「社名変更は、日本に中長期的に根づくというメッセージ」
マイクロソフト・樋口泰行社長

クラウド Watch新装刊記念・特別インタビュー


 マイクロソフトの2011年度(2010年7月~2011年6月)がスタートした。2011年2月には、創業25周年を迎える節目を迎えるとともに、同じく2月には本社を東京・品川に移転。社名も日本マイクロソフトに変更する。

 その2011年度の方針として、マイクロソフトの樋口泰行社長は、「クラウドに賭ける1年になる」と宣言する。日本法人の社員の90%がクラウドに関与することになるとする一方、パートナー戦略も加速。現在、350社のクラウド認定パートナーは、年度内に1000社にまで拡大する考えだ。

 マイクロソフトの2011年度の事業戦略、そして、クラウド事業への取り組みを樋口社長に聞いた。

自己採点は80点、「やればできる」を社内に浸透させたことが最大の成果

マイクロソフトの樋口泰行社長
2009年度は組織の壁を破壊し、2010年度は売上予算の必達に注力した

――2010年6月に終了した2010年度の実績はどのように自己評価していますか。

樋口社長:自己採点すると、(しばらく考え込みながら)うーん、80点といったところでしょうか。数値という点では、結果はいいものになっている。予算達成率はマイクロソフトの全世界の拠点のなかでももズバ抜けていいものになっています。

 また、クラウド事業の入り口の1年という点でも、いい勢いが作れたと判断している。再び成長軌道に基づいた事業戦略を描くことができる体制が整ったといえます。

 ただ、20点の減点としたのは、私自身、もう少しお客さまの元に出向いて営業支援を行い、営業に力を注ぐことができたのではないかと感じているからです。これまでは、営業部門から一緒に行ってほしいというリクエストを中心に動いていましたが、もっとプロアクティブに動くことができた。そこが反省点です。

――2010年度の予算達成率は大きな成果といえますが、あえて最大の成果をあげるとすればなんですか。

 「やればできる」ということが社内の文化として浸透しはじめたことではないでしょうか。とにかく、2010年度は、売上予算の必達を徹底した。その意識が社内に浸透し、実際に数字を持っている最前線の営業チームだけでなく、関連する社員を含めて、チーム全体が一丸となって戦った。最後の最後の1案件まで、執念を持って取り組んできた。これが高い実績に結びつき、社員の自信につながったといえます。

 会社としての基本動作が備わり、チームワークを発揮して動くというスピリットも定着したのが2010年度の成果だといえます。

――樋口社長は2008年の社長就任以来、顔が見えるマイクロソフトへの進化、あるいは壁を壊したワンマイクロソフトの確立といったことを掲げてきました。これが達成されつつあると。

 2009年度は組織の壁を破壊し、組織改革を断行するという創造に取り組んだ。そして、2010年度は基本動作の徹底と組織改革の定着に取り組みました。基盤を作るとか、壁を無くすということでは、まだまだ不満なところもありますが、それでもほぼ思うような方向にはなってきました。基盤が脆弱だと、その上に戦略を乗せても、うまくいかないというのが私の持論です。

 先日のサッカーワールドカップ南アフリカ大会での日本代表の試合もそうでしたが、スポーツはチームワークが出来上がったその上に、戦略を乗せて初めて機能する。それと同じで、企業も、基盤や文化をしっかりと作り上げた上で、そこに戦略を乗せる必要がある。特に日本の市場ではそうした基盤が重要になり、単に米国本社が立案した戦略を実行するだけでは受け入れられない。

 ただ、基盤とか、文化といったものは、米国本社からはなかなか見えにくい。そして理解されにくい部分でもある。この2年間は、理解されないことに時間を費やしてきたという苦しさはありました。

 ようやく基盤が整い始め、その上に具体的な戦略を乗せる環境ができたといえる。目の前の売り上げも大切ですが、私は、日本の市場でマイクロソフトが信頼される企業になるためには、中長期的な視点で正しいことができなくてはいけないと考えています。これからのマイクロソフトにはそれが必要なのです。

――マイクロソフトの基盤ができ始めたというのは、外から見てもわかるものですか。

 ひとつの方向性に向かって、社員が一丸となっていることは外からみても感じていただけるのではないでしょうか。例えば、どの社員と話しても同じトーンで、同じ方向性で話ができる。

 実は、ある人材紹介の会社の人から、マイクロソフトには安心して人を紹介できるという話を聞きました。会社によっては、面接にきている人に対して、自分の会社の愚痴を言うとか、あの人が言っていることは本当は違うんだというように、最悪ともいえる状況にすらあるといいます。

