Infostand海外ITトピックス

Google4億ドル買収の虚報 偽プレスリリースに踊ったメディア

 GoogleがWiFi関連企業のICOAを4億ドルで買収するというニュースが11月26日に流れた。Googleともなると、この程度の額では、業界ももう驚かない。だが、それから数時間もたたないうちに、当事者のICOAとGoogleの双方が全面否定し、元になったプレスリリースが偽物だったことが判明した。既に多くのメディアがプレスリリースに基づいた記事を掲載しており、ご丁寧に解説まで付けたものも少なくなかった。何が起こったのだろう。

狙いは株価操作? ~犯人は謎のまま

 GoogleがICOAを4億ドルで買収するというプレスリリースは、プレスリリース配信サービスのPRwebに11月26日に掲載された。プレスリリース配信サービスは、企業から報酬をもらって、通信社から新聞、Webなどのメディアに発表文を伝えるもので、近年ではブロガーの1次情報入手にも活用されている。

 この“発表”はGoogleの動きで、そこそこの規模(Googleにしては大きくないが)の買収だったため、TechCrunchなど速報を得意とするニュースメディアは、すぐ反応してニュース記事を掲載した。

 ところが、すぐにおかしな方向に変わっていった。TechCrunchは同日付でICOAのCEOとCFOのコメントを取り、All Things DigitalはGoogleの代表者からのコメントをとった。これらに対し両社は、「真実ではない」「100%間違っている」――など一致して全面否定し、プレスリリースは偽モノであると指摘した。

 PRwebには、しばらくこのプレスリリースが残っていたが、その後削除された。PRwebは自社ブログで声明文を発表。「われわれがICOAに代わって発信したはずのプレスリリースが、不正なものであることが判明した。プレスリリースはICOAが発行したものでも、認めたものでもない」と説明した。

 PRwebでは、プレスリリースの正当性を確認するための内部プロセスと予防対策を講じているとしているが、「ちゃんとした予防対策があってもIDの盗用が起こることがある」と述べている。今回の不正なプレスリリースについては、適当な調査機関に届け出。さらに調査を進めるとしている。

 いったい誰の仕業か、目的は何か? ICOAのCEO、George Strouthopoulos氏はメディアに対して、全く分からないと述べている。「関心を持つストックプロモーター(株式購入を奨励して株価上昇を狙う人)か誰かが、誤解を招く偽の情報をばらまいたのだろう」とCNETに語っている。

 偽のプレスリリースの作成・公開は犯罪だ。The Atlanticによると、過去には44カ月の禁固刑と35万ドルの罰金支払いを命じられた例があるという。

疑わしいプレスリリース、だったのだが…

 わずかな間ではあるがICOAのプレスリリースとして掲載されていた文書は、よく読めば疑わしかったことが分かる。The Atlanticはプレスリリースを精査し、(1)CEOなどのコメント(引用)がない、(2)通常、プレスリリースの下部に掲載される発信源の企業の連絡先(コンタクト情報)がない、(3)買収金額が高すぎる――などを怪しい点として挙げる。

 買収額の高さについてはTechCrunchも指摘していた。ICOAは業績が芳しくなく、リストラ中であること、過去に買収案件が流れたことなどを挙げて、Googleが4億ドルを出すとは考えにくいとの見方を示している。CNetはこれらに加え、プレスリリースのスペルミス(「it's」)、ICOAとGoogleの公式サイトには(プレスリリースが)掲載されていない点などを挙げながら、「しっくりこない」と言及していた。

 それでも、TechCrunchやGigaomなどが、PRWebに掲載されてすぐに大真面目で報じたのは、GoogleがMotorola Mobilityの買収、WiFi事業者Boingoとの協業、米カンザスシティで始まった光ファイバーを敷設など、無線・ネットワーク分野に拡大しているという背景があるからだ。

 例えば、The Next Webは「Googleはかつて協業したBoingoと競合するサービスを提供することになる」と予想した。また、Gigaomは「ラストワンマイルをコントロールするというGoogleの探求は続いている」「Googleは自社の将来にとってWiFiは重要な要素になると見ているようだ。インフラのメリットを得られるため、専門知識を購入したいというのは理にかなっている」と分析した。TechCrunchは、偽と知らずに作成した最初の記事を削除している。

インターネットに依存する報道

 この一件は、PRWebのようなニュースリリースを集めたサイトの役割にスポットを当てた。The Atlanticは「PRWebはお金を払えばなんでも掲載してくれる。プロモーターがいつもやっている」という財務情報サービスHot Stock Marketのツイートを引用している。

 企業が「報道資料」「プレスリリース」などとして報道向けに情報を発信する際、自社のWebサイトに掲載するのが一般的だが、メディアのニュース担当者は、さまざまな手段を使って幅広く最新情報を集めている。

 PRwebはこうしたプレスリリースを1カ所で収集できるハブ的なサイトだ。こうしたサイトは、ほかにもPR Newswireなどがある。メディア側には効率よく情報収集できるメリットがあり、発信する企業からすればメディアの目にとまる可能性のある場所となっている。

 もともと米国は、日本と違って全国紙のような全米をカバーするメディアはない。西と東では全然違うほど広大で、発表をしたいと言っても、なかなか記者を集められない。そこで、インターネット以前から「プレスリリースワイヤー」のサービスがあり、全米のメディアに効率よく発表するための手段として活用されてきた。

 インターネットによって配信も申し込みも簡単にできるようになり、多くのPR会社がプレスリリース配信に参入している。PRwebを運営するVocusは1992年にPR会社として創業。2006年にPRwebを買収して今のサービスを始めた。オンライン時代に合った、メディアと企業の橋渡し役となることを目指しているという。

 VocusのCEO、Rick Rudman氏は、この件についてブログで改めて謝罪と説明を行い、経緯を記しながら、「PRWebは、企業が最も情報を必要とするオーディエンスに直接発表やニュースを届ける方法を与えるためにある」と説明している。

 Rudman氏は、自分たちのようなニュース配信サイトの役割についての議論を呼んだと認め、信頼できる情報源として、基準をより高くしていくと約束した。

 もちろん報道する側の責任もある。PRWebのようなサイトだけでなく、TwitterやFacebookなどのソーシャルメディアも情報発信の場となり、未確認のソースから誤った情報を伝えるケースが後を絶たない。洪水のような情報であふれているからこそ、確認と目利きをより厳しく、求められる。われわれも自戒したい。

(岡田陽子=Infostand)