クラウド・コンピューティングは、「ポストe-business」といえる
日本IBM・橋本孝之社長

クラウド Watch新装刊記念・特別インタビュー


 「クラウド・コンピューティングは、『ポストe-business』といえるもの。企業のビジネスモデルの変革だけではなく、社会全体を変革するものになる」――。

 日本IBMの橋本孝之社長は、クラウド・コンピューティングをこう位置付ける。e-businessは、1997年に同社が提唱した考え方。新たなビジネスモデルを創出し、企業を大きく変革させた、インターネット時代を象徴する言葉でもあった。その提唱者であるIBMが、ポストe-businessという言葉を使うのには極めて意味がある。

 「e-businessが、ネットワーク環境を所有から使用へと変えたとすれば、クラウド・コンピューティングはネットワークだけでなく、ハードウェア、ソフトウェア、アプリケーションのすべてを所有から使用へ変える。社会の仕組みそのものが大きく変革する可能性を持ったものになる」と橋本社長は続ける。

 ポストe-businessといえるクラウド・コンピューティングにおいて、日本IBMはどんな展開をするのか。橋本社長に聞いた。

 

社会の変化に対して打ってきた施策が花開いてきた

日本IBMの橋本孝之社長

――1月から始まる日本IBMの2010年度が折り返し点を迎えました。この半年の成果をどう自己評価していますか。

橋本社長:私は年初に、真のTrusted Partnerになる1年を目指す、と宣言しました。リーマンショックに端を発した経済危機を乗り越え、足元が強くなりはじめるなかで、いままで以上に複雑性が増してきた。

 国内のビジネスにおいても、世界を見据えた経営判断が求められ、輸出モデルも先進国集中からの脱皮が不可避となっている。また、それに伴い、パートナーリングも強化しなくてはならない。市場は拡大するであろうというのは多くの企業経営者の共通の認識ですが、一方でいままでのやり方ではうまくいかないことも共通認識となっている。複雑な方程式を説きながら成長していく状況にある。

 こういう世の中において、単に、ITを情報システム部門に売り込むという手法には限界が生じていると感じています。お客さまのビジネスモデルそのものの変革、ニーズを理解して、本当の意味で顧客の課題解決に刺さる提案をしていくことが必要であるといえます。つまり、日本IBMに求められているのは、いままでとは違った顧客との深い関係であり、ソリューションそのものにも深みが必要になる。

 「真のTrusted Partner」という意味はそこにあります。この上期を振り返れば、こうした社会の変化に対して打ってきたさまざまな施策が、少しずつ花開いてきたといえます。

 

――具体的にはどんな手を打ってきたのですか。

 ひとつはカバレッジの強化です。2010年から、大手のお客さまを対象にした専属営業チームを拡大しました。今までは数社が対象でしたが、これを2けたのお客さまに拡大し、お客さまと一蓮托生(いちれんたくしょう)ともいえる姿勢でビジネスを推進できる体制を整えた。

 2つ目はソリューション拡大に向けて、IBDT(Industry Business Development Team)を作り、全社横断的に業界別ソリューションを提案できるようにした。また、ビジネスパートナーを支援するパートナー事業部と、従業員1000人未満の中堅・中小企業の直販部門であるゼネラルビジネス第一事業部門を統合し、新たにパートナー&広域事業部門を発足。中堅・中小企業に対して、パートナーと一緒に展開する体制を作った。

 そして、アライアンス事業部門を新設し、システムインテグレータに対して、IBMが後方からテクノロジー支援を行い、協業するという仕組みも作り上げた。なかには時間がかかるものもあるが、間違いなく前に進んでいる。

 一方で、バリュー・クリエーション(価値創造)の分野では、クラウド、BAOと、それを束ねたSmarterPlanetにより、高い価値を提案できる仕組みづくりを進めた。SmarterPlanetにおいては、業界特化型のインダストリー・ソリューション・フレームワークとして、IBMが提供する技術、ハード、ソフト、ソリューションを活用し、標準の形で、これを提供できるようにしています。現時点では、金融分野が先行していますが、これから10種類近くのインダストリー・フレームワークを開発する計画です。

