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過去のISPのようにクラウド事業者も淘汰されるか? NTT Comがクラウド市場動向を説明

 NTTコミュニケーションズ株式会社(以下、NTT Com)は17日、報道関係者を対象に、昨今のクラウド市場動向について説明した。そのなかで、クラウド・エバンジェリストである林雅之氏は、「クラウドサービスの価格競争が激しくなる一方で、AWS(Amazon Web Services)が上位レイヤにおける収益拡大を狙うといった動きが出始めている。これによって、SIerの領域にまでクラウド事業者が進出することになる。SIerは、今後、収益確保のために、コンサルティングやクラウドインテグレーターといった役割が求められるようになる」などとした。

NTT Com クラウド・エバンジェリストの林雅之氏

2015年以降のクラウド市場は?

2015年以降のクラウド市場予測

 また、2015年以降のクラウド市場の予測として、「クラウドネイティブの展開」や「クラウドプロフェッショナルサービスの市場拡大」、「複数のクラウド事業者との相互接続の加速」、「Cloud-Enabled Managed Hostingの利用拡大」、「サービスの競争軸のレイヤ拡大」、「課題解決型のクラウドを基盤としたソリューション」、「IoTなどの新事業領域の基盤でのクラウド利用拡大」といった7つの観点から説明を行った。

 「クラウドネイティブの展開」では、IDC Japanが「2015年をクラウドネイティブ時代の幕開け」と表現したことに触れ、クラウドを前提としたアプリケーションの増加に伴い、クラウドネイティブによる情報システム設計と構築が行われるほか、パートナーのアプリケーションも含めた形で提案するエコシステムソリューションパターンを、AWSが提供。こうした動きも、クラウドネイティブを加速することになると見ている。

 「クラウドプロフェッショナルサービスの市場拡大」では、2014年には100億ドルのクラウドプロフェッショナルサービスが、2019年には3倍以上の340億ドルになるという米MarketsandMarketsのデータを引き合いに出しながら、「野村総研やアイレットのように、AWSに対してのみサービスを提供するクラウド事業者特化型クラウドプロフェッショナルサービスのほか、複合型の事業者の場合では、プリスコラのように全体設計を行うクラウドコンサルティング企業、ウフルやテラスカイのように構築・運用・保守を行うクラウドインテグレーション企業、複数のサービスを取り扱い、クラウドサービスの窓口としてニーズにあわせた提案を行うジグソーのようなクラウドブローカー企業がある」と紹介。

 これらに加えて、「今後はスカイアーチやハートビーツなど、運用に特化したMSP(マネージド・サービス・プロバイダー)事業者が注目を集める。そうしたなかで、SIerはクラウドを中心としたプロフェッショナルサービスを強化していく必要がある」と指摘した。

クラウドネイティブの展開
クラウドプロフェッショナルサービスの市場拡大

 「複数のクラウド事業者との相互接続の加速」では、米EquinixのEquinix Cloud Exchangeや、米VerizonのSecure Cloud Interconnect、ビットアイルのビットアイルコネクトなどを例に出しながら、「顧客からの相互接続ニーズが高まっており、相互接続することが、事業者にとってデータセンターの受注機会を高めることにつながっている」と語った。

 「Cloud-Enabled Managed Hostingの利用拡大」では、これまでのパブリッククラウドの提供形態に加えて、管理プラットフォームなどを組み合わせることで、より顧客のニーズに最適化した形にカスタマイズしたサービスが増加すると指摘。信頼性向上と利便性向上を両立するCloud-Enabled Managed Hostingサービスを求める企業が増加すると予測した。

複数のクラウド事業者との相互接続の加速
Cloud-Enabled Managed Hostingの利用拡大

 「サービスの競争軸のレイヤ拡大」では、AWSによる上位レイヤへの事業領域拡大、SoftLayerが先行したベアメタル(物理)サーバーを利用したサービスへの拡大、基幹システムへの対応などを含む、Dockerを採用したサービスの拡大、クラウドへのマイグレーションを視野に入れた共通ハイパーバイザーによるオンプレミス連携、外資系企業を中心としたアプリケーションマーケットプレイスの充実、AWSやMicrosoftなどの垂直統合モデルと、OpenStackを中心としたオープン指向のモデルとのせめぎあいなどの観点から、新たな競争が生まれると指摘した。

 「課題解決型のクラウドを基盤としたソリューション」では、クラウドを基盤としたトータルソリューションとして、特定業界向けのパッケージとして提供する動きが加速。ここではIBMがラインアップをそろえ始めた。「IaaSの収益性が悪化しているなかで、トータルで収益を高める手法として、あるいは、営業部門のモチベーションを高めるためにも、こうした動きはこれからも増加するだろう」と予測した。

