iPad専用有料ニュースは新聞を救うか? メディア王Murdoch氏の挑戦
News Corporationの会長兼CEOで“メディア王”の異名をとるRupert Murdoch氏が、間もなくAppleのタブレット「iPad」向けの新聞「The Daily」をローンチするといわれている。Murdoch氏は以前、Googleなどの検索サービスを「泥棒」と呼び、傘下の一部新聞のWeb版を有料化するなど、デジタル時代のニュースビジネスモデル確立を急いできた。iPadという新しいプラットフォームは新聞産業を救うことができるのか。
■メディア王Murdoch氏が発行するiPadオンリーの有料ニュースメディア
The DailyはiPadに配信する有料ニュースメディアといわれており、近く発表となる模様だ。Murdoch氏の極秘プロジェクトのようだが、情報は前々から報じられている。大筋の報道が一致しているところをまとめると、料金は週0.99ドル(月額4.25ドル)。課金にはiTunesを利用し、毎朝購読者に届ける。大きな特徴は、iPadオンリーという点で、Web版や印刷物での発行はないとされている。
プロジェクトを進めるにあたって、Murdoch氏はNew Yorker、New York Post、The Sunなど傘下の新聞社から選りすぐった約100人から成るチームを編成。チームは現在、ニューヨークとロサンジェルスの2拠点体制で作業しているという。Murdoch氏はこのプロジェクトを「エキサイティングなプロジェクト・ナンバー1」と述べており、3000万ドルを投じているという。
■当初報道より遅れるも、今後数週程度で発表か
当初は2010年12月に発表とされていたが、既に年を越してしまった。この1月10日には、Yahoo! NewsのThe Cutlineが、この話に近い筋からの情報として、「1月19日に披露」と伝えた。サンフランシスコ近代美術館でのローンチには、Murdoch氏のほかAppleのCEO、Steve Jobs氏も駆けつけるという。これを受け、Wall Street Journal、Bloombergなどのメディアも後を追い、それぞれの情報ネットワークを使って「1月19日発表」を確認したと伝えた。
その後、1月13日には、Poynterの記者がThe Dailyの予告サイトのソースコードから機能や画面のイメージなどを得たと紹介。Facebook、Twitter、Diggなどとの共有、動画組み込みなどを特徴とするサービスになると予想した。
だが同じ日のAll Things Digitalによると、The Dailyはさらに遅れることになったようだ。理由は、サブスクリプション機能をiTunesに組み込む作業が遅れているためだが、「数カ月ではなく数週間先」で、それほど大きな問題ではないらしい。なお、All Things Digitalを展開するWall Street Journal(Dow Jones&Company)はNews Corporationの傘下にある。
■The Dailyが注目される背景
The Dailyが注目される背景には、タブレットが、売上減に悩む新聞社・出版社にとっての救世主と期待されていることがある。新聞社の経営は不況による広告減で極度に悪化し、破綻する社も相次いだ。その後、広告そのものは回復基調になったが、インターネットコンテンツに押されて部数は戻らず、ビジネスの展望は開けない。出版社もコンテンツの有料化を模索する中で、新しいカテゴリーであるタブレットなら、うまくいくのではないか――というわけだ。
一方、このアプローチはAppleにもメリットをもたらす。Appleは端末メーカーだが、「iTunes」を利用して「iPod」で音楽を、「iPhone」でアプリの流通を変えてきた。iPadでは新聞・出版で同じような改革を起こせる可能性がある。
実際、The Dailyのローンチ延期の原因となったiTunesの機能とは、Appleが新たに開発している自動課金機能を持った“プッシュサブスクリプション”といわれている。All Things Digitalは、The Dailyのローンチ後、この機能を利用するアプリが次々と出てくるのではないかと予想している。
■出版社側の課題
だが、リスクは出版者側、Apple側の両方にある。出版社側の課題としては、Appleのコントロールにどう対応するかがある。All Things Digitalが先に2010年12月に報じたところによると、AppleはiPad上で雑誌を配信したい出版社に対し、iTunes経由でのサブスクリプション機能、多くの個人情報を提供したくない消費者にオプトインの提供、売り上げを分け合う(7対3)、などを提案しているが、合意には至っていないという。最大の不満は、「ユーザーのクレジットカード情報をAppleが握っている」という点だ。
また、iPadが現在の優位性を引き続き維持できるかという問題もある。SamsungのAndroidタブレット「Galaxy Tab」など、Androidタブレットは2010年後半から急ピッチで増殖しており、年明けのCESでもMotorola Mobilityなどが新機種を発表している。これは、スマートフォンと同じ現象(iPhoneが先行し、その後Androidが追い上げた)が起こることも予感させている。All Things Digitalによると、Appleに対して不満を持つ出版社側が、Androidに期待する動きがすでに出ているという。
さらに、Android以外にも、「Blackberry」のResearch In Motion、Windowsベースのタブレット、IntelとNokiaの「MeeGo」もあるし、Hewlett-Packardも、2010年に買収した「WebOS」ベースのタブレットを間もなく発表するとの情報もある。将来、これらのプラットフォームに、どう対応するかも考えねばならない。
■Apple側の課題
Apple側の課題は、メディア側の課題の裏返しだ。コンテンツがiPadオンリーではなくなった場合、iPadを他のタブレットと差別化する1つの要素がなくなることになる。これに関連して、Financial Timesは「タブレットを初めとする新しい端末を推進するのはプレミアムコンテンツ」であるとの見方を示している。メディア側としては「端末メーカーが自社端末を差別化するのにプレミアムコンテンツが必要になる」ため、自分たちの発言力が強くなると期待しているのだ。これはAppleとメディア企業の力関係が変わる可能性もはらんでいる。
新聞・雑誌業界が冬の時代となって久しい。タブレットが新しい時代に向けての転機となるのか、――。メディア、広告業界、端末メーカーなど広範な関係者が固唾をのんで見守っている。