クラウド特捜部

NVIDIA GRIDは、クライアントPCをクラウドから提供する道のりへの第一歩となるか?

 毎年の恒例行事となってきた米国ラスベガスで開催されている2013 International CES(以下、CES 2013)では、液晶テレビ、スマートフォン、PCなどのデジタル家電など、さまざまな製品の発表が行われた。

 今回は、NVIDIAの記者会見でデモされたゲーミングクラウドと、NVIDIAが開発を進めているゲーム端末「Project SHIELD」を通して、企業向けのクラウドを考えていく。

クラウドからゲームを提供する

サーバーのコスト低下とパフォーマンス向上、ネットワークのスピードアップにより、クラウドでのサービスがテキストから画像、動画へと変化してきている

 昨年NVIDIAが開催したGPU Technology Conference 2012で発表されたクラウドゲーミングのシステム、NVIDIA GRID(旧称:GeForce GRID)のサーバーシステムが、CESの記者発表会で展示された。

 NVIDIA GRIDは、KEPLER世代のGPU(GK104)を3つ搭載した専用のGPUカードを4枚、1つのサーバーに搭載する。1つのGPUカードでは最大8名に対してゲームが提供できる。このため、1台のサーバーで32名までサポートされる。

 CESでお披露目されたNVIDIA GRIDサーバーは、2Uのサーバーに4枚のGPUカードを搭載。1ラックには20台のサーバーがインストールされているので、最終的に、1ラックあたり240個のGPUを搭載したクラウドサーバーになっている。

 1ラックあたりの性能は200TFLOPSで、2010年に日本原子力開発機構で動作したスーパーコンピュータ(富士通のPRIMERGY BX900 2134ノード)とほぼ同じ性能といえる。

 なお、ゲーム画面はH.264圧縮された画面データをインターネットで端末に送信する仕組みで、ゲームの解像度は1280×720ドットに制限されている。

 クラウドゲーミングで最も問題になるのは、遅延だ。リアルタイムで操作するゲームにおいては、コントローラからの操作と画面表示にズレが起こると、ゲームの操作性にとって大きな問題となる。

 NIVIDIA GRIDでは、高速なデータ圧縮とネットワークの最適化により、遅延を小さくしている。日本で開催されたイベントでは、米国に設置されているクラウドゲームに対してアクセスし、リアルタイム性の高いゲームをプレイしているところがデモされていた。実際に試してみても、手元のPCでプレイしているのとあまり変わらない操作性でプレイできた。

NVIDIA GRIDサーバーには、GPUを複数備えるGPUカードが搭載されている
NVIDIA GRIDは、1ラックに20台のサーバーを搭載。合計240個のNVIDIA GPUが搭載されている。性能としては、200TFLOPSになる

 NVIDIA GRIDベースのクラウドゲームを提供する企業としては、米国のAgawi、中国のCloud UnionとCyber Cloud Technologies、日本のG-cluster Global、イスラエルのPlaycast Media Systems、台湾のUbitusなどとなっている。ちなみに、台湾のUbitusは、NTTドコモのXi端末向けにクラウドゲームを提供している。

【おわびと訂正】
初出時、日本のG-clusterがXi端末向けのゲーム提供を行っていると記載しておりましたが、台湾Ubitusの誤りでした。お詫びして訂正いたします。

NVIDA GRIDを採用したクラウドゲームを提供する企業として、6社が賛同している。特に台湾のUbitusは、NTTドコモのXi向けのサービスを展開しているため、2013年にはNVIDIA GRIDベースのゲームが日本でも提供されるかもしれない

 NVIDIA GRIDのクラウドプラットフォームに関して詳細な発表はなかったが、今までの流れから見るとCitrixのXenServerやXenDesktopなどが利用されるのだろう。

 現在NVIDIAとCitrixは、クラウド上の仮想GPUをクライアント端末が利用できるように、ハイパーバイザーなど各種ソフトウェアの改良を共同で行っている。

 クラウドプラットフォームとしてCitrix CloudPlatformが使用されるかどうかは未定だが、ベースとなるハイパーバイザーやVDI環境にCitrix製品が採用されていることを考えれば、上位レイヤーのCloudPlatformも採用されるのではないか。