サービスの競争軸のレイヤ拡大
課題解決型のクラウドを基盤としたソリューション

 「IoTなどの新事業領域の基盤でのクラウド利用拡大」については、「5年以内に、全IoTデータのうち、90%がクラウド上で利用されるものになる」というIDCのデータを引用。「クラウドサービスが、大量のモノ、コト、膨大なデータの基盤になり、IoTやスマートマシンなどのデバイス、ロボットなどを支える基盤になる」と指摘する。

 その具体例として、「NTT Comは、竹中工務店と共同で次世代建物管理システムプラットフォームを構築しているが、ここでは建物内の空調や照明、各種センサーなどを通じてデータを収集。リアルタイムエネルギーモニタリング、デマンドコントロール、エネルギー使用量予測などを行っている。これらはクラウド活用によって実現できるもの。IoTやM2Mプラットフォームの構築において、クラウドは不可欠なものになる。将来的には500億個のモノがインターネットに接続されると予測されており、クラウドのターゲットは、個人や企業、PCやスマホといった現在の状況からさらに広がりをみせ、すべてのマシン、デバイスへと広がることになる」などと述べた。

IoTなどの新事業領域の基盤でのクラウド利用拡大
IoT/M2Mプラットフォームの構築例

AWSは依然強いが、2位との差は縮まっている

 こうした新たな潮流をとらえる上で、2014年におけるクラウド市場は、大きな変化が見られた1年だったといえる。

 現在、世界のクラウド市場において、最も高いシェアを持つのがAWSである。米Synergy Research Groupの調査によると、AWSの市場シェアは27%に達しており、2位のMicrosoftの10%、IBMの7%とは大きな開きがあるという。

 だが、「この1年を振り返ると、クラウド市場におけるMicrosoftの成長率が高い。依然としてAWSがリードしている状況に変わりはないが、追いかける事業者との差は確実に縮まっている」とする。

 また、2013年度の国内クラウド市場は6257億円、2015年度には1兆円を超えると予測されている資料を引き合いに出しながら、「8割の企業が新規システムの構築時にクラウドを検討しており、情報システム部門においても、クラウドファーストの浸透が顕著になっている。今後もクラウド市場が成長していくことになるだろう」と予測。

 「MM総研の調べでは、国内においては、パブリッククラウド事業者ではAWSが首位となっている。2013年には19.1%だったシェアが33.7%に拡大。プライベートクラウド事業者では、NTT Comが首位になっており、これも前年の13.0%から19.0%に拡大している。伸びている事業者と伸びていない事業者の差が顕著になっている」と語った。

クラウドの市場動向と国内シェア

 林氏は、AWS、Microsoft、IBM(SoftLayer)、NTT Comのそれぞれのクラウドサービスについても客観的な立場から説明。まずAWSは、「AWSは圧倒的なリーダーであり、サービス機能の充実と拡充では先行している。規模の経済と先行者利益により、40回以上の値下げを行う価格競争力に加えて、今後は企業の基幹システムへの採用促進、上位レイヤへのサービス拡充により、収益をあげる体制を整えようとしている。国内40を超えるコミュニティ、国内数万社の導入実績、200社前後のパートナーも強みだ」とした。

 また、「Microsoftは、AWSを大きく上回る成長率を達成し、既存サービスとの連携、既存のエコシステムの活用などの特徴を持った事業展開が可能であり、AWSに対する価格追随力もある。日本では東西にデータセンターを持つことも優位性につながっている。SoftLayerは、クラウドへの大規模投資を行うほか、ベアメタルサーバーの提供により、基幹システムやHPCでの活用を促進。海外拠点との接続に10Gのバックボーンを持ち、これを無料で使えるなどの強みがある。PaaSであるBlueMixの提供や、ワトソンによる人工知能との連携、業界向けソリューションの提供、国内データセンターの開設なども評価されている」とする。

 そしてNTT Comについては、「通信事業者とデータセンター事業者である強みを生かして、サービスをシームレスに提供。現時点で9カ国11拠点でのグローバル拠点展開や、アジア太平洋地域で最大のデータセンター敷地面積を持つ点が強み。数千人規模の直販力、NTTグループとしてのプレゼンスや営業力も生かせる」などと語った。

各クラウド事業者の強みと機会

 一方、プライベートクラウドのクラウドOSのシェアでは、VMwareのvSphere/vCenterが首位だが、ここにきてOpenStackが2位に浮上。前年と比較して倍増したという。

 「OpenStackを採用する例は、クラウド事業者、ディストリビュータ、ユーザーと幅広く見られている。ソニーがPlayStationのサービス基盤に採用したり、PayPalが8万台のサーバーに採用する例もある。一方で、CloudStackの採用事例も増加している。CloudStackは、サービスが安定しているという評価が高い」とした。

