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企業においてWindows RTは採用すべきか?

 3月15日から、日本マイクロソフトはWindows RTのタブレットSurface RTの販売を開始した。ほかのメディアでも、OSを提供している企業がタブレットを販売するということで、注目されている。米国では、Windows 8の発売日と同日に発売されている。

 ティザー広告が展開され、Windows 8搭載のSurface Proの発売が迫る中で、Windows RTを企業が導入する意味はあるのか。今回は、Microsoftがタブレットを販売するというビジネス面でのインパクトよりも、企業にとってSurface RTは導入すべき製品なのかという視点で考えていきたい。

【追記 5/29 14:00】
 Surface Proは6月7日より国内でも発売されることが発表されました。価格は128GBモデルが9万9800円、256GBモデルが11万9800円。

Windows RTはWindows 8なのか?

 Surface RTを解説する前に、Surface RTが採用しているOS、Windows RTに関して説明していこう。

 Windows RTはWindows 8のバリエーションではあるが、既存のWindowsアプリケーションは全く動作しない。これは、Windows 8がx86/x64プロセッサなのに対し、Windows RTがARMプロセッサをベースとしているためだ。

 Windows RTでは、デスクトップモードアプリケーションの動作を制限しているため、Modern(旧Metro)アプリしか開発者は作成することができない。

 実は、Windows RTでもデスクトップモードアプリケーションは動作している。Windows RTに標準添付されているOffice 2013 RTは、デスクトップモードアプリケーションとして動作しているのだ。しかしMicrosoftでは、Office 2013 RTしかWindows RTのデスクトップモードの動作を認めておらず、現状では、Microsoftのアプリケーションもそれ以外にWindows RTのデスクトップモードで動作するものはリリースされていない。

 Microsoftでは、Office 2013 RTが特別な例で、基本的にはWindows RTのアプリケーションはModernアプリとなっていると、開発者セミナーなどで語っている。

 またWindows RTのアプリは、WindowsストアからWindows RT対応アプリをダウンロードして利用する形態になっている。また、企業内部で開発したWindows RT対応アプリを直接サイドローディングでインストールする方法も用意されている。ただし、事前にWindows RTにサイドローディングを有効にしたり、PowerShellでアプリをインストールする必要があるなど、ハードルは高い(Intuneを利用すれば、Windows RTのアプリケーション配布をクラウドで行うこともできる)。

 このようなことを見れば、Windows RTは、極めてWindows Phoneに似たコンセプトのOSだといえる。Windows 8ファミリに位置付けられ、PC用のOSとはなっているが、OS自体がハードウェアと別に提供されないこと、Modernアプリしか動作しないことを考えれば、Windows Phoneのタブレット版といった見方もできるだろう。

Surfaceはどんな製品なのか?

 さて、Microsoftが発売したSurfaceは、ARMプロセッサ向けWindows 8であるWindows RTをインストールしたSurface RTと、IntelのCore i5を使いWindows 8 ProをインストールしたSurface Proの2種類が存在する。

 簡単にSurface RTのハードウェア仕様を確認しておく。CPUにはNVIDIA Tegra 3を採用し、メインメモリは2GB。ストレージとして、32GBもしくは64GBのフラッシュメモリを搭載するが、Office 2013(Word、Excel、PowerPoint、OneNote)のWindows RT版がプリインストールされているため、32GB版では空き容量が少ない。

 メインメモリやストレージのフラッシュメモリの拡張をユーザーが行うことはできない。本体に挿せるmicroSDXCはデータドライブとして必須といえる。

 キーボードは、磁石で簡単に接続できるTouchCoverとTypeCoverがオプションで用意されている(国内では、日本語仕様のキーボードに変更されている)。

 TouchCoverは、感圧式のキーボードで、キーを押す感触は全くない。厚さ3ミリと非常に薄いため、Surfaceのカバーとしてもデザインされている。一方TypeCoverは、ストロークのキーボードになっている。厚みは6ミリとTouchCoverの倍の厚みになっている。

 ディスプレイは1366×768ドットの5点マルチタッチ(コーニングのGorilla Glassにより保護されている)をサポート。これにより、Windows 8のタッチ操作が可能になっている。

