OLPCプロジェクトに大きな変化? 子供向けノートPC「XO」にWindowsを搭載
「途上国の子供1人に1台のノートPC」を目指すNPO「One Laptop Per Child」(OLPC)が、教育向けノートPC「XO」でWindows XPをサポートすることを正式に発表した。Linuxベースの「Sugar」に加え、二本立てで推進してゆく。この決定をめぐっては、プロジェクトから不協和音も聞こえており、OLPCにとっては、大きな転換点となりそうだ。
マサチューセッツ工科大学(MIT)Media LabのNicholas Negroponte氏が率いるOLPCプロジェクトは、LinuxベースのOSを利用する方針でスタート。途上国支援に賛同する人だけでなく、FOSS(Free and Open Source Software)支援者からも好感も持たれていた。Media Labのエグゼクティブ・ディレクターを務めていたWalter Bender氏は、OLPCでソフトウェア開発を統括していた。Sugarはここで開発されたXO向けのLinuxベースのユーザー・インターフェイス技術だ。
今回のWindows採用は、以前から予想されていたものだ。Nicholas Negroponte氏自身も昨年秋に認めている。だが、OLPC内で意見の衝突があったことは明らかだ。
Bender氏を筆頭に、OLPCを支えてきた人たちが発表と前後して相次いで離脱しており、なかにはOLPCの路線変更を公然と批判する人もいる。たとえば、Bender氏と同時期にプロジェクトを去ったSugar開発者のIvan Krstic氏は「(OLPCのプロジェクトは)公に掲げているミッションに反して、単なるノートPCプロジェクトになってしまった」とメーリングリストに書いている。
Microsoftは5月15日の発表で、「Windowsを求める声が多かった」と説明している。また、BusinessWeek誌によると、Negroponte氏は、これによってWindowsベースの多くの教育アプリケーションが利用可能になると説明。「心理的に大きなインパクトをOLPCにもたらすだろう。メインストリームの中に食い込むことができる」と述べた。
だが、メディアの多くは、OLPCのWindows導入に批判的だ。Forbes誌によると、XOをウクライナの学校に提供するプロジェクトに参加しているという米国のソフトウェア開発者は、「Windowsはリソースを食う、仕事で使われるOSであって教育プロジェクトには不適、オープンではないので問題が発生しやすい」といった技術的な点から、Windows採用に疑問を投げかけているという。ほかにも非営利団体Open Learning Exchangeのディレクター、Jim Krzywicki氏は「加速するというより、障害を高めるだけ」と厳しい見方を示している。「Microsoftバッシングではない。すべてのプロプライエタリシステムは高いコストを伴う。リリース管理、バグなどの作業も必要となる」(Krzywicki氏)というのである。
技術的観点からの反対意見だけでなく、「WindowsをXOの選択肢に加えることは、OLPCの降伏宣言」と辛辣なのが、英The Guardianのテクノロジー担当記者Charles Arthur氏だ。「すでに無料のOSがあるのに、あえて有料のOSを搭載する。これで、どうやって低価格ノートPCを提供するつもりなのか?」。Arthur氏はさらに、Windowsを搭載したXOが途上国に普及することは、マルウェア作成者にボットネット構築など悪意ある行為のチャンスを与えることになる、とも主張。Microsoftは安価にXPを提供して、「マルウェアを支援し、管理者の問題を大きくする。だが、これらが自分たちの問題になることはないのだ」と述べている。
また、eWeek Microsoft WatchブログのJoe Wilcox氏は、今回の発表を“One Windows Per Child”と皮肉って、OLPCとMicrosoftが開発中のデュアルブートの提供を開始することになれば、「OLPCが掲げてきた目標よりもMicrosoftのビジネスが優先されることを意味する」とばっさり斬っている。
では、どうしてXOがWindowsを搭載することになったのだろうか。
Microsoft側がOLPCに協力する目的は明らかだ。次の潜在顧客である途上国の子供たちに製品に慣れ親しんでもらうことは、将来のビジネスの種をまくことである。Microsoftは今回、1台あたり3ドルという超廉価でWindows XPを提供する。
ではOLPC側はなぜWindowsを採用したのだろう――。XOの現状を見てみよう。OLPCは2007年11月にXOの量産を開始した。しかし、価格は目指した100ドルからはほど遠く、200ドル近い高どまりだ。6カ月が経過したところで、出荷台数は60万台というから、「1人1台」という目標到達ははるか先だ。
価格を引き下げる最も有効な方法は量産だが、これは需要ありきだ。Windowsならアピールできるか? そこで、Negroponte氏は賭けに出た。価格、スペック、市場などの現実を突きつけられたNegroponte氏は、OLPCをインパクトあるプロジェクトにするために、商業主義とある程度妥協していくことを選んだ。このことが、従来の支援者との意見の軋轢(あつれき)をもたらした。
では、Windowsには、本当に訴求力があるのだろうか? 途上国の声を取り上げたBusiness Weekは、「選択肢が増えることが大切」というウルグアイのOLPC開発者の意見を紹介している。「小学校高学年ならLinux/Sugarを使うだろう。高校になればWindowsを使いたいかもしれない。われわれはフリーソフトウェアを信じるか、信じないかではなく、ナレッジを求めているのだ」(開発者)。
低価格ノートPCが世界的にブームを起こしつつある。台湾ASUSTeK Computerの小型ノート「Eee PC」がきっかけとなって、Hewlett-Packard、Dellなどのメーカーが相次いで低価格のノートPCを発表。“ミニノートPC”という新しいカテゴリーが生まれつつある。Intelも、子供向けノートPC「Classmate PC」で、真っ向からXOと対抗している。Linuxでは、「Ubuntu」の英Canonicalも、この分野に前向きな姿勢を示している。
IDCは、こうした超低価格ノートPC市場は、2007年には50万台に満たなかったが、2012年には900万台超に拡大すると予想している。PC市場全体に占める割合は5%程度で、メインとなるにはほど遠いが、サブで使うPCとして、教育の場のニーズは固いとIDCはみている。また、インターネットに接続する、持ち運びできるコンピュータ端末という意味では、携帯電話もライバルになるだろう。Negroponte氏がこの状況を焦りに感じているのか、追い風と感じているのかはともかく、今後はXOの差別化が求められることになる。なお、OLPCが5月20日に発表した次期モデル「XO-2」では、タッチパネルのブック形式にデザインを一新。予想価格を75ドルとしている。提供は2010年の予定という。
一方、OLPCで開発されてきたSugarは、OLPCから分離したプロジェクトとなった。Bender氏は、OLPCとMicrosoftの発表と同時期にSugar Labs設立を発表、Sugarを他の端末にも提供する意向を明らかにしている。ハードウェアでも、今年1月、OLPCのCTOを務めてきたMary Lou Jespen氏が、XOのディスプレイ技術を提供するPixel Qiを設立、LinuxとWindowsを両方サポートしていくようだ。
OLPCの設立から3年がたった。OLPCがきっかけとなって、途上国のニーズを満たすようなPCが登場し、各社が競う市場ができつつあるとすれば、ある意味、目的は達成しつつあるというべきかもしれない。
Negroponte氏は「(OLPCは)ノートPCのプロジェクトではない。教育プロジェクトだ」と繰り返し強調している。OLPCの課題は、どのOSを採用するかではなく、教育プロジェクトを実行するためのフォーカスとマネジメントだといえる。