NECの経営戦略説明会で感じたネットワークカンパニーへの大転換



 「なんだか別の会社になっちゃったみたいだね」―5月29日にNECが開催した、矢野薫社長による経営戦略説明会の終了後。同会見に出席したベテランIT記者の間からはこんな声が漏れていた。

 彼らが、なぜそんな感想を持ったのか。

 それを象徴する言葉が、矢野社長がNGN(次世代ネットワーク)の説明の際に語った、このひとことだった。

 「NGNとは、ネットワークのなかにITが深く入り込んだ、新しい情報通信のインフラである」―。


主役はネットワーク?

経営戦略説明会終了後、記者に囲まれる矢野社長

 ここ数年、NECにおける事業の主役はソリューションだった。

 西垣浩司氏、金杉明信氏と2代続けて、ソリューション畑から社長が就任したことや、経営方針のすべてがソリューションを軸に展開されていたことからもそれは明らかだ。

 西垣氏、金杉氏が掲げた、ITとネットワークの融合戦略も、その言葉の最初に「ネットワーク」よりも「IT」が来ていたこと、そして、融合といいながらも、そのメッセージの伝わり方は、ITのなかにネットワークを組み込んでいくという形であったことも、ソリューションを軸とした事業展開であったことを窺わせる。

 だが、今回の経営戦略説明会で、矢野社長は、ネットワークを主語に置き換えた。そして、ネットワークを主語としたNGNこそが、NECの戦略事業であることを宣言したのである。

 IT企業からネットワークの企業へ。ベテランIT記者たちが、この大転換を敏感に感じ取らないわけはなかった。


NECへの愛着がにじみ出る

 矢野社長は、金子尚志氏以来の伝送畑出身の社長である。

 もともとNECの社長人事は、東大卒、伝送畑出身というのが王道とされていただけに、3代ぶりにその王道パターンへと戻ったともいえる。

 旧電電グループの1社であったNECは、伝送事業こそがNECの100年間にわたるDNAを受け継いできた事業ともいえる。

 「矢野社長の発言を聞いていると、NECに対する愛を感じる。その雰囲気は、関本忠弘氏に通じるものがある」

 別のベテラン記者は、こう表現した。

 技術を知り、海外経験を積み、経営に関わってきた矢野氏は、NECの強みと弱みを熟知している。とくに、ネットワーク事業において、NECが世の中に与えてきた影響は誰よりも強く認識しているに違いない。

 ソリューション畑出身の社長よりも、「NEC」に対する愛着が強いことを何人かの記者は感じとったようだ。これも伝送畑出身社長であるからこそ感じる雰囲気なのだろうか。


ネットワークとソリューションとの融合は?

矢野社長(左)と米MicrosoftのバルマーCEO(右)

 NECは、今回の経営戦略説明会において、NGN時代に向けた事業戦略を重点に掲げ、ネットワークを軸とした経営方針を発表した。

 詳細は、会見当日の記事を見ていただくのがいいが、矢野社長が掲げたのは、1)成長に向けた施策の実行強化、2)懸念事業ターンアラウンドの着実な推進、そして、3)営業利益1300億円の達成―の3点である。

 成長に向けた施策の実行強化として、NGNに対する投資を集中させるとともに、NGN領域における先行商談の受注拡大、来年度以降に向けた体制強化、NGNに関する開発の加速などを掲げている。

 ここでは、キャリアでの先行実績をもとに、これらを企業へと展開していくシナリオが描かれている。

 もちろん、これらの事業推進においては、ソリューションを抜きには語れない。ソリューションがなければ、このNGN戦略の推進においてNECの強みが発揮できないからだ。

 矢野社長も、「NECの強みは、ITとネットワークの両方を持っているところ。ここが、シスコシステムズとは大きく異なる点だ。また、マイクロソフトとの強固な協業関係もNECとって重要な要素。これらの強みを生かしていく」と語る。

 実際、キャリア事業のグローバル化といったNGNによる新たな事業拡大策と同時に、SI事業強化、サービス事業の強化というソリューション事業との連携の重要性を、矢野社長は訴えた。

 だが、こうした経営方針説明の骨子を聞く限り、やはり、ソリューション事業は、主語ではなくなったのではないか、との印象は拭えない。

 もしかしたら、筆者自身が、ITソリューション領域を中心に取材をしてきたからこそ感じるものなのかもしれないが。


PC事業にはまったく触れず

 実は、今回の会見では、PC事業に関してはまったく触れられなかった。

 金杉前社長の時代にも、あまり積極的にPC事業の取り組みに触れていたわけではないが、それでもプレゼンテーション資料のなかには「PC」の文字ぐらいはあった。

 だが、矢野社長の今回の会見では、資料にさえ「PC」の文字は一切なく、PC事業に関するコメントもまったくなかった。

 PC事業は、2006年度も赤字見通しであり、いわば建て直しが急務の事業。極端な言い方をすれば、半導体事業、モバイルターミナル(携帯電話端末)事業が懸念事業として、その改善策が提示されたのに対して、PC事業はその懸念事業のなかにも含まれなかったといえる。

 NECの経営戦略説明会で、社長がPC事業に対して、なんら触れなかったのは初めてのことだ。PC事業を担当するNECパーソナルプロダクツは、同社グループ企業のなかでも、NECエレクトロニクスに次ぐ売り上げ規模を誇る企業。グループ戦略の強化を掲げる矢野社長がまったく言及しなかったことは不思議でもある。

 言い換えれば、PC事業の位置づけが大きく変化していることを感じざるを得ないといえよう。


攻めの経営を標榜

 矢野社長は、NECの現状をこう語る。

 「NECは、これまでは構造改革を集中的にやるフェーズにあったが、これは一段落したと考えている。では、次の課題はなにか。分散していたNECグループの力を出せるようにしていく。ここに重点を置きたい。成長に向けて攻めに転じる時期が訪れた」

 NECは、NECグループの主要子会社を相次ぎ完全子会社化しており、グループ企業の結束力を、より発揮しやすい体制へと移行させようとしている。

 このグループ力の強みをどんな形で発揮するのか。NGNを軸とした事業戦略とともに見逃すことができない。

 ネットワークの企業へと、再び生まれ変わったNECは、これまでとは異なる事業アプローチを開始することになるのだろうか。

 富士通とのスタンスの違いが明確に出てきたといえそうだ。

関連情報
(大河原 克行)
2006/5/31 16:22