特別企画

ヤマハルータよもやま座談会~インプレス歴代編集とライターが振り返る20年

 今から20年前の1995年3月。ヤマハからある製品が発売された。その名は「RT100i」。今やすっかりおなじみとなった「ルータ」である。Windows 95の発売はその年の後半。まさにインターネット普及前夜のことであった。

 そして、2015年。ヤマハ製ルータはついに発売20周年を迎えた。その間、「法人向けルータの定番」として確固たる地位を築くまでにはどんな歴史があったのか。当時を知る編集者・ライターがざっくばらんに語り合った。

▼座談会参加者(敬称略)
中島由弘…雑誌「インターネットマガジン」元編集長
清水理史…フリーライター。ネットワーク機器についての連載記事「イニシャルB」を執筆
石井一志…「クラウド Watch」編集者
三柳英樹…「INTERNET Watch」編集者

左から、インプレスの石井一志、三柳英樹、中島由弘氏、清水理史氏

1995年───コンシューマ向けルータがなかった時代

中島由弘氏

石井:ヤマハが1995年3月にRT100iを発売してから、今年2015年で20周年を迎えました。

清水:1995年当時はまだヤマハのルータを使ってなかったなぁ。

石井:当時のルータというと、Ciscoくらいしか選択肢がなかったんですよね。

中島:私はインターネットマガジン(1994年創刊)の編集長を1999年までやっていたから、思い出話は一杯ありますよ……。1995年の11号でSOHOの特集を組みました。この"SOHO"という単語自体、当時はまだ新しくて。確かこの翌月に日経が同じくSOHOの特集を出したんだけど、発行のタイミングを考えると、一番早くSOHOやったのはインターネットマガジンだったな、と。

一同:(笑)

中島:このあと、SOHOという言葉は結構浸透していくんだけれど、そのベースとなったのがネットワークと接続用機器、その双方の進化ですよね。その中でも、まずISDNダイヤルアップルータの登場が大きいでしょう。それがRT100iです。

三柳:なるほど。

中島:RT100iの仕様設計には、当時IIJの技術部長だった吉村さんという方がかかわっていたんです。インターネットマガジンは吉村さんとかなりお付き合いがあって、その縁でヤマハの担当者が編集部に訪問してくれたんです。それがRT100iとの出会い。

 それまでにも当然ルータは出ていたんだけど、やはり高価で、中小企業レベルではとても手を出せなかった。当然、家庭でも使えたらいいなと考えていて、そこに(専用線にもISDNダイヤルアップ接続にも対応している)RT100iを投入してきた。実売価格は約20万円だったかな。

石井:今から見れば相当高いですけどね(笑)

中島:ただ、個人ではまだ無理だけど中小企業なら導入できるだろういう期待はあった。そのころにはISDNも普及し始めていたんだけど、PCでいちいちダイヤルアップ接続をしなくちゃいけなかったからね。RT100iはその手間を省略してくれるわけで、いわば"専用線ごっこ"にはうってつけだった。

 これなら仕事にも十分使えるだろうという話になり、そこにちょうどSOHOという言葉が加わり、さっきの特集記事につながったんです。

三柳:そういう経緯だったんですね。

中島:インターネットがテーマの雑誌ですから、実践もしました。編集部と外部制作会社にRT100iをそれぞれ置いて、DTPデータをISDN回線で送受信したんです。ただ、通信速度は64kbpsとか128kbpsとかですから、完全には無理なんで、バイク便も使いましたけど。

石井:そのころのISDNって定額制じゃないですよね? 電話料金はどれくらいでした?

中島:月平均で7~8万円、高いときで10万円をはるかに超えて20万円近くになりました。…これ、通話料金ですからね(笑)。でも、ダイヤルアップの手間がないだけで、全然世界が違ったことを覚えています。

 あとRT100iというと、設定をすべてコマンドラインでやらなければならなかった。今はWebベースのグラフィックユーザーインターフェイス(GUI)が当たり前ですけど。

 だから当然設定は難しい。でも、当時はヤマハの開発者の方がメーリングリストをやっていて、ユーザーからの質問や改善要望に直接答えていたんですよ。ユーザー同士の情報交換も行われていた。だから、マニュアルが少なくても、何とかトラブルシューティングができた。

 今にして思えば、ユーザーの声を重視した現代型の商品開発をもう当時やっていたんだよね。結果として安心感のある製品に仕上がっていたと思う。発展途上なジャンルだったにも関わらず。

 ……あとそうだ、ファームウェアのアップデートをオンラインでやるようにしたのはヤマハのルータが最初なんじゃないかな?