クラウドOSのシェア動向
OpenStackの採用事例

クラウド事業者の淘汰が始まった

 一方で、世界的な動きをとらえると、クラウド事業者淘汰(とうた)の潮流が見られ始めていると指摘する。

 米IDCが、「今後12カ月~24カ月以内に、IaaSプロバイダーが提供するサービスの75%が再設計、再ブランド、あるいは廃止されていくだろう」としていることを引き合いに出しながら、「HPやIBM、米Ciscoなどは、OpenStackなどに対応した新たなクラウドサービスの提供や、データセンター拠点展開のために、10億ドルを超える大規模投資や買収を開始している。スケールメリットを生かした事業展開を行い、規模の経済を追求している。これにより、生き残りに向けては、クラウドサービスへの投資余力があるかどうかが重視されるようになり、IaaSレイヤにおけるクラウドサービスのコモディティ化による価格競争も激化している。過去のISPが淘汰されたようにクラウド事業者も、今後数年の流れのなかで淘汰されることになるだろう」と述べた。

世界のクラウド事業者は淘汰の動きへ

 実際、2014年は価格下落の動きが顕著だったのも特徴だったといえる。

 2014年春には、GoogleがGoogle Compute Engineの32%値下げや、Cloud Storageの68%値下げなどを発表した。その翌日には、AWSがAmazon EC2で最大60%、Amazon S3では平均で51%という大幅な値下げを発表。またMicrosoftも、Microsoft Azureを最大35%、ストレージサービスを最大65%値下げすると発表している。

 そして、これに追随するようにNTT ComもBizホスティング Cloudnの仮想サーバーの価格を最大37.5%値下げした。「海外クラウド事業者が値下げを仕掛け、それに国内事業者が追随する格好になった」と振り返る。

 さらに2014年秋には、IDCフロンティアが1CPU、1GBメモリの仮想サーバーを月額500円(税別、以下同じ)で利用できる「IDCFクラウド」の新プランを発表。NTT ComもBizホスティング CloudnのプランvQで月額900円の費用を月額450円に値下げした。またGMOクラウドも、月額500円から利用できるサービスの提供を開始。ワンコインでクラウドが利用できる環境が整った。

クラウドサービスの価格競争も激化。各社が既存サービスの値下げを行った
“ワンコイン”で利用できる低価格サービスのラインアップも

 こうした動きが見られる一方で、基幹システムなどにクラウドを活用する「エンタープライズクラウド」に対して、高い関心が集まっていることにも言及した。

 「エンタープライズクラウド市場においても、システム更新時にクラウド移行を優先的に検討するクラウドファーストが進展していること、AWSがSAPとの連携を強化していること、また日本IBMのiシステム(AS/400)がシステム更新時期に入り、それにあわせて基幹システムのクラウド化を進める動きがある点も見逃せない。当然、今年7月に迎えるWindows Server 2003の延長サポート終了にあわせたシステム更新時に、クラウドにマイグレーションするという動きもある。エンタープライズクラウドに注目が集まる背景には、冗長性をはじめとするクラウドの信頼性向上、国内でのクラウド導入成功事例をグローバル拠点に展開する動きが加速していること、DevOpsなどのクラウドによる効率的な運用管理が可能であることがあげられる」とした。日本国内でもこうしたエンタープライズクラウドの活用実績が数多く出てきているという。

エンタープライズクラウドの動向例
ユーザー事例

 クラウド事業者は、NTT ComやKDDI、ソフトバンク、IDCフロンティアなどのネットワークやデータセンターの強みを生かした事業者、HPやEMCをはじめとするサーバー、ストレージなどのハードウェアの強みを生かした事業者、MicrosoftやRed Hat、IBM、VMwareなどのソフトウェアに強みを持つ事業者に分類される。また、クラウドを顧客に提供するSI事業者に加えて、コンサルティングなどの上流からの提案を行うクラウドインテグレーターといった役割も存在する。

クラウド事業者の相関図

 クラウド事業者の淘汰が指摘されるなか、林氏は、「日本のクラウド事業者を俯瞰(ふかん)した場合、親会社というビッグユーザーを持っている事業者は収益確保において有利であり、また、自らデータセンターを持ったり、通信事業を持っているクラウド事業者は、クラウドの進展とともに、ネットワークやデータセンターといった部分への収益拡大にも寄与し、トータルで収益をあげることができる。さらに、もともとSI事業をやっていないので、思い切ってクラウドにアクセルを踏めるという利点もある」と話す。

 一方で、「なんでもできるというように複数のクラウドを扱う事業者は、むしろ差別化が難しくなる。ISPを中心に展開しているクラウド事業者も既存事業に引きずられて、クラウドへの投資が厳しい状況にある。グローバル化に踏み出していない事業者も、今後厳しい状況になると考えられるだろう。さらに、SIerのクラウドビジネスは苦戦することになる。SIerは、調達、構築業務から最適なサービスを選定するためのコンサルティングを行うなど、クラウドインテグレーターのような役割が求められるようになる」とした。

 あわせて、「情報システム部門においても、企業内にICTリソースを提供するようなクラウドプロバイダーに進化していくことが求められている」と述べ、ユーザー側での変革が求められていることを指摘していた。

大河原 克行