インタビュー
「SAPとAWSはともに進化の真っ只中にある」~SAPクラウド担当者に聞く、SAP on AWSビジネスのいま
(2013/5/28 06:00)
ここ1年ほど、SAPアプリケーションをAWS上で本番稼働させる事例が、グローバルレベルで増えてきている。国内事例では、昨年9月に発表されたケンコーコムの事例が大きく注目されたことも記憶に新しい。
そのほかにも両社は、クラウドビジネスにおけるさまざまな提携を進めており、現在、AWSでの本番稼働運用が認定されているSAPソリューションは「SAP Business Suite」「SAP HANA One」「SAP Business All-in-One」「SAP BusinessObjects ビジネスインテリジェンスソリューション」「SAP Rapid Deployment Solutions(RDS)」「SAP Afaria」など多岐にわたる。
ERPに代表されるオンプレミスと、従量課金とスケールを基本とするクラウド。一見、まったく異なるバックグラウンドをもちながら、SAPとAWSのビジネスにはどんな共通点があるのだろうか。2013年5月に米国オーランドで開催された「SAPPHIRE NOW 2013」の会場で、SAPでHANAマーケティング部門のバイスプレジデントを務めるケン・ツァイ(Ken Tsai)氏に、SAPとAWSのパートナーシップについて伺う機会を得たので、これを紹介したい。
SAPとAWSがうまくいっている理由は?
――今回のSAPPHIRE NOW 2013では事前に発表された「SAP HANA Enterprise Cloud」などクラウド関連のリリースが目立った感がありますが、個人的には昨年来のAWSとのパートナーシップ強化戦略を非常に興味深く思っています。
おっしゃるとおり、AWSとのパートナーシップはここ1年で強くなったのは確かです。われわれがAWSと協力して企業やデベロッパーに提供するサービスはいくつもありますが、中でも昨年10月から提供を開始しているAWS上でのHANAデプロイメント環境「SAP HANA One」はスタートアップやSMBを中心に大きくユーザー数を伸ばしています。
一方で、昨年12月にSAPがAWS上でのSAP Business Suiteの本番環境における実装を認定して以来、AWS上にSAP ERPやSAP CRMを移行したというケースも徐々に増えてきました。いずれも両社の関係が強化されていることを抜きには実現しなかったでしょう。
――SAPに対してERPベンダ、あるいはエンタープライズ向けのソフトウェアベンダという印象を抱く層は少なくありません。オンプレミスの象徴的存在で、どちらかといえばクラシックなイメージが強い。一方でAWSは、既存のITビジネスにクラウドという破壊的イノベーションを持ち込んだ先駆者です。最初のユーザー層がスタートアップやSMBが中心だったこともあり、非常にアクティブでアジャイルそしてフレッシュな印象を覚えます。オンプレミスの代表的企業とクラウドの先駆者、一見正反対に見える両社のパートナーシップがこれほどうまくいっている理由はどこにあるのでしょうか。
確かにSAPに対してそういう古い見方をする向きもあるでしょう。ですが覚えておいてほしいのは、SAPはHANAのリリースで大きく変わったという事実です。HANAはいまや単なるインメモリデータベースという範囲を超え、SAPの全製品を支える最も重要なプラットフォームへと成長しています。
われわれはもはや、エンタープライズ企業に向けてERPを提供するだけのソフトウェアベンダではありません。そういった意味でHANAはSAPのすべてを変えました。そしていまもSAPはHANAによって進化のただ中にあります。
一方でAWSもまた、昨年からエンタープライズ市場への本格的な参入を始めました。スタートアップやSMBにユーザーが多いのはAWSの特徴ですが、現在は世界的な大企業や公的機関が積極的にAWSを利用しています。その中には金融や通信といったミッションクリティカルなアプリケーションを数多く稼働させている業界も含まれています。こうした企業がクラウド上でセキュアにビジネスを展開するためには、AWS自身が進化していく必要がありました。
つまりSAPとAWSはともにダイナミックな変化の最中にあり、目指しているゴールが近い。ともに成長していくという意思がお互いに明確だからこそ、良いパートナーシップを築けているのです。
ビジネスアプリケーションのクラウド移行時のポイント
――先ほどSAP ERPのAWS本番稼働事例が増えてきているというお話がありましたが、ERPやCRMのクラウド移行を成功させるポイントがあれば教えてください。
クラウドマイグレーションにおいては2つの重要なポイントがあると思っています。ひとつはアプリケーションそのものを安全に移行するということ、もうひとつはメンテナンスおよびオペレーションの改善です。
ERPとは、基本的にミッションクリティカルなアプリケーションを走らせているものであり、移行に関してはパートナー企業など専門家による支援は不可欠です。リスクを可能な限り抑えつつ、クラウドならではのメンテナンスコストの低減やオペレーションパフォーマンスの向上も同時に実現しなければならない。
だからこそ今回、われわれはVPCのマネージドサービスであるSAP HANA Enterprise Cloudを発表しました。これで顧客のクラウド移行における選択肢は一段と広がったといえます。
――AWSのようなパブリッククラウドはやはりミッションクリティカルには向かないと?
