ヘッドハンティング、地元SNSへの対抗? Zuckerberg氏ロシア訪問の謎


 Facebookの創業者でCEOのMark Zuckerberg氏が10月初め、ロシアを訪問した。滞在期間2日間の短いもので、その間にMedvedevと会談し、モスクワ大学で講演を行ったことなどが報じられている。ただし、今回の訪問の目的について公式の説明はなく、メディアは、その狙いをさまざまに憶測している。実際のところ、Zuckerberg氏の訪露目的は何だったのだろう。

Medvedev首相と握手するスーツ姿のZuckerberg氏

 10月1日付のThe New York Times紙は、Medvedev首相と、いつものTシャツではなくスーツ姿で握手を交わすZuckerberg氏の写真とともに、ロシア訪問を報じた。Medvedev首相はiPadを持ち、ツイートを使うハイテク好みの政治家として知られており、Facebookユーザーでもある。

 首相は、シリコンバレーをまねて自身がモスクワ郊外に立ち上げたハイテク・イノベーションセンター「スコルコボ」でZuckerberg氏と面会し、「ロシアには石油、天然ガス、金、ダイアモンドだけではなく、IT産業もある」と語ったとReutersは報じている。

 約20分ほどの会談中、両氏はハイテク事業、著作権などについて意見を交換したといわれている。FacebookやTwitterなどが中東など世界各地の政治に影響を与えており、ロシアでも現政権に反対するデモが起きている。Zuckerberg氏は冗談まじりに、大学時代にFacebookを作ったときは、政治に影響を与えることになるとは夢にも思わなかったと述べたという。

 Zuckerberg氏自身は、Facebookの自分のページに、赤の広場で撮った自身の写真や、Medvedev氏と握手する写真を掲載し、「良い会話ができた」と報告している。

 翌日はモスクワ大学で学生にスピーチを行った。Voice of Russiaによると1200人を収容できる講堂は満席となり、Zuckerberg氏はFacebook立ち上げまでの話、その成功の理由や哲学などについて語ったという。また、ロシアでのFacebook利用増への期待もほのめかしたという。


目的は優秀なプログラマー獲得?

 さて、気になるのはZuckerberg氏の訪ロ目的だ。Zuckerberg氏は最初の日に、Facebookが世界12カ国で開催するハックイベント「Facebook Developer World Hack 2012」のモスクワ会場に顔を出し、モスクワのマクドナルドに行ったなどが伝えられている。が、これといった発表はなかった。

 メディアに流れた憶測の1つが、ロシアへの拠点設立だ。同国にはFacebookの投資への期待がある。地元ニュースチャンネルRT(旧Russia Today)やReutersが伝えたところでは、Medvedev首相との会談に同席したNikorai Nikiforov通信情報大臣は、両氏がロシアへの研究開発センター開設を話し合ったとツイートした。これが他メディアにも広がった。

 しかし、Nikiforov氏はロシア語でツイートしており、誤訳があったらしい。その後、CNet NewsはFacebookから「ロシアに研究開発を立てる計画はない」とする確認を得たほか、Nikiforov大臣自身もツイートで「引用が誤っている。事実を曲解しないでほしい」と発言している。

 だがこの件については不明確な部分も多く、RTは首相の報道官を務めるNatalya Timakova氏による「ロシアに拠点を立てる可能性を話し合った」というコメントも紹介している。

 また、ロシアにはFacebookに投資する2人の富豪(Alisher Usmanov氏とYuri Milner氏)が在住しているが、Zuckerberg氏は彼らとは会ってはいない様子だ。

 多くが憶測するのは、ヘッドハンティングだ。ロシアは優秀なプログラマーが多く、Facebookが今年春に開催したハックイベント「Hacker Cup」でも優勝を手にしたのはロシアのプログラマー、Roman Andreev氏だった。

 RTによると、Zuckerberg氏はロシアのITスペシャリストでIBS Groupを創業したAnatoly Karachinsky氏にアプローチした模様で、同氏によると、Zuckerberg氏は「World Huckの参加者にすぐさま職をオファーし、米国移住の手続きに入ろうとしていた」という。

 このような“優秀なプログラマー狩り”は、Zuckerberg氏のロシア訪問を事前に報じていたFicnacial Times紙も触れている。FTは、スコルコボの所長が寄せる投資への期待とは裏腹に、World Huckとタイミングを合わせていることから、Zuckerberg氏の“最大の使命”はロシアに埋もれる才能やアイデアを見いだすことだとしている。

 その一方、こうした“人材流出”について、Karachinsky氏は政府の態度を非難し、「政府がロシア企業を支援するつもりなら、西側の企業がロシアで開発を発注するように奨励すべきだ」ともRTに述べている。

 なお、RTはZuckerberg氏自身が、ヘッドハンティング目的を否定したコメントも掲載している。「もちろん優秀な人材はほしいが、ロシアを訪問する目的は、ロシアで起業しようとする人々を奨励することだ」というものだ。


ロシア市場政略のための“バランス技”

 ロシアは、西欧最大のドイツも上回るインターネットユーザーがいるネット大国だ。だが、Facebookのシェアはトップではない、世界で数少ない(が、大きい)国の1つだ。

 現在、そのロシアを押さえているSNSは、VK(VKontact)という地元のサービスだ。Facebookを模倣してできたといわれるサービスだが、地元の言語や文化を理解しているという強みからユーザー数は3300万人を集める。対するFacebookは、その3分の1にも満たない1000万人程度という。世界で総ユーザー10億人を突破したFacebookだが、ロシアでの存在感はあまりないといえそうだ。

 今後、米国やオーストラリアなど英語圏での普及が頭打ちになる中、ロシアはFacebookの重要な市場となる。また、ロシアのネットユーザーはオンラインゲームのバーチャルグッズなどに対して財布のひもが緩く、「広告以外の売上源を試すのに有用な市場」とNew York Timesは記している。

 だが、米国のネット企業はロシアでは苦戦している。例えばGoogleはロシアで地元のYandexの後塵を拝している。Wikipediaによると、Yandexは6割強のシェアを占めているのに対し、Googleは2~3割にとどまっているという。Yandexは9月に入ってブラウザーにも拡大し、Googleを悩ませている。

 ロシアで成功するには、言語やインターフェイスの対応だけではなく、政府との協調もある程度必要となる。そういったことを、New York Timesは“バランス技”という言葉で表現する。これは「商業的に大切だが、古いメディアに厳しい規制を設けてきた国々で新しいメディア企業となる」ために必要なことで、その意味でロシアは重要な実験場になるという。もちろん、その先には中国を見ているのだ。

 ただ、こうしたバランス技には国内からの反感もあるようだ。Guardianによると、ロシアのブロガーが「Zuckerbergよ、独裁者と友達にならないで」というFacebookグループを立ち上げた。「ロシアのブロガーを牢獄に送るような政治家ではなく、政治家の作る法律に苦しむブロガーと友達になって」とメッセージを発しているという。

 体制、反体制ともFacebookを活用する――。確かに、こんな状態はZuckerberg氏も予想もしてなかっただろう。


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(岡田陽子=Infostand)
2012/10/9 10:03