Itaniumをめぐる不安と期待


 11月9日に、Intelが最新のItaniumとなるItanium 9500シリーズ(開発コード名:Poulson)を発表しているが、これを受けて日本HPも、11月26日にIA64サーバー「HP Integrity」ファミリの新製品を発表し、実際にItanium 9500シリーズが利用可能な状況になった。

 そこで今回は、Itaniumプロセッサを取り巻く環境に関して分析していきたい。

 

Itaniumの誕生

 Intelは当初は、米HPと共同で開発したItaniumプロセッサの64ビットアーキテクチャIA64を、次世代の64ビットアーキテクチャとして普及させ、サーバーからデスクトップまでをカバーする製品にしようと考えていた。

 IA64が計画されたのは1990年代前半で、当時はCISC vs RISCという論議が巻き起こっていた。Intelが当時提供していた32ビットアーキテクチャのx86プロセッサは、さまざまな技術的問題でパフォーマンスが伸びていかないことが想定されていた。

 このため、当時メインフレームなどで優勢だったRISC陣営のプロセッサ(SPARC、MIPS、PA-RISC、POWER)がデスクトップ市場でも普及するのではと言われ始めた。そこでIntelは、PA-RISCというプロセッサを開発していたHPと共同開発を行い、2001年にItaniumプロセッサを誕生させた(90年代のx86プロセッサでは、1993年にPentiumが、1995年にPentium Proが、1997年にPentium IIが、1999年にPentium IIIがそれぞれリリースされている)。

 Itaniumプロセッサは、PA-RISCが持つVLIW(Very Long Instruction Word)を改良したEPIC(Explicitly Parallel Instruction Computing)アーキテクチャを採用している。VLIWとEPICアーキテクチャの特徴は、ロード、ストア、演算、分岐といった基本的な命令セットを複数個組み合わせて、必ず128ビットの固定長の命令で実行するというものだった。

 大ざっぱに言えば、プロセッサの構造をシンプルにすることで、プロセッサのクロックを上げることが可能になっている。逆に言えば、コンパイラレベルでプログラムのパラレリズムを厳密に行い、プロセッサ上では高速に実行しようという発想だ。

 当初、IA64アーキテクチャは期待を持って迎えられた。IA64アーキテクチャが既存のIA32アーキテクチャと互換がないため、Intelも資金(ファンド)を用意して、多くのソフトウェアベンダーに対して、IA32からIA64への移植をサポートしていた(Itaniumでは、IA32を動かすエミュレーションも用意されていた)。

 

苦難続きのItanium

上が第2世代のItanium 2(開発コード名:Madison)、下がItanium 9000番台/9100番台(開発コード名:Montecito/Montvale)
Itanium 9300番台(開発コード名:Tukwila)のウェハ

 Itaniumとして最初にリリースされたのはMerced(開発コード名)だったが、当初予定してた1999年から2年ほどスケジュールが遅れ、結局2001年にリリースされた。また、初期のItaniumは、他社のRISCプロセッサを越える性能を示すことはできなかった。

 一方でItaniumのスケジュールが遅れを尻目に、IA32アーキテクチャのPentiumチームは急速にパフォーマンスを向上させ、Itaniumと同じタイミングでサーバー向けのXeonプロセッサを発表した。

 当時のItaniumとXeonの性能を単純に比較はできないが、主流だったIA32ベースのプログラムを動かすには、Itaniumはあまりにも低い性能だった(IA32のプログラムは、エミュレーションで動かしていたため)。ただ当時は、Xeonプロセッサは32ビットアーキテクチャ、Itaniumは64ビットアーキテクチャという線引きがあった。

 Intelでは、Itaniumにつまずきを挽回(ばんかい)するように、2002年にはアーキテクチャを大幅に改良したItanium 2(開発コード名:Mckinley)をリリースし、2003年には第2世代のItanium 2(開発コード名:Madison)をリリースした。しかし、Itaniumがデスクトップ市場にまで広がることはなく、サーバーにおいてもUNIX向けサーバーや一部のメインフレームなど、ハイエンド市場で利用されていた。