 また、社員のスキル強化も重点課題のひとつとして取り組んでいます。IBMがTrusted Partnerになるためには、社員に高いスキルが求められる。日本IBMの社員は、インダストリースキル、ソリューションスキル、テクニカルスキルのいずれかのスキルを持っていますが、今後はひとつのスキルを深く持つ一方で、別のスキルについても一定の知見を持つ「Tシェープモデル」になる必要がある。

 それに向けて、社員がスキルを磨いている。会社全体のインダストリースキルを高めるという点では、業界に精通した人を中途採用するということもやっています。上期の取り組みを振り返ると、達成度は100%とはいえないが、ひとまず合格点を与えられるものだと自己評価しています。

 

お客さまに深く入り込めた手応えを感じる

――社長として、オペレーション、業績以外の、いわば価値創造の領域に、70%の時間を使うと宣言していましたが、それは達成していますか?

 昨年は60%を使うといって55%程度でしたが、今年はいい線いっていると思いますよ。70%はきっと達成しているでしょう。実際に、お客さまとお会いする件数は増えていますよ。日本にいる時に、お客さまを訪ねない日はありませんし、一日3件、4件という日もあります。上期だけで明らかに100件以上のお客さまにお邪魔していますよ。

 また、日本IBMがSmarterPlanetを提唱しはじめてから、まったくお会いできなかったお客さまにもお邪魔できるようになった。市町村をはじめとする自治体や官公庁、IT領域以外の企業とのパートナーシップも出てきている。パートナリングの幅が広がってきています。

 

――この上期の取り組みのなかで、最も手応えを感じている部分はどこですか。

 かなりお客さまのところに深く入り込めるようになったと思っています。それは、長期的なプロジェクトが増え、さらに先を見越した提案ができるようになってきたことが証でしょう。

 これまでは、情報システム部門に対して、ハードウェア、ソフトウェアの観点から、顧客の要望に応える形で提案をしていましたが、ここにきて、情報システム部門の要望の、さらに先を見越した提案が増えている。

 私はお客さまを訪問する際に、担当社員を一緒に連れていきます。その2日前に、これまでにお客さまに対してご支援してきたこと、今後、ご支援したい領域はなにかを1枚の紙にまとめるように指示しているんです。これは、お客さまのことを勉強し、理解していないと書けないんですよ。2日前というのは、手直しが発生した場合に修正する時間を用意するためです。

 この紙を持っていくと経営者からは、よく整理してくれた、ここの解決策について話を聞きたいという場合と、極端な言い方をすれば相手が目をつぶってうつむいてしまう場合とがある。日本IBMが、どこまでお客さまに入り込んでいるかということもわかるんですよ。いずれにしろ、先方に大切な時間を割いていただくわけですから、お互いに知見を得たい。協業できる部分を探りたい。

 また、これまで情報システム部門にしかお邪魔していなかった場合には、トップの意をくんで提案をしていることを理解してもらうとともに、グローバル化、ガバナンス強化といった点でも日本IBMの知見を活用してもらうという提案も行っていく。「日本IBMはそんなこともやっているのか」ということになり、新たなビジネスが発生した例もあります。

 

――上期にやり残したこととはなんですか。

 ソリューションの作り込みは、もう少し突っ込んでやらなくてはいけないと感じています。特に、グローバル化支援。ここは強化していきたい。日本のお客さまのグローバル化は、われわれが想定していた以上に加速している。もちろん、ここはグローバルに展開しているIBMが得意とする部分もいえます。

 しかし、米国スタイルのグローバル化が、日本の企業のグローバル化にそのまま合致するのか、という問題もある。日本の企業がグローバル化する上で支援できるものを用意しなくてはならない、と考えています。

 

一緒に作っていく「共創」という考え方

――2010年1月に、日本IBMとして、グループビジョンを掲げました。その理由はなんでしょう?。

 社長就任から2年目に入り、会社の成長を描ける軸はなにかということを感じることができた。それならば早く肉付けをして、対外的にも打ち出していこうと考えた。

 ですから、新たなグループビジョンを打ち出したというよりも、2009年から取り組んできた、「自由闊達(かったつ)な企業文化の醸成」、「お客さまへの価値創造をリード」、「新規ビジネス拡大とパートナーシップ強化」と、「良き企業市民としての社会的責任」といった取り組みの集大成として、位置づけたものだととらえてもらった方がわかりやすいかもしれません。

