特別企画

CiscoとNetAppの技術者に聞く、統合インフラソリューション「FlexPod」の技術動向とその優位性 【後編】

 企業のIT環境が、初歩的なサーバー仮想化のフェーズからプライベートクラウドへと歩みを進めている中で、その土台としてベンダーによる動作検証済みの「統合インフラ」が注目を浴びている。近年では、多くのベンダーがさまざまな統合インフラを手がけているが、こうした数ある統合インフラの中でも草分け的な存在が、CiscoとNetAppによるソリューション「FlexPod」である。

 後編では、FlexPodを構成するCiscoとNetApp製品の最新動向、ハイブリッドクラウド時代に向けた取り組みを取り上げていく。

本稿を執筆するにあたって取材に協力してくださった、シスコシステムズ合同会社 ソリューションズシステムズエンジニアリング データセンターソリューション システムズエンジニアの畝髙孝雄氏(写真左)とネットアップ株式会社 システム技術本部 コンサルティングSE部 コンサルティングシステムズエンジニアの大野靖夫氏(写真右)

ネットワーク関連のソリューションが大きく進化した最新のCisco UCS

 Ciscoは、ネットワーキング業界のリーダーとして長らく活躍してきたが、その後、長年にわたって積み重ねてきたネットワーク技術とこれらのサーバー製品を組み合わせたCisco UCS(Unified Computing System)が2009年に誕生している。

 Cisco UCSは、サーバーそのものの管理だけでなく、ストレージやネットワークとの接続についてもシンプルな統合管理を可能とするなど、あらゆるシステムを論理的なリソースとして管理することを前提に設計されている。また、ネットワークとストレージ双方のトラフィックが集約されたユニファイドファブリックにより、シンプルなシステム構成とケーブリング、そして俊敏な拡張性を実現している。

 FlexPodは、こうしたCisco UCSならではのメリットを最大限に生かしたリファレンスアーキテクチャとなっている。特にCisco UCSに関する最近のトピックは、ネットワーク関連ソリューションの大きな進化が挙げられる。

 Cisco UCSサーバーには、Cisco UCS仮想インターフェイスカード(以下、VIC)と呼ばれる自社開発のコンバージド・ネットワークアダプタ(CNA)を装着できるが、すでに第3世代まで改良が進んでいる。最新の第3世代VICは、10Gigabit Ethernet(GbE)や40GbEによる高速接続をサポートしているほか、これらの高速なEthernet規格を最大限に活かすRDMA over Converged Ethernet(RoCE)、NVGREやVXLANのハードウェアオフロード機能にも対応している。

 Cisco Nexusスイッチは、モジュール構成によって10GbE、40GbE、100GbEによる接続が可能だが、現時点では10GbEでの接続が主流である。今後、サーバーやストレージの高速化に伴い、特にネットワークスイッチ間の接続については40GbEへの移行が求められるが、その際に役立ちそうなのがCisco QSFP BiDiトランシーバーだ。

 10Gbpsトランシーバーは、LCコネクタを介して2芯ファイバで接続するのに対し、40Gbpsトランシーバーは、MPO(Multi-fiber Push-On)コネクタを介して12芯ファイバで接続する。このため、既存の40Gbpsトランシーバーを利用するなら、40GbEへの移行には光ケーブルの引き直しが必要になる。

 これに対し、Cisco QSFP BiDiトランシーバーは、10Gbps向けに導入された既存のケーブリング環境で40Gbpsの通信が可能だ。

 シスコシステムズ合同会社 ソリューションズシステムズエンジニアリング データセンターソリューション システムズエンジニアの畝髙孝雄氏は、「Cisco QSFP BiDiトランシーバーは、最新のNexus 9000シリーズだけでなく、既存のNexusファミリやASRルータなどにも装着できます。このため、新規に導入したシステム環境のほか、既存のシステム環境においても、最小限のコストで40GbEへのアップグレードを図れます」と語る。

