インタビュー

SDN標準化への取り組み状況を、ITU-Tの役職者に聞く

 ネットワークの歴史からみても、標準化組織であるITU-T(International Telecommunication Union - Telecommunication Standardization Sector:国際電気通信連合 電気通信標準化部門)が果たしてきた役割とその実績には、はかりしれないものがある。

 かつてはCCITT(国際電信電話諮問委員会。1993年、ITU-Tに名称変更)と呼ばれ、OSI参照モデルをベースに、あのISDNやMHS(メッセージ通信処理システム)の研究開発に対し精力的に取り組んできたことは、あまりにも有名な話だ。

 日本電気株式会社(以下、NEC)はかねてから、ネットワーク開発にあたり国際レベルでの標準化活動に注力しており、これまでもIEEE(米国電気電子技術者協会)などの各種標準化組織やミーティングに多くの人材を派遣し、精力的な取り組みを展開している。

 このほど、同社では新たに5名がITU-Tの役職に就任した。そこで、SG11(Study Group 11:第11研究委員会)副議長であるテレコムキャリア企画本部 釼吉薫氏、およびSG13(第13研究委員会)課題ラポータである知的財産本部 標準化推進部 エキスパート 江川尚志氏にITU-Tの役割や近況、いま注目のSDNの標準化動向などを聞いた。

ITU-T SDNセッションの風景

ITU-Tの近況

――ITU-T役職に任命された背景を教えてください

SG11 副議長の釼吉薫氏

釼吉氏
 ITUは国際連合の下部組織であり、電気通信の規格化や関連技術の標準化を行っています。ここには3つのセクタがあり、Rセクタが電波の、Dセクタが途上国向け開発支援の、それぞれ標準化に向けた役割を担い、われわれが担当するもう一つのTセクタで、電気通信で世界を接続する役割そして標準化に取り組む役割を担います。

 私がITU-Tに直接かかわりを持ち始めたのが1988年からで、当時はCCITTと呼ばれISDNが華やかなりし時代でした。今回私は、SG11の副議長として、信号方式の要求条件やプロトコルを担当します。

 かつて参加当時は、ISDN信号方式におけるDSS1と呼ぶ端末ネットワークの接続やNo.7と呼ぶ交換機間接続の標準化に取り組んできました。その後は、標準化対象もブロードバンドISDNによるATM(非同期転送モード)や近年のNGN(次世代ネットワーク)へと移りました。

 このISDNが出てきたあたりから、ATMフォーラムやNGNに関するETSI(ヨーロッパ電気通信標準協会)など、他標準化団体の取り組みなども活発化。それまでのISDN初期におけるITU主役的な取り組みから変化がみられるようになり、ITUとそれらの標準化団体との協力や競争へと、局面が変わってきました。

――ITU-Tの取り組み内容をもう少し整理していただくと、どういったことになりますか。

釼吉氏
 一言でいうと、ITU-Tは、将来の通信キャリアや企業などのネットワークをはじめクラウド、デジタルサイネージ、SDNなどのアーキテクチャやサービス、信号方式の研究開発と標準化推進を行う機関です。

 NECからは、このたび2013年から2016年までの4年任期で5名が役職に任命され、私以外に、SG11では、課題4ラポータとしてMatt Lopezが仮想化等ネットワーク・リソースや制御を担当、課題14ラポータとして姫野秀雄がクラウド・インターオペラビリティを担当、SG16では、課題14ラポータとして谷川和法がデジタルサイネージ・サービスを担当、そしてSG13では、課題14ラポータとして江川尚志がSDNの共通的事項および将来ネットワークを担当することになりました。

――標準化はどのようなプロセスを経るのですか?

釼吉氏
 現在、SGは9つありますが、SGの中に作業を行うWP(ワーキング・パーティ)という部があり、それらWPの中に課題を扱う組織があります。このたびNECからは、そうした課題のまとめ役にあたるラポータが4名任命されましたが、それぞれが課題に対する議論をまとめていき、勧告草案を作り、その後WPそしてSGの順で承認されますと、晴れて勧告になります。

 従来はこの勧告までに時間がかかりすぎ、市場ニーズに十分応えられていないのではないかということで、スピードアップが求められるようになってきています。

NGNが収束、IoTも課題に。そしてSDNが急浮上

――最近、注目される標準規格は何でしょうか。

釼吉氏
 最近まではNGN(次世代ネットワーク)につきます。かなり精力的に取り組んでおり、ここで実現されるサービスはレイヤ構成になっているほか、制御系も3GPP(第3世代移動体通信システムの標準化団体)で標準化されたIMS(IP Multimedia System)をベースとしています。事実、NTTの光電話やドコモの携帯電話も、コア部分ではITU-Tで標準化されたこのNGNアーキテクチャがベースで、ここでの取り組みが結実したといえるでしょう。NECから見ても、ビジネス的な成果が明確に認められます。

 こうしてITU-Tでも十分な取り組みが展開されてきましたが、現段階では収束ステージを迎えているといっていいでしょう。これからは、SDNやM2M、興味深いところではIoT(Internet of Things)なども課題に挙がっています。

 ただIoTは“定義をどうすべきか?”という段階から始まっており、現段階では全体的に意見の方向性が見いだせず、集約しきれていません。どちらかというと概念論の中にあり、これからというところでしょうか。

――現在のネットワーク業界の最大関心事、「SDN」の取り組み状況は?