 IBMグループビジョンは、「新たな価値をお客さまと共創し、テクノロジー・リーダー、そして良き企業市民として、日本の変革に地球視点で貢献するリーディング・カンパニー」としました。ここで重要なのは「共創」という言葉を使ったことです。

 これまでは、パートナーというと、結局は、買う立場と売る立場という関係になりがちだった。だが、「共創」は、その言葉通り、一緒に作っていくという発想。これからの成長には、「共創」という考え方が必要です。また、「地球視点」という言葉にも意味がある。SmarterPlanetという観点から未来志向型の提案をしていくこと、グローバルIBMとしての強みを活用し、提案していこうという点も含めています。

 

――橋本社長体制に変わってから、「パートナー」という言葉が増えているように気がしますね。

 パートナーとの関係が変化しようとしているからこそ、そう感じるのかもしれませんね。クラウド時代に入ってくると、これまでのようにIBMだけで、すべてを提供するのではなくて、テクノロジーはIBMが提供するが、Aというパートナーがインフラを、Bというパートナーが課金システムを担当し、Cのパートナーがアプリケーションを提供するといった協業が出てきています。

 そして、SmarterPlanetのような世界に入ると、これまでにはなかった新たなパートナーとの「共創」も出てくる。いままで以上に、パートナーという定義が複雑になり、さらに広がりをみせている。企業の成長エンジンをどこに置くかということを考えた場合、パートナーとの共創は重要なものになってきている。それを多くの企業が感じているのではないでしょうか。

 

――SmarterPlanetの世界に入ると、社会インフラとの連携が必要になります。その分野は、日立製作所や東芝、三菱電機といった企業が抑えています。日本においてどこまで力が発揮できますか?

 日本IBMが社会インフラの部分が弱いのであれば、日立や東芝といったその分野に強い企業と手を組むという選択肢もあります。日本IBMの守備領域や立ち位置を明確にし、共創の考え方を持ち込めば、間違いなくやれると思います。

 IT分野では競合しているが、別の部分では手が組める部分もあるでしょう。社会インフラを得意とする企業が、IBMが持つ知見を求めることも考えられる。もはやそういう時代に入ってきている。チャンスはいくらでもあります。

 

――日本IBMが変わった点をあげてもらうとすれば、どんな点でしょうか。

 変化に対するスピードは、間違いなく加速している。リーマンショックを見ても明らかなように、どんな企業でも、世界につながっているという認識が広がった。その点では、グローバルIBMとしての力の見せ方ができるようになった。

 また、日本IBMの社員にとっても、そうした見せ方をすることに違和感がなくなった。リーマンショックの影響は確かに大きなものでしたが、別の見方をすれば、プラスにとらえられる部分もある。例えば、これまで以上に危機感を感じている企業が増えたこと、それを打破するための変革に抵抗感がなく挑めるようになったこと。

 パートナーも、お客さまも、変えることを恐れない企業が増えている。この厳しい経済環境の経験は、次の成長のドライバーになったといえるのではないでしょうか。こうした価値観が変化した社会に対して、日本IBMはどこで力を発揮するのか。

 それは、知見、スキルということになる。結局は人なんです。だからこそ、日本IBMは、「人」にフォーカスするという、原点に戻ろうと。日本IBMの社員が、お客さまのことを理解して、IBMが持つ知見を、顧客に伝えていく。そうしたスキルがいまこそ必要になっている。Tシェープスキルを蓄積しなさいというのも、そのためなんです。

 

クラウドはe-businessを包含した「ポストe-business」

――日本IBMでは、クラウド・コンピューティングをどう位置づけていますか。

 クラウド・コンピューティングは、社会変革をもたらすインフラであるととらえています。かつてIBMは、e-businessという考え方を提唱してきた。インターネットによってもたらされたe-businessは、時間や空間を越えるビジネスの仕組みを生み出し、世界中の企業のビジネスモデルに変革をもたらしました。

