「iPhone」商標権訴訟 AppleとCiscoそれぞれの思惑



 IT業界の年明けの最大の話題は米Appleの携帯電話「iPhone」だろう。iPodの機能を統合したタッチスクリーン操作のスマートな端末はたちまちユーザーの心をとらえ、6月の米国発売に向けて期待が盛り上がった。ところが、「iPhone」の商標権を持つ米Cisco Systemsが名称の使用差し止めを求めて訴えた。これが“オープン”と“プロプライエタリ”という製品戦略の違いにかかわるらしいことも分かってきた。


 「Appleは、われわれが昨夜送った最終の文書とパブリックステートメントに合意してくれるだろう。……われわれは本日、正式な合意を文書で受け取れるものと期待している」。MacWorld ExpoでSteve Jobs CEOがiPhoneを発表した9日、Ciscoは、こういうコメントを発表している。

 同社が「iPhone」の商標権を持っていることは、昨年末、同ブランドの新製品を発表したことで広く知られるようになった。Ciscoはベンチャーの米Infogearを買収して2000年に同社が保有していた「iPhone」の商標権を取得している(Infogearは1996年3月に出願、1999年11月に登録を完了)。

 Appleの携帯電話を期待していた熱心なファンのなかには、これでAppleの携帯電話の実現が遠のいたと感じた者もいたが、Appleの「iPhone」は現実に姿を現した。当日のコメントは、両社の話がついたかに見えるものだった。

 ところが、一転、翌10日、Ciscoは「iPhone」の商標使用差し止めを求めて、連邦地裁に提訴したと発表した。「Appleの新しい携帯電話が非常にエキサイティングであることは疑いない。だが、われわれの許諾なく商標を使用してはならない」(Mark Chandler上級副社長)と述べ、戦いを宣言したのだ。


 一方、AppleのiPhone商標獲得手続は昨年春ごろからを進められていたようだ。日本では同9月19日に商標出願(先願権発生は3月27日)しており、電話機、携帯電話のほか、ゲーム機なども対象としている。他にも世界各国で商標登録を進めているという。

 「iMac」「iBook」「iPod」とヒットを飛ばしてきたAppleにとって、電話に進出するなら「iPhone」となるのは必然だ。だが、ここでは大きく出遅れていた。

 Mark Chandler氏は、自身のブログで訴訟に至るまでの経緯を説明している。

 それによると、Appleは2001年からCiscoにアプローチし、何度か本格的な話し合いがあったあと、今回、過去数週間にわたって真剣な交渉を行ってきたという。このなかで、Ciscoはブランドの“共有”を提案したとしている。

 「われわれは基本的に、オープンアプローチを求めた。両社の製品が将来、相互運用可能なものになることを望み、……次のレベルを目指してAppleと協力することがわれわれの目標だった」(Chandler氏)と述べている。

 つまり、iPhoneのブランドで、携帯から固定を含み、IP電話に対応するコミュニケーション製品群を両社で送り出すことを考えていた。Cisco側の感触では、合意は可能に見えたという。

 しかし、11日付のCNETが伝えるところでは、発表前日8日の午後8時に“激しい”(intense)議論が終わったあと、Appleからの連絡はなく、発表を迎えたという。

 Appleは、iPhoneでは、サードパーティのアプリケーションは利用できないようにすると表明するなど、クローズド、プロプライエタリな製品にする姿勢を見せている。こうしたことがCiscoとの交渉決裂の大きな理由だとみられる。


 そして焦点は、訴訟の行方となった。

 Apple側は公式なコメントは出していないが、AP通信によると、Phil Schiller上級副社長は、他社はIP電話にiPhoneの名前を使おうとしているが、AppleのiPhoneだけは携帯電話であると説明したという。

 実際、米特許商標庁のデータベースによると、Ciscoの商標の対象は「電話と、コンピュータ化されたグローバルな情報ネットワークの統合を提供するためのコンピュータハードウェアとソフトウェア」となっている。つまり、IP通信機能を持ったシステムだ。ここからAppleは自社の“携帯電話”を対象外と言いたいようだ。

 だが、法律事務所のEckert Seamans Cherin & Mellottで知財部門チェアマンのDavid Radack氏は、AP通信に対し、もし種類が違っていても、同じ店で売られるのであれば、消費者には同じメーカーの製品であるととらえられるため、商標権侵害は成立する、と述べている。

 もうひとつ、Appleがとると考えられる戦術は、Ciscoが長期にわたって自社の商標を守るための努力を怠り、他社の使用を止めなかった点をつくことだという。2000年の取得から2006年の末の製品化まで5年間の空白期間がある。

 12日付のthe Wall Street Journalは、「Appleは、Ciscoが自社の商標を守る義務に従っていないと主張することができる」とする知財専門弁護士、Robert Andris氏の指摘を紹介している。Ciscoの権利の無効化を狙うものである。

 この訴訟、両社の対応次第で長期化しそうだ。


 ところで、もうひとつの新製品「Apple TV」は、なぜ開発コード名の「iTV」にならなかったのだろう。実はAppleは日本でもiPhoneと同時期の昨年9月13日に「iTV」の商標を出願している。iPhoneと同様に「iTV」を製品化することを考えたのは間違いない。

 だがiTVは製品にならず、iPhoneは訴訟の危険もかえりみず発表した。この両者の違いが何なのか―。これも気になるところである。

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(行宮翔太=Infostand)
2007/1/15 08:34