釼吉氏
 SDNにつきましては、SG13とSG11の連携に関係していますので、これら2つのSGについてちょっとふれておきましょう。ITU-Tで標準化に取り組む場合は、まず「ユースケース」、すなわちどのようなサービスを実現するか、の検討からスタートするのが伝統になっています。

 次に「リクワイアメント・ドキュメント」、つまりサービス実現に伴う要求条件の定義を検討します。それができると、どのように実現するかといった「アーキテクチャ・ドキュメント」を検討します。

 ここまでが、SG13の役割です。アーキテクチャはネットワーク内にどのような機能ブロックがどう論理的に配置されるか、そのインターフェイスはどう接続されるかを定義し、それをベースに接続する信号方式をSG11で議論するといった流れになるのです。

 SDNについては、もともとSG13傘下で2009年に設立されたFGFN(Focus Group on Future Network、江川尚志議長)におけるフューチャーネットワークで、リソース仮想化やOpenFlow的技術などが、先行して審議されてきています。

 いま、急速に注目されるようになったSDNを、フューチャーネットワーク内でどう取り組んでいけるのかといった、議論が始まってきたところです。

ITU-TとしてSDNに積極的に取り組むことが決議された

SG13 課題ラポータの江川尚志氏

江川氏
 SDNの議論は、フューチャーネットワークの枠組みの中で取り組みたいと2012年に韓国が提案したことに始まります。そして、同年11月開催のWTSAで、ITU-Tとして積極的にSDNに取り組むことが決議されました。

 この間、世の中でもSDNへの関心が高まり、例えば中国からNGNへのSDN適用に関し議論したい、あるいは他国からはクラウドとSDNのかかわりを議論したい、といった要望が次々挙がってきました。そうなると、フューチャーネットワークの中にとどまっていてよいものか、となります。

 そこで、SG13内のフューチャーネットワーク以外のグループが取り組む体制を整えるとともに、信号方式を扱うSG11をはじめ、セキュリティのSG17、光トランスポートのSG15などでも共通で理解し利用可能となるよう、ITU-T全体の共通事項を作ろうということになりました。

 そうした役割分担が、私の担当するSG13で2013年2月に議論され、6月のTSAG(Telecommunication Standardization Advisory Group)会合で承認されました。

――これから本格的にSDNを議論するにあたり、フューチャーネットワークからSG13に受け継がれてきた重要な要素は何でしょう?

江川氏
 ITUはもともとキャリア網の扱いを得意としています。そこで2015年から2020年というレンジでみた場合、何がキャリア網に要求されてくるかを、フューチャーネットワークという枠組みでは議論していました。

 そこには4つの大きな目標が考えられます。第一に、今後サービスが多様化・複雑化するに伴いネットワークオペレーションも複雑化し、結果、現場担当者には大きな負担がかかってくることになるでしょう。そのための技術対策が必要になります。そこでのネットワーク技術の柱が仮想化であり、とりもなおさずそれがSDNになってくるにちがいありません。

 第二が、膨大化するデータを最適化するアーキテクチャの追究です。例えばコンテンツ・セントリック・ネットワーキングがあげられます。第三が環境問題に対する考え方の整理、そして第四がソシオ・エコノミック・イシュー、すなわち社会・経済的側面からの考え方ですね。

――SG11からみた場合はどうでしょうか。

釼吉氏
 先ほどお話しましたように、ITU-Tで標準化する場合、サービス、要求条件、アーキテクチャ、そして信号方式といった流れがあります。

 NGNの場合は、まずフォーカス・グループと呼ぶプレ検討段階を設定して先に検討をすませ、それから勧告するといった方法をとりましたので、SG11および13で同時に取り組むことができたといういきさつがあります。

 しかしSDNの場合、アーキテクチャができていない、しかし市場では製品が出始めている、といった状況があります。

 一方で、SG11では実装に近い取り組みが主となりますから、2013年2月に開催されたSG11会合ではSG13と並行して検討を開始する、ということが決まったばかりといわざるをえません。この場合、関連するSG間の不整合がないよう調整することが重要になります。

複数の標準化団体間で相互に参照しながら補完しあっていく

――ONFのようなSDN団体の標準と重複する部分はありますか。

釼吉氏
 その辺は未知数といわざるをえませんが、考えられますね。

 これまでも、ITU-Tは、ETSIやIETF(インターネット技術標準化委員会)とは連携してきています。ONFでもプロトコルの実装にかかわることに取り組んでいますので、SG11との重複はありうると考えられます。NGNのときもITU-TとETSIでの取り組みで重複したところはありましたが、そのあたりについては、ETSIはヨーロッパ標準、ITU-Tは国際標準としつつも、相互に参照しながら補完しあうという対応もしてきました。

江川氏
 現在ONFとは、ITU-Tとリエゾン関係を結ぶため交渉中です。

――今後、SDNに関してITU-Tの動きで注目するべきなのは、どういったところでしょう。

江川氏
 この6月に開催されるTSAGにおいて、SG13からは「JCA-SDN」(Joint Coordination Activity on SDN)と呼ぶテーマで提案しています(編集部注:インタビューはTSAG開催前に行われています)。これは横断連絡会とも呼ぶべきものです。

 2月のSG13会合ではWTSAからSG13に対する2つの指示への対応が検討されました。1つが、SG13の中で検討加速させるべく体制整備すること、もう1つがITU-T全体としてはどうすべきか考えること、というものでした。

 特にJCA-SDNは後者の対応策として提案したものです。これはITU-T内のSG同士での取り組み、あるいはONFのような外部団体との間での連携の場合、窓口を一本化した連絡ポイントとしての機能を果たそうというものです。

 また複数のSGが今後連携して取り組むためGSIと呼ぶ新たな枠組みを作ることもJCAは視野に入れています。このJCA設立提案は6月のTSAG総合で承認され、現在の役割の詳細が議論されています。

 まだ、端緒についたばかりですが、これからも標準化への取り組みを進めていくことになるでしょう。

真実井 宣崇