 しかし、クラウド・コンピューティングは、これ以上の変革をもたらす技術、インフラになると見ています。ITの革新だけにとどまらず、ビジネスイノベーションの起爆剤になるものであり、企業が新たなビジネスを立ち上げるスピードを大きく変え、M&Aの加速や、異業種からの参入といったことが増える環境を作り上げる。

 開発環境ひとつをとっても、これまでは自社で環境を構築するには、サーバーを購入し、設置、調整を行い、稼働させるには、どんなに早くても3週間から1カ月はかかっていたものが、クラウドを活用すれば、何分間という世界で利用できてしまう。こうしたことがあらゆる場面で起こってくるでしょう。

 「日」から「分」の世界になるわけですから、いままで以上に破壊的なことが起こってくる可能性がある。振り返れば、e-businessにおける最大の変化は、ネットワーク環境が、専用線を「所有」する世界から、インターネットを「使用」する世界に移行したものだととらえることもできます。

 これが、クラウド・コンピューティングの世界では、ハードウェア、ソフトウェア、アプリケーションまでもが標準化され、所有から使用に変わる。e-businessによる変革を上回る大きな社会変革が起こることになる。e-businessを包含した「ポストe-business」という世界が、クラウド・コンピューティングだといえます。

 

――日本IBMが持つ、クラウド・コンピューティングにおける強みとはなんですか。

2月にオープンした、米国ノースカロライナ州のクラウドデータセンター

 日本IBMには、4つの強みがあると考えています。ひとつ目は「テクノロジーリーダーシップ」。IBMには、クラウド・コンピューティングに必要とされる仮想化、自動化技術に関して、40年以上の実績があります。

 2つ目が「ソリューションポートフォリオ」。クラウド上に展開するソリューションを、開発テストクラウドから、BAOのような解析クラウドまでラインアップしている。

 3つ目は、「導入実績」。IBM社内で活用している開発クラウドは、すでに11万人の開発者が2年以上にわたって活用している。また、すでに200件以上のクラウド・コンピューティングの導入実績があります。

 そして、最後に「グローバルスケール」。IBMは全世界9カ所のクラウドデータセンターがあり、そのうち、日本には、千葉県幕張と大阪・南港の2カ所に設置している。また、全世界10カ所のクラウドラボのうち、1カ所を東京・晴海に設置している。日本にデータセンターがある強み、海外にデータセンターがある強みをミックスさせながら提案することができるのも、グローバルスケールという観点からの強みです。

 

――日本ではどんな実績が出ていますか。

 すでにいくつもの実績が出ています。例えば、北海道では、「北海道電子自治体プラットフォーム構想(HARP構想)」に基づき、株式会社HARPと協業して、自治体クラウド開発実証事業に参加しています。

 ここでは、ブレードサーバーのIBM BladeCenterや、IBM Tivoli Service Automation Manager、IBM WebSphere Process ServerなどのIBM製品を納入。地方公共団体が業務サービスを低廉かつ効率的に共同利用することを目指した、クラウド・コンピューティング環境を構築しています。北海道には179もの市町村が存在しますが、そのうち約10%の自治体がこの実証実験に参加しています。

 また、日本生命における開発・テストクラウドの活用では、開発のピーク時にあわせたインフラ構築をやめ、ピーク時に必要となる部分はクラウドを活用するという、自社所有のインフラと、パブリッククラウドとを融合したユニークな利用提案となっています。

 さらに、国分では、IBM Smart Business Desktop Cloudと衛星回線を活用し、災害時には衛星回線を利用して首都圏のデータセンターにアクセスすることで、安定的な事業継続を実現するの仕組みを構築しています。

 そのほかにも、日本ビジネスコンピューター(JBCC)では、開発基盤にクラウドを活用したり、三菱総研DCSではサービス基盤として、IBM Cloud Burstを採用したり、といった動きもある。三菱東京UFJ銀行におけるデスクトップ・クラウドサービス「IBMクライアント環境仮想化サービス」といった大規模なクラウド活用も増えている。