 ですが、マイクロソフトの社員は、多くの社員がいい会社だと自信をもって話をし、しかも方向性については同じトーンで話をする。その話を聞いて、私は大変自信を持ちました。また、社員の自覚が、お客さまのため、パートナーのためを第一義とするようになったきたという自負もある。それを実現するための製品品質であり、サポート体制、営業体制を強化していることを感じてもらえるのではないでしょうか。

 ただ、これには完成というのがない。常に努力をしていかなくてはなりません。

クラウドビジネスの入り口で勢いを作れた

クラウドビジネスでも成果を残せたという

――2010年度は、クラウドビジネスに関しては、勢いを作ることができたという発言がありましたが、これはどういう点でしょうか。

 あくまでも、クラウドの入り口という点での自己評価です。クラウドに対するユーザーの関心はとにかく高い。すでに発表しているリクルートへのBPOSの導入実績では、2割のコストダウンを可能としていますが、実際には3~4割ものコストダウンができているという報告を聞いています。

 こうした事例からも明らかなように、コスト削減という観点からも経営者の関心が高く、情報システム部門にもクラウドを検討するように指示が出ている。こうした追い風は大きい。そこにおいて、Exchangeを使っていたユーザーがExchange Onlineを活用するという例が増えているほか、競合製品を使っていたユーザーが当社のクラウド製品に移行するという動きも出ている。

 また、もうひとつの潮流として、日本企業のグローバル化が叫ばれるなかで、IT基盤もグローバルで通用する共通なものを求める傾向が高まっている点も見逃せません。海外では、Exchangeがかなり普及していますから、海外に進出する企業が、それにあわせてExchange Onlineを導入するという例も出ている。これも競合からの乗り換えにつながっています。

 こうしたクラウドを取り巻く環境の広がりにあわせて、一緒にクラウドビジネスを展開することができるパートナーとの協業が増加している。すでに350社がクラウド認定パートナーとして、アクティブに活動している。また、大規模なクラウド導入も促進されている。さらにAzureに対するISVやパートナー、エンドユーザーへの関心も、われわれが思っていた以上に高い。実は、2010年度のクラウド事業の実績は、目標としていたユーザー獲得数の2.5倍に達しています。この点では合格点をつけられますね。

 当初、計画を立てた時には、「本当にいけるのか」というほどのチャレンジングな目標数値に見えましたが、それをはるかに上回るものになっている。いまの時点では、BPOSがクラウド事業拡大の原動力となっていますが、2011年度は、さらに大規模な導入案件を獲得したい。それによって、これまで以上にクラウド事業を加速したいと考えています。

――350社のクラウド認定パートナーは、どんなパートナーで構成されていますか。

 これまでマイクロソフトの製品を扱った経験がないパートナーがかなりの比率を占めます。パートナーと話をした結果、自然とこうなったという言い方もでき、しかも、これは世界的にも同じ傾向が出ています。

 こうした新たなものが登場するときにはありがちなことですが、現在、利益の柱になっているものがあると、それと食い合う可能性があるものに対しては、思い切りアクセルが踏めないという課題がある。マイクロソフトのオンプレミス製品でビジネスをしてきたリセラーは、目の前の利益が減ることをまず考えてしまう。

 一方で、失うものがないリセラーは、全速力でクラウドに取り組むことができる。まずは、こうした環境にあるリセラーが動いた。それが、これまでマイクロソフトのオンプレミス製品を取り扱ったことがないパートナーの構成比が高いという理由です。

 だが、マイクロソフトにとってのトラディショナルなパートナーも、クラウドビジネスに高い関心を寄せています。これらのパートナーに対しても、お客さまの選択肢として、どちらにも対応できることが求められるようになっており、自然とビジネスモデルの転換を促す環境になってきた。そうした動きが、パートナーの拡大につながっています。

2011年度のクラウドへの取り組み

――2011年度におけるマイクロソフトのクラウド・コンピューティング事業への取り組みポイントはなんですか。

 マイクロソフト日本法人社内にも、100人規模でクラウドの専任者を配置しますし、クラウド認定パートナーも、年度内には1000社にまで拡大する計画です。パートナーの数は増やすだけでなく、しっかりと支援体制も構築する。

 まずは、本当の意味で、クラウドビジネスを立ち上げることが優先課題です。そして、大規模なクラウド導入の実績も出てくるでしょう。2011年度は、日本の大手のお客さまに対して、きっちりと日本品質を保証しながら、責任をもって立ち上げを行う。きっちり対応したことで、初めて基盤ができたといえる。

 1年目の基盤はできたといえるが、2年目としてのクラウド事業の基盤づくりはまだまだこれからです。

 まだまだ試行錯誤の部分も多いですね。パートナー網を拡大し、中堅・中小企業向けにアプローチしていく手法や、ミドルマーケット向けのテレセールスを組み合わせた提案というように、それぞれが持つ営業の「エンジン」を、いかにクラウドビジネスに活用するか。さらにNECとの協業のように、プレインストール型のクラウドビジネスをどう展開していくということもさらに追求していかなくてはならない。