最新のCisco UCSサーバーに搭載される第3世代VIC(出典:CiscoとNetApp から提供を受けたFlexPod Day 2015のプレゼンテーションマテリアル、以下同様)。ネットワーク仮想化を支えるNVGREやVXLANのハードウェアオフロードに加え、SMB Directで力を発揮するRDMA over Converged Ethernet(RoCE)にも対応する

アプリケーションの視点から柔軟なネットワークを構成できるACI

 Cisco Nexusスイッチを組み合わせたCisco ACI(Application Centric Infrastructure)も、FlexPodの価値を大きく高める重要な取り組みである。ACIは、Nexus 9000シリーズ(ACIに対応したNX-OSを搭載)にAPIC(Application Policy Infrastructure Controller)と呼ばれるポリシーコントローラを追加することで利用可能になる。

 近年では、柔軟なネットワークを構成する技術としてSDN(Software Defined Networking)が注目されているが、ACIはSDNのような単なるネットワーク仮想化ではなく、アプリケーションの視点で柔軟なネットワークを作り上げるところが大きな特徴だ。

 畝高氏は、「多くのSDNソリューションは、物理ネットワークに依存することなく、ユーザーの作りたい論理ネットワークを自由に作れるようにするというものです。しかし、ユーザーが目指しているのは、あくまでもビジネスをきちんと回すことですから、そのビジネスを支えるアプリケーションが要求している通りにネットワークを素早く作り上げることこそが重要なのです。ACIでは、管理者はアプリケーションの視点で物理サーバーや仮想マシンなどといったエンドポイント同士の接続ポリシーを定義し、そのポリシーに従ってネットワークを論理的に構成することができますが、そのポリシーはAPICとNexus 9000シリーズによって自律的に解釈され、ハードウェアの設定へと変換されます。いわば、ソフトウェアがもたらす管理性や柔軟性、そしてハードウェアならではの堅牢性や処理性能の『いいとこ取り』をした機能といえます。ACIは、上位のソフトウェア環境にも依存せずに動作しますので、物理・仮想を問わずにネットワークを構成できますし、OpenStackを含むマルチハイパーバイザーの環境や昨今のコンテナ技術などを取り入れた環境にも、柔軟に対応できます」と説明する。

管理者はアプリケーションの視点で物理サーバーや仮想マシンなどといったエンドポイント同士の接続ポリシーを定義し、そのポリシーに従ってネットワークを論理的に構成する。これらのポリシーは、APICとNexus 9000シリーズによって自律的に解釈され、ハードウェアの設定に変換される

オールフラッシュFASやNetApp Eシリーズが適合領域を大きく広げる

 一方のNetAppは、さまざまなワークロードに対応できる柔軟なリファレンスアーキテクチャを目指し、性能と容量の両面でユーザーのニーズを満たせるようにストレージ製品のラインアップを拡充している。

 サーバーの仮想化統合やデスクトップ仮想化など、主要なワークロードはディスクドライブのみを搭載したNetApp FASシステム、もしくはディスクドライブと高速フラッシュ技術(FlashCacheやFlash Pool)を組み合わせたNetApp FASシステムで対応可能だが、超高速の応答性能など、システム全体の瞬発力が強く求められる用途では、フラッシュ技術を全面的に採用したオールフラッシュアレイが威力を発揮する。

 特にNetApp FASシステムにSSDのみを搭載したオールフラッシュFASは、既存のNetApp FASシステムと同等の機能性を備え、一貫したデータ管理手法で運用できるのが大きな強みだ。最新のclustered Data ONTAP 8.3では、フラッシュ技術に対する最適化も行われ、オールフラッシュFASのI/O性能もさらに向上している。

 また、シーケンシャルアクセス性能(スループット)と大容量が求められる領域にはNetApp Eシリーズが適合する。NetApp Eシリーズを組み合わせたFlexPod Selectは、Hadoopを代表とするビッグデータ関連やHPC(High Performance Computing)の用途に対応する。