清水:うーん、どうでしたっけ。確かPCのBIOSの更新用ファイルは、雑誌の付録CDに収録してましたが、オンラインで配布はしてたのかな?

中島:僕の記憶では、例のメーリングリストでファームウェア告知の更新をして、ユーザーはFTPでそれをダウンロードしてた。一度世に出た製品の改善を、後から行えるってことも画期的だったし、安心感の源泉だったんじゃないかな。

RT100i

1997年───SOHOルータ元年

石井:1996年12月にOCNエコノミーが始まって、その翌年の1997年は"SOHOルータ元年"と言っていい年です。6月にはNTT-TE東京(当時)がMN128-SOHOを、10月にはヤマハがRT80iを発売しました。

中島:RT80iっていくらでした? 安くなったのかな?

石井:MN128-SOHOの対抗製品という位置付けが強かったと思うのですが、だいたい7万円ですね(編注・当時の税別価格は6万6800円)。

三柳:私が一番最初に買ったルータはRT80iでした。

中島:ダイヤルアップ接続なしで専用線っぽく使えるという機能自体を提示したのがRT100iで、それを普及させるために価格帯も含めたスイートスポットをついてきたのがRT80i、という感じかな。

三柳:そうですね、RT80iではWebベースでの設定もできるようになってました。

中島:(筐体の写真を見ながら)あ、このころからはもう筐体がプラスチック製だね。RT100iは鉄板を曲げた筐体だったんだけど、(コストかけて)金型作ってたんだなぁ。

一同:(笑)

1998年───名機「NetVolante RTA50i」が登場

石井一志記者

石井:そしていよいよ、1998年10月にNetVolante RTA50iが発売されました。「ヤマハのルータ」の知名度をコンシューマにまで広めました。

清水:いやー、ありましたねぇ。懐かしい。これは僕も使いました。Webサイトで山ほど技術情報が公開されていて、だいぶ助けられましたよ。

三柳:エポックメイキングな機種といえば、これですよね。この(キューブ状の)形を覚えている人は多いと思います。

中島:あと、塗装だね。ピアノブラック。これは当時流行ったねぇ。業務用というより、個人用PC周辺機器を意識していることが伝わってきた。

石井:ヤマハの担当に聞きましたが、(筐体デザインは)相当苦労したというお話でした。

三柳:ピアノブラックは指紋が付きやすいの難点で…。あと、反射で(自分が)写り込んじゃうんです。カメラマンに怒られましたよ。「撮影時は近づくな」って(笑)

中島:20年のラインアップ全体を見ても、やはりRTA50iは異質な存在感がある。1997年のVAIOノート初代モデル(PCG-505)や、1998年5月発売の初代iMacを経て、「これからはPC関連機器もデザインが重要だ」という認識になってたんだろうね。

清水:でも、よくよく考えると、この中身の基板を作るのは大変だったんじゃないかな…。確か、内部は2層構造になってるんじゃ?

三柳:詳細は忘れましたが、かなり面倒な仕様になってるとは当時聞きました。この(キューブ)形状を実現するために。

RTA50i

2001年───無料で電話がかけられる? VoIP機能内蔵のRTA54i

三柳英樹記者

中島:あと、VoIP機能があったモデルもあるよね? 無料で電話がIP電話がかけられるという。

石井:はい。RTA54iです。2001年7月発売ですね。このころはADSL市場が少しずつ立ち上がってきた時期ですね。ちなみに、ヤマハのルータでブロードバンド対応した製品は、これが事実上初です。市場的にはちょっと遅い感じでしたけど。

清水:VoIP機能はかなりインパクトがあって、僕も2台借りてテストしましたよ。ただ、やっぱり2台買わなくちゃいけないから、世間的にはあまり流行らなかったかな。

三柳:中小企業にはVoIP機能を訴求しようとする動きはあったみたいですね。ただ、そのころは携帯電話もかなり一般化してましたし。

清水:VoIP機能に関連して、ダイナミックDNSの機能もヤマハが提供したんですけど、これはかなり珍しいケースだったと思いますね。───あと、順番が前後しちゃうけど、2000年の11月にRT60wってモデルが資料に出てる。これはどういうやつだっけ?

