ワークライフバランスと効率化を実現する「ファストワーク手法」のススメ【第1回】

働きやすさはコストではありません、効率化です


サイボウズ株式会社 毛海直樹氏

 昨今「ワークライフバランス」に注目が集まっています。「仕事と生活の調和」と訳され、「やりがいや充実感を持ちながら働き、仕事上の責任を果たすとともに、家庭や地域生活などにおいても多様な生き方が選択・実現できる」ことを指します。

 共働き、子育て、介護、長時間労働――労働や生活環境の多様化によって、「ワークライフバランス」が強く求められる時代になりました。実現のために取り組んでいる企業も多いかもしれませんが、勘所を押さえないと実現はなかなか容易ではありません。

 本特集では、筆者が実際に直面したワークライフバランス上の問題から、その解決策として実施し、最終的には社員から「風通しがよく働きやすかった」「会社へ行くのが楽しかった」と言ってもらうに至った「ファストワーク手法」についてご紹介します。

 ファストワーク手法を会得すれば、自身のワークとライフのバランスを保てるだけでなく、職場全体の業務を効率化し、多様な働き方を実現することが可能になります。

 具体的にファストワーク手法とはどんなもので、どのようにして浸透させていったのか――第1回目となる今回は、ファストワークの概要とその最初のステップとなる「整理整頓」について説明します。


直面したワークライフバランス上の問題

 筆者は、富士通株式会社、相鉄ビジネスサービス株式会社などを経て、サイボウズ株式会社に勤務しています。前職の相鉄ビジネスサービスでは、特に給与部門の管理監督職者時代に、部下をはじめとする部員のワークライフバランス上の問題に直面しました。

Aさん:「子供の学校の関係で、すぐ帰りたいのですけど……」
Bさん:「子供や旦那からすぐ帰ってこいと連絡が入ったので、すぐ行かないと……」
Cさん:「自宅のおばあちゃんが体調悪く、面倒見ないといけなくて出社できません……」
筆者:皆の事情はもちろん分かるし、でも仕事の期限はあるし、困ったなあ……。

Dさん:「(残業が多くて辛く)朝になると酷い頭痛がするので出社できないんです……」
筆者:えっ、もしかして心の病気? どうしたらいいんだろう……。代わりの人を育てるにも時間がかかるし、そもそも増員の話を通すの難しいし……。

Eさん:「(モチベーションが低下していて)私もうこの仕事やりません!」
筆者:何言っているんだと怒りたいところだけど、Eさんがキレる背景も分かるしなあ……。

 当時、女性4名・男性1名の計5名+サポート要員数名のチームで管理監督職を務めていた筆者の実体験です。こうした背景には、当然、働き方の変化があります。


昭和の時代は分業制、仕事に専念しやすい環境だった

 昭和の時代は、良くも悪くも労働者は仕事に専念しやすい環境でした。家は専業主婦の配偶者が守ってくれました。子供や年老いた親の面倒も配偶者が担ってくれていました。亭主はそのおかげで会社入り浸りの生活ができました。急に帰宅することも、定時で退社することも、必要ありませんでした。ですから、急な仕事が入っても自分で解決できましたし、別の人に依頼するゆとりもありました。


平成の今は仕事に専念しにくい環境に変わった

 しかし、平成の今は環境が変わりました。共働き、子育て、介護、そのうえに長時間労働――労働者にとっては大変な時代になりました。

(1)共働きが大幅増加
 共働きが特に20代から30代半ばを中心に当たり前になりました。1980年には36%しかなかった共働き世帯は、2008年には55%まで大幅に増加しています。(平成20年版厚生労働白書より)

 この間、保育所利用数は200万/1728万世帯(1980年)が202万/1836万世帯(2008年)と、さほど変わっていませんから、預けている子供を引き取りにいかなければいけない家庭は、乱暴に言うと2割ほど増えたことになります。労働者にとってはどうしても帰らなければいけない、でも同僚や上司に何と思われるか怖い……。そんな状況から強いストレスが生じていきがちです。

(2)高齢化による要介護者急増
 要介護者数については、218万人(2000年)が469万人(2009年)と急激に増加しています(厚生労働省HPより)。少子化により介護する者が足りてないのが実情ですから、特定の人に負荷が掛かりがちな状態です。

 特に問題なのは、介護をする年代はちょうど会社では管理監督職者であり、子供にお金がかかることが多いことです。給与を減らせないから仕事を頑張らなければいけない、親の介護ももちろんしたい……。肉体的にも精神的にも限界になりがちです。

(3)長時間労働の問題
 長時間残業の問題も深刻です。働き盛りである30~44歳男性の3人に一人が週平均50時間労働し、フルタイム労働者のうち4人に一人は週60時間も労働しているという統計(2005年労働力調査年報)もあります。これには裁量労働制勤務者やいわゆるサービス残業は含まれませんから、実態は更に悪いと見てほぼ間違いない事でしょう。

(4)心の病気の問題
 これらの状況から、子育て、家庭、介護、長時間労働と、さまざまな問題の板挟みとなり、心の病気になってしまう人が生じるのも無理が無いことです。

 心の病気は完治が難しく、一度復帰しても再び発病して傷病休職に入ってしまいがちです。会社にとっても一定期間解雇できないことから要員補充が難しく、補充できない所は残った要員にしわ寄せがいきがちです。もちろん、無理をして仕事してきたのに休職、場合によっては退職を余儀なくされてしまった本人・家族にとっては、生活する上でも重大な問題です。


