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人工知能で転倒・転落を防ぐ、NTT東日本関東病院とUBICが共同研究

記者説明会で握手するNTT東日本関東病院 院長の亀山周二氏(左)と、UBIC 代表取締役社長の守本正宏氏

 NTT東日本関東病院と株式会社UBICは3月16日、医療における予測困難な有害事象の防止を目指して、転倒・転落防止システムを共同研究したと発表した。UBICの人工知能を活用して、電子カルテを解析することで入院患者の転倒・転落の予兆を察知し、患者が受傷する件数を減少させるという先進的な取り組みとなる。同日に行われた記者説明会では、共同研究を実施する背景や概要、今後の展望などが説明された。

 記者説明会にあたって挨拶したNTT東日本関東病院 院長の亀山周二氏は、「入院患者の転倒・転落については、とくに高齢者において発生頻度が高く、当院の安全対策でも重要な位置づけにある。今回、UBICの人工知能を活用することで、入院患者の転倒・転落リスクを軽減できる可能性があることがわかった。この共同研究によって実現される新たなITシステムが、医療安全のさらなる向上に寄与することを期待している」と述べた。

NTT東日本関東病院 院長の亀山周二氏
UBIC 代表取締役社長の守本正宏氏

 今回の共同研究に使用されたUBICの人工知能「バーチャルデータサイエンティスト(VDS)」は、専門家の判断――すなわち卓越した暗黙知を、暗黙知のまま学び、ビッグデータ解析を可能にするもの。特定のビジネスドメインにおける優秀な専門家の判断や、実調査で蓄積されたノウハウを学習して解析に応用することが可能になるという。

 UBIC 代表取締役社長の守本正宏氏は、「当社の人工知能は、すでにリーガル分野では実用化され、大きな成果を挙げている。現在はこの実績を踏まえ、より大量なデータを解析することでリーガル分野以外にも用途を広げるべく活動を行っている。今回の共同研究では、医療スタッフの暗黙知を生かし、電子カルテから院内の予測困難な有害事象を予見することで、より質の高い患者ケアの実現を支援するシステムを目指す」としている。

 共同研究を実施する背景について、NTT東日本関東病院 名誉院長の落合慈之氏は、「厚生労働省が紙のカルテを調査した結果によると、これまでに多くの医療事故が発生しており、それらの事故は未然に防げる可能性があることが明らかになった。そこで、当院では電子カルテを検索することで、医療事故のリスクを事前に見つけ出せないかと考えた。また、患者の転倒・転落に関わる報告から、重大な障害につながるものを検索で絞り込めないかと考えた。しかし、いずれも単純な検索では実現が難しく、一時はあきらめていた。今回、UBICの人工知能を活用することで、これらの検索が可能になることがわかり、共同研究に着手することになった」と説明した。

NTT東日本関東病院 名誉院長の落合慈之氏
NTT東日本関東病院 医療安全管理室 専任医療安全管理者の中尾正寿氏

 NTT東日本関東病院では、これまでも転倒・転落防止のために、さまざまな対策を行ってきたという。

 NTT東日本関東病院 医療安全管理室 専任医療安全管理者の中尾正寿氏は、「従来の転倒・転落防止対策では、アセスメントツールに事故の原因と考えられる症状などを入力して患者ごとに点数化しリスクを予測する対策や、ベッドや足元にセンサーを設置するなどの対策を行ってきた。こうした対策は一定の効果を示したが、2014年の転倒・転落の発生率は2.72‰(パーミル)であった。これは、入院患者が1000人いると仮定した場合に、1日あたり2-3人が転倒・転落している確率になる」と、対策を講じているものの、転倒の発生を十分に低減できていない実態を明かし、患者の転倒・転落リスクを迅速に察知するためのソリューションが必要であることを訴えた。

 NTT東日本関東病院とUBICによる共同研究の概要としては、電子カルテ内の患者の状態を記述した自由記載のテキストデータをUBICの人工知能で解析し、院内患者の転倒・転落リスクを算出。転倒につながる可能性の高い症状としてあげられる意識障害(せん妄を含む注意力低下)の症状が記された1000件の電子カルテを、1万6749件の膨大な電子カルテから人工知能を使って抽出したという。

UBICの人工知能を利用したテキストデータ解析
UBIC 執行役員 CTO 行動情報科学研究所 所長の武田秀樹氏

 UBIC 執行役員 CTO 行動情報科学研究所 所長の武田秀樹氏は、人工知能への学習方法について、「院内のエキスパートにより、転倒につながる可能性の高い意識障害を判定し、17件のデータを当該症状と判定。これを“見つけたいデータ”とした。また、ランダムサンプリングにより1000人のデータを抽出し、その他のデータサンプルとした。これら合計1017件のデータを“教師データ”として、人工知能への学習を行った」と説明。「そして、100人分のデータ1万6749件を抽出し、“教師データ”に基づいてスコア付けを行った。人工知能の判定の結果、スコアが高い約1000件に、注意力の低下や意識障害など転倒につながる可能性の高い症状が見られた」と、少量のデータから、転倒につながる可能性の高い意識障害のある患者の電子カルテを検知することに成功したと報告した。

 なお、次の第2フェーズでは、他要因も含めた大規模データに対する検証と予測ロジックの確定を行い、さらに第3フェーズにおいて、スマートフォンなどを利用したプロトタイプの開発・導入による実現場での運用を開始する計画だという。

NTT東日本関東病院 医療安全管理室長の中谷速男氏

 共同研究の今後の展望について、NTT東日本関東病院 医療安全管理室長の中谷速男氏は、「従来のアセスメントツールによる転倒・転落対策では、アセスメントを行うために看護師の時間がとられてしまい、患者から直接情報を得る機会が減ってしまっていた。今回の共同研究の結果を基に、今後、人工知能によって、転倒・転落リスクの高い患者を特定できるようになれば、看護師のケア業務の効率化を図るとともに、転倒・転落発生の確率軽減につながることを期待している。将来的には、人工知能を使って、患者の急変リスクを事前に検知するシステムも実現可能になるのではないか」との考えを述べた。

 また、UBIC 代表取締役社長の守本氏は、「人工知能が医療分野で本格的に活用されるようになれば、今まで多大な時間と手間をかけて患者の情報収集や分析を行っていた看護師の業務負荷を大幅に軽減することが可能になる。このことは、看護師の業務を奪うのではなく、患者に寄り添った医療活動を行うという看護師の本来あるべき姿に導くものであると考えている。また、医療分野には、まだまだ活用できていない情報が膨大に存在している。今後も、医療安全や医薬品開発など、様々な領域に応用できる人工知能の開発に取り組んでいく」と、医療分野における人工知能の活用領域をさらに広げていく方針を示した。

唐沢 正和