TouchCoverは、国内では白、黒、青の3色が発売。米国では、赤、ピンクも発売されいる。キーボード配置は、日本語化されている
Windows 8 ProをインストールしたSurface Pro
3月15日の発売イベントで、Surface RTを手に持つ日本マイクロソフト コンシューマー&パートナーグループの香山春明常務。
Surface RT 64GBのディスク容量。64GBあれば、SDカードを追加しなくても、空き容量は十分ある

 こうしたフォームファクタから見れば、Surface RTは、PCというよりもタブレットだ。

 同じくWindows RTを採用したNECのLaVie Y、ASUSのVivoTab RTは、タブレットとしても利用できるが、セパレートタイプのキーボードが付属するコンバーチブル型のノートPCとみることもできる。それに対してSurface RTは、キーボードを接続することができるものの、タブレットとして利用することが前提だ。

 NECのLaVie Yは、通常のノートPCと同じフォームファクタのため、重量は1.24kgとタブレットとしてみれば、非常に重い。ASUSのVivoTab RTは、モバイルキーボードを接続した状態では1.03kg(タブレットだけだと、532g)。

 一方、Surface RTは、タブレット本体は675g、オプションのキーボード(TouchCoverは209g、TypeCoverは250g)となり、TouchCoverの場合は合わせて884gと、VivoTab RTと比べても軽い。タブレット本体だけを比べればVivoTab RTの方が軽いが、キーボードを合わせるとSurface RTが軽くなっている。

Surface RTはキーボード部分が非常に薄い。TouchCoverは、タブレットのカバーがキーボードになっている
サイドから見れば、Surfaceの薄さがよくわかるだろう

Surface RTは企業で採用すべきか?

 結論からいえば、現世代のSurface RTは本格的に企業で展開するには役者不足という印象を持つ。

 これは、前述したように、Windows RTの機能による部分が大きい。

 Surface RTのメリットは、x86プロセッサと比べて低消費電力とされるARMプロセッサ(Tegra 3)を採用することで、バッテリでの長時間動作(最大8時間駆動)が可能になることだった。

 確かに、Windows 7の初期世代やそれ以前のノートPCでは、バッテリ駆動時間は短かった。しかし、IntelがUltrabookを推進してバッテリ駆動時間を延ばしてきたこと、またWindows 8世代では、低消費電力でありながら性能が向上したIntel Atom Z2760がリリースされ、広く使われるようになったことなどから、Windows RT+ARMプロセッサのSurface RTとWindows 8+Atomとを比べても、消費電力面では大きな差は見えにくくなっている。

 現に、Atom Z2760を使用したWindows 8タブレットは、ARMプロセッサを使用したWindows RTのタブレットと、ほぼ同じバッテリ駆動時間になっていることが多い。

 さらにAtom Z2760ベースのWindows 8タブレットなら、x86アーキテクチャのため、既存のWindowsアプリケーションを動かすことができる。また、Windows RTでサポートされていないActive Directoryでの集中管理も可能だ。

 コスト面でも、低価格なx86ベースのWindows 8タブレットが登場しており、Windows RTタブレットとWindows 8タブレットで、大きく価格が異なることはないようだ。

 このようなことを考えれば、現状で積極的にWindows RTとSurface RTを企業で採用するメリットはあまりないと考えられる。

 Windows RTがユーザーに受け入れられるには、Windows RTで利用されているARMプロセッサが、大幅な低消費電力化と性能アップを果たし、x86プロセッサを大きく引き離すことが必要になるだろう。既存のWindowsアプリケーションが動作しないWindows RTが大きなシェアをとるには、x86プロセッサとWindows 8のエコシステムを越えるメリットを提供する必要がある。

 今後、Windows RTがWindows 8のフル機能をサポートし、デスクトップモード アプリケーションが動作するようになれば、Windows RT+ARMプロセッサも受け入れられやすくなるだろう(それでも、x86/x64からARMへの移植が起こるため、開発者にとっては手間だ)。

 現状のWindows RTのようにModernアプリしか動作せず、その数があまりそろっていない現状では、あえてWindows RTを選択するケースは、それほど多くないのではないだろうか。

ライバルと比べると?