そういう意味ではありません。ただ、ERPのようなミッションクリティカルな環境をクラウドに移行するには、いくつかのステップを踏んだほうがいい場合も多いのです。特に大企業の場合、急激に全資産のパブリッククラウドへの移行を図るよりも、VPCのようなマネージドサービスを利用したほうが移行およびその後の運用がスムーズに運ぶといえます。
もちろん、ユーザー企業のクラウドに対する理解が深く、優れた技術をもつパートナーの支援があれば、AWS上にSAPアプリケーションの本番稼働環境を構築することも現実的ですし、実際にそういう事例も数多く報告されています。
SAP HANA Oneのプレミアエディションの位置付けは?
――AWSをベースにしたサービスの代表であるSAP HANA Oneについてもお聞かせください。こちらはスタートアップ向けのクラウドサービスと認識していますが、今回、ビシャル・シッカ(Vishal Sikka)CTOがキーノートで発表した新製品に、SAP HANA Oneのプレミアエディションが含まれていました。従来のエディションとの違いを教えていただけるでしょうか。
おっしゃるとおり、SAP HANA OneのメインターゲットはスタートアップやSMB、または大企業の一部門などです。いわゆる“Pay-As-You-Go”モデルで、1時間あたり2ドル55セントでHANAを利用することができるため、サービスをリリースしてから約半年で導入企業は600社を超えました。これはSAPのクラウドビジネスの中でも突出した成長をしているサービスだといえます。
今回ビシャルが発表したSAP HANA One Premiumは、基本的にSAP HANA Oneと一緒ですが、クラウド/オンプレミスを問わずにSAP Business SuiteやSAP NetWeaver Business Warehouseのデータをロードすることが可能です。またライセンスモデルが年間サブスクリプション(1500ユーロ)で、サポートを24×7で受けられる点も通常のエディションと異なります。
――AWS上でHANAを利用できるデベロッパー向けのサービスもありましたよね?
開発者用インスタンスの無償提供のことですね。もちろんいまもあります。デベロッパーはHANAのライセンス料を払う必要はなく、コストがかかるのはAWSの使用料だけです。すぐにHANAを学ぶことができる最良の環境だといえます。
ただしデベロッパーエディションで開発したアプリケーションは、商用化することはできないという制約があります。商用開発をするならHANA Oneに移行してもらう必要があります。
――無償からエンタープライズまで、幅広いラインアップをそろえるのもエコシステム拡大の一環だと。
クラウドサービスはエコシステムの拡大なくして発展しません。AWSとのパートナーシップを強化し、ラインアップを増やしているものエコシステム拡大の一環です。別の記者から「HANA Enterprise CloudはAWSと対立するのでは」という質問を受けましたが、それはまったく違います。AWSは競合ではなくパートナーであり、HANA Enterprise CloudもHANA Oneも対立するのではなく互いに補完しあうポートフォリオ構成となっています。
AWSの圧倒的な優位点はAmazon.comのエクスペリエンスを生かせること
――あなたはAWSとのコラボレーションにも数多くかかわっていると伺っていますが、AWSがほかのクラウドベンダに比べて優れているところはどんなところだと思いますか。
確かに私はAWSアドマイヤー(信奉者)ですが(笑)、ほかのクラウドベンダを排除しているわけではありません。先ほどのHANAの開発者向け無償エディションについてもAWS以外のプラットフォームでも提供しています。
ただAWSの圧倒的な優位点として挙げられるのは、世界最大級のリテール(Amazon.com)のエクスペリエンスを生かせるということです。これはほかのクラウドベンダには絶対にまねできない強みです。
また、膨大なリソースパワーを武器にしたコストに対する徹底的なこだわりもほかを寄せつけないでしょう。私の個人的意見ですが、クラウドでAWSとまともに張り合っていけるだけのパワーがあるのはMicrosoftとGoogleの2社くらいでしょうか。そのほかのベンダは自社にしかできないユニークなサービスを打ち出していくなど、独自の道を探していくほうが懸命だと思います。
筆者は昨年11月、AWSの年次イベント「re:Invent」を取材する機会を得たが、アンディ・ジャシーSVPなどAWSのエグゼクティブが、そろってSAPとのパートナーシップを強調していたことを覚えている。エンタープライズに本格参入を始めたAWSにとって、世界中の大企業から信頼されるビジネスソフトウェアベンダのSAPとの協力関係は大きなポイントとなったはずだ。
一方のSAPもまた、今回のSAPPHIRE NOWにおいてビル・マクダーモット共同CEOが宣言したように、B2B2C企業への路線変更を明確にしている。エンタープライズ一辺倒からコンシューマに寄り添った世界へとシフトしようとしているいま、クラウドで飛ぶ鳥を落とす勢いのAWSと組むことは、SAPにこれまでにない新鮮なイメージをもたらしつつあることは間違いない。
企業としての出発点は違えど、目指す方向性――クラウドに企業のIT環境を移行するというゴールを共有し、ともに大胆なイメージチェンジを図ろうとしているSAPとAWS。両社のパートナーシップはHANAを中心に今後もますます強化されていきそうだ。