 Itaniumの行く末を決定したのは、2004年にHPがItaniumプロセッサの設計から撤退したことだ。IntelとHPの契約では、両社でItaniumをベースとしたプロセッサを製造、販売(HPは自社のサーバーに使用)していくというものだった。

 HPは、自社でItaniumプロセッサを製造することはやめたが、逆にIntelのItaniumを採用したIntegrityサーバーのシェアを広げていくことに専念するようになった(HPでItaniumの開発を行っていた社員は、Intelに移籍した)。

 もう一つ重要なターニングポイントになったのが、32ビットアーキテクチャベースだったXeonが、2004年にIntel 64(当初はEM64Tという名称)という64ビットアーキテクチャを採用し、64ビットアーキテクチャに変わったことだ。

 Intel 64では、IA32をそのまま64ビットに拡張したため、32ビットアプリケーションと64ビットアプリケーションを混在して動かすことが可能になった。これにより、Xeonプロセッサがサーバーのメインストリームになっていく。

 2004年以降もItaniumの新製品はリリースされている。2006年にはItanium2 9000番台(開発コード名:Montecito)をリリース(その後、Itanium 9000番台と改称)。2007年にはItanium 9100番台(開発コード名:Montvale)、2010年にはItanium 9300番台(開発コード名:Tukwila)をリリースしている。Itanium 9000番台からはデュアルコア化が図られ、またItanium 9300番台でクアッドコア化が図られた。

 HPがItaniumの設計から手を引き、IntelがItaniumの設計・製造を一手に引き受けることで、一時は、多くのメインフレームベンダーがItaniumを採用するのではとも考えられた。しかし、サーバー市場の状況が大きく変化し、安くて、性能の高いIAサーバーを数多く利用するようになり、多くのサーバーベンダーがItaniumを採用しなくなった(ハイエンドのメインフレームサーバーを必要としなくなった)。また、Xeonプロセッサの性能が飛躍的にアップしていったということも大きな原因だ(Xeonもさまざまな限界があったが、マルチコア化など、その都度限界を打ち破ってきた)。

 Itaniumプロセッサがうまくいかなかった理由としては、開発に手間取り、スケジュールよりも数年たってリリースした時には、他のプロセッサ(例えば、他社のRISCプロセッサ、IntelのXeon)と比べると、ずばぬけた性能を示せなかったことだろう。また、新しいプロセッサをリリースする時に、何度もリリースを延期して、なかなか製品が出てこなかったことも大きな原因だろう。


Intelでは、Xeon系はデスクトップと同じくチック・タック戦略をとっているが、Itaniumではタック戦略となる。このため、製造プロセスの微細化とアーキテクチャの更新が同時に来る。ただ、タック戦略では新製品が登場する期間が2~3年ほどかかるItaniumとXeonは、サーバー向けのプロセッサとして、パフォーマンス、省電力、高信頼性を実現する

 

ユーザーを不安に陥れたOracleの発表

 Itaniumプロセッサのマーケットが先細るのを見て、米Microsoftは2005年に、クライアントOSであるWindows XP ProfessionalのItanium版(Windows XP 64-Bit Edition Version 2003)の販売を終了し、Windows Vista以降ではItanium版を提供しなかった。

 さらに2010年には、Itanium版のWindows Server OSのサポートを停止したことで、Windows Server 2008 R2以降はx64版しかリリースされなくなった。また米Red HatもRed Hat Enterprise Linux(RHEL) 6でItanium版のサポートを中止した。

 このため、OSとしてItaniumをサポートしているのは、HPが開発しているHP-UXとHP NonStop、ユニシス、NEC ACOS、Linux(SGI)などだけになった(これら以外にも製品は存在しているが、HPからハードウェアとOSを提供してもらい、OEMで自社サーバーとして販売しているものが多い)。