 さらに、Windows RTを採用したSurface RTは、AppleのiPadやAndroidタブレットという強力なライバルが存在する。Microsoftでは、Surface RT/ProをiPadなどの対抗製品として企画したようだが、2013年現在では、タブレット市場は、大きく変化してきている。

 価格面ではSurface RTと新しいiPad(iPad4)がほぼ同じだが、新しいiPadはRetinaディスプレイ(2048×1536ドット)を採用している。一方、Surface RTは1366×768ドットの液晶ディスプレイとなっている。Retina液晶ディスプレイは、ブラウザなどでHPを見たり、ビューアとして利用する時には、フォントが見やすくなっている。

 また、iPadやAndroidタブレットは、7インチモデルなどさまざまなサイズのタブレットがリリースされている。Surfaceは、10.6インチのみしかない。Windows RT PC/タブレットもほとんどが10インチあたりになっている。このため、Windows RT全体が普及していくためには、液晶サイズのバリエーションをもっとサポートする必要があるだろう。

 Surface RTやWindows RTタブレットがビューアとして利用されるなら、何もMicrosoft製品を選択する必要はない。先行しているiPadやAndroidタブレットの方が、アプリも多く、価格的にもこなれている。そういった意味でも、今後Surface RTやWindows RTは、Windowsならではのメリット(iPadやAndroidタブレットにはない)を創造していく必要がある。

 しかし既存のWindowsエコシステムがないWindows RTは、こうした状況の中では、iPadやAndroidタブレットの後塵(こうじん)を拝しているといえる。Windows RTでは、各社がModernアプリの提供を開始しているが、iPadやAndroidほどのジャンルや数のアプリはまだ提供されていない。

 また、Modernアプリでは、デスクトップモードほど多様なアプリが開発できるとも思えない。こういった意味から、Windows RTはPC用OSのWindows 8とは全く違ったOSだ。もしかすると、Windows RTは、スマホ用のOS Windows Phone 8(WP8)のタブレット向きOSとして提供された方がよかったのかもしれない。

 こうした点を考慮すると、Windows RTは、Windows Phoneのスーパーセットとして位置づけられていくのかもしれない。そうなれば、Windows Phone(とWindows RT)というOSで、スマホからタブレットなど幅広いフォームファクタをサポートできるようになる。

 また、Windows 8とWindows RT、Windows PhoneにおいてOSコア部分だけでなく、多くの機能が同じになることで、各OSで開発したアプリがどのプラットフォームでも動くようになる。こういう部分が、Windowsにとってもメリットといえる(次世代XboxのXbox ONEは、AMDのx86プロセッサを採用しているため、Windows 8をベースとしたOSが動作しているようだ)。

 PCから、タブレット、スマホにいたるエコシステムは、AppleやAndroidでは構築できていない部分だ。だからこそ、Microsoftは、速く一連のエコシステムを構築すべきだろう。

 Microsoftでもこのようなマーケット状況を見て、Windows 8のハードウェア基準(特にディスプレイの解像度)を緩和することで、7インチタブレットのマーケットを拡大していこうとしている。

 また、今年の後半にリリースが予定されているWindows 8.1では、Windows PhoneとWindows RT、Windows 8のコードが共通化されると言われているし、Windows RTというブランドはなくなり、Windows 8 ARM版になるかもしれないとも言われている。

 こういったことを考えれば、企業においては現世代のSurface RTを導入するのではなく、Windows 8.1世代まで待つべきだろう。

 現状のSurface RTやSurface Proはハードウエア面からみれば、昨年のスタンダードであって、2013年のハードとはいえない。実際、Windows RTに採用されているTegraはTegra 4に変わり、Surface Proに採用されているCore i 5(Ivy Bridgeベース)は、Haswellベースのプロセッサが目前にリリースされる。

 Windows 8.1世代になれば、Microsoftだけでなく、ほかのメーカーからピュアタブレットの製品もリリースされてくるだろうし、スマホと7インチタブレットの中間的な製品など、さまざまなバリエーションがリリースされるだろう。そうなったときに、企業にとって使いやすい製品を選択すればいい。筆者はそう考えている。

(山本 雅史)