特別企画
会津にオフィスを作ることの意味は?~堀田一芙氏が進める現地でのビジネス作り
(2013/3/11 13:16)
日本IBM時代に、パソコン事業やソフトウェア事業を担当していた堀田一芙氏が、福島県の会津地方を舞台に興味深い試みをしている。
4月5日に会津にオフィスを開設するが、このオフィスは、地元企業とさまざまなITベンダーの技術やノウハウを活用し、福島県に新しいビジネスを生むことを目的としている。
現在堀田氏は、赤坂にあるシェアオフィス「オフィス・コロボックル」に所属しながら、内田洋行、富士ソフトの非常勤顧問として仕事をしている。会津に作ったオフィスは、オフィス・コロボックルの会津オフィスとして活用され、堀田氏が仕事をしている内田洋行、富士ソフトなどとも連携を取りながら、現地でのビジネス作りが進んでいる。
この赤坂にあるオフィス・コロボックルで、堀田氏から話を聞いた。堀田氏は東京と会津を行き来しながら、会津でのビジネス作りを進めている。
震災復興のため、福島県で仕事を作りたい
東京・赤坂にあるオフィス・コロボックルは、堀田氏をはじめ、元日本IBMでDOS/Vパソコン事業を担当した竹村譲氏などが利用するシェアオフィスだ。堀田氏の顧問先である内田洋行、富士ソフトをはじめ、サイボウズ、インフォテリア、プラネックスコミュニケーションズ、Evernote Corporationなど、おなじみのIT企業が賛同企業として名を連ねる。
ただオフィスとはいうものの、参加メンバーはここを作業の場として利用するより、さまざまな人が連携してビジネスを行う「場」としての活用が多くなっているとのことで、ミーティングや会議を行った後、話をしながら会食をするなど、人や企業の出会いの場となっている。
「震災からの復興を実現するためには、福島県に仕事を作らないといけない。復興のための予算はいろいろついているが、実際には、東京の企業が仕事を獲得しているケースも多い。そうではなく、地元企業に仕事が入る仕組みを作らないといけない。そう考えたのが、会津にオフィスを作ろうと思った原点なんだ」と、堀田氏は語る。
福島県内に拠点を作るために検討をした結果、ICT教育を行う会津大学があり、堀田氏が仕事をする富士ソフトが、データセンターとコールセンターを持っている会津若松市は、オフィスを置きやすい場所であることがわかった。
「中心部である会津若松市がビジネス拠点として使いやすいが、その周辺にある奥会津と言われる地方は、さらにいい。日本の原風景のような田舎町が残っていてね。温泉も多いし」と堀田氏は笑顔で話す。
東京から時折会津を訪れてビジネスを立ち上げようとすることと、常駐とはいかなくても会津の地にオフィスを置くことは大きな違いがあるという。「現地にいることで、いろいろな情報が入ってくるし、人脈ができる。これが大切だ」。
北海道・帯広サマーオフィスでのノウハウが生きる
現地にオフィスを置くことの有用性を、堀田氏は実体験している。2012年7月から9月の2カ月間、北海道の十勝地区にサマーオフィスを置いた際、東京にいたのではわからない情報や人脈を獲得することができたのだ。
「十勝にオフィスを置いたのは、節電が大切ならば東京から脱出してしまって、涼しいところで仕事ができないか?と考えたから。十勝というのも偶然で、涼しいところといえば北海道じゃないか?と内田洋行の支店長に勧められ、北海道にいくことは決めた。でも、北海道のどこにオフィスを作るのかは決まっていなかった。そこで相談に行った北海道庁の十勝支社に紹介されたのが、帯広地区で一番古い貸しビルだった」(堀田氏)。
帯広以外の地区からも、オフィスに使えないか?とさまざまな場所の提案があったそうだ。しかし、東京からも利用しやすいよう、近隣にビジネスホテルがあること、東京とのコミュニケーションに不可欠な光回線が開通しているなどの観点から、帯広のダウンタウンのオフィスビルが拠点となった。
2カ月限定だったが、帯広オフィスには、オフィス・コロボックルの賛同企業を中心に、東京をはじめ、大分、新潟、山形、米国サンフランシスコから11社が来訪した。
「東京からの来訪も多いが、こうしてオフィスを作ると地元の自治体、企業、マスコミとの交流も多いというのが、現地にオフィスを置いたからこそわかったことだった。行った当初は地域に人脈は全くなかったが、東京から変なやつら(笑)が来ているという情報が伝わるようで、帯広市長をはじめ取材も多かったんですよ。その結果、2カ月が終わるころには、帯広地区のキーマンとの人脈ができあがっていた」。
地域のキーマンとの信頼関係を築くことで、東京には伝わってこない地域だけの情報が耳に入ってくるようになる。
「現地の人は気がついていないのだが、これは東京で活用することで十分にビジネスになるのに、というような話が多い。これは東京から現地に出向いていかないとわからない感覚だった」と堀田氏は帯広での経験を振り返る。
なお、このサマーオフィスの成果は、日本テレワーク協会の「第13回 テレワーク推進賞」を受賞している。
戦いの現場に近いところに身を置くことで見えてくるものがある
現地にオフィスを置くという発想は、堀田氏が日本IBM時代から実践しているものだ。PC-98シリーズが圧倒的に強かった1990年代、堀田氏は日本IBMのパソコン事業をアピールすることを目的に、東京・秋葉原のT-ZONEの地下(当時)に出張オフィスを作ったことがある。
「当時は、現在のようにIP網を使ったコミュニケーションなんかなかった時代だから、現地でできる仕事は限られていた。でも、パソコンビジネスの最前線である秋葉原にオフィスを作ったことで、いろいろな人が会いに来てくれるし、戦いの最前線にいるものが勝つんだ!という発想で作ったオフィスだった」と、堀田氏は当時を振り返る。
現在は、昨年利用された帯広オフィスでも、今回の会津オフィスでも、光回線によってテレビ会議による対面コミュニケーションができるし、メール、SNSなどを使った情報共有も可能だ。
実は赤坂にあるオフィス・コロボックルでも、Evernoteが組み込まれた複合機を用いて、オフィスが受信したFAXを電子化し、オフィス利用者が自宅で受信する、といった使い方をしている。
こうしたインフラをもとに、現在は4月5日の正式な会津オフィス開設に向けて準備が進んでいる。
会津のオフィスになるのは、もともと内田洋行の代理店だった事務機器販売店「栄町オサダ」の本社2階スペース。クラウド環境と10人強が利用できる会議室があり、毎日10時から18時までのタイムスケジュールでオープンする予定となっている。
「帯広サマーオフィスでは、赤坂オフィスでも使っている、内田洋行の『スマートインフィル』というオフィスの枠組みを使っている。ICTが利用しやすくなるような支柱、梁(はり)などを組み合わせたものだが、会津オフィスの場合、地元にお金を落としたいという発想で、地元の工務店に依頼して、地元の杉材を使ったオフィスを作ってもらうことにした。頼んだ工務店は、佐久間建設工業というところだったのだが、ここが作っている、杉板倉の木造仮設住宅プロジェクトっていうのがとってもよくてねぇ…」。
杉板倉の木造仮設住宅は、地元の杉材を使って仮設住宅を作ろうというものだ。堀田氏にプロジェクトを紹介する小冊子を見せてもらったが、そこに紹介された写真(注:リンク先はPDFファイルです)を見ると、仮設住宅のイメージが大きく覆される。
「佐久間建設工業の社長と話していたら、現地で桐の机を作っているということがわかった。この桐の机は福島県ではなかなか売れないというから、それなら東京に持ってきたら?ということになった。そこでまず、赤坂のオフィス・コロボックルで使っていた宮崎県のテーブルを会津に持って行って、福島産の桐の机を東京に持ってくることになったんだ」。
確かに、赤坂のオフィス・コロボックルには大きな桐の机が鎮座している。これを見た人が桐の机を注文する、という可能性だって十分にある。
「佐久間建設工業は、それ以外にも古民家の再生事業を手がけている。これはまだアイデアでしかないんだけど、古民家を使ってIT企業の研修や業務ができたら面白いんじゃないか。古民家にIT機器を並べて作業している写真だけでも絵になるでしょう?そういう提案もしていきたいと思っている」と話す堀田氏は、とにかく楽しそうだ。新しいビジネスを立ち上げることができる可能性を感じているようだ。
ネットワークとクラウドがあれば地方でも仕事ができる
こうした新しい可能性とともに、すぐに実現できそうなビジネスとして堀田氏が話したのは、富士ソフトのドキュメント共有ツール「moreNOTE」などで利用する動画の編集を、福島県内に在住する人に発注することだ。
「母子家庭自立支援給金支援事業というのがある。母子家庭のお母さんに技術教育をして就労につなげましょうというもの。ただ実際には、技能が身についても仕事がないのが現実だそうだ。今回、例えば動画編集を福島県の母子家庭に依頼するといった仕事を作るお手伝いができるのではないかと考えている」(堀田氏)。
moreNOTEは、富士ソフトが開発したドキュメント共有ツールで、動画も利用できる。オフィス・コロボックルの賛同企業の1社である株式会社ヒューマンセントリックスがmoreNOTEの入門のためのビデオを作成しているが、「こうしたビデオの編集業務を福島県の方に依頼できないか?これが仕事を呼び込む、呼び水に役割にならないか?」というのが仕事の一つ。
さらに会津大学での講演活動や、ベンチャー企業育成支援なども行っていく。このほかにも名刺入力業務など細かい仕事も含めて、福島県でできる仕事を作っていくことが会津オフィスの目指す方向だ。
「去年の帯広オフィスは期間限定のものだったが、会津オフィスは長期戦で挑みます。オフィスができたらどんなことをやってほしい?と聞いてみたら、iPadやiPhoneの使い方入門の教室をやってくれないか?という依頼があった。会津オフィスの会議室は教室としても利用できるから、それも可能だと思っている」。
現地のオフィスではこうした実践を続けていく中で、福島にICTを使った新しいビジネスが生むためにさまざまな試みが行われていくことになる。