 Itaniumの行く末を大混乱にしたのが、Oracleが2011年3月に、自社ソフトウェア(特にデータベース)のItanium版の開発をすべて中止すると発表したことだ。HPでは、即座にHP-UXの開発継続と強化を発表するとともに、Oracleに対して懸念を表明した。

 Itaniumサーバーを利用していたユーザーの多くが、データベースを中心にして利用していた。すべてのユーザーがOracleのデータベースを使用していたわけではないが、Itaniumの先行きに大きな不安が生じたわけだ。

 OracleがItanium版の開発を中止すると発表した理由としては、「Intelの経営層はx86に焦点をあてており、Itaniumは、その一生の終わりに近づいてきた」ということだった。ただ、Oracleは2009年にSunを買収し、ハードウェアからOS、データベースなどを垂直モデルで提供する企業になり、HPとライバル関係になり始めていた。これ以外にも、HPの前CEO(最高経営責任者)のマーク・ハード氏がOracleに入社するなど、さまざまな部分で関係が悪化していた。

 結局、OracleのItanium版ソフトウェアの開発中止という事柄は、HPと裁判になった。2012年8月に裁判所で契約違反(2010年にHP-UX向けのソフトウェアを提供するという契約)となり、Oracleが敗訴した。上告の可能性もあったが、2012年9月にOracleは、Itanium版ソフトウェアの開発継続を公表し、この騒動に終止符を打った。

 ただ、この混乱を受け、ユーザーがItaniumの先行きを大いに不安視する結果となった。


HPでは、HP-UXのサポート期間を継続的に延長している。2007年にリリースされたHP-UXのサポート期間は2022年までサポートされる。次世代プロセッサの発表に合わせて、さらに長期のサポート期間が設定されるため、HP-UXのサポートが切れることはないItaniumを搭載しているHP Superdome 2サーバーは、銀行や証券会社、クレジットカード会社などの金融関係、携帯キャリアなどメインフレームを利用していた企業で採用されている
今後UNIXサーバーは、スクラップ&ビルド型から、持続的に新技術を採用していく方向に変わってくるHPでは、インドのバンガロールにHP-UXの開発拠点を作り、継続的な投資を行っている。もちろん、Itaniumプロセッサを開発しているIntelとも、密接な協力を行っている

 

Itanium 9500シリーズの機能は?

Itanium 9500シリーズのシリコン

 Itanium 9500シリーズは、32nmプロセスで製造されている。最新CPUである第3世代のCore iシリーズ(Ivy Bridge)は22nmプロセスで製造されているが、今年発売されたXeonプロセッサ(Sandy Bridge世代)も35nmプロセスだ。サーバー向けのプロセッサでは、最先端の製造プロセスを使用せずに、安定した1世代前のプロセスを使うことでトラブルを少なくしているようだ。

 Itanium 9500シリーズは、8コア/16スレッドを実現している。キャッシュメモリは、L1キャッシュがコアあたり32KB(命令用に16KB、データ用に16KB)、L2キャッシュメモリが768KB(命令用に512KB、データ用に256KB)、L3キャッシュはプロセッサ全体で最大32MBとなっている(プロセッサあたり最大54MB)。

 メインメモリは、ソケットあたり512GB(低電圧DIMM)、4ソケットで最大2TB。クロックは最大2.53GHzでの動作となっている。

 Itanium 9300番台(Tukwila)からは、Core iプロセッサ(Nehalem世代)で採用されたチップ間接続インターフェイスのQPI(QuickPath Interconnect:6.4GT/s)が採用されている。メモリインターフェイスもXeon E7で採用されているSMI(Scalable Memory Interface)が利用されている。

 さらに、Hyper Thread(HT)、Intel ターボブーストテクノロジー、仮想化を支援するVT-x、仮想環境においてIOを直接仮想マシンに接続できるVT-dなど、Core iアーキテクチャで採用されているテクノロジーがItaniumに取り込まれている。