 ユニークなものでは、米国政府の一部機関が提供している障害報告に関するデータを、日本IBMの幕張のデータセンターに一度蓄積し、それを提供している事例があります。米国での情報公開が進めば、IBMが持つ解析技術を利用してデータから傾向を分析できるようになり、クラウドを通じて、分析結果を活用してもらうという活用提案もできる。政府機関は、新たなインフラ投資をしなくても、最適な環境が構築できるようになる。こうした事例がますます増えていくことになるでしょう。

 グローバルキャッシュマネジメント、グローバルリスクマネジメント、人材マネジメントといった領域でもクラウド・コンピューティングの活用が増えていくはずです。ただし、すべての領域でクラウド・コンピューティングが成果を発揮できるというわけではありません。

 

――それはどうしてでしょう?

IBMでは、社内に蓄積した経験・ノウハウをベースに、クラウドの適用が可能な領域、向けない領域などを体系付けている

 例えば、これまでに例をあげたように、アナリティクスや業界別アプリケーション、コラボレーションといった点ではクラウドは活用しやすいといえます。また、クラウド・コンピューティングの進化に伴って、今後は、複数の医療機関でのカルテ共有、高度な画像処理、ファイナンシャルリスク管理、エネルギーマネジメントといった領域でも活用されるようになるでしょう。

 しかし、その一方で、機密データを扱うアプリケーションや、高度にカスタマイズされたアプリケーション、複雑なプロセスやトランザクション、仮想化されていないサードパーティのソフトウェア、法的要件に関連するといったものは、クラウドコンピューティングには適していないと考えています。

 日本IBMでは、これまでの経験をもとに、お客さまが考えている用途が、クラウド・コンピューティングに適用できるかどうかを分析する簡易アナリシスツール「クラウド適合度簡易分析セッション」を提供しています。お客さまのシステムごとに、業務面、ITインフラ面から技術者が簡単な分析を行い、短期間でクラウド・コンピューティングの適合度を判定します。

 現時点で、ユーザー企業の関心事は、クラウドではなにができるのか、どんな効果があげられるのかという点にある。大きな関心がクラウド・コンピューティングに寄せられている。そのなかで、まずは、求める用途がクラウド・コンピューティングで実現できるのかどうかを明確にしなくてはいけません。

東京・箱崎の本社7階には、全面的にクラウド環境を採用するなど、最先端技術を利用した「IBM ソリューション・センター」が設置されており、内部にはクラウドのデモコーナーも設けられている

 

コスト削減だけをクラウド導入の目的にするのは危険

――クラウド・コンピューティングの導入に当たって、ユーザー企業が気をつけなくてならないことはなんですか?

 コスト削減だけを目的として、クラウドを導入するのは危険だといえます。クラウドは、業務を標準化することが前提。標準化することで、海外進出やM&Aにおいても、クラウドを活用でき、新規のIT投資を最低限に抑えて対応することができる。

 こうしたコスト削減の効果は確かに大きいが、それだけではないのです。われわれがコスト削減を提案するのではあれば、それだけではなく、トップラインの提案を同時にすべきだと考えています。

 BAOの提案などはその好例です。クラウドによって、インフラコストを下げた分、新たなところに投資する。クラウド+BAOによって、ユーザー企業は、同じ投資額でありながらも、より効果が高いITを手に入れることができる。

 クラウド・コンピューティングには、5つのメリットがあると考えています。コスト削減、ビジネススピードの向上、資産の変動費化、セキュリティ・ガバナンスの強化、新規ビジネスの創出。こうした観点からクラウド・コンピューティングのメリットを提案していきたいと考えています。

 

――日本IBMでは、2010年1月1日付けで社長直属のクラウド統括組織を設立し、Team Cloudを結成しました。社長直轄とした理由はなんですか。

 クラウド・コンピューティングは、ハードウェア事業だけでなく、ソフトウェア、サービスが絡むクロス型のビジネスです。また、いますぐに実績を出して、3カ月ごとの決算で報告をするようなオペレーションにはなじまない段階にある。違った時間軸で投資する領域ととらえる必要があります。

