夢のタブレット端末「CrunchPad」 お披露目寸前に頓挫
人気のテクノロジーブログTechCrunchが開発していたタブレット端末「CrunchPad」(仮称)が実機お披露目直前になって頓挫した。メーカーでもキャリアでもなく、メディアが主導してハードウェアを開発するという画期的な試みだったが、パートナーとの間のトラブルがあって、プロジェクト自体が雲散してしまったようだ。アイデアを持つ非メーカーが、ユーザー視点で製品を開発するという挑戦は失敗。メディアやブログでは、大きな話題になっている。
CrunchPadは、TechCrunch創業者兼編集長のMichael Arrington氏が2008年6月に発表したプロジェクトだ。「とにかくシンプルな200ドルのWebタブレットが欲しい」(Arrington氏)として自身のアイデアを公開。ガジェットを報じる側から理想の端末の姿を描き、プロジェクト参加者を求めた。
TechCrunchはその後、ハードウェアパートナーなどとともに構想を詰め、設計を完了した。Arrington氏が「ソファで寝そべってWebサーフィンできるタブレット端末」と説明するCrunchPadは、タッチ操作に対応した12.1インチの大画面が特徴だ。機能を基本的なものに抑え、Linuxや「WebKit」などのオープンソース技術と業界標準を採用して低価格化を図った。
Arrington氏によると、CrunchPadは製品化に向けた最終試作機の段階にこぎつけていたという。11月20日の自社イベントで披露する計画だったが、公開に向けた調整の最終日だった11月17日、パートナーとして製造を担当しているシンガポール籍のFusion Garageから突然、開発した端末をTechCrunchとは無関係に販売するから、プロジェクトから手を引くよう求められたという。Fusion GarageのCEOのChandra Rathakrishnan氏は「株主の圧力」と説明したという。
プロジェクト終了と、その経緯を伝えたArrington氏の11月30日付の報告によると、CrunchPadの知的所有権はFusion Garageと共有し、CrunchPadの商標はTechCrunchが単独で所有しているという。Arrington氏は「法的にはFusion Garageはわれわれの同意なしにCrunchPadを製造・販売できない」と主張しており、Rathakrishnan CEOらを相手取って、複数の訴訟を起こし、法廷で決着をつける、と宣戦布告した。
CrunchPadの一件は、Arrington氏が自ら明らかにしたものだが、もう一方の当事者であるFuture Garageは沈黙を守っている。同社のWebサイトには「What if the browser could boot without an OS? How different would the world be?(ブラウザがOSなしに起動したらどうなるだろう?世界はどう変わるだろう?)」というメッセージと、コンタクト先の電子メールアドレスが掲載されているだけだ。
Arrington氏側の一方的な話だけで、ことの是非を判断するわけにはいかない。とはいいながら、Webメディアやブログ界はCrunchPadプロジェクトについて、さまざまな意見、感想、そして教訓を交えて伝えている。
それらの中では、Arrington氏への同情よりも、氏の甘さを指摘する声が目立っている。例えば、Guardianは「商業的に見て成功する可能性があるプロジェクトには見えなかった」と手厳しく、TechCrunchが「CrunchPadに関連する価格付け、マーケティング、営業チャネル、顧客サポートなどの作業をどう処理するつもりだったのか」と疑問を投げかける。その結論となる教訓は「ハードウェアは難しい」だ。
Econsultancyは、この件を「知的所有権(IP)の混乱」と論評。IPを軽視していたArrington氏のずさんさを指摘し、ロースクールを卒業し、法律事務所で働いた経験もあるArrington氏が「どうしてまたこんな事態に陥ってしまったのか?」とあきれかえる。また、事実がArrington氏の言う通りであるとすれば、(Arrington氏の主張に反し)Fusion GarageがTechCrunch抜きにCrunchPadを販売することは可能、と付け加えている。
さらに、テクノロジー業界におけるIPの重要性をあらためて強調しながら、1)優秀なIP弁護士を雇え、2)所有権にフォーカスせよ、3)「提携」についてよく考えよ、4)どこでビジネスをするのか考えよ(外国企業と問題が起こった場合は解決できないこともある)、の4つの教訓を導き出して、同種のビジネスでは、よく注意するようアドバイスしている。
また、InformationWeekは、オープンソースや共有というコンセプトと、訴訟という手段の矛盾を指摘する。「設計とソフトウェアをオープンソースにするという開始時の構想は、同時に、だれもがコピーを作れることも意味するのではないか?」と述べ、本当にオープンなのであれば、Arrington氏は設計をほかの企業に持っていくことでプロジェクトを継続できるのではないのか、とも問いかける。
そもそも、CrunchPadの市場性を疑問視する声も多い。PC Worldは「CrunchPadの死:誰がかまうものか」と題して、成功の可能性は低かったとの見方を示している。1年半前にArrington氏が構想を発表して以降、同様のニーズをくみ取った企業がさまざまなフォームファクタで「ソファで寝そべりながらWebブラウジングできるタブレット端末」を実現している。
実際のところ、CrunchPadはTechCrunchファン以外で、どのぐらいの消費者にアピールできたのだろう? Arrington氏は当初から大ヒットを狙っていなかったようだが、200ドルという価格を実現するには、大量生産・流通できるマス製品である必要があった、というのだ。
こうした外部から見方がかまびすしいなかで、当のArrington氏自身は、今回の失敗の原因を「欲、嫉妬、コミュニケーションのまずさ」と総括している。
とはいえ、ハードウェア企業でもソフトウェア企業でもない、メディア企業が開始したCrunchPadプロジェクトは、評価すべきだろう。
プロジェクトは、OEMという手法をとることで、ネットワークやアイデアがあれば、製造を専門とする企業でなくともガジェットを設計・製造できる可能性を示した。それは、今後のハードウェアビジネスの変化をも予感させる。TechCrunch姉妹サイトのCrunchGearでは、別の記者が「新しいメディアが現実世界に本物の変化を与えることができるという点ですばらしい挑戦となった」と重要性を伝えている。
CrunchPadをめぐる争いは、終わってはいない。次は法廷を舞台に、複雑で面倒な訴訟が繰り広げられることになるはずである。