 また、VT-i(Virtualization Technology for Itanium Architecture)が追加されている。VT-iは、ハードウェアレベルでリソースを仮想マシンに割り当てる。これにより、ハードウェアレベルでのパーティショニングが行える。

 このように、Itanium 9300から徐々にXeonとの共通化が図られ、Itanium 9500にもXeonの機能が取り込まれている。


Itanium 9500シリーズでは、Xeon E7シリーズが持つさまざまな機能が取り込まれている。逆に、Itaniumの耐障害性機能がXeonにフィードバックされている新しい命令セットを採用し、CPUコアも増やし、32nmプロセスにより高い動作クロックを実現したItanium 9300番台と比べて、2.4倍のパフォーマンスを実現
さまざまなレベルでパラレリズムを追求したため、パフォーマンスが向上しているItanium 9500シリーズでは、トラブル時に命令レベルで再実行する機能(Instruction Replay Technology)などにより、高い信頼性と耐障害性を実現している

 

Kitsonではソケット互換に

 Intelは、ユーザーの不安感を取り除くために、定期的に将来のロードマップを公開しているが、次世代のItaniumとなるKitson(開発コード名)の概要に関してもすでに発表されている。

 Kitsonでは、Xeonと融合がさらに進みソケット互換になるが、Xeonの最上位バージョンとなる次世代のE7シリーズとの対応になるだろう。これにより、Xeon用に設計されたマザーボードがそのままKitsonで利用可能になる。

 またItaniumのCPUコア部分をモジュール化して、XeonのCPUコアモジュールと入れ替えて設計できるようにしている。アンコア部分は、Xeonでも、Kitsonでも同じモジュールが利用される。


Kitsonでは、EPICのCPUコアをモジュール化して、XeonのCPUコアと互換性のあるモノにするCPU設計としては、モジュール化により、容易にXeonとItaniumの設計が行えるようになる
Xeonで使われるチップセットなどのプラットフォームがItaniumでもそのまま利用できる。専用に開発するのに比べると、コスト的にも安くなるItaniumとXeonのロードマップ。Kitsonは、2014~2015年にリリースされるだろう。2013年にはIvy BridgeベースのXeon E7プロセッサがリリースされる

 Kitsonは、メインストリームのサーバープロセッサXeonのインフラをそのまま利用できる。ある意味、Kitsonは、CPUコアの異なるXeonのバリエーションプロセッサといえるだろう。

 HPでは、世界で最も先進的な半導体工場を持つIntelのインフラをItaniumで利用できるのは大きなメリットだ、と語っていた。もし、HPがItaniumの設計、製造を引き取ったとしても、1世代ごとに多額の投資が必要な製造プロセスの開発はあまりにもコストがかかりすぎる(Intelが22nm製造プロセスに向けて投資した金額は、60~80億ドルといわれている。プロセスが微細化するにつれて、さらなる投資が必要になる)

 HPがファブレスとしてItaniumを設計して、半導体製造専業のファウンドリーに製造を依頼しても、うまくいくとは限らない。

 特に、サーバープロセッサで利用される高いパフォーマンスを持つトランジスタは、既存のファウンドリーにとってはあまり得意とはいえない。やはり、デスクトップ向けやサーバー向けに製造プロセスをチューニングしているIntelのファブが利用できるのは、大きなメリットといえるだろう。

 実際、最高性能のItanium 9560(2.53GHz)が1プロセッサあたり37万1780円(1000個受注時)という価格付けになっている。もし、HPがItaniumの製造まで行ったとすれば、これほど安くは提供できないだろう。このあたりは、世界最大で最先端のファブを持つIntelのメリットだ。

 Intelでは、Kitson以降のItaniumプロセッサの開発も進めているようで、こういったことを考えれば、Itanium自体が当面なくなることはないだろう。HPもHP-UXの開発を継続していいること考えれば、ユーザーのリクエストがなくならない限り、Itaniumサーバーもなくならないのではないか。

 ただ、あくまでもハイエンドサーバーという位置づけで、台数が売れるメインストリームのサーバーになることは今後もないだろう。

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