 またトライアル版を提供しているが、これを正規版に移行するコンバージョンが低いという問題もある。トライアル版からの移行の仕組みがわかりにくいということだけで、正式版への移行のハードルがあがりますから、そうした点も改善していきたい。

 そして、マイクロソフトのクラウドサービスは、まだ存在が認知されていない。BPOSの認知も低いという状況があります。情報システム部門において、「マイクロソフトはこんなものをやっているぞ」、「それを検討しているのか」といった話題にあがるようにもっと認知度を高めていく必要がありますね。

「日本法人の90%の社員がクラウドに携われるというのは、オンプレミス事業だけを担当している社員以外はすべて、という意味です」

――2011年度は、日本法人の90%の社員がクラウドに関与していくとしましたが。

 90%の社員がクラウドに関与するというのは、具体的な数字よりも、みんながクラウドを意識しながら、全社で推進していくということを示したかった。確かに、社内の開発部門や、WindowsやOfficeの部門ではやはりオンプレミスの事業だけを担当している社員がいる。こうした社員以外は、基本的な姿勢は全社員がやるというイメージです。

 7月1日以降、組織の名前に「クラウド」あるいは「オンライン」という名称がついた組織を一気に増やしました。また、事業規模についても、いまパートナーと連携したクラウドビジネスは、Exchange OnlineおよびSharePoint Onlineが中心となっていますが、これをオンプレミスのExchangeおよびSharePointと同等規模の売り上げ規模に持っていく考えです。

 今後は、Exchange Online、SharePointに加えて、Dynamics CRM Onlineや、セキュリティ製品であるWindows Intuneも投入する予定ですし、Azureに対する評価もあがっている。

 Azureは今年度から売上予算がつくことになります。ただ、BPOSに比べると、Azureは整備をしなくてはならない部分がいくつもある。どんな料金体系にするのか、パートナーとの協業体制はどうするか、バリューチェーンの構築やセールスプロモーション、サポートなどを含めて、整備することが多い。

 いまの評価をみるとエンドユーザーからの関心が予想以上となっており、すべてに手が回らないのではないかという懸念もある。大手顧客と手を組んだ実証実験や、ソフトメーカーとのパートナーシップも考えています。

 営業予算はつきましたが(笑)、需要にあわせて一気に大きく広げていくというのではなく、できるところから着実にやっていくことを目指します。

――一方で、中小企業向けのパートナーを通じたクラウド事業戦略という点では、年度内1000社の体制は十分といえますか。

 クラウド・コンピューティングの特徴は勘弁に立ち上げられる点。特にPCの台数が25台以下というような中堅・中小企業の顧客にとってはメリットが出やすい。そうしたビジネスを拾い上げていくのはパートナーですから、パートナービジネスの拡大は重要なテーマだととらえています。

 早期にパートナーのベースを広げていくことが大切である。年度内に目指している1000社というパートナーの規模は、単に広げればいいというわけではありません。どんな強いパートナーに、当社のクラウドを担いでもらうかが重要です。いま、中堅・中小企業のメールシステムの約半分がホステッドメールですから、まずはそこを狙いたい。オンプレミスとクラウドのビジネス規模を同等にするためには、まずは1000社という規模が必要になります。

日本の商習慣、文化をわかっている人間がオペレーションする必要がある

2011年2月1日付けで、日本マイクロソフト株式会社への社名変更を行うことが発表された

――日本マイクロソフトへの社名変更、中長期的視点での事業展開など、日本法人の自立性を感じますが。

 米国本社の方針と異なったことをやるとか、日本法人が上場するとか、ジョイントベンチャーをやるといったことは一切考えていません。

 ただ、グローバル戦略だけでは、日本のお客さまのためにはならないというのも事実です。日本では長期のリレーションシップが大切になる。例えば、極端なことをいうと、社長を私の次に誰に引き継ごうとも、同じ精神が受け継がれ、継続性がある会社でなくてはいけない。そうしないと、長期でのパートナーシップが確立できない。特に、クラウドともなると、パートナーによっては大きな投資を必要とします。

 継続的な関係を築くために、日本の商習慣、日本の文化をわかっている人間が、グローバル戦略をベースにオペレーションしていく必要がある。そうしたことをできる会社にしたいと考えてきました。

――2010年度に予算必達にこだわったのも、そのあたりに理由があったと。

 ご指摘のように、2010年度でこれだけの実績を出したからこそできるものでもあります。実績が出なかったら、「やってからモノを言ってくれ」ということになる(笑)。だから、この1年は予算の達成率にこだわった。後半戦からいけるなという感じはしてきたが、前半はつらかった。その点では我慢の1年でした。