 もしかすると、Citrixが進めているクラウドベースの仮想デスクトップ環境のProject Avalonとも密接に関連しているのかもしれない。

Androidベースのゲーム端末Project SHIELD

 もう一つ重要な発表としては、Androidベースのゲーム端末Project SHIELDが発表された。Project SHIELDは、NVIDIAが開発中のプロセッサTegra 4をベースにして、最新のAndroid OSを搭載し、ゲームコントローラ、720pマルチタッチ対応5インチ液晶を搭載したゲーム機だ。

Project SHIELDは、Tegra 4を使ったポータブルゲーム端末
Project SHIELDは、クラウドゲーム用の端末としてだけでなく、スタンドアロンでゲームがプレイできる。HDMI端子があるため、Project SHIELDの画面を大型の液晶テレビに表示ができる。また、PCにNIVIDAのGFE(GeForce Experience)をインストールすれば、家庭のPCにインストールされたゲームをクラウドベースでProject SHIELDでプレイ可能

 Tegra 4は、ARMのCortex-A15を4コア搭載し、低負荷時用のコアとして低消費電力のCPUコアを搭載した4+1(Big+Littleアーキテクチャ)プロセッサとなっている。

 最も変わったのはGPUコア部分だ。前世代のTegra 3ではGPUコアは12コアだったが、Tegra 4では72コアに拡張されている。

 さらに、製造プロセスの微細化などにより消費電力も小さくなっているようだ(詳細に関しては、2月25日からスペインのバルセロナで開催されるWorld Mobile Congress 2013で発表される)。

CES2013で発表されたTegra 4プロセッサ。CPUコアは4+1(Big+Little)アーキテクチャで、GPUコアは72にアップしている。Tegra 4と一緒に利用できる4Gモデムも発表された
Tegra 4のパフォーマンスは、Webの読み込みのベンチマークにおいて、最新のiPadなどよりも高速。Kindle Fire HDと比べると3.5倍も高速になっている

 Project SHIELDベースのゲーム端末は、クラウドゲームの端末としてだけでなく、Tegra向けのゲームソフトを提供しているTegraZone.com、Googleが運営しているGoogle Playからゲームやアプリをダウンロードして楽しむこともできる。つまり、単なるゲーム専用のシンクライアントではなく、高いパフォーマンスを持つスタンドアロンのゲーム端末となる。

 NVIDIAでは、Project SHIELDベースのゲーム端末を今年の後半に発売すると発表している。NVIDIAが設計やチップを提供して、各メーカーが端末を作るというビジネスモデルではなく、NVIDIA自身がゲーム端末の販売を行うという。これは、NVIDIAにとっても大きくビジネスモデルを変更するできごとだろう。

 端末価格に関しては明らかにされていないが、純粋にゲーム端末として販売することを考えているため、任天堂の3DSやソニーのPS Vitaなどに比べると価格的に高くなるかもしれない(ゲーム機は、ゲームソフトでの利益を計算に入れるため、端末は赤字になっても、プラットフォームとして普及させることを考えているため)。

 ただ、500ドル近い金額になるとProject SHIELD自体が売れなくなるため、300ドルぐらいが適正な価格と筆者は考える。

 なお、実際にリリースされるまでは分からないが、NVIDIAではMicrosoftが自社でWindows 8/RTのSurfaceを販売するのと同じビジネスとして位置づけているのかもしれない。

 そうなれば、リファレンス機としての位置づけとなり、価格もそれほど安くはならない。将来的には、NVIDIAブランドではなく、Project SHIELDベースの端末がスマホ/タブレットメーカーからリリースされるかもしれない。

