クラウド特捜部

クラウドゲーミングを切り開くNVIDIA GRID Game Streaming Service
(2015/8/12 06:00)
3月に日本のデータセンターを開設して、テストサービスを開始したNVIDIA GRID Game Streaming Service(以下、GRID Game Streaming)は、インタラクティブ性を重視したアクションゲームやシューティングゲームなどを遅延なくプレイできる、新しいクラウドゲーミングだ。
GRID Game Streamingは、現在はゲームをストリーミングするというエンターテインメント分野にフォーカスしているが、テクノロジーの延長線上では、フル機能に近いクライアントPC自体をクラウド上でサービスとして動かせるようにする、といったことまでが見据えられている。
クラウドでゲームを!
一般的なMMORPG(Massively Multiplayer Online Role-Playing Game)などでは、クライアント側に専用ソフトを用意しており、グラフィックなどの画面描画はクライアントで行う。クラウド側では、マップの管理など、ゲーム世界の管理・運営を行っている。
この仕組みでは、クライアント側でのソフト開発の比重が高くなり、複数のクライアント(Windows、Androidなど)に展開するには、開発工数がかかる。しかし、ゲーム自体をクラウド側のサーバーで動作させて、画面自体を転送する方式にすれば、クライアント側の開発負担がほとんどなくなる。これにより、PCだけでなく、さまざまなデバイスにゲームを展開できるようになるわけだ。
昨年、米国で発表されたGRID Game Streamingでは、まさにこれと同じ、ゲームをクラウド上にあるサーバーで動かし、その画面をクライアントに転送する仕組みが採用されている。クラウド上のWindows OSでゲームを実行しているので、Windows PC用に開発したゲームでも、ソフトウェアは一切変更せずに、そのままAndroidタブレットなどで動かすことができる。
しかし、クラウドとクライアントの間にネットワークが挟まることで、レイテンシ(遅延)が生じるのが、こうした方式での最も大きな問題となる。レイテンシによって、クラウドの画面転送とクライアント側の操作(ゲームパッドの操作など)がズレてしまい、ゲームパッドでの操作が画面に反映するのにタイムラグ出てくる。これでは、シューティングゲームのようにリアルタイム性を重視するゲームでは、操作感が非常に悪くなる。
クラウドのGPUを利用するNVIDIAのGRID Game Streaming
NVIDIAのGRID Game Streamingは、クラウドサーバーとして、GRID GPUカードを採用したAWSのインスタンスを利用している。今回発表された日本でのサービス提供も、AWSの東京リージョンが利用されている。北米で提供されているのと同じようなシステムが、そのまま東京リージョンで展開されている。
クラウド側では、複数のGPUを搭載したGRIDカード(GRID K520)を使用して、GPUを仮想化し、1枚のGPUカードを複数のユーザーが利用できるようにしている。カードの性能とゲームの負荷によって調整されているが、1枚のカードで2~16人がサポートされているという。これにより、GPUの性能を生かしたゲームをクラウド上で動作することが可能になった。
現在のGRIDカードは、Kepler世代のGPUをベースとしているため、画像圧縮にはH.264が採用されている。GPUの内部にH.264に圧縮するハードウェアが搭載されており、H.264の画像圧縮に対するGPUやGPUの負荷は非常に小さい。
さらに、クライアントのSHILEDタブレットでも、モバイル用のTegra K1が採用されているので、H.264を伸張するハードウェアが入っている。このため、クライアント側でもCPUに負荷をかけず、低レイテンシで運用可能だ。
将来的にH.265をハードウェアでサポートしたMaxwell世代のGRIDカード、次世代のPascal世代のGPUを採用したGRIDカードがGRID Game Streamingサーバーで利用されるようになれば、画像圧縮もH.264からH.265などに変わり、H.264よりも画像データの圧縮率が高くなることで、ネットワークのレイテンシがさらに小さくなるだろう。
GRID Game Streamingと家庭用ゲーム機を比べると、GRID Game Streaming側ではネットワークのレイテンシ、また画面をエンコード/デコードする際にかかるレイテンシなどが問題になるが、家庭用ゲーム機に比べると高い性能を持つクラウド側のCPU・GPUを利用することで、ゲームエンジン自体のトータルのレイテンシを小さくしている。
またGRID Game Streamingでは、HD画質(1980×1080ドット)をH.264で圧縮して、秒間60フレーム(60FPS)を転送している。対して家庭用ゲーム機では、機種によっては秒間30フレームを基本としている。つまりGRID Game Streamingでは、家庭用ゲーム機の1/2のレイテンシで動作しているといえる。これだけのインタラクティブ性を持ち、さらに高いクオリティの画質でゲームがプレイすることが画面転送型のクラウドゲームで実現されている。
GRID Game Streamingの利用要件