――ちなみに、日本マイクロソフトという社名への変更はいつごろから考えていたのですか。

 これはかなり前から考えていたものです。マイクロソフトに入った時から考えていましたよ。新聞を見るたびに、「米マイクロソフトの日本法人」と書かれる。25年も日本でビジネスをやっているのに、昨日今日きたような、事務所みたいな表現にさえ見える。

 だが、日本マイクロソフトとされれば、日本に根付いている企業であることが理解できます。社名変更は、最終的には自分で決めなくてはならないが、自分の考え方だけをゴリ押ししてはいけないとも思い、今年に入ってから、社員や外部の人にヒアリングした結果、最終的に社名を変更を決めました。

 実は、あとで聞いた話ですが、過去にも日本マイクロソフトにしようという話はあったようですね。BtoBをやっている会社はみんな「日本」という冠がついている。IBMもオラクルもそうです。日本を冠につけたのは、そうしたことが自然と頭のなかにあったのかもしれませんね。略すと日本MSということになるのかなと(笑)。

 ジャパンは、横文字ですからね、どうも日本に根ざしている感じがない(笑)。今回は、ちょうど25周年ということもあり、中長期的に根づくというメッセージを発信するという意味でも、社名変更にはいいタイミングかなと考えました。

――「中長期的に日本で正しいことをやる」という表現を用いていますが、その意味は。
 中期というのは、3年ぐらいをとらえています。パートナーやお客さまとの信頼関係を作るのに1年、なにをやるのかを考えるのに1年。いまようやくいくつかのものが形になってきた。これはただでさえ時間がかかることですし、マイクロソフトの場合は、以前からパートナーシップを組みにくいというようなイメージを引きずっていたところがあった。正しいことをして、こうした印象もぬぐい去りたい。

 マイクロソフトが目指す企業像は、お客さまに顔が見え、親しまれ、かつ尊敬される企業であること、パートナーとの密な協業を推進できる企業であること、前向きで生き生きとした人材にあふれ、仕事を通じて自己の成長を実現できる企業、ビジネス市場やコンシューマ市場において常に革新的な技術をお届けできる企業、そして、日本の社会に根ざし、良き企業市民として社会に貢献できる企業です。中長期的に正しいことをしないと社員も面白くない。日本人として、ここで生きているわけですからね。

――3年後のマイクロソフトとはどんなイメージですか。

 いま、それを考え始めています。ただ、少なくともクラウドビジネスでの3年後は考えている。まとまり切れてはいない部分もあるが、例えばクラウドにおけるeメール領域では、競合にこれぐらい差をつけていたいといったことは考えています。企業向けビジネスにおいては、パートナーとかなりがっちりと手を組んでやっている会社だというイメージを作りたい。

 3年後に、メインフレームがどれぐらいオープン化しているかはわかりませんが、UNIXはかなり揺らいでいるでしょう。この領域では、インテル系でミッションクリティカルなシステムが普通に提案される時代が訪れているはずです。

 そして、われわれのソリューションパートナーの社内システムとしても普通に使われている状態になるでしょう。そうした状況において、パートナーが当社のクラウドを担いでもらえる状態が自然と作れるようになる。

日本マイクロソフトの目指すべき企業像

――来年2月からの日本マイクロソフトと、これまでのマイクロソフト日本法人の差があるとしたら、どこになりますか。

 お客さまやパートナーによっては、日本法人とは話が通じないから、直接、米国本社とやりとりしたいという声が一部にある。そうではなく、日本法人と、お客さまやパートナーとの間に信頼関係があり、両者が連携しあって、米国本社に対して要求していく姿が理想だといえます。

 文化的ギャップがある米国本社と直接やるよりも、日本マイクロソフトとやりとりした方が、きちっと物事が進む。日本マイクロソフトは、付加価値を提供できる会社、お客さまが相談できる会社、そして信頼される会社になりたい。

 そうした価値が実現できてこそ初めて、日本において、ソリューションビジネスができる。こうした関係が構築され、結びつきが強くならないと日本でのビジネスがスケールアップしない。

 一方で、日本のISVにはすばらしい製品がたくさんある。そうしたものをグローバルに展開していくお手伝いをしたい。日本で生まれたものが、世界で活用されることはうれしいこと。それを実現するためには、Azureもうまく活用できると考えています。

 われわれはプラットフォームの会社。そのプラットフォームを利用して、日本発のソリューションや製品を日本から出していきたい。マイクロソフトと組むことでグローバル展開の可能性が高まるのは事実です。

 だが、そのためには、ISVパートナーが、グローバルで通用するための思考を持つ必要があり、その上で、どこかに日本独自の味付けをしてもらいたい。マイクロソフトはグローバルカンパニーです。グローバル展開を視野に入れたパートナーシップも、ますます強固なものにしていきたいですね。

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