Project SHIELD端末を持つNVIDIAのCEO ジェン・セン・フアン氏
Project SHIELD端末。ゲーム機のコントローラにディスプレイを搭載したようなデザインをしている
NVIDIA GRIDでプレイされたゲーム。リアルタイム性の高い3Dシューティングゲームもクラウドでプレイできる
3DボクシングゲームもNIVIDA GRIDでプレイ可能

画面転送はゲームよりビジネスPCの方がハードルが低い

 NVIDIA GRIDとProject SHIELDが採用したクラウドゲームというアプローチのように、ゲームというリアルタイム性の高いコンテンツをクラウドで動かすことができるなら、デスクトップPCをそのままクラウドに変えることも簡単にできそうだ、と思えてくる。

 実際はそう単純な話ではないだろうが、仮想デスクトップ環境(VDI)をクラウドから動かすDaaSも、徐々に普及してきている。しかし企業において、ノートPCが積極的に導入されていることを考えれば、VDIがすべての企業におけるITの中心に据えられているわけではない。

 だから、クラウドで仮想GPUが利用できるようになることで、DaaSが大きく変わるかといえば、そんなことはないだろう。現状のDaaSでも、Officeなどビジネスで利用されるアプリケーション(プロダクティビティ ソフトウェア)では、十分な性能を持っていると思う。

 ただ、クラウドゲームに注目が集まることで、今までデスクトップPCやノートPCなどでしかできなかった高解像度で、リアルタイム性の高いゲームさえも、クラウド化できるということになれば、企業のPCもクラウドへ移行しようというデマンドが強まるだろう。

 デスクトップ環境がクラウドへ移行することで、利用しているアプリケーションのライセンスが適性か、違法なアプリケーションやセキュリティ上許可していないアプリケーションを使用していないか、などを簡単にチェックすることも可能になる。

 最も大きいのは、OSやアプリケーションのアップデート管理が容易になることだろう。個々のPCでWindows Updateやアプリケーションのアップデートを行うことがなくなれば、IT管理者にとっては管理しやすくなり、常に最新のOS環境、アプリケーション環境が提供できることになる。

 それにDaaSをうまく使えば、OSのバージョンアップやアプリケーションのメージャーアップデートも、クラウド側で一括して行うことができる。これなら、OSのアップデートと新しいPCの導入といったことに煩わせられなくてもよくなる。

 クラウド上のVDI環境に対して、アプリケーションやOSの互換性テストを行い、トラブルの出た部分を事前に修正しておけば、(やるかどうかは別にして)一日にして全社でDaaSのOSアップデートを行うことも可能になる。今までのように、古いOSでの動作(後方互換性)を考えて、アプリケーションを開発したり、ITシステムを運用することもなくなる。

 エンドユーザーにとっても、重要なデータをノートPCに入れていて紛失してしまうこともなくなるだろうし、ハードウェア故障によりデータが失われることもなくなる。もし端末が故障しても、新しい端末でDaaS環境に接続し直せば、すぐにでも今まで利用していたPC環境が復旧できるからだ。

 もう一つ重要なのは、デスクトップ環境がDaaS上で一元管理されているため、社内ではデスクトップPCを利用し、出先ではノートPCを利用するといったケースでも、同じ環境を使い続けられるということだろう。アプリケーションをデスクトップPCにはインストールしていたが、ノートPCにはインストールしていない、といったことがなくなり、同じ環境で作業できるようになる。

 もしかすると10年後には、Windows OSやPCは、パッケージやハードウェアとして販売されるのではなく、クラウド上のサービスとして提供されるようになるのかもしれない。こうした世界では、新しいOSがリリースされれば、サービスを受けているユーザー環境が自動的にアップデートされるようになるだろう。古いOSがいいというユーザーは、追加コストを払って、古いOSのままにするという時代になるかもしれない。

 CPUやGPUに関しても、新しいプロセッサやGPUがリリースされれば、追加コストを払って、新しいCPUやGPUを搭載したクラウドにマイグレーションしてもらうことで、性能がアップするということになるかもしれない。

 NIVIDA GRIDは、このような世界が実現するための第一歩になるのだろうか。

(山本 雅史)