 そして、社長直轄組織にしますと、対外的にも目立ちますからね(笑)。

 これらが社長直轄とした理由ですね。社長直轄から離れた時や解体した時には定常運転に入ったと思ってもらっていい。恐らく2年間ほどは社長直轄でやることになるでしょうね。

 

――直轄する立場としてどんなことを言っているのですか。

 とにかく新しい市場を作れといっています。一方で、第3四半期にこれぐらいの数字をあげろということは一切言っていませんよ。

 常に、クラウド・コンピューティングにおける日本IBMの強さはどこにあるのかを認識して、他社よりも早くやること、ソリューションをラインアップし、セグメンテーションをどう見るのか、そして、マインドシェアをどう取るのかといったことも含めてやってほしい。むしろ、これはやってはいけないということはなにひとつ言っていません。

 クラウド化すると、これまでのシステムに比べて、日本IBMの売り上げが減ってしまうという声も営業から出ているが、「それはいいからやれ」と(笑)。安くなった分で、お客さまに別の投資をしていただいて、お互いにリターンがあればいい。クラウドだけでとらえるのではなく、もっと広い視野でとらえろといっています。

 

――とはいえ、営業部門は数字を持っています。

 正直なところ、営業現場ではその点で意見がぶつかるところもある。ハードウェアとソフトウェアを導入すれば、一時期に一気に売り上げがあがる。それに対して、クラウド・コンピューティングになると、月々支払っていただくわけですから、5年間にわたるような息の長いビジネスになる。

 営業部門にとってはなじみにくい仕組みかもしれませんが、これが世の中の流れ。発想を変えていく必要があります。

 

――Team Cloudでは、当初、300人のクラウドスペシャリストを育成するとしていましたが。

 現時点で450人体制にまで拡充しています。さらに、営業、マーケティング、コンサルティングなどを対象に、当初は1000人を教育するとしていた体制も、現在では3000人強にまで拡大した。つまり、3000人を超える日本IBMの社員が、クラウド・コンピューティングとはなにかということを語れるようになっている。

 そして、3000人で対応できないものがあれば、後方にいる450人のTeam Cloudが支援する。クラウド・コンピューティングに関してひとつのチームとして動ける陣容は整ったと考えています。

 あとは、サービスデリバリーの組織を強化していきたい。クラウド・コンピューティングの概念は、人によってとらえ方が違います。固定課金であるアウトソーシングを、変動課金のクラウド・コンピューティングに加えるのはどうかと思いますが、もし、これを加えた場合、1万人の社員がかかわる計算になりますし、日本IBMの3分の1のビジネスがクラウドに乗る計算になります(笑)。

 

日本IBMが持つ「人」の財産で攻めのITを後押し

――2010年下期はどんな手を打ちますか。

 下期はこれまでやってきたことを一気に加速する。そこに迷いはありません。特に日本の企業のグローバル化を支援していきたいと考えていますし、守りから攻めのITへの転換を、クラウド、BAO、SmarterPlanetといった武器を使いながら支援していきたい。

 これまでは、経験と勘である程度、市場の先が見ていた。しかし、ビジネスモデルが複雑化したことで、それが通用しなくなり、可視化しなくてはならないものが増えた。これまでにないコンピューティング能力が求められ、その解決の手段として、クラウド・コンピューティングが適している。

 一方で、ITはコストダウンは得意ですが、あまり攻めは得意ではないと言われてきた(笑)。ITを活用して売り上げをあげるための手法を積極的に提示していきたい。購入特性を分析して、営業のアプローチを変えたり、サプライチェーンを見直して、機会損失を防ぐということも攻めのIT。

 ただ、コスト削減型のIT投資はROIを算定しやすいが、攻めのITはROIの算定が難しい部分もある。そのため、お客さまが攻めのITに投資することに対して決断しにくいところもある。そこを日本IBMが持つ「人」の財産によって、後押しをしたい。だから日本IBMは、もう一度、人に投資をしているわけです。

 

――ここ数年、厳しい業績が続いていますが。

 厳しい環境ではありますが、足元の環境は堅くなってきている。ただ、数字は作るものでなくて、作られるもの。価値を提供した結果が売り上げであり、利益だと考えています。

関連情報
(大河原 克行)
2010/7/7 00:00