問題解決の方向性

 先ほどの職場の例で、どうしたらいいか悩みました。飲みニケーションをしてみても、作業の代行をしてみても、上役の権限と威光を使っても、さほど改善せず。筆者も幼児の子供がいましたので、自分が若手の頃当たり前だった「深夜残業/休日出勤当たり前」「同僚が居るのに先に帰宅するのはおかしい」「仕事は先輩の背中を見て覚えるものだ」「自ら進んで周囲の仕事を手伝え」は成り立たないと心から思うようになりました。

 色々取り組んだ中で、どうやら最もメンバーの雰囲気が良く成果が出たのは、「チームワーク」を構築できている時だと気がつきました。

 チームワークと言っても、いつも同じメンバーで長時間一緒に居る、仲良しごっこするという状態ではありません。「今どんな作業があり、どんな状態であり、次に何をする予定であり、その遂行にどんな問題があるのかを、チームメンバー間で共有している状態」のことを指します。自分が休んでも、フレックスで早く帰宅しても、周囲でフォローできるので安心して働ける状態――これができている時がチームとして最も良い状態でした。当然、風通しも良かったです。

 この視点で考えてみると、以下のような問題と解決策が思い浮かびました。

【問 題】管理監督職者がマネジメントをせず、仕事を担当者任せにしていたこと
【解決策】担当者任せからの脱却 → 作業標準化と見える化

 これにより、従業員が無理なく働けるようにすること、その結果モチベーションが良い状態で推移し、チームとして成果を残すこと、そのようなワーク手法を考案し導入しました。その結果、フレックス制度導入も相まって、残業時間が1/3になりました。ワークライフバランスの実現が可能になり、働きやすい職場に変える事ができました。従業員はモチベーションが上がり、会社は人件費が削減でき、まさにwin-winの好取組みでした。


問題の解決策「ファストワーク手法」

 働きやすさの実現というと、「フレックス勤務制度」「在宅勤務制度」といった制度がすぐ浮かびます。が、これら制度は制定しただけでは、現場にはなかなか浸透しません。なぜなら、作業が担当者に紐づいたままなので、別の人に作業を引き継げず自分で行わざるを得ないからです。

 そこで登場するのが、作業標準化と作業状況共有でチームワークを実現する「ファストワーク手法」です。この手法で仕事を遂行した数名の部下からは「風通しがよく働きやすかった」「会社へ行くのが楽しかった」といってもらい、感激したことがつい昨日のように思い出されます。

 働きやすさを実現するために、ファストワーク手法では以下の業務改善ステップを踏む必要があります。

<業務改善ステップ>
 STEP1:整理整頓(どこに何があるか皆がわかるようにしておく)
 STEP2:作業標準化(業務フロー、作業マニュアル)
 STEP3:作業依頼ルールの明確化(作業計画の順守、変更ルールの明確化)

 STEP3まで実現した上で、フレックスや在宅勤務などの制度を導入します。すると無駄な作業が減り、一人あたりの作業量が削減され、すなわち効率化が実現されるのです。


はじめに「整理整頓」が必要なワケ

 なぜ、業務改善のはじめに整理整頓が必要だと思いますか?

 冒頭でも申し上げましたが、極力会社にしばられる時間を減らすこと、時間外労働を減らすことが、働きやすさの実現には不可欠です。このためには、効率的な作業が求められます。効率的な作業というと、作業そのものの実行速度を早めると思いがちですが、実はそれは現実的には改善余力が小さいものです。それを追いかけるのではなく、ムダを省くということをすれば、効率性は一気に高まります。

<ムダな例>
1)1つの情報や物を探すのに何分もかかる
2)何が正しい最新情報かわからず担当者に聞いてしまう
3)コミュニケーションという名のおしゃべりが多い
4)コミュニケーションという名の会議が多い
5)帰りにくいので仕事をしているフリをしている

 筆者が整理整頓をSTEP1でお勧めするのは、上記の1)2)のムダを省くためです。1人1日10分ムダを省いただけでも年間2000分。時間単価2000円としたら66000円。100人の会社なら合計して660万円! これを元に給与原資にしてもよし、設備投資してもよし、単純作業の担当者をもう1~2人くらい雇ってもよし、将来のリスクのために内部留保してもよし。一人1日10分ムダを省き効率化しただけで、こんなに従業員にとっても会社にとってもプラスになるのです。

 さらに、どこに何があるか分かるということは、代わりの人でも作業しやすいということです。お客様からのお問合せを受け、担当者の机をひっくり返してもよくわからず、散々待たせたあげく「担当者が不在で分かりません」。

 自分がお客様の立場だといい気分にはなりませんよね。でも自分たちは知らず知らずのうちにお客さまの気分を害してしまっているかも知れないのです。整理整頓すれば良いだけなのに。

このように、整理整頓するだけで、従業員にとっても会社にとっても、お客様にとってもプラスになります。業務改善のまずはじめに「整理整頓」。これがとても重要になります。




 第2回は、「“使える”業務フローを書くにはコツがある」として、STEP2:作業標準化(業務フロー、作業マニュアル)について紹介します。

 詳細は筆者(サイボウズ株式会社 毛海 直樹 naoki-keumi@cybozu.co.jp)までお気軽にお問合せください。

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