowerPCよりも優れているためだと説明し、「これまでのところ、Intelが最強のロードマップを持っている」と持ち上げた。

 Jobs氏は2003年のWWDCで、「12カ月以内に3GHzのPowerMacを出す」と公約したが、2年たった今になっても実現されていない。また、モバイルMacもいまのG5で実現するのは難しそうだ。Jobs氏は、PowerPCの開発・供給を行っているIBMに対して、大いに不満を持っていたとされる。発表もそういう文脈で受け止められた。


 しかし、11日付のThe New York Timesは、IBM側に近い人々の証言として「価格こそが、主要な問題だった」と伝えている。PowerPC G4/G5は実質的にAppleだけを顧客とする製品で、大量に出荷されるPentiumよりも割高になっている。価格圧力のなかで、プロセッサ価格を下げさせたいAppleと、それはできないというIBMとの厳しい交渉があったというのだ。

 また、IBM側の交渉に詳しい人物の話によると、「技術的な問題は、ビジネスの問題の二の次」であり、IBMはこれ以上ロードマップを示さないという決定を下したという。IBMにとっては利益にならないというのがその理由だった。

 つまり、AppleはIntelを積極的に選んだというよりも乗り換えざるを得ないところまで追い込まれていたことになる。

 同紙は、Jobs氏が電話でIBMに決定を伝えたのは6月3日金曜日の午後3時だったとしている。WWDCの基調講演は月曜の午前10時からで、連絡は週末最後ぎりぎりだった。両社の関係がかなり冷めたものだったことがうかがわれる。

 また、New York Timesはもうひとつ興味深い話を伝えている。Jobs氏は昨年、ソニーの出井伸行会長(当時)、ソニー・コンピュータエンタテインメント社長の久多良木健氏とカリフォルニアで会談し、この際、久多良木氏が、PS3向けに開発された「Cell」プロセッサを採用するよう働きかけたという。しかし、Jobs氏が、このアイデアを拒否したという。Jobs氏はPowerPCに代わるプロセッサを真剣に探していたが、Cellはパソコン向きではないと判断したようだ。となると、いきおいIntelが浮上してくることになる。


 今、Intelプロセッサを搭載するMacは、「Wintel」にならって、「MacTel」とか、「Macintel」などと呼ばれている。ユーザーの関心事は、「Macの価格は下がるのか?」「新しいモバイルマシンが登場するのか?」などだが、なかでも最大のものは、「MacintoshでWindowsが使えるようになるのか」、また「DOS/V機でMac OSが動くようになるのか」という点だ。

 Macユーザーの場合、職場ではWindowsを使わざるをえず、“両刀遣い”となっているケースがままある。Mac OSとWindowsのデュアルブートへのニーズは、仮想マシンソフトの「Virtual PC」が人気を博していることからうかがわれる。また、Macのデザインが気に入っていて、Windowsで使いたいというニーズもありそうだ。

 もちろん、そのままMacintelマシン上でWindowsを動かす、あるいはDOS/VマシンでMac OSを動かすことはできないだろう。しかし、一定の環境整備(ドライバーの準備など)を行うことで、可能になると考えている人は多い。

 しかし、eWeekなどによると、「Appleは(Intel搭載Macのために)Windowsを販売することもサポートすることも計画していない」(Brian Croll・ソフトウェア製品マーケティング担当ディレクター)という。ただ同時に「Windowsが動作することを妨げるような、いかなるハード的な措置もとらない」(同)とも述べており、なんらかのサービスを提供するサードパーティが出てくる余地は残されている。

 逆に、Mac OSをDOS/V機で動かすにことについてはどうだろう。

 Appleは、「Windows on Macintel」とは異なり、Mac OSを他のハードで動かすことについては「絶対認められない」という立場をとっている。この点で、『ハード&ソフト一体型』ライセンスビジネスを崩すつもりはないようだ。

 だが、Fortune誌によると、Dell会長のMichael Dell氏がMac OSの販売に意欲を見せているという。同誌の記者のメール取材に答えたもので、「もし、AppleがMac OSを開放するならば、われわれは喜んで顧客に販売する」とメールで答えた。

 Dellはプロセッサに関しては、かたくなにIntel製を採用しているが、OSについては柔軟で、Linuxサーバーも販売している。売り上げを伸ばすチャンスとみるのも不自然ではない。そして、DellがMac OSで動作可能なハードを用意できれば、ユーザーにとってまったく新たな選択肢が生まれる。

 Appleは、こうした騒ぎに対して、これまでのところ沈黙を守っている。今の段階では、スムーズにプロセッサ移行を行うというのが急務で、デベロッパーを混乱させるような話は持ち込みたくないというのが本音だろう。

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(行宮翔太=Infostand)
2005/6/20 09:04