 統合インフラソリューションの多くは仮想化環境に向けた設計がとられている中で、FlexPodがこうした仮想化以外のワークロードにも対応できるのは、大容量・高スループットに特化したNetApp Eシリーズがあるからにほかならない。

マルチテナント構成に完全対応したclustered Data ONTAP 8.3

 FlexPodが登場した当初から掲げられていたSecure Multi-Tenancyは、clustered Data ONTAPへと移行した現在もきちんと受け継がれている。clustered Data ONTAPは、それ自身がハイパーバイザーのような形で動作し、土台となるNetApp FASシステム(1台構成もしくは複数台のクラスタ構成)の上にStorage Virtual Machine(SVM)が作られる。

 SVMは、個々のソフトウェア環境から利用される仮想的なNetAppストレージであり、サーバー仮想化でいうところの仮想マシンのようなものだ。これにより、1セットのNetAppストレージを複数のアプリケーションから同時に利用しやすい環境が生まれる。最新のclustered Data ONTAP 8.3では、SVMごとに独立したIPスペースを持てるようになり、clustered Data ONTAPの環境でもSecure Multi-Tenancyが実現されている。

 ネットアップ株式会社 システム技術本部 コンサルティングSE部 コンサルティングシステムズエンジニアの大野靖夫氏は、「Data ONTAPの7-Modeでは、MultiStore機能によってvFilerユニット(仮想的なストレージ)ごとに独立したIPスペースを持てましたが、最新のclustered Data ONTAP 8.3ではSVMに対して同様の機能を実現しています。マルチテナントによる運用は、クラウドサービス事業者から強いニーズがあります。特に日本の事業者は、自社の顧客に対してかなり自由度の高いシステム環境を提供する傾向が強く、そうした環境ではマルチテナント構成が必須となっています」と説明する。

clustered Data ONTAPは、サーバー仮想化でいうところのハイパーバイザーのような役割を果たす。NetApp FASシステムの上にSVMと呼ばれる仮想的なNetAppストレージ(仮想マシンのような存在)を作り、それぞれのアプリケーションとSVMを結びつける。SVMは個々に独立したIPスペースを持てるため、柔軟でセキュアなマルチテナント構成をとれる

古くからSDSとしての素性を備えてきたNetAppのストレージ製品

 最近、ストレージの世界ではSDS(Software Defined Storage)が注目されている。SDSは、独立したコントロールプレーンを持ち、ストレージサービスの管理や自動化を可能にしたストレージの姿を指す。ITの俊敏性や柔軟性が求められる昨今において、統合インフラの中にSDSの技術を積極的に取り込んでいく流れは理にかなっている。

 SDSというと、x86サーバー上で動作するソフトウェアによって実現されるストレージ機能に思われがちだが、NetAppストレージもSDSそのものだ。

 大野氏は、「最近、汎用サーバーにソフトウェアを載せれば何でもSDSと呼ばれるような風潮が見受けられます。実際、オープンソースソフトウェアを組み合わせるだけでも、比較的簡単に高度なストレージ機能を実現できてしまいます。しかし、そのSDSがエンタープライズの環境で安心して使えるかどうかはまったく別の問題です。NetAppストレージを支えるData ONTAPは、SDSとしての素性を持つストレージOSとして長年にわたる進化を遂げてきましたし、数多くのエンタープライズ環境で採用された実績を持ちます。また、アプリケーションが要求する性能や容量に見合ったストレージリソースを迅速に払い出すというSDSの基本的な役割にとどまらず、API連携によるストレージサービス全体の自動化やオーケストレーションなど、さらにハイレベルな機能も手に入れられます」と説明する。

ハイブリッドクラウドに向けた取り組みもさらに強化していく

 FlexPodは業界での評価も高く、FlexPod with Microsoft Private Cloudが2013 Partner of the Year Winner Server Platformを獲得したほか、ForresterのTotal Economic Impact調査では、FlexPodが最も効率的な統合インフラソリューションであると発表されている。