石井:ワイヤレス機ですね。IEEE 802.11bに対応してます。

清水:このころもう出してるんだ! ただ、この時期はまだまだデスクトップPCが主流だったから、拡張スロットにPCMCIA(PCカード)-PCIの変換アダプタを挿して、それで無線LANアダプタ使ってたはず。

RTA54i

安定性、丈夫さ、細部へのこだわり、サポート───ヤマハ製ルータの魅力

石井:ヤマハのルータって「壊れにくい」というイメージが完全に確立されてますよね。きちんと動いて、長く使える。

清水:ACアダプタが先に壊れたりとかね(笑) だから、中古市場がちゃんとある。

三柳:秋葉原行くとリース落ちの製品が店先に積んでありますからね。4~5年使い込んだ製品なのに、それでもまだちゃんと動く。

清水:そうそう。だからTwitterで「オレの分も買っておいて!」とか、よく回ってくる。それと、妙に細かいところにこだわっているよね。電源ゲーブルの差し込み口をくぼませたり…。

石井:最新モデルのRTX1210がまさにそれですね。電源ケーブルが固くて曲げづらいことを考慮して、なおかつ本体を壁寄せできるように、差し込み口を奥まったところに配置させてました。そのためにわざわざ基板を削ったそうです。

三柳:お金かけてるんだなぁ(笑)

清水:あと、VPNのサポートも早い時期から充実してたように思う。VPNサーバーがしっかりあるから、拠点間の接続とかはこれ1台あれば十分だ、って。

 あとRTA50iのところでも言ったけど、設定のための資料がサポートWebサイトにきっちりそろってる。これは本当に助かった。ヤマハのルータの魅力はそこに尽きるよ。

RTX1210

唯一の難点は価格?

清水理史氏

石井:私が編集の仕事を始めたのは2002年からなんですが、そのころからヤマハの記事はずっと人気がありますね。

清水:本当にそう。固定の読者さんが見てくれているんだと思う。

石井:原稿を書くときって、全スペックの中から代表的な部分を取りあげて紹介しますよね? でも、反応を見ると、そこ以外の部分を高評価する人が多くて。細かい部分のこだわりが、ユーザーに響いてるんじゃないでしょうか。

中島:ヤマハの開発哲学としては、どこに一番力を入れているんだろう?

石井:インタビューでたびたび明言されているのは「ユーザーの期待を裏切らない」。あとは「今までできたことはなるべく引き継ぐ」ですね。

三柳:従来機能をなるべく切り捨てないで、新たな機能を追加していく。

石井:だからでしょうか、現行の製品でもISDNをサポートしてますからね。

清水:ISDN機能をバックアップ回線として使えるメリットもあるけど、その分、製品価格が高くなってしまっているのかな。原稿で「スゲェ!スゲェ!」と書きつつ、最終的には「でも高いよね」ってオチになっちゃうことが多い(笑)

一同:(笑)

清水:これは想像だけど、電話機能を搭載してたあたりの製品って、高価ないい部品を使ってるんじゃないかな? NTTからの指導があったとか。ヤマハとしても品質を重視していたろうし、そんな中で、コンシューマ向けルータがどんどん値下がりしていく。それでも品質に妥協したくないから、ならばと高価格を維持できる法人向けを重視するようになったと僕は思う。

 今のヤマハは独自路線に見えるけど、付加価値を高めて、市場の価格競争に巻き込まれないようにするための戦略なんじゃないかな。

石井:そうですね。コンシューマは他社製品とは距離を置いた高付加価値路線で、法人はがっちりやる。だから、これまでの開発資産が脈々と受け継がれてきたんでしょうね。

中島:20年続いたというのは、やはり良いお客さんがいてくれたということがあるでしょう。価格競争に巻き込まれず、ずっと独自路線でやってこられた。

石井:あと、日本のネットワーク機器メーカーで海外進出しているのも結構珍しいと思います。この20年でブランドはきちんと確立しました。

三柳:「この規模の事務所にいれるルータなら、やっぱりヤマハだよね」って、普通に言われてますからね。

どうなる? コンシューマ向け新製品

三柳:今後はどういう風に進化していくでしょう? 個人向けの新製品を見てみたいとは思うんですが。

石井:あるといいんでしょうが、やはり価格競争を避けようとしているように見えるし…。今のルータは全般的に値下がり著しいですから。

清水:そうなんだよねぇ。それに、一般のお客さんは無線が入ってないと買ってくれないと思う。だから、そこはむしろ狙わなくてもいいんじゃないかなぁ。

石井:中~上級機的な製品は、RTX1210が昨年出て、それでかなりニーズを満たせたはずです。ただ、法人向け初級機にあたるグレードの製品が2011年のRTX810以来、出てないんですね。コンシューマ向けに近いシリーズとしては、2010年の10月にNVR500が出てます。

中島:PCのように頻繁に買い替える機械ではないとはいえ、さすがにちょっと時間がたちましたね。

清水:ヤマハはもともと製品の発売サイクルが長い方だけど、それでもコンシューマ機がもう5年も出てないのか…。待っている人は多いんじゃないかなぁ?