GRID Game Streamingの要件としては、下り帯域が最低10Mbps以上のインターネット回線(推奨は30Mbps)、Shieldタブレット、Shieldタブレットとネット回線を接続するためのWi-Fiルータ、といったものがある。また、自宅ネットワークからGRID Game Streamingサーバーまでの遅延が60ms以下であることも条件。クライアントに関しては、3月に発表されたShield Portableも入っているが、日本国内では販売されていないため、現状ではShieldタブレットのみになる。
NVIDIAでは、スマートフォンなどでGRID Game Streamingがプレイ可能かテストしているが、現状ではあまりいい評価を得ていないようだ。画面表示に関しては、ネットワーク回線がある程度のスピードを持っていれば表示はできる。しかし、ゲームの操作ということを考えると、ゲームパッドなどの操作デバイスが必要になる。やはり、スマートフォンの画面でタッチ操作というのは、シューティングゲームなどには適していないのだろう。
Wi-Fiルータに関しては、何でもいいというわけではなく、NVIDIAでは5GHz帯を利用するIEEE 802.11ac対応のWi-Fiルータを薦めている。
実際にShieldタブレットでGRID Game Streamingをテストしてみると、接続時にネットワークのテストを行い、ネットワーク要件を満たす環境でないと動作しないようになっている。
データもローカルと同じように保存される
クラウド側では、ゲームのセーブデータや設定などの情報をユーザーごとに保管することで、次回アクセスしたときには、以前のセーブデータから始めることができるようになっている。ローカルPCで動作しているゲームと同じことが、もちろんクラウドゲームでも行える。
なお現在のGRID Game Streamingは、米国でリリースされているWindows PC版のゲームが、クラウドに用意されている。ほとんどのゲームは、スタンドアロンのPCでプレイするゲームのため、クラウドならではのマルチプレイなどの機能はほとんどない(ゲームソフトによって対戦機能が入っているゲームもある)。また現状では、GRIDベースのMMORPGなどは、提供されていない。今後の拡充に期待しよう。
NVIDIAでは、今後GRID Game Streamingで動作するクラウドゲームを開発してもらうために、専用のSDKなどを提供している。
現状では米国のゲームばかりだが、今後は日本のゲームも提供していきたいとNVIDIAでは語っている。実際、3月に開催されたGame Developer Conference(GDC2015)で、テレビに接続するAndroid TVコンソールのSHILED Portableの発表会において、コナミやカプコンがGRID Game Streamingにゲームを提供する発表しているため、日本のGRIDサーバーでも、日本の会社のゲームが提供されるかもしれない。
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GRID Game Streamingを単にゲームプラットフォームとして見るだけでなく、VDIのシステムとして見れば、非常に強力なプラットフォームに見える。NVIDIAでは、VDI向けのGRIDカードをリリースしているが、クラウド側でGPUをサポートしたオフィスユーザー向けのVDIシステムは存在していない。例えば、AWSが提供しているWorkSpacesなどのVDIシステムがGRIDベースになり、リアルタイムのアクションゲームがプレイできるほどの低レイテンシがVDIで実現されるなら、クラウド上のVDIでもローカルのPCと同じような使い勝手が実現できるだろう。
将来的に画像圧縮にH.265などが利用されるようになれば、出張にノートPCを持ち歩くのではなく、シンクライアントがあれば、クラウド上のVDIを会社や自宅のパソコンと同じように扱うことができる。例えば、ホテルなどでは、HDテレビがあれば、タバコ大のデバイスとコンパクトなキーボードとマウスがあれば、会社や自宅と同じ環境で仕事ができる。
BYODなどを実践している企業にとっては、個人のPC環境と企業のPC環境をどのように分離するのかが大きな問題になっている。今後は、ローカルPCと同じ実行環境を提供するクラウドさえあれば、企業のPC環境と個人のPC環境を簡単に分離できる。
個人ユーザーにとっても、ローカルPCと同じような性能を持つVDI環境が実現するなら、わざわざローカルPCを購入する必要もなくなるかもしれない。クラウド上のVDIサービスは、クラウドという特性を生かして新しいプロセッサやGPUが導入されるため、数年でパソコンを買い直す必要もなくなるだろう。アップグレードが必要なときには、クラウド上で新しいプロセッサやGPUを利用した契約に変更すれば、すぐに環境が移行されて利用することができる。場合によっては、無償で機器がアップグレードされることもあるだろう。
またOSやアプリケーションに関しても、クラウド側で一括アップデートを行うようになれば、ユーザーがいちいちアップデートを行う必要もなくなる。セキュリティに関しても、クラウド全体でファイアウォールやウイルス対策ソフトが適応されれば、個々の仮想マシンごとにセキュリティソフトを導入する必要もなくなる。
もしかすると数年後には、こういったPC as a Serviceが一般的になるのかもしれない。日本での展開は遅れているGRID Game Streamingだが、ゲーム以外への応用を含めたさまざまな可能性がある。今後も注目していきたいジャンルだ。