 このように、海外では知名度も実績もあるソリューションなのだが、日本での本格的な展開はこれからといったところだ。

 畝高氏は、日本市場での取り組みを「インフラのライフサイクルとその上で稼働するアプリケーションのライフサイクルは大きく異なります。このため、用途ごとに物理インフラを構築するのではなく、複数の用途で横断して使われる統合的なインフラへと移行し、両者のライフサイクルを明確に分離すべき時代が訪れています。日本のお客さまには、ぜひそのようなインフラ統合のためのソリューションとしてFlexPodを活用していただきたいと考えています。また、日本でのFlexPodの知名度を高める取り組みも強化しているところです。例えば、2015年4月には、エンドユーザーとパートナー企業の皆さまをお呼びし、FlexPodに特化したカンファレンス『FlexPod Day 2015』を国内で初めて開催しました」と語る。

 そして近年では、金融や医療といった規制の厳しい業界でもクラウド化が進んでいる背景もあり、これからは業種を問わずハイブリッドクラウドによる運用が増えていく。ここで重要になるのが、クラウド間でワークロードやデータを自由に移動できるようにするための新しいテクノロジだ。

 こうしたハイブリッドクラウドに対するニーズに向けて、CiscoはCisco Intercloud、NetAppはNetApp Data Fabricをそれぞれ提唱している。

 Cisco Intercloudは、Ciscoによる先進的なクラウド接続の仕組みだが、それを実現するソフトウェアソリューションとしてCisco Intercloud Fabricを提供している。Cisco UCSベースのオンプレミス環境とCisco Intercloud Fabricを組み合わせることで、Microsoft AzureやAmazon Web Servicesなど、22以上の主要なパブリッククラウドとの間で、相互の境界を感じさせることなく、異なるクラウド間のサーバー移動などを実現している。

 NetApp Data Fabricは、あらゆるシステム環境で一貫したデータ管理を実現するビジョンである。NetAppは、ストレージシステム内(Data ONTAP 7-Modeのストレージ仮想化技術)、ストレージシステム間(clustered Data ONTAPやNetApp FlexArray)、さらにはクラウドも含めた仮想化(Cloud ONTAPやNetApp Private Storage for Cloud)へと歩みを進め、NetApp Data Fabricの実現に向けたテクノロジの開発に努めてきた。

 これらのテクノロジはFlexPodとの組み合わせも可能であり、将来的には統合インフラの枠組みが、オンプレミス環境(プライベートクラウド)の中だけでなく、外部のクラウドへとまたがるような形で広がっていきそうだ。

ハイブリッドクラウドを活用するには、オンプレミス環境と外部のクラウド環境でワークロードやデータを柔軟に移動できる仕組みが必要とされる。Cisco IntercloudとNetApp Data Fabricは、このようなニーズに応えるテクノロジである。将来的には、FlexPodにも取り込まれ、統合インフラの枠組みを大きく変えていくことになるだろう

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 今回の取材で分かったことは、FlexPodが統合インフラのようでありながら、実は統合インフラではなかったということだ。その理由は、前編でも取り上げたようにリファレンスアーキテクチャに基づいているところにある。両社から提供される豊富な製品群を自由に組み合わせられることで、統合インフラのようなカッチリとした部分とマルチベンダーならではのベストな組み合わせ(best of breed)や柔軟性をうまく共存させている。

 そして、ハイブリッドクラウドに向けた両社の取り組みも、いずれはFlexPodに大きな影響を与えることになるだろう。将来は、FlexPodでオンプレミス環境を構築しつつも、外部のさまざまなクラウド環境と垣根なくつながる世界が待ち受けている。

 FlexPodのようなインフラソリューションを通じて、将来のITインフラがどのような変遷を遂げていくのか、非常に楽しみである。

伊勢 雅英