NVR500

クラウド時代が本格化、それでも「安心感」「サポート」の重要性は変わらず

清水:技術面での展望だと、今後はAWS(Amazon Web Services)やMicrosoft Azureへいかに簡単に接続できるかが重要じゃないかな。今はとにかく面倒だから…。

三柳:中小企業だったら、むしろクラウドは使いたいはずですからね。

清水:で、その分野だと今は海外メーカーから幾つか安いルータが出てるけど、そことどう戦っていくのか。でも、そこで今までのサポート力が生きてくると思う。何度も言うけど。

石井:特に日本語の技術文書ですよね。英語の文書は現地版がいくらでもありますが。

清水:そうそう、この前仕事で海外製ルータのクラウド接続を試してみたんだけど、いろいろ難しいのでネット検索で調べたの。そしたら、だいたいヤマハのサポートサイトに行き着いて、しかもその内容が結構そのまま使えてしまう。他社製品なのに(笑)。設定値とかが似てるんだね。

中島:それはすごい。ほかのメーカーもまねすればいいのに。

清水:やってはいるかもしれないけど、インターネットで誰でも参照できるかたちにはなっていなくて、恐らくは(著名メーカーでは)ヤマハだけですね。

石井:開発体制が初代製品から現行品まで、首尾一貫しているのも影響しているかもしれません。

三柳:よそのメーカーから調達した機械を自社ブランドで売っているだけだと、ある製品から突然ファームウェア体系やらサポートが変わったりしますからね。

中島:なるほど。知識ベースがずっと継承されているってことは、想像以上に重要なのかもしれない。製品の値段が高いかどうか、ハードウェア性能が高いかだけじゃなく、その蓄積が製品の安定性や、さらに言えば安心感にまでつながっているんだろうね。

参考:<インターネット関連年表>

●1988年4月
INSネット64がサービス開始。「ISDN」時代が始まる。
https://www.ntt-east.co.jp/databook/pdf/2014_27.pdf

●1995年8月
テレホーダイ(アナログ接続)がスタート。深夜帯限定ながら定額制
https://www.ntt-east.co.jp/databook/pdf/2014_31-04.pdf

●1996年2月
INSテレホーダイが開始。月額2400円から。速度は64~128kbps
https://www.ntt-east.co.jp/databook/pdf/2014_31-04.pdf
http://internet.watch.impress.co.jp/www/article/2000/0203/4yago.htm

●1996年12月
OCNエコノミーが提供開始。ベストエフォート型の専用線接続サービス。月額3万8000円
http://internet.watch.impress.co.jp/www/article/970205/ocn.htm

●1999年10月
東京めたりっく通信がADSLサービスを都内で開始。月額5500円前後で下り速度は640kbps~1.5Mbps
http://internet.watch.impress.co.jp/www/article/1999/1018/metallic.htm

●2000年7月
フレッツ・ISDNの本格提供をNTT東西が開始。64kbps接続ながら、月額4500円で24時間の常時接続が実現
http://internet.watch.impress.co.jp/www/article/2000/0615/fletsi.htm
https://www.ntt-east.co.jp/databook/pdf/2014_20-09.pdf

●2000年10月
イー・アクセスがADSLサービスを開始
http://internet.watch.impress.co.jp/www/article/2000/0817/eaccess.htm

●2000年12月
フレッツ・ADSLがスタート。当初の通信速度は下り最大1.5Mbps。月額4800円
http://internet.watch.impress.co.jp/www/article/2000/1212/adsl.htm
https://www.ntt-east.co.jp/databook/pdf/2014_20-08.pdf

●2001年1月
アッカ・ネットワークス、ISP経由でADSLサービス提供。月額5800円で下り最大1.5Mbps
http://internet.watch.impress.co.jp/www/article/2001/0126/nifty.htm

●2001年8月
Bフレッツが本格提供を開始。月額6100円で100Mbps。エリアは順次拡大
http://internet.watch.impress.co.jp/www/article/2001/0629/bflets.htm
https://www.ntt-east.co.jp/databook/pdf/2014_20-06.pdf

●2001年9月
ADSLサービス「Yahoo! BB」が本サービスを開始。月額2280円で下り最大8Mbps
http://bb.watch.impress.co.jp/news/2001/08/27/ybb.htm

●2003年1月
ヤマハ、RTA54iをVoIPやUPnPに正式対応させるファームウェア
http://bb.watch.impress.co.jp/cda/news/435.html