ニュース

Big Hairy Audacious Year! インテル吉田社長が2013年の戦略を発表

代表取締役社長 吉田和正氏

 インテルは年に一度、世界中のインテルからエグゼクティブを招集したリーダーサミットを行う。その際、ポール・オッテリーニCEOから各リーダーに向けて必ず聞かれる質問があるという。

 「What's your BHAG?」――BHAGとは“Big Hairy Audacious Goal”、大きくて困難で達成が難しいがチャレンジのしがいがある大胆な目標、という意味だ。

 「インテルからイノベーションを取り去ったら何も残らない。2012年は数字的には確かに厳しかったが、厳しい状況だからこそ、R&Dへの投資をゆるめず、高い次元のコミットメントを実現できた年でもあった。2013年も引き続きBHAGを掲げ、業界の皆さんと一緒に新しいコンピューティングの世界を広げる“Big Hairy Audacious Year!”な1年にしていきたい」――。

 1月18日に行われたインテルの新年記者説明会において同社代表取締役社長 吉田和正氏は2013年の目標を自身の書き初めとともにこう表現した。ITの世界は現在、コンシューマもエンタープライズも含め、大きな変化を迎えている。PCの需要が頭打ちと言われる中にあって、PCともに時代を作ってきた世界最大の半導体メーカーは、新たな変化にどう立ち向かっていこうとしているのだろうか。

書き初めを披露する吉田社長
2013年はBig Hairy Audacious Year、あえて困難な道に突き進む

2012年は重要なコミットメントをほぼ達成できた

 戦略説明会の数時間前、インテルは2012年第4四半期および2012年通年の決算を発表している。世界的なPC需要の低迷を象徴するかのように、ともに前年同期に比較して減収減益となる厳しい数字が並ぶが、吉田社長は「厳しい環境であるのは確かだが、2012年はインテルがスマートフォン/タブレット市場に初めて進出した年でもあり、またデータセンター事業を大きく躍進させたことなどを含め、重要なコミットメントはほぼ達成できた」と強調する。

減収減益となった2012年の決算

 前年比1.2%減、通年で533億ドルの売上に終わった2012年だが、吉田社長は「パソコン以外のさまざまな事業で大きな一歩を踏み出すことができた」と総括する。中でも大きな出来事として、

・UltrabookでPCを再定義
・インテル初のスマートフォン/タブレット製品を展開
・データセンター事業の成長
・マニュファクチュアリングプロセスの向上でウエハが300mmから450mmへ

を挙げている。

 PCの需要減による業績低迷という指摘に対しては「PCはもうダメになったのでは、という議論をよく聞くが、Ultrabookやスマートフォン/タブレットでパーソナルコンピューティングの世界は再定義された。例えばUltrabookコンバーチブルやデタッチャブルのマシンは従来のPCの定義に当てはまらない。むしろインテルがずっと提唱してきた“よりすばらしいユーザー体験”を届けるという意味では強い意志表示をできた1年」と語る。

 Atomプロセッサファミリを軸としたスマートフォン/タブレット事業に関しては「長い時間をかけてようやく市場に投入することができた。スマートフォンは17カ国で7機種が登場、タブレットもAtomプロセッサを搭載したさまざまな種類のものが各メーカーから発売されている。いずれも低消費電力と高性能を実現しており、セキュリティも強化されている」としており、この分野に参入した初年度としては満足している様子がうかがえる。

 「ミリワットからテラフロップスまでをカバーした」(吉田社長)とその成長に自信を見せるデータセンター事業については、クラウドコンピューティングの普及によりデータセンターをリフレッシュするというニーズがインテルのビジネスを後押ししたと指摘、「特にデータセンターの省電力へのニーズは強い。すぐれた電力効率性能を発揮する製品群を展開できたことがこの分野の好調さにつながった」と振り返る。

 そして日本法人も深くかかわっている“450mmウエハ”は2012年に大きな一歩を踏み出している。メーカーの450mmウエハへの移行を支援するためにインテルは2012年7月、茨城県つくば市に「Japan Metrology Center(JMC)」を設立した。減収減益とはいえ、インテルの2012年の設備投資額は110億ドルを超えており、JMCもその一環として相当額の予算をあてがわれている。「450mmウエハは日本の装置メーカーとの協力関係がなければ実現しない。ウエハのサイズを上げることが目的ではなく、450mmウエハが実現するインパクトに期待しているからこそインテルも力を入れている。2012年は数字的には厳しい1年だったが投資の手は決してゆるめない姿勢がこうしたところに現れている。このコミットメントがあるからこそ、業界がインテルと一緒にビジネスをやっていこうと思ってくれる」(吉田社長)

