Steve Jobs氏に健康危機? 経営者の健康問題はプライバシーなのか



 “Appleの顔”で業界のカリスマであるSteve Jobs氏の健康問題が取りざたされている。発端は同氏の激ヤセ。驚いたAppleファンやメディアが、病気の再発ではないかと懸念しているというものだ。さまざまな憶測が飛び交ったあと、Jobs氏自身が懐疑派の記者に直接話して、大丈夫だと宣言。一応の決着がついたようだが、このことは、企業のCEOが自分の健康状態を公開すべきかという問題をクローズアップした。


 Jobs氏の健康問題が浮上したのは6月9日、イベント「Worldwide Developers Conference(WWDC)」の初日に、最新のiPhone 3Gを手に登壇したときのことだ。壇上のJobs氏は、以前に比べて、すっかりやせ細って見えた。これを受け、過去のWWDCの写真と並べ、同氏がいかに変わったかを検証する記事も出た。また、同氏が2003年に患ったガンが再発したのではないかという憶測などがブログを中心に出回った。

 6月10日付のThe Wall Street Journal紙は、Appleの広報担当者の話として、Jobs氏が数週間前に「よくある病気」を患い、現在も抗生物質を服用していると報じた。だが、どんな病気だかを明確にしなかったため、疑念を払拭するには至らず、憶測は続いた。

 そんな中、7月21日に行われた四半期決算発表にJobs氏は欠席。Jobs氏の健康についての記者の質問に対し、CFOのPeter Oppenheimer氏は「プライベートな問題」と回答。病気の詳細を明らかにしなかった。折しも、Jobs氏の健康問題について投資家が懸念し出していると報じられ出したときである。

 シリコンバレーのゴシップブログ、Silicon Alley Insiderのブロガーは、これについて、「Appleにはすまないが、Steve Jobs氏の健康問題は単なる“プライベートな問題”ではない」というタイトルの記事を掲載した。Jobs氏はAppleにとって“最も価値ある資産”であり、「株主の目から見ると、『プライベートな問題』との回答は、受け入れられるものではない」と批判した。

 Jobs氏の健康問題に熱心なThe New York Times紙は、これを7月22日の株価下落に絡めて伝えた。「Appleの株価下落とJobs氏の健康問題は直接関係ない」という証券アナリストのコメントと、「公開企業のCEOであれば、その人物は公的な存在(パブリックフィギュア)である」という別のアナリストの言葉を併せて紹介している。


 話は、経営者の健康開示についての論争になっていった。Silicon Alley Insiderに真っ向から異議を唱えたのは、CNET Newsの記者Tom Krazit氏だ。CNET内のブログで同氏は、企業は経営陣の健康問題について(財務情報開示のような)公開基準はない点、またJobs氏は人間であってAppleの「資産」ではない点などから、AppleにはJobs氏の健康問題に関する情報公開の義務はないという結論づけている。Krazit氏は、Appleには「Jobs氏の健康問題が不利益にならないようにするという義務があるだけ」と主張する。

 ガジェット情報サイトのGizmodoも同じ論調で、「Jobs氏は株主のために自分の健康情報を開示すべきか? その必要はない」と記した。「AppleはJobs氏ではないだけでなく、個人の健康問題は個人にかかわるものであり、個人の自由である」としている。また、故John F. Kennedy大統領らが持病を隠していたことにも言及している。

 Business Week誌は、うわさや憶測によりFUD(不安、不確実、不信)が広まっているとし、この問題について質問すべきは、Al Gore氏らAppleの外部取締役だろうとの見方を披露した。

 Wiredは、CEOの健康状態に企業はどのぐらい開示責任があるのかをテーマにした記事を掲載した。弁護士らに意見を聴き、開示義務はないということで、おおむね意見は一致したようだ。ただし、ある弁護士は「特に、特定の幹部に大きく依存している場合は」と付け加えながら、「診断の性質に依存するが、開示の義務があるのではないか」と述べている。

 7月26日、New York Timesの記者のJoe Nocera氏は記事中、Jobs氏から直接電話があった事実を明かした。それによると、電話は24日にあり、Jobs氏は電話で、オフレコを条件に自身の健康問題について説明したという。結論から言うと、「“よくある病気”は、生命の危機になるようなものではなく、ガンも再発していない」とのことだったという。

 Nocera氏は、Jobs氏が株主にではなく、記者である自分に最初に伝えたことから、この記事を「秘密主義というAppleの社風」というタイトルで伝えている。

 Appleにはウワサがつきものだ。革新的な新製品と、それを最後まで隠し通す秘密主義で、Appleファンの興味と関心をかきたて、常に憶測が飛び交っている。だが、今回は、Jobs氏の健康状態というデリケートな話題となった。

 それもJobs氏がApple復活の立役者であり、絶大な存在感があることを裏付けたものだが、別の見方をするならば、健康問題に関係なく、いつかは訪れるポストJobs氏時代に対してユーザーや株主が不安を抱いていることを示したとも言えるだろう。

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(岡田陽子=Infostand)
2008/8/4 08:59