450mmへの移行を支援するために設立されたJapan Metrology Center

2013年も攻めの姿勢を崩さず

 2012年を“さまざまな事業で大きな一歩を踏み出せた年”とするなら、2013年はそれらのビジネスを大きく拡大し、増収増益につなげていく必要がある。吉田社長はオッテリーニCEOの「2012年は事業全般を通して著しい進歩を遂げた。2013年はそれをベースに強力な新製品の展開を予定しており、コンピューティングのあらゆる領域で技術革新の波を起こす」というメッセージを紹介、攻めの姿勢を崩さないことを明確にしている。

 また、2013年における日本法人の活動目標としては

・PCの市場拡大
・IA搭載スマートフォン/タブレットの日本市場における早期展開
・データセンター事業のさらなる伸長
・デジタルサイネージやイメージングなどインテリジェントシステム事業への取り組み
・アプリストア「Intel AppUp」やマカフィー製品などを活用した新しいユーザー体験/ソフトウェアサービスの提供

を掲げているが、ここでも2012年の実績を下敷きにしていることが見て取れる。「PCとタブレットの境界は確実になくなっていく。それを踏まえてパーソナルコンピューティングの発展に尽力したい。UltrabookをこれまでのノートPCと変わらないのでは、という人もいるが、われわれは五感を使ったより感覚的な操作を可能にし、ユーザー体験の向上を加速していく。スマートフォンでは“インテルが入ってるからこそ使いたい”という機種を増やしていく。またデータセンター事業においてはソリューションレベルの提案をパートナーに対して行っていく。例えばFacebookのような巨大データセンターを運営するソーシャルメディア企業の声を聞くことで、事業者がどういう機能を求めているのかを理解し、ソリューションに反映していく」(吉田社長)

インテルの使命は集積度を極限まで高めたプロセッサを作ること

 メディアやアナリストから業績低迷を指摘されることが多い最近のインテルだが、インテルも吉田社長も2013年における“力強い成長”に対する自信を隠すことはない。その根拠にあるのは、10億人単位で増えていくインターネットユーザーの伸びと、今も有効な“ムーアの法則”に支えられているアーキテクチャとしての強さだ。

 「現在のインターネットユーザーは約20億人だが3年後には30億人になる。つまり毎秒11人の割合で新しいユーザーが増えていく」と吉田社長。この爆発的なユーザー数の増大が、IT全体のニーズを押し上げ、インテルのビジネスを成長させるドライバとなると強調する。一方でパーソナルコンピューティングの主流がモバイルへと完全にかじを切った現在、新しいデバイスをすみやかに市場に投入できなければ、インテルといえどもその優位性は失われる。だからこそ2012年においても設備投資110億ドル、研究開発費100億ドルという新技術への投資を継続してきたといえる。

 「例えばUltrabookは今後、ますます薄さへの要求が高まるかもしれない。そうなればファンレスのマシンが登場する可能性もあり、デザインも大きく変われば、バッテリの駆動時間も変わることになる。そうしたトレンドの変化を的確につかんだ製品を開発するためにも、投資の手をゆるめることはない」(吉田社長)

 だが単に流行を追うだけの製品開発はインテルのポリシーと大きく反する。インテルのイノベーションを支えるのは「今も昔もムーアの法則」と吉田社長。インテルの使命は究極的にいえば「集積度を極限まで高めたプロセッサを作る」ことであり、それがすべてのイノベーションの源泉になっている。説明会の最中、吉田社長は何度も「ローパワー(低消費電力)と高性能を追求していく」と繰り返したが、これを実現するのがコストを抑えた高集積のプロセッサの開発であり、ムーアの法則そのものを体現することになる。

 「インテル自身がそのブランドで(PCやスマホなどの)商品を展開することはない。しかしデバイスを開発するベンダにとって、今はイノベーションにかかるコストは大きな負担。だからこそ基本となる部分のイノベーション、つまり集積度を高める努力をインテルが続けていくことはIT業界の発展にとっても欠かせない。業界に対してのリファレンスの提供は積極的にやっていく」(吉田社長)

 説明会の最後、冒頭に掲げた“Big Hairy Audacious Year!”と今年の目標を書き初めで表した吉田社長。そして吉田社長と日本法人が掲げる2013年のBHAGは“Future of Intel starts from IIJK”、つまりインテルのイノベーションのいくつかは日本発信で実現するというものだ。450mmウエハはそのひとつと言えるのかもしれない。

 インテルは5月にオッテリーニCEOが辞任する予定になっている。後継者は未定だが、時代とともにインテル自身も大きく変わる節目にある。BHAGというリスクを取ることを恐れない文化を推進するインテルが、日本法人も含め2013年にどう変化していくのか。変わる部分と変わらない部分、その意思表示にIT業界もユーザーも大